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Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 横溝正史 『悪魔が来りて笛を吹く』 semスキン用のアイコン02

  

2007年 09月 24日

横溝正史 『悪魔が来りて笛を吹く』_a0035172_23171423.jpgその昔、横溝正史の映画作品は年に数回ほどテレビのロードショーで上映していたし、夏になれば、古谷一行演じる金田一耕助のテレビドラマシリーズが再放送されていた。だから、横溝正史の金田一シリーズは小説として読んだことがなくても、主要作品に関しては大体の筋を知っていたし、トリックや犯人も最初から分かっていたものが多かったけれど、ストーリーのおどろおどろしさとか、ホラー仕立ての雰囲気が魅力で、テレビでやっているとついつい観てしまうのが当時の常だった。たぶん、これは僕らの世代の共有体験ではないかと思う。
リアルタイムの映画としては、『悪霊島』が小学校6年生の時で、そのころテレビでも盛んに金田一シリーズが上映され、横溝正史の小説が再版ブームとなったと記憶する。僕の友達も金田一シリーズの小説をよく読んでいたが、その頃の僕は漫画と時代小説しか興味がなかったし、後年、海外ミステリーや新本格物を読み出したころも、トリックや犯人をあらかじめ知っているような探偵小説に改めて興味が沸くこともなかったのである。

というわけで、この年になるまで、横溝正史の小説作品は、日本ミステリー史上ベストワンの呼び声が高い名作『獄門島』や歴史的作品である『本陣殺人事件』、『夜歩く』以外は読んだことがなかった。(元来僕はそういったキャッチフレーズに弱いので、その辺は外さず読んでいる)
先週始め、金田一シリーズを読みたい!と急に思い立ち、『悪魔が来りて笛を吹く』『八つ墓村』『悪魔の手毬唄』という彼の代表作の文庫本をまとめ買いし、週末をかけて今ようやく読み終わったところである。もちろん、それぞれの作品は映画で観ているのでストーリーも犯人も了解済みであったが、とにかくそんなことがハンデにならないくらい夢中に読んだし、そのなんともいえない哀しく切ない文章には完全に魅了されてしまった。この調子だと、このシリーズを続けて数作品読んでしまいそうな勢いである。

僕は和洋問わずミステリーの名作を結構読んできた方だと思うけど、横溝作品については、上記の理由もあってこれまで読むことを敬遠していた。元々、ミステリーはフーダニットやハウダニットのような犯人探し、トリックの解明が全てであり、それを最初から知っていて読むようなことはナンセンスだと思っていた。アンチ・ミステリーや近年の謎解き以外の要素を含んだ文学性の強い作品と違い、戦後初期の日本のミステリーはやはりプロットの精巧さと意外性、それが解き明かされる際のカタルシスがあってこその作品だと思っていたのである。

しかし、そうではなかった。犯人やトリックを知りつつ読んだことが作品から別の何物かを浮かび上がらせることになったのかもしれないが、横溝作品はシンプルに「小説としてすごぶる面白い」のだ。
特に『悪魔が来りて笛を吹く』や『悪魔の手毬唄』などは、大岡昇平の心理小説のようでいて、その観念性は中井英夫の『虚無への供物』に比する。簡潔でいて独創的な描写も、ここでは精巧なプロットとその構築に苦心する犯人のホワイダニットの切実さによって表現力を増している。ある意味で大いに観念的ながら、その切実さがとても奥深い。それは、おそらく日本の前近代的な因習や怨念といったような土俗的価値感がミステリーというモダニズムと習合することによって得られる時代的にもギリギリのリアリズムであったと思う。もちろん、それは非現実的であり、一面には卑俗的でメロドラマ風でもあるけど、村落共同体の中で劇的に価値感が変遷していく戦後という時代的側面と新しく登場したミステリーという意匠によって、事件はそのベースとなる土俗的因習を確実に壊しながら、逆にその土俗的因習の切実感を確実に捉えたのである。これらは横溝作品の大きな魅力であり、独特の文学性だと僕は思う。

確かに『悪魔の手毬唄』は映画も素晴らしいけど、小説も一読の価値がある。そして、『悪魔が来りて笛を吹く』は映画がいまいちだっただけに、小説は必読と言っても過言ではない。近年、金田一シリーズはテレビの2時間スペシャルや劇場用に新しくリメイクされることが多いが、厳密に言えば、それらのドラマは原作のもつ時代的な緊張感、その色合いと匂いを確実に失っているような気がする。それも時代的に仕方のないことかもしれないけれど。

横溝正史 『悪魔が来りて笛を吹く』_a0035172_23174671.jpg横溝正史 『悪魔が来りて笛を吹く』_a0035172_2318862.jpg


by onomichi1969 | 2007-09-24 00:13 | | Trackback(1) | Comments(8)

