Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 タグ:70年代ロック ( 94 ) タグの人気記事 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 AC/DC "Highway to Hell"(1979) semスキン用のアイコン02

  

2007年 04月 11日

a0035172_0413084.jpg70年代後半から80年代にかけてのハードロックシーンの中で僕が好きなバンドと言えば、スコーピオンズとオジー・オズボーン、そしてAC/DCである。
これらのバンドが好きな理由は、おそらく、彼ら特有の個性的な音楽スタイルが僕のロック魂の琴線に触れるからなのだが、その中でも、独特のボーカルスタイルをもつ個性的なボーカリスト達が聴かせる「うた」の響きには特に言い知れない魅力を感じてしまうのだ。
オジー・オズボーンの歌うバラードが僕は好きだ。あくまでギターの後ろから響く、控えめ?ながら圧倒的な存在感のある歌声。スコーピオンズのクラウス・マイネ、いわずと知れた哀愁のハイトーンボイスである。Pictured Lifeとかで聴かせるハイトーンのシャウトがダークでメロディアスなギターサウンドと交錯するのが大好きである。
そして、オーストラリアン・ハード・ブギーの雄、AC/DCといえば、ボン・スコットである。僕は彼ほどにソウルを響かせる金切り声を他に知らない。彼は最強にソウルフルなハードロック・ボーカリストなのである。

AC/DCの傑作アルバムといえば、1980年に全米で大ヒットし、全世界で4300万枚売り上げた"Back in Black"がまず挙がるだろう。確かにこのアルバムはポップでいてハード、重厚でいて薄っぺらい、なんというかロックの魅力がプリミティブに発揮されたシンプルにカッコいいアルバムである。楽曲も充実している。が、如何せんボーカルが弱い。新しく加入したおっさんシンガー、ブライアン・ジョンソンも金切り声を張り上げて頑張っているが、ボン・スコットに比べると「うた」の響きという点でかなり落ちる。ボン・スコットの声はナチュラルに倍音が響く。そのソウルフルな歌声は、スティーブ・マリオットやTHEM時代のヴァン・モリソンを彷彿とさせる、そういうレベルにあるのだ。(彼も天才的なボーカリストなのである)

そんなボン・スコットのボーカルの魅力は、初期のアルバム"High Voltage"(1976)や"Let There Be Rock"(1977)、"Powerage"(1978)で存分に味わえるが、やはり極めつけは、ボン・スコット時代の集大成的アルバムであり、尚且つ、よりハードでモダンな、その後の彼らのロック・スタイルを確立したアルバム、"Highway to Hell"(1979)が最高だろう。ソリッドでシンプルな縦ノリのギター・リフに絡むボン・スコットの歌声がゾクゾクするほどセクシーな表題曲01 Highway to Hell、彼ら本来のハード・ブギーをポップにアレンジした04 Touch Too Much、重量感溢れるロックンロール06 Shot Down In Flames などなど、どの曲も素晴らしい。ボン・スコットの歌声も確実にパワー・アップし、コーラスワークも冴えている。

そして、"Highway to Hell"の素晴らしさはそのアルバムジャケットにも現れている。悪魔君のアンガス・ヤングの隣で無垢な笑顔を見せる優男、それがボン・スコットである。

1980年2月19日、ボン・スコットは車中で死亡しているのが発見される。睡眠中に嘔吐物を喉に詰まらせての窒息死であったそうだが、元々が喘息もちであり、寒さ故の急激な発作が原因であったとも言われている。いずれにしろ、とても悔やまれる、残念な死であった。(多くの天才達は80-90年代を前にして夭折してしまう)
"Back in Black"は、全世界でマイケル・ジャクソンの『スリラー』に次ぐ、歴代2位の売り上げを誇るそうだ。(日本ではそれほど売れたという認識はなかったけれど、、、まさにモンスターアルバムだ) それほどに親しまれた作品ではあるが、これをボン・スコットの声で聴いてみたかった。そうであれば、アルバムの価値はもっともっと上がったであろうに。

