Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 タグ:00年代ロック ( 9 ) タグの人気記事 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 Neil Young : Heart of Gold (2006) semスキン用のアイコン02

  

2012年 07月 14日

a0035172_1110212.jpgニール・ヤングのライブ・ドキュメンタリー映画である。

ニールとメンバーのインタビューは冒頭のみ。あとはひたすら彼のライブ・ステージを映す。ニールのライブ映像と言えば、クレイジーホース名義のハードロックギンギン、インプロヴィゼーション満載の"Year of the Hose"がある。1997年のジム・ジャームッシュ監督作品。こちらは、クレイジーホースに関心がない人にとって、単なるノイジーなおっさんバンドのステージを遠目に延々映している退屈な作品に見えるかもしれない。確かにエンターテイメントには程遠い作品である。

それに比べたら、本作はかなり観られるのではないかな? 場所がカントリーの聖地、ナッシュビルのライマン・オーディトリアムということで、ニール・ヤングのカントリー作品を中心にした曲構成となっている。音響が素晴らしく、温かみのある演奏がよく響く。特に後半は、"Heart of Gold"や"Old Man"、Needle of the Damage Down"など、有名な曲が続くので全く飽きさせない。彼にとってはナッシュビルに所縁のある"Harvest"、"Comes a Time"、"Harvest Moon"の3枚の傑作アルバムからの選曲が中心となっているのもいい。(個人的には80年代の"Old Ways"も仲間に入れてほしかったなぁと。。。)

本作の監督はジョナサン・デミである。ジョナサン・デミと言えば、彼の出世作、Talking Headsのライブ・ドキュメンタリー映画"Stop Making Sense"が有名である。これは、舞台演出をライブに取り入れた楽しい作品で、演劇的要素あり、アコースティックあり、ダンスあり、ポップアートあり、映像としてもライブ盤としてもエンターテイメント溢れる傑作だった。そもそも"Stop Making Sense"にはライブで盛り上がっているはずの観客が殆ど映らない。ライブ映像というよりも映像作品そのもの、音楽エンターテイメント映像作品である。バックショットなんかはスコセッシの"The Last Waltz"を彷彿とさせて、この絵がすごくカッコいいんだなぁ。

本作"Heart of Gold"も観客を一切映すことなく、ステージ上で演奏するニールや共演者たちの所作をひとつひとつ丁寧に映す。その絵がとても綺麗。ニールが歌う表情のアップ。ギターを爪弾く指の動き。ハーモニカを吹く時の口元。共演者たちとの距離感。彼の奥さんでもあるペギー・ヤングを含め、ギタープレイヤーたちが総勢で一列に並ぶ"Comes a Time"と"Four Strong Winds"。まるでスタジオ映像のように、演者たちのひとりひとりをじっくりと映し出す。観ている僕らはライブの観客の一員ではなく、まるでバンドの一員になったような錯覚に陥る。

アットホームなステージ。その中心に孤高として高音の声を響かせるニール・ヤングの立ち姿、その表情。彼は歌う。目をつぶり、そして、遠くを見つめる。彼が見ているもの。ロックの魂。60年代後半から70年代にかけて、人々を虜にし、消えていったロックの魂たち。すっかりold manとなりながらも威光に満ちたニールの表情を通して、「それ」を映し、捉えたことによって、本作は、スコセッシの"The Last Waltz"と並び、音楽ドキュメンタリー/ライブ映画の傑作になったと思う。2006年アメリカ映画
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by onomichi1969 | 2012-07-14 22:23 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Brian Wilson "That Lucky Old Sun"(2008) semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 16日

a0035172_1437896.jpgイントロのピアノに始まり、ブライアンの声が響く。

Summer '61
A goddess became my song

ブライアン・ウィルソンの2008年のアルバム”That Lucky Old Sun”の5曲目、Forever She'll Be My Surfer Girlの冒頭の1節である。何度聴いても、胸が熱くなる。彼はやっぱり天才だったんだなぁって。

失われたと思っていたものが、そこにあった。
アルバムの冒頭を飾るThat Lucky Old Sunは、アメリカのポピュラーソングで、日本では、ルイ・アームストロングやレイ・チャールズの歌唱で知られる。あくせく働く民衆の頭上でいい気に天国だけをぐるぐると廻り続ける太陽を皮肉った曲である。ブライアン・ウィルソンは、このスタンダードナンバーにインスパイアされてアルバム”That Lucky Old Sun”をつくったという。その象徴であり、主役は、彼の故郷、青春の舞台カリフォルニアである。サーファー・ガールであり、オール・サマー・ロングであり、ビーチ・ボーイズである。そして、ブライアン・ウィルソンである。
彼は歌う。