Tracked from 映画「クローズド・ノート.. at 2007-09-24 01:06
タイトル : 映画「クローズド・ノート」撮影秘話
沢尻エリカが21日、東京・有楽町のよみうりホールで行われた映画「クローズド・ノート」の報知特選試写会で撮影秘話を少し語ってくれました。 沢尻エリカが演じるのはごく平凡な大学生の香恵。 前の住人である小学校教師・伊吹(竹内結子)が忘れていった日記を何気なく読んでしまったことから運命的な恋愛に引き込まれる。 物語が意外な結末を迎えた時、香恵はひと回り人間としての成長を遂げていたという内容。 沢尻エリカと竹内結子の演技が見物だ。 どこにでもいそうな役柄だけに、あえて役作りをせずに撮影に挑み「現...... more
Commented by suezielily at 2012-08-17 17:30
Onomichi様は関心無いでしょうが、2004年以降猫が好きになってから読書の傾向が変わりました。小学生の時のポプラ社の児童向け乱歩作品が特定の作家を読み始めた契機。猫が好きになるとそれ以前は「春琴抄」など2作品しか読んでいなかった谷崎をよく読むようになりました。百閒、中勘助、大佛、保坂、町田、稲葉真弓などそれ以前に読まなかった作家も読むようになりました。
横溝作品,乱歩ほどじゃないけど好きですよ
Commented by onomichi1969 at 2012-08-19 23:42
僕の方は、乱歩は短編集1冊だけ読みましたね。学生の頃でしたが、結構インパクトがありました。谷崎は『痴人の愛』くらいです。これも学生の時に、当時の同級生の女の子に薦められた読みました。
最近、小説を読んでいないのですが、谷崎あたりを読んでみようかなと思っています。
Commented by suezielily at 2012-08-24 18:55
>金田一シリーズは>リメイクされることが多いが>原作のもつ時代的な緊張感、>確実に失って
その通りです。怖くないし、軽い。稲垣吾郎は文学も映画もよく勉強しているし、怪優じみてきて、彼が金田一演じる時はもっと何とかしてやればいいと思います。堺雅人の「リーガルハイ」で横溝のパロディやってたけど、余程面白かったです。
Commented by suezielily at 2012-08-24 18:56
私は「仮面舞踏会」が好きです。古谷金田一が石坂さんより好きです。
テーマ曲「あざみのごとく棘あれば」も好き。
Commented by suezielily at 2012-08-24 18:56
天地茂の明智「美女シリーズ」も好きでした。が、先日林真理子の「RURIKO」を読んで、石坂さんが市川昆の映画でそれ以前は格上だった妻・浅丘ルリ子に追いついた感が分かりました。人気クイズ番組2つ、大河ドラマで頼朝、と畳み掛けていましたからね。あの時代を描かせれば小林信彦のほうがリアルだろうけど、林さんも相当資料と格闘したのでしょうね。横溝は乱歩の「時計塔の秘密」など、いくつか良く似たのがあって乱歩のほうが良く書けているけど、乱歩も黒岩涙香(ネット上では青空文庫で読める)に借りていた題材で涙香も海外ミステリの元ネタもあるのだろうから、ややこしいですね。短編集というのは「二銭銅貨」「心理試験」「屋根裏の散歩者」「鏡地獄」「芋虫」等が入ったやつかな。最初の2つは謎解き系でドストエフスキーぽい。残り3つは入門編としては怖すぎ傑作ですね。ポプラ社子供用リライトを後年原作読んで設定の違いに苦労の跡をみました。(「死の十字路」や「地獄の道化師」)そして、子供なのに怪人20面相モノはつまらないと思っていました。
Commented by suezielily at 2012-08-24 18:56
大佛や清張の影響で岡本綺堂や菊池寛も最近のマイブームです。菊池寛と同じ選集に広津和夫が入っていて、宇野浩二が斉藤茂吉の脳病院に入院する騒動で広津や芥川も世話したとあって面白かったです。
謎解き本格ミステリは国内海外ともにあまり興味がなく、より人間が描けている作品が好きです。本格SFもあまり…ブラッドベリや筒井は好きですが。
Commented by onomichi1969 at 2012-08-28 00:16
suezielilyさま
ブラッドベリは僕も好きです。とても全部は読んでいませんけど。『たんぽぽのお酒』や『何かが道をやってくる』など。一番好きなのは、『火星年代記』ですね。すごくワクワクしました。
Commented by stefanlily at 2012-08-30 17:34
「真珠郎」再放送最後の場面だけ見ました。このゴシック浪漫には金田一いらないだろう、と思えばやはり「原作には登場しないが横溝の許可を得た」と有りました。大谷直子さんが美しいけど、キャスト欄見ても誰が真珠郎?…岡田英次(安部公房「砂の女」の仁木ですね)?は上の世代だと思うけど、他のキャストよりも。横溝は古谷さんの事を金田一そのものだと賞賛したとか。早世した同級生が「金田一を演じる古谷さんが好き」だったのを思い出します。飛躍するけど英国人女性ALTがPブロスナン大ファンで007とブロスナン、どっちが好きなのかと聞くと暫く考えて「007演じるブロスナンが好き」と言い、年長の英国人男性が「007はSコネリーとRムーアが最高」と。ハイ、同じ事言う日本人いますね。
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