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AC/DC "High Voltage"(1976)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2007-04-11 01:03 | 70年代ロック | Trackback(1) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Steve Miller Band "The Joker"(1973) semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 30日

a0035172_1346103.jpgSteve Miller Band、1973年発表の快作"The Joker" 
このアルバムとシングルThe Jokerの大ヒットによって、Steve Miller Bandは一線級のロックバンドとして、そしてヒットメーカーとしてもメジャーシーンで認められるうようになった。
クールでポップなR&Bとブルース・ロック。このアルバムでスティーブ・ミラーが体現しているのは70年代的な新しいmixedサウンドだろう。それは自ずとクロスオーバー的なサウンドを呼び込む。1970年にCanned Heatが"Future Blues"を発表し、従来のゴテゴテしたブルース・ロックにポップでジャジーな味付けを施し、ブルースにクロスオーバーの風をもたらした。Fleetwood Macはメンバーが入れ替わり、ブルースからポップへ大きくシフトチェンジした。その後も70年代初期の多様化したロックの潮流から、ブルース・ロックはより洗練されポップやR&Bと結びつき、スピーディーなシンプルさが重用されるようになったと感じる。
スティーブ・ミラーは「ゆるい」ボーカルと上記のような洗練されたブルース・サウンドを組み合わせることにより独特の新しい色合いを持ったサウンドを構築して一般の聴衆の心を掴んだ。その後も時代を捉えたポップな曲づくりとシンセを大胆に取り入れたサウンド構成により、長くメジャーシーンを席巻し、70年代のアメリカを代表するロックバンドとなった。確かにそのサウンドは70年代のロックを語るに相応する歩みを見せる。

僕が彼らのうたの中でいちばん好きなのは、Fly Like An Eagle、Serenade、Swingtown だったりする。それは今の時代からみて最も70年的な(クロスオーバーな)雰囲気を持っていながら、現代風のループサウンドを想起させる印象的なリフが特徴的な曲だ。その70年代サウンドは古いけど、古臭さを全く感じさせない普遍的なカッコよさと言うべきものがパッケージされている。(時代は廻るとも言うか) あと、Something To Believe In のような「ゆるさ」も彼ら特有の味わいで僕は好きだな。
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by onomichi1969 | 2006-12-30 10:21 | 70年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Olivia Newton-John "Best of Olivia Newton-John"(2003) semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 23日

a0035172_20591424.jpgファミリーレストランで隣に座っていたサラリーマン風の男が自分の妻の不倫現場を盗撮カメラの映像で観ている。ふとしたきっかけで主人公はその男と話をすることになり、つい男のことを「意気地がない」と罵ってしまったことから男が逆上し、そのまま自宅に乗り込こんで「最中」であった妻と不倫男をバットで滅多打ちにし、皆殺しにしてしまう。その現場を主人公がカメラで観ていると期待して、男はその足でファミリーレストランに引き返すが、主人公は不意の恐喝にあって数人の別の男達に暴行され、その現場を見ていなかった。男はそのことに腹を立て、手にした血まみれのバットで恐喝していた男達を次々になぎ倒す。ファミリーレストランに女性ボーカルの瑞々しい歌声が響く中、男のバットスイングが美しい軌跡を描くのを主人公は見る。

そのうたは阿部和重の短編集『無情の世界』に収録されている「鏖」(みなごろし)というはなしの中に唐突に現れる。

There was a time when I was in a hurry as you are
I was like you
There was a day when I just had to tell my point of view
I was like you
Now I don't mean to make you frown
No, I just want you to slow down

Have you never been mellow?
Have you never tried to find a comfort from inside you?
Have you never been happy just to hear your song?
Have you never let someone else be strong?

私も時間に追われ、急いでいた頃があったわ
いまのあなたみたいに
自分の意見ばかり主張していた頃があったわ
いまのあなたみたいに
非難するつもりじゃないのよ
ただスローダウンしてほしいだけ

優しい気持ちになったことはないの?
心の底から安らぎを求めたことはないの?
お気に入りのうたを聴いて幸せを感じたことはないの?
誰かを勇気づけようとしたことはないの?