Lost my way
The sun grew dim
Stepped over grace
And stood in sin
“Midnight's another day”

At 25 I turned out the light
Cos I couldn't handle the glare in my tired eyes
But now I'm back
Drawing shades of kinder sky
“Goin' Home”

Whoa, whoa, whoa it's magical
Living a dream
Don't wanna sleep
You might miss something
“Southern California”

”That Lucky Old Sun”は、ブライアンの自伝であり、2004年の”Smile”を経た、ブライアンの「今」を象徴するアルバムと言われる。それはその通りだろう。クリント・イーストウッドは、自らの歩みを総括するものとして、映画『グラン・トリノ』を作った。『グラン・トリノ』こそは、イーストウッドの歴史あってこその映画というわけだ。”That Lucky Old Sun”もブライアンの歴史の総括として在るものだと僕は思う。アルバムに耳を傾けてみれば、そこには、”Today!”のB面の流れがあり、”Pet Sounds”があり、”This Whole World”があり、”Love You”がある。”Rio Grande”があり、”Surf's Up”がある。曲の端々に、カールの姿が垣間見える。そしてデニスも。。。若きブライアンの躍動があり、苦悩の時代があり、今がある。これまでのブライアンの歴史があってこそ、”That Lucky Old Sun”は21世紀の今に燦然と輝く。

”That Lucky Old Sun”はブライアンである。ブライアンはいい気に天国だけをぐるぐると廻り続ける。ここ数年で一番の希望であり、全てを照らすような素晴らしいアルバム。
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by onomichi1969 | 2010-01-16 15:01 | 00年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Red Hot Chili Peppers "By the Way"(2002) semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 04日

a0035172_214336.jpg実を言えば、90年代-00年代のロックはリアルタイムで全く聴いていなかったこともあり、殆ど知らない。親密なる80年代に比べれば、1/1000の知識もないだろう。たぶん。僕にとって90-00年代は空白の4世紀なのである。

その中で今、特に聴いているのが、R.E.M.であり、Radioheadであり、Red Hot Chili Peppersなのであるが、殆ど後追いである。あと、AerosmithsやBon Joviなんかも聴くけど、これらは所詮80年代の延長線上だしね。
というわけで、今回は、レッチリである。と言っても、レッチリなどと親しげに呼んだことがないので、僕は少しキョリを置いてチリペッパーズと書くことにする。全然関係ないけど、僕は、マイケルジャクソンをMJと呼んだこともないし、クラプトンをECなどと呼んだこともない。アメリカも日本も最近、省略好きなのは何故だろう?いわゆるニックネームみたいなもので、そう呼ぶことによって一方的に親しみを感じるという共有感覚なのだろうけど。(これも時代的なものかな) まぁ、それはどうでもいいけど。

