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semスキン用のアイコン01 三田誠広 『アインシュタインの謎を解く』 semスキン用のアイコン02

  

2005年 12月 03日

a0035172_12143580.jpg三田誠広の小説は、学生の頃によく読んだ。
『僕って、何』とか『高校時代』、『やがて笛が鳴り、僕らの青春は終る』、『エロイカ変奏曲』、『赤ん坊の生まれない日』などである。出発点となった『僕って、何』や『高校時代』から、主題はまさしく「僕って、何」ということだが、作中の主人公が大人になるに従い、その主題自体が世界との関係の中でバランスをとるように空疎化していき、結局は旧態たる成長小説の枠組みに絡めとられてしまったような印象を僕は持っている。
初期後半の小説群にはわりと失望を感じることことが多くて、彼の作品を読むことの価値をいつからか見出せなくなっていた。僕の中ではすっかり忘れ去られた小説家で、その名前を見ることも、彼の小説を改めて手にとることも最近は全くなかったのである。
ちなみに彼の作品の中の『やがて笛が鳴り、僕らの青春は終る』の文庫解説を笠井潔が書いており、その強烈な文章に感銘を受け、その後、彼の『テロルの現象学』を手にとることになる。僕にとっては、そういうつながりとして僕の読書歴の中のひとつの流れを形づくってくれたという功績がある。

さて、そんな三田誠広の本が店頭に並んでおり、題名をみると、「アインシュタインの謎を解く」である。これは一種の歴史ミステリーなのか、彼もついにこんな分野の小説を書くようになったのか、と驚きつつも、宇宙論や量子論はわりと嫌いではないので文庫本の気安さもあり、何の気なしに買ってみた。
そして、家に帰ってページをめくると思いかけずに面白くて、一気に読み終えた。

この本は現近代の物理学解説書であるとともに、アインシュタインやパスカル、ボーア、キャベンディッシュなどの物理学の巨人たちを生き生きと描く人物書でもある。
僕は一応、大学の工学部応用化学科の出身なので、いちおう教養としての量子論は勉強しているつもりである。その為、量子論の基礎であるパウリの排他律や電子スピン、波動方程式などは実際に演習もしていたので今でもその解説には違和感なく入り込める、、と思っている。(まぁ、他にもそういう解説書をたまに読んだりするので、、、)
それを差し引いても、三田誠広という文学者が描く量子論、相対論には一切の数式も図もなく、すべて文章での説明となっているわりには、適度に専門的で、にもかかわらずとても理解しやすいと感じた。文章が平易で、身近な比喩をふんだんに使うことによって読者の理解を助ける、イメージを膨らませやすい解説書となっている。
一種の文学的量子論とでも言おうか。おそらくその真骨頂は最終章にあるだろう。
そこでは現近代の物理学を文学的に総括すべく、その技術と理論の変遷を人間の認識論へと還元している。これまで宇宙論でよく耳にした「人間原理」についても科学全般における認識論へと普遍化させて説明しており、その内容にはとても納得させられる。

<ちなみに宇宙論としての「人間原理」とは、この宇宙が人間を生み出す為に作られたものであり、宇宙論の基礎たる定数などもすべて人間を生み出すのに都合のよい数値となっているということを指す。それを敷衍すれば、宇宙とは、人間が認識する限りにおいて存在し得ると言うこともできるのだ、、、まさしく人間の存在或はその認識を中心とした宇宙原理が「人間原理」である。。詳しくは、ブルーバックス「これからの宇宙論」参照!>

思いもかけずとても楽しい読書だった。
三田誠広という文学者がどういう経緯で物理学の解説書を書くことになったのか、その詳しいことはよく分からないけれど、彼が『僕って、何』から30年かけて辿り着いた場所、彼の必然的行き方、その一端が実はこの本から垣間見える。そういう意味で僕はこの本を読んで素直に感動した。
とても文学的に感動したのだ。
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by onomichi1969 | 2005-12-03 14:12 | | Trackback | Comments(2)

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