(このはなしの恐ろしさは、これがまさに日常であり、全てが並列であるということなのだ。まぁそれはそれとして、、、)

僕はオリビア・ニュートンジョンのことがそれほど好きというわけではないけど、『そよ風の誘惑』や『ザナドゥ』『マジック』はわりと気に入っている。
そして、彼女のベスト盤は、そのジャケットの可愛さにつられて買ってしまったのだ。
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by onomichi1969 | 2006-12-23 20:56 | 70年代ロック | Trackback(1) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 The Band "Moondog Matinee"(1973) semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 10日

a0035172_1110934.jpg"Moondog Matinee"(1973)は、ザ・バンド、世紀の傑作ライブアルバム"Rock of Ages"(1972)の後に出されたオリジナルアルバムであり、全曲ロックンロールやR&Bのオールディーズの名曲に彩られたカバー集である。次作の"Northern Lights-Southern Cross"(1975)が復活作であり、後期の傑作という位置づけである為、本作は言ってみればリハビリ的な、ちょっとした息抜きのような感じとして見られがちである。
しかし、このアルバムは形こそカバー集ではあるが、ザ・バンドの歩みには欠かすことの出来ない彼らのオリジナルであり、血と肉であり、改めて言うまでもなく、彼らの重要な作品、大傑作なのである。まぁ彼らのアルバムは全て傑作であるので、それはもう言わずもがなではあるのだが。

オリジナルアルバムの流れから言うと、初期2作が優れた楽曲とコンセプチュアルな流れで構成された完成度の高い作品で、世間的にも最大級の賞賛を浴びたのに対し、その次に発表した2作はあまり芳しくない評判で、ロビーの作曲能力もここまでか、などと言われていた(らしい)。確かに初期2作のアコースティックでウッディーな魅力は時代と共に失わざるを得ない運命であっただろうし、楽曲の方もマンネリ化は避けられず、それが楽曲自体の良質な印象を薄くしているのかもしれない。その芳しくないオリジナル2作の後に発表したのがカバー集というのがいかにもというか、あまりにもバンドの内実を示しているようであるが、このカバー集はやはりバンドにとってみても優れたオリジナル作品群の一部であり、彼らのバンドとしてのスタイルと精神を確実に内包している傑作なのである。そして、このアルバムは次作の集大成的傑作である"Northern Lights-Southern Cross"(1975)に確実に繋がり、ここでの素晴らしい楽曲群と3人のボーカリスト達の熱唱への明らかな布石となっている。

そう、僕の言いたいことはこういうことだ。ザ・バンドは楽曲面では2作目以降、ロビー・ロバートソンに支えられているし、後期は特にロビーのバンドというように見られることが多い。(まぁ実際のところそうだったのだろうが) しかし、3人のボーカリストは健在であるのだ。僕にしてみれば、"Moondog Matinee"や"Northern Lights-Southern Cross"は、レヴォンとリックとリチャードのボーカルが冴え渡る、そういう輪郭のはっきりしたアルバムであり、そういう意味での傑作なのである。
特に"Moondog Matinee"は古の名曲を扱った全編カバー集であるが故にその思いは強い。もちろん"Third Man Theme"のようなトラッドなインストナンバーで聴かせる音楽的一体感もバンドの大きな魅力ではあるが。

まぁ、四の五の言わずにリチャードの3. Share Your Love、7. Great Pretender 、リックの10. Change Is Gonna Come を聴いてみればよい。素晴らしい、、、(リックのアウトテイクバージョンCrying Heart Blues もいい!) ひびきのあるうたを聴かせることができる、うたごごろをもった希代のボーカリスト2人(レヴォンのロックンロールもいいけどね) こころが震える、なみだが溢れる、うたを聴くだけでそんな感情を抑えることができなくなる、そんなボーカリストは他にブライアン・ウィルソンやジャニスなど数える人しかいない。そんなうたうたいが2人もいるんだから、このバンドはすごいじゃあないか。
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by onomichi1969 | 2006-12-10 10:57 | 70年代ロック | Trackback(2) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Bread "The Best of Bread" semスキン用のアイコン02

  

2006年 10月 17日

a0035172_085470.jpg僕は以前、バッドフィンガーのレビューの中で「彼らこそ、60年代から70年代へ移行する中でロックの可能性を捉えそこなったが故に、ある種の哀しみを湛え続けた最もヒューマンな70年代ロックバンド」であると書いた。この種のバンドとして他にラズベリーズや70年代のビーチボーイズを思い浮かべることができるが、同時期のウエストコーストのバンドとして忘れてはいけないのがデヴィッド・ゲイツ率いるブレッドである。(そして、僕は「この種のバンド」が嫌いではない、というかとても好きなのだ。)

ブレッドのそもそもの目的は、メンバーのひとりが言ったように、「60年代をほんの少しでも長続きさせる」ということだった。 ~Jerry McCulley, Amazon.com