とにかく、90年代後半から00年代にかけて、、、チリペッパーズである。
チリペッパーズと言えば、僕にとっては、"Californication"(1999)と"By the Way"(2002)である。これら2枚のアルバムは、突出していると思う。彼らの音楽的な成長と共に時代的緊張感がそうさせているのだろうか。時代的緊張感とは何か? 90年代、世界は意味を失うことの自覚を失う。無意味な日常をノンシャランに生きることこそが意味にとりつかれた世界を相対化する戦略だと宣言したのは80年代のポストモダニスト達であり、それを実践したのが90年代の日本の女子高生達だった。しかし、90年代も後半になると、無意味な日常というその無意味性に耐えられない若者達が、日常を超越する過剰な意味への短絡を求めるようになる。90年代後半から急速に普及するインターネットのコミュニケーション環境の中で、それは「ナショナリズム」(的表現)のようなロマン主義的シニシズムという形で2ch等で一般化する。。。というのは、71年生まれの社会学者北田暁大の言説である。(基本的に現代社会学の基本理論はアメリカから来ているそうな。)
僕は、80年代以降、ポップミュージックというのは無意味性の象徴だったと思っている。世界はポップにとってフラットであり、ポップによって世界はフラットになったのだ。また、ミュージックというムーブメントは、世界にシンクロすると同時に時代に先んじるものだと僕は思う。だからポップは世界を動かせたのである。(ドイツを統一させ、ソ連を崩壊させた。)
しかし、ポップと消費主義の結びついた幸福な時代が過ぎ、90年代の初期にはそんな無意味性に耐えられなくなった輩がいたわけで、それがオルタナティブ・ロックとして現れたグランジのニルヴァーナであり、最初に名前をあげたR.E.M.であり、Radioheadであったわけで。それについてはまた別に書くとして、そんな中でチリペッパーズは無意味という無意味性を無自覚にどこまでも体現するような突き抜けたイメージがあって、ある意味で最も90年代に同時代的なバンドと言えた。そんなファンキーでメタリックな「突き抜け」がついにどんと突き当たったような閉塞感でアルバム全体を覆っているのが"Californication"(1999)と"By the Way"(2002)なのである。奇しくも2001年の9.11というアメリカのゼロ地点を挟んだ2枚のアルバム。このアルバムが僕に感じさせるのはそんな閉塞感が何かに短絡しないこと。同時代的な人間の動物化とか短絡性といったものに片足を踏み入れつつ、思い切りどんと突き当たって、ひっくり返りながらもふわふわと揺れながら踏みとどまってみせる。

個人的には、"By the Way"(2002)が好きだ。
"By The Way"とか"Universal Speaking"とか"Don't Forget Me"とか"The Zephyr Song"とか。曲調はどれも似ているのだけど、とても心に響く。あくまでポップであることにこだわることによって、これまで以上にポップに傾倒した作品である。そのひっくり返りようと「あえて」の突き放しと戸惑いが心に響くのである。うまく言えないけど。。

Fly away on my Zephyr
I feel it more than ever
And in this perfect weather
We'll find a place together

In the water where I center my emotion
All the world can pass me by
Fly away on my Zephyr
We're gonna live forever...

The Zephyr Song Lyrics
*Zephyr=西風が元の意味、ただ頭文字が大文字だし、乗り物の方のイメージかな
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by onomichi1969 | 2010-01-04 02:17 | 00年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Electric Light Orchestra "Zoom"(2001) semスキン用のアイコン02

  

2009年 03月 08日

a0035172_1322882.jpg90年代以降に洋楽を離れてから、ニューアルバムは殆どノーチェック。最新作として購入するのは、レディオヘッドとブライアン・ウィルソンのアルバムくらいだったろうか。。。いや、もう一人いた。ジェフ・リンである。ELOである。エレクトリック・ライト・オーケストラである。
ELOの「楽団ひとり」となったジェフ・リンの最新作は、2001年の”Zoom”まで遡る。”Zoom”は、巷で殆ど話題にもならなかったアルバムであるが、80年代ポップの傑作”Balance of Power”(1986)以来のジェフ=ELOのオリジナルアルバムで、その思いもかけなさも相まって、内容は僕らの微かな期待を超えた素晴らしい出来であった。

ELOは70年代、フル編成のストリングスをロックに取り入れたシンフォニックな音楽性を独自のスタイルとし、かつジェフ・リンの「ポップの魔術師」と呼ばれるメロディが融合して、数多くのヒット曲を放った。彼らの70年代の到達点が2枚組大作”Out of the Blue”(1977)であろう。”Out of the Blue”とは、地球から離れてという意味だと思うが、字句どおりに訳せば「青色を超えて」という意味にもなる。

青とは435.8nm の波長もつ可視光領域の7色のひとつであるが、実は、青こそが最後の色、白のその先にある、恒星が最も高い温度で輝く色、波長スペクトル的にも色(紫)の「終わり」なのである。
つまり、70年代的なELOのオーケストラ・サウンドは、”Out of the Blue”(1977)で究極の青を超えたのであり、最終曲Wild West Heroの壮大な黄昏の向こうに完結したと見るべきなのだと僕は思う。そして、80年代ポップは”Discovery”(1979)によって始まり、”Balance of Power”(1986)のシンプリフィケーションに至る。ジェフの音楽は、オーケストラから最終的にシンプルなギターサウンドに行き着き、その派生として、ジョージ・ハリソンやトム・ペティのアルバムのプロデュース、トラベリング・ウィルベリーズの成功があったのである。

