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2008年 10月 11日

大相撲で八百長っていけないことなのでしょうか?
それこそ何十年も前からそんなことは言われ続けていて、いまさら何の問題があるのでしょうか? 昭和30年代の栃・若時代の映像を見れば、それが「魅せる」勝負であったことは一目瞭然でしょう。そういったプロ興行の歴史をいまさら否定してどうしたいのでしょうか? 大相撲というのは興行であり、伝統であり、祭祀であり、文化であり、勝負を魅せるものであるけれど、ガチンコかどうかを僕らが判断して告発しなければならないシロモノでは全くないと思うのです。全てがガチンコだったら、怪我や人間関係の問題であんなに多くの巡業や場所なんてこなせませんよ。(アマチュアレスリングやボクシング、総合格闘技とは違うのです)

協会や力士に八百長していますか?と聞いて「しています」なんて答えられるわけがないでしょう。それは答えられない質問というものです。それを嘘つき呼ばわりするのはどうかと思います。いまにアメリカン・プロレスさえも八百長で嘘つきだから告発すべきなんて本気で言い出す日本人が出てくるのではないかと心配。。。

週刊誌もこういうことを本気でやるようになってしまったら終わりでしょう。何様のつもりでそういうことをするのでしょうか。

昔、アントニオ猪木がソ連時代のアマチュアレスリングの選手をプロレスに出場させる為に現地で彼らを説得したときの話。プロレスラーというのは単にレスリングが強い人ではなく、試合をすることによって人々の怒りや喜び、生きている感情を自由自在に引き出すことができる超人なのだと、ソ連のレスラー達に説明したそうです。人々が生きる勇気や夢を持てるそういった幻想を与えられるのがプロフェッショナルレスラーなのだと。その言葉に感銘を受けてソ連のレスラー達は新日本プロレスに参戦することを決意したということです。(その後、アントニオ猪木の気まぐれのせいでポイ捨てされてしまいますが、、、)それが本当の話にしろ、プロレス的脚色にしろ、僕はこの話が好きです。これはニーチェですよ。
力道山が街頭の人々を勇気づけた時代。あの頃の大らかな時代精神こそがすでに遠い昔の夢のごとき幻想なのかもしれませんね。蒟蒻ゼリーへの理不尽な国家的規制(の検討)や政治家の発言に対するどうでもいいバッシング、マスコミのマスコミに対する自己言及的なやらせ報道への告発などなど、一体全体何をしたいのか、この国をどうしたいのか、殺伐とした世の中になってしまいました。

by onomichi1969 | 2008-10-11 22:10 | 時事 | Trackback | Comments(0)

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