最近になって僕は気がついた。そうか、ブレッドこそが確信的に60年代を引きずる70年代のソフトロックバンドであり、それを自覚し自ら演じていたのか。そう考えると何か腑に落ちた気がして、これまでにも増して彼らの音楽が心に沁みいるようになった。
彼らのポップバラードを中心としたサウンドはその後に多くのフォローアーを生んだが、彼ら自身はまるでそのことを自然に受け入れるが如く、"Baby I'm-a Want You"(1972)、"Guitar Man"(1973)と大ヒットを記録していた絶頂期に解散してしまう。
バッドフィンガーがビートルズの後継になりきれなかったポップロックバンドであるとするならば、ブレッドはイーグルスによって易々と乗り越えられてしまったカントリーポップバンドだと言えようか。彼らが「60年代をほんの少しでも長続きさせる」サウンドを目指していたのであれば、それもまた仕方のないことで、彼らこそが60年代後半のspritという幻想に捉えられた自覚的なprisonersだったのかもしれない。

もちろん、そうは言っても、彼らが60年代を引きずった単なるカントリーポップ・バンドというのでは決してない。それはこのベスト盤(デラックス版)を聴けば誰でも分かることだ。このアルバムは彼らの大ヒットシングルでもある01 Make It With Youや06 If の他、彼らの代表的アルバムである"Baby I'm-a Want You"(1972)、"Guitar Man"(1973)からの曲を中心として纏められたブレッド絶頂期を体現するベストアルバムである。

01 Make It With You、02 Everything I Own、03 Diary、04 Baby I'm-A Want You、05 It Don't Matter to Me、そして06 If と続く前半のポップバラードの流れがとても素晴らしい。そのメロディの清廉さとコーラスの爽やかさは奇跡的とでも言うべき完成度である。これらの選曲は正にベスト盤ならではの並び。後半に13 The Guitar Manと14 Aubreyが続くところもまたグーである。

確かに80年代、(バッドフィンガーと共に)ブレッドほど省みられなかったバンドもないであろう。しかし、彼らこそ普遍のメロディとコーラスを持った70年代を代表するウエストコーストの良質なソフトロックバンドなのである。このベスト盤もまた、一家に一枚のアルバムであることは間違いない。
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by onomichi1969 | 2006-10-17 01:07 | 70年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Roxy Music "Siren"(1975) semスキン用のアイコン02

  

2006年 09月 24日

a0035172_10543285.jpgロキシー・ミュージックはその誕生から終焉まで、自らの音楽的理想へと着実に歩を進めた。その到達点が"Avalon"(1982)であり、そこを終点とした直線には微小なばらつきしかない為、彼らの道程に明確な分節点は見出し難い。

ロキシーを歴史的に見れば、デビュー作"Roxy Music"(1972)から"Siren"(1975)を前期、"Manifesto"(1979)からラストアルバム"Avalon"(1982)までを後期と呼び、それぞれをグラム&アバンギャルドな早熟期、アダルト・オリエンテッドな成熟期と称することができるだろう。
彼らの前期と後期の間にある4年の活動休止期間には、当時最大のロック・ムーブメントであるパンクの潮流が起こっており、ディスコから派生したダンスミュージックの類型もほぼ出来上がりつつあった。
その前後でロキシー・ミュージックは"Siren"で一度解散し、"Manifesto"で復活するわけだが、このロックの大きな分節点にを挟んで作られたロキシーの2作品の間に明瞭な方向性の違いはあるのだろうか?答えは否である。改めてこの2作品を聴いてみれば、これらが確実に繋がっていることが分かる。それも時間軸を横軸として直線的に。
これを音楽的形而上性と呼ぼうか。
ボウイが作品によってゆるやかな振幅を描いていったのとは対照的にロキシーの行き方は直線なのである。そこに感じるのはヨーロッパ形而上的な合理性、幾何性、科学的なゆるぎなさに裏打ちされた歴史性なのである。その絶対性は、当時のロック的な背景にもほとんどぶれない。それは同時にロキシーの歴史性、絶対性であり、彼らの音楽的道程の大きな特徴といえるだろう。