00年代に70年代的なELOを期待する意味はない。70年代のELOの音楽は70年代に存在したELOが奏でたものでしかありえないのだから。00年代のELO。。その時、僕は期待できたのである。70年代の黄昏の向こうにある00年代の彼らの音楽を。

果たしてELOの”Zoom”(2001)は傑作であった。特に1曲目で1stシングルともなった挨拶代わりのAlrightから、美しいメロディとジェフ・リンの掠れたファルセットが印象的な名曲Moment in Paradiseに繋がる導入部。ジェフ・リンらしいポップセンスが光るJust for LoveやStranger on a Quiet Street、落ち着いたバラード、空の蒼さへの想いIn My Own Timeやシンプルな黄昏Ordinary Dream、ジョージのスライドも聴ける枯れた魅力のA Long Time Gone、ELO風の懐古的ロックンロールMelting in the Sun、70年代風な音の味付けが心地よいLonesome Lullaby、などなど。
”Zoom”(2001)はギターとシンセサウンドによって構成されるが、同じシンセサウンドを特徴とする80年代初期の重厚な音に比べると、隙間としての「スペース」を意識したミニマルな作りとなっている。特にギターの音と単調なリズムが強調され、やはりこれは00年代の古くて新しい究極の(青の向こう側にある)ELOサウンドと言えるのではないかな。
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by onomichi1969 | 2009-03-08 15:19 | 00年代ロック | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 シャイン・ア・ライト "Shine a Light" semスキン用のアイコン02

  

2009年 02月 07日

a0035172_1504997.jpg日比谷でストーンズのライブ映画"Shine a Light"を観た。

ストーンズのライブと言えば、1990年の初来日公演が思い出深い。 ミックとキースは47歳、僕が20歳の頃の邂逅であった。あの東京ドームで僕の10代が終わり、僕の中のストーンズは終わった。80年代を通して聞き続けたロックに対して、10代の僕が追い求めた何かが確実に終わったのを感じた。事実、その後、90年代を通して、僕は洋楽を全く聴かなくなってしまった。

高校生の頃、僕はストーンズに夢中だった。ロックと言えばストーンズ、ストーンズこそがロックだと思っていたのだ。しかし、それは60年代後半から70年代のストーンズ。その頃のアルバムは何度も繰り返し聴いた。"Let It Bleed"(1969)、"Sticky Fingers"(1971)、"Exile on Main St."(1972)、"It's Only Rock'n Roll"(1974)、"Black and Blue"(1976)、"Some Girls"(1978)、、、最高だった。当時ライブやスタジオ演奏の映像でみるミックとキースのなんと精悍でカッコよかったことか。。。ちょうど30代前半から半ば頃の脂の乗り切った2人の自然にロックしている立ち姿がしびれるほどにセクシーだった。
同じ時期に"The Kids are Alright"用のスタジオライブでピート・タウンゼントが「オヤジのロック!」と叫んだとき、彼はまだ33歳だったが、その立ち姿はまさにオヤジだった。。。

80年代に入り、ストーンズは、僕らに急激な老いを感じさせるようになる。それを打ち消すようなパフォーマンスをみせた81年のライブ映像。ミックのフットボーラー姿は今でこそミックらしいエンターテイメントを十分に感じさせる微笑ましいものであるが、当時は何か間違った歌謡曲的な演出を見せられたような気がした。キースはシャープさが失われ、急激に老けこんでいた。70年代のストーンズが好きだったからこそ、80年代に当時のポップスをうまく取り入れてアルバムを出し続けていたストーンズに正直言って落胆したのだ。1990年の東京ドームのライブでは、そのことを改めて、目の前に見せつけられたようだった。

そして、2006年のストーンズである。それはまさに「オヤジのロック」を通り越して、「おじいちゃんのロック」である。ミックとキースは還暦をとっくに越えた63歳である。その映像を観る僕も39歳になって、久々の現在形のストーンズとの邂逅となった。

そう、パンクの時代、ピートが33歳でオヤジのロックと叫んだ時代からさらに30年。63歳のロックとは如何なるものか? 皺皺のミックは以前と変わらない身のこなしでロックを歌い続ける。20代も30代も60代も変わらないロックというのはミックの思想そのもの。彼の中では全く違和感のないロックのあり方なのである。健康的でセクシー。バディ・ガイを前に悪ガキっぽさをアピールしつつ、若い女性シンガーに対してはセクシーに迫ってみせる。年齢を感じさせない、中性的でとても現代的なセクスである。

60年代から変わらず発散しているミックの魅力がそこにある。63歳になってもそのロックは死なない。健康的な生活を感じさせる見事にシェイプアップされた体。長いステージでも疲れを感じさせないエンターテイナー。

でも、僕の心は死んだロックの方に今でも引き寄せられる。60年代、70年代という時代にとり残され、囚われの身となったロックの魂たち。ミックを見ているとそういう魂はもう過去の遺物にすぎないように感じられる。彼にとっては子供や孫の代にあたるような若いオーディエンスと見事に一体化したステージパフォーマンス。笑顔の絶えないキースの立ち姿。彼は本来、70年代にドラッグで死んでいたはずの男である。
そうそう、70年代ロックといえば、ザ・バンドのラスト・ライブ映像"The Last Waltz"
もマーチン・スコセッシ監督作品だったナ。ウッドストックも彼が助監督時代の作品である。

僕の中で80年代と共に死んだストーンズは、2006年、まだまだ健在だった。彼らは70歳になってもストーンズでありつづけるだろう。そのスタイル故に、彼らのロックは永遠なのだ。2008年アメリカ・イギリス映画
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by onomichi1969 | 2009-02-07 13:54 | 音楽の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Bon Jovi "Crush"(2000) semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 04日

a0035172_1637185.jpg今回はボン・ジョヴィである。
僕がボン・ジョヴィを知ったのは、彼らのファーストアルバムでのスマッシュヒット『夜明けのランナウェイ』からである。それから2ndアルバムの”Tokyo Road” と続くが、全米で殆ど売れなかったわりに、日本では結構話題になったと記憶する。それは、ボーカルのジョン・ボン・ジョヴィとギターのリッチー・サンボラという日本人好みのイケメン・フロントマンのアイドル的人気に支えられていたからだろう。当時、ボン・ジョヴィは、僕らの中ではアイドル系のヘヴィ・メタル・バンドという一種特異な位置づけにあり、日本での人気が高いという点では、G.I.オレンジと似たようなイメージであった。(まぁG.I.オレンジと違って、日本オンリーでなく、全米でもちゃんと売れていたが。。。)
ところが、3rdアルバム”Slippery When Wet”(1986)<当時は『ワイルド・イン・ザ・ストリート』という邦題の方が一般的だった>が全米でNo.1となり、シングル”You Give Love A Bad Name”と”Livin' On A Prayer”も大ヒットするにおよび、その捉え方も一変する。アルバムは全世界で3000万枚の売り上げを記録し、ボン・ジョヴィは日本だけでなく、全世界のアイドルとなったのである。その後の4th”New Jersey”(1988)も2曲の全米No.1を獲得し、その地位を完全に確立した。

僕らにとって、ボン・ジョヴィの成功物語は、確かにリアルタイムの出来事であり、日本で人気が先行したという例で言えばクイーンと同じで、なんとなく特別な思い入れがないこともない、が、如何せん当時の洋楽ファンにとって、ボン・ジョヴィはあくまでHR/HMバンドでありながら、あまりにもポップよりすぎて、中途半端なアイドル系のヘヴィ・メタル・バンドというイメージを拭えず、そのジャンルへの拘りが彼らを正統に評価する足枷となっていたように思う。

僕の場合、1988年以降、洋楽の世界から遠ざかった為、ボン・ジョヴィのイメージはずっと上記のようなままであった。90年代にベスト盤”Cross Road”(1994)を買ったものの、とくに熱心に聴くこともなかった。(ただ、カラオケで”You Give Love A Bad Name”と”Livin' On A Prayer”、”Always”、”Bed of Roses”はよく歌った。。。)