しかし、そんな彼らのヨーロッパ的な歴史性を反映した行き方とは別に、彼らの音楽性そのものには別種の確信を見出すことができる。それが反ヨーロッパ的な非対称性の美という追求なのだ。そもそもロックとは非対称的な音楽であり、対称性の破壊を前提にしたものである。そこに調和があるとすれば、それは非線形にならざるを得ない。イングランド庭園の対称的な美と日本の寺院の枯山水的な美を思い浮かべてみて欲しい。日本的な非線形的調和の美。これこそがロック的な調和であり、ロキシーの目指した究極の美であろう。それはその根本からして反ヨーロッパ的なのだ。

今回、彼らの5枚目であり、前期最後のアルバムでもある"Siren"(1975)を取り上げる。
本来、彼らの直線性を考えれば、その到達点であり、歴史の終わりである"Avalon"(1982)を紹介すれば話も終わりなのだが、それで彼らの魅力を語りつくせるか?といえばまたそれも違うのである。音楽性とそこから沸き立つ魅力の関係は必ずしも直線ではない。それがロックの文学的視点であり、僕はやはり"Siren"(1975)も大好きなアルバムなのだ。

このアルバムはロキシー前期の集大成であり、最高傑作として位置づけられている、そのことに全く異存はない。彼らの音楽性に対する評価は右肩上がりなのだから。
ロキシーの名曲として名を馳せる01 Love Is the Drugや02 End of the Lineは既にしてブライアン・フェリーのダンディズムがポップミュージックとして成熟しつつあることをうかがわせる。3作目の"Stranded"(1973)あたりから見出せる、ある意味で真っ当なロック志向はここにきて彼ら独自の美的世界を掴まえつつあるのだ。
03 Sentimental Foolや07 Both Ends Burningには彼らのインストルメンタルな魅力、音への拘りを感じさせ、また09 Just Another Highでの抑えられた叙情性は、そのまま"Manifesto"(1979)の1曲目に繋がるではないか。

いよいよ次は"Avalon"(1982)か。
"Avalon"という最後の作品に込められた魅力。その究極性が僕らに何を届けるのか僕は語りたいと思う。その音楽的分析や評価についてはもはや語りつくされているし、素人の僕が付け足すことは何もないということも実際のところなのだが。。

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Roxy Music "Roxy Music"(1972)のレビューはこちら!
Roxy Music "Manifesto"(1979)のレビューはこちら!
Roxy Music "Avalon"(1982)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2006-09-24 10:51 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Kraftwerk "The Man-Machine"(1978) semスキン用のアイコン02

  

2006年 08月 11日

a0035172_2113812.jpgジャーマン・プログレッシブ・ロックの雄、クラフトワークの7枚目のアルバムにして最高傑作と呼ばれるのが"The Man-Machine"(1978)である。
僕はコレと前作"Trans-Europe Express"(1977)しか持っていないので実際のところはよく分からないけど、大体、名盤特集で挙がるのが先の2枚なので、このバンドについてはまずこの2作を押さえておくのが手始めというところだろう。(僕の場合はこの2作で完結という感じなのだが。。)
このアルバムを始めて聴いたのは高校生の頃で、中古レコード屋で見かけた奇妙なジャケットとジャーマン・プログレッシブという響き、クラフトワークというバンド名の堅実さに惹かれてLPを購入した。正直言って、80年代ポップにどっぷりはまっていた少年にとって01 The Robotsはなんとも驚きのサウンドだった。時代はユーロビートやヒップホップの出現を迎えつつあり、ビートやリズム音楽が見直されていた80年も後半のこと。その中で70年代当時の最新テクノ・ピコピコ・サウンドのなんと牧歌的だったことか。ちなみにテクノサウンドとは日本での造語であり、彼らの称号はやはりジャーマン・プログレッシブというのが正しい。彼らがYMOのオリジンであることから、テクノサウンドの元祖と呼ばれるようになったのであるが。

そして、今、改めて彼らの音楽を聴いてみると、それがまた新鮮であることに驚く。プログレッシブというよりも、細野晴臣のアンビエントに近い感じで、その系統で考えれば彼らの音楽を自分の中でうまく捉えられるような気がする。もちろんYMOにもしっかりと通じるのであるが。(と言いつつ、実は僕はYMOの音楽をあまり知らない。むかーし、スネークマンショーで聴いたくらいかな。)
もし、90年代に聴いていたら、同じアンビエントと言えどもそのピコピコサウンド自体が聴くに耐えなかったかもしれないが、今なら逆に十分聴ける。音(音楽)にもなんというか時代のめぐり合わせというものがあると思う。80年代初頭に氾濫した幾多のピコピコの中でも彼らのアーティステックなポップ性は確実に残っていくべきものなのだ。
ロボットやコンピューターのイメージもここ30年でかなり変わったが、彼らの音楽は当時の位置から、その本質的なところを時代を超えて伝えてくれるような気がする。それがとても新鮮なのかもしれない。

02 Spacelabや03 Metropolis、05 Neon Lights も素晴らしい。04 The Modelなどは後のバグルスを彷彿とさせ、80年代ポップの先駆け的な曲でもある。
やはりドイツである。メトロポリスである。ギルドである。そして、クラフトワークはその道のマイスターなのだ。 
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by onomichi1969 | 2006-08-11 02:16 | 70年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Electric Light Orchestra "Out of the Blue"(1977) その2 semスキン用のアイコン02

  

2006年 08月 05日

a0035172_246405.jpg人生は時に退屈なものである。それを傍から見ればオチのつかないエピソードの連続にしか思えない、と言ったのはアメリカの作家であるが、そんな人生の流れの中にもいくつかの漣(さざなみ)があり、さざめきがある。誰の人生でもだ。それは一見して無駄と思える大いなる時間の積み重ねの中にこそあるのかもしれないし、そこに折り重なったディテールの退屈さの中にこそあるのかもしれない。
僕らが歌を聴くという行為も退屈さに嵌ることに違いないのであるが、そんな退屈さの大いなる響きを感じ取れるのがELOの最高傑作"Out of Blue"(1977)だと言えないだろうか。(ちょっと大げさかナ)
このアルバムに「退屈さ」などという主題を感じる人はまぁほとんどいないとは思う。が、僕はやはりこのアルバムの魅力はその大いなる退屈さであり、それこそがシンフォニーであり、人生である(あった!)と感じるのだ。
それをロックミュージックで表現しえた実に幸福な時代の幸福な作品。それがELOの"Out of Blue"(1977)なのだ。

このアルバムの代表曲である03 Sweet Talkin WomanはELOらしいわくわくするような楽しい曲で、そこに僕らが恋をした時に感じる(その昔感じた)ある種のきらめき、あのキラキラとした瞬きを感じることができないだろうか。恋をした瞬間に変わる世界の空気と色彩、そんな感情がこの曲によって蘇ってくるようだ。そして、02 It's Overでの挫折の悲しみや04 Across The Borderでの新たな旅立ちを経て、09 Steppin Outでは人生の岐路とその後の人生が語られ、11 Big Wheelsや13 Mr. Blue Sky、14 Sweet Is The Nightといった名曲が心に染み入る中、最後に17 Wild West Heroでの壮大な黄昏に行き着く。

これは正に人生というシンフォニーである。

古臭さもその場違いな壮大さも、70年代の大きな物語の終焉という時代を僕らに感じさせる。実はELOこそ時代を映す鏡のようなバンドなのだといえる。80年代に入り、ELOはよりミニマルなバンドスタイルを追求していくが、それはシンプリフィケーションを推し進める80年代という時代の必然的な要請であった。時代は大きなシンフォニー、その広がりから小さなマキシム、その深みへの潜行と表層の戯れに二層化していく。さらに90年代、世の中は個闘の時代となり、ELOはジェフリンそのものになるのである。

ELOはロック&ポップ・ミュージックの立役者として、もっともっと評価されるべきだと僕は思っている。僕はELOが好きだ。なんで僕はELOが好きなのか?それはとても文学的な問いで、それはポップとは何か?ということに結びつく。ELOこそが、ポップを体現するが故に80年代という時代のポップを語るに足るバンドなんだナ。実は。

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Electric Light Orchestra "Out of the Blue"(1977)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2006-08-05 02:59 | 70年代ロック | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 Eagles "Hotel California"(1976) semスキン用のアイコン02

  

2006年 06月 17日

a0035172_21442925.jpgイーグルスは70年代のアメリカン・ロックを代表するバンドである。そして、彼らの"Hotel California"(1976)は、その70年代という時代精神を象徴する作品であり、ロック史上に燦然と輝く大傑作アルバムである。
最近、イーグルスのオリジナルアルバム6枚を紙ジャケで購入した。僕も紙ジャケットにはまった!というわけでもないけれど、やはり紙ジャケをシリーズで買うとしたら、イーグルスの6枚(たった6枚だ!)のアルバムはジャケットのセンス、装飾性、その時代性も含めて紙ジャケという入れ物に最もフィットすると思ったのだ。もちろん、彼らのオリジナルアルバムはどれをとっても傑作である。個人的好みとしても、この中でどれが一番かは言えないけれど、やはり彼らが70年代を象徴するバンドとなり得たのは"Hotel California"(1976)があったからこそであり、特に表題曲01 Hotel Californiaは、70年代の時代精神とも言うべき「行き場の無いラディカリズム」(それは単純な挫折とは違う)につながる苦渋を独特の叙情性とシニカルな歌詞によって歌い上げ、ドン・フェルダーとジョー・ウォルシュのツイン・リードが奏でる終盤のギター・ソロは、1969年以来、時代精神に閉じ込められた囚人達へ捧げられた永遠のループ・フレーズとなった。

So I called up the Captain: "Please bring me my wine"
He said, "We haven't had that spirit here since, nineteen sixty-nine"

このアルバムには、他にも大ヒットした02 New Kid in Townや03 Life in the Fast Lane、04 Wasted Time、06 Victim of Love、そして、09 The Last Resortまで、素晴らしい楽曲が並び、全く無駄のない構成を誇る。その中でもA面のラストとB面のラストを飾る2つのバラードは、敗れ去った夢や過ぎ去った年月への哀愁をシニカルに歌い上げる名曲であると共に、このアルバムのコンセプトを象徴づける重要なアイテムであろう。
また、06 Victim of Loveも80年代ハードロックの原型とも言うべき作品であり、元々がカントリーフレーバーを漂わせながらも常にヘヴィーさを追求してきたイーグルスが到達した楽曲である。70年代を象徴するバンド、イーグルスが彼らの完成形の中で辿り着いた地点が80年代ハードの出発点であり、凡庸な典型ともなる。それは
結局のところ、次作の"The Long Run"(1979)へと繋がり、彼らはその先の行き場、80年代に生きるべきバンドのあり方を見失うに至るのだ。

80年代のイーグルスというのは存在しないが、彼らメンバーの80年代の姿はそれぞれのソロ・ワークやサウンドトラック"Fast Times at Ridgemont High"(1982)に見られる。その吹っ切れたように明るいポップな80年代サウンドは、彼らがそう歩まずにはいられなかった時代の流れなのだろう。

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by onomichi1969 | 2006-06-17 22:35 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Electric Light Orchestra "Discovery"(1979) semスキン用のアイコン02

  

2006年 04月 11日

a0035172_0133773.jpgELOは、このアルバムからシンセサイザーを楽曲構成の中心据え、よりキャッチーでポップなサウンドを目指した。楽しい音たちの集まり、アルバムがまるでヒットパレードのトレジャーボックスようだ。ジャケットからしてアラジンの魔法のランプを彷彿とさせる、その宝箱を開けると、流れてくる音楽が魔法のように僕らを夢物語の舞台、まるでディズニーランドのような別世界へと誘う。

Electric Light Orchestra "Discovery"(1979)は、ヒットメーカーELOの面目躍如たる大ヒットポップアルバムである。
1曲1曲のクオリティが高く、正にすべてがシングルカットできると言われた通りに充実している。(実際に各国盤を含めれば9曲中8曲がシングルになっているそうだ。。。)
01 Shine A Little Loveの軽快な滑り出しから、アルバム中最もポップセンス溢れる名曲02 Confusion、切ないバラード03 Need Her Loveに、魔法の如き楽しいアドベンチャーソング04 The Diary Of Horace Wimp、歌謡ポップ的な05 Last Train To Londonに、美しきスペースサウンド、このアルバムのクライマックスとでも言うべき06 Midnight Blue、そして、典型的なELOサウンドが楽しい07 On The Runと08 Wishingをはさみ、ELO最大のヒットナンバーでロック調の09 Don't Bring Me Downで締めくくる。。

まさに宝箱のようなアルバムだ。
そのわくわくする期待感、それこそがスペースサウンドなのだ。やっぱりELOはいいナ。

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Electric Light Orchestra "A New World Record"(1976)のレビューはこちら!
Electric Light Orchestra "Out of the Blue"(1977)のレビューはこちら!
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ELO "Balance Of Power"(1986)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2006-04-11 00:28 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

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