最近になり、彼らのその後のアルバム”These Days”(1995)、”Crush”(2000)を聴いた。

80年代、ハードロックはNWOBHM(New Wave Of British Heavy Metal)という流れの中でAC/DCやデフ・レパード、ヴァン・ヘイレンがメジャーシーンで活躍するようになり、HR/HMというジャンルを確立する。しかし、ロックのポップ化、大衆化という時代的な趨勢の中で、それはあまりに先鋭的な一般化(変な言葉だけど)でしかなかった。80年代中期より、LAメタル系のバンドが多く出てくるが、それはとてもマニア的な受け取られ方だったのである。(実際、MTVの中でもヘヴィ・メタル・マニアは別ジャンルだった) 86年にブレークしたボン・ジョヴィも当初はそんなマニア向けのバンドからの出発だったのである。先鋭的な一般化というべきマニアの中のアイドル的大衆バンド。それが当時のボン・ジョヴィの特異的な位置づけだったというのは先に述べた。
しかし、彼らがスマートだったのは、その位置づけをより普遍的なもの、ロックそのものへと確実にシフトしていったことである。90年代、オルタナやグランジ、ダウナー系という流れの中で、HR/HMはその先鋭的な位置づけを失い、ロックという大きなジャンルに易々と飲み込まれることになる。それは必然的な時代の流れであり、多くのHR/HMバンドが消滅していく中、ボン・ジョヴィは自らのポジションをシフトすることにより、うまくその流れに乗ったわけだ。

”These Days”(1995)も”Crush”(2000)は素晴らしいアルバムだと思う。
特に”Crush”(2000)は、名曲It's My Lifeから始まり、新しい時代のロック調と言うべき新境地 Say It Isn't So、彼ららしい叙情溢れるバラード Thank You for Loving Me、Two Story Town、Next 100 Years、Just Olderに繋がる(昔で言うAサイドの)流れはかなり聴き応えがある。そこにはもう80年代のアイドル系のヘヴィ・メタル・バンドというイメージはない。楽曲的にもクロス・オーバー化され、バラエティに富んだつくりとなっており、時にシンプルに、ハードに、様々な音楽的エッセンスを効果的に取り入れたサウンドは貫禄十分である。その他、バラードのSave the Worldなども彼ららしい真面目な味わいがあってよい。

というわけで、最近はとても素直な気持ちでボン・ジョヴィを聴いている。彼らも相応に年を取ってきたわけで、その年輪の重みが楽曲にも反映され、メロディにも味わいが出てきているように思う。ジョンの声もよく響くようになった。
そして、もちろん、僕自身も同じように年をとっており、とてもシンプルに彼らの曲を味わえるようになったのだろう。たぶん。
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by onomichi1969 | 2007-08-04 16:54 | 00年代ロック | Trackback(1) | Comments(5)

semスキン用のアイコン01 僕が好きな90年代ロック・アルバム12枚 semスキン用のアイコン02

  

2007年 06月 07日

70年代80年代の次は90年代です。
とはいえ、僕にとって90年代はブラックボックス、、、リアルタイムの音楽を全く聴かなかった時代なのです。よって、ここに挙げたアルバムも全て後から聴いたものばかり。。。

90年代の音楽は80年代に比べて音楽の質が格段に上がっていると思います。その深化ぶりは、今さらながら、僕にとってすごく刺激的ですね。素晴らしいアルバムも多いと思います。(でも、オルタナとかグランジとかダウナーとかメロコアとか言われてもよく分からないのです。僕にとってロックはロックなのですが、実はそれが既にロック足りえない時代なのかもしれませんね) 
この時代のアルバムについてひとつ難を言えば、アルバムの収録時間が長すぎ(収録曲が多すぎ)るってことでしょうか。(CDだから仕方ないけど)

如何せんアルバムの母数が少ないので、今回の90年代は、他の時代と同じレベルで25枚を選べませんでした。。。ということで、とりあえず最高にロックな12枚!!僕にとっての失われた10年、、、90年代はなかなか奥が深そうです。

では、いってみましょう!ロッケンロール!!

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1 Wilson Philips / Wilson Philips / 1990
2 Guns'n Roses / Use Your Illusion / 1991
3 Nirvana / Nevermind / 1991
4 Ozzy Osbourne / No More Tears / 1991
5 The Commitments / The Commitments / 1991
6 U2 / Achtung Baby / 1991
7 Brian Wilson / Sweet Insanity / 1992
8 R.E.M. / Automatic for the People / 1992
9 Tom Petty / Wildflowers / 1994
11 Sheryl Crow / Sheryl Crow / 1996
11 Radiohead / OK Computer / 1997
12 Red Hot Chili Peppers / Californication / 1999

ついでと言っては何ですが、、、00年代もいきましょうか。
(更なる未知の世界ですので選ぶのもおこがましいですが。まぁついでということで、、、)

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1 Radiohead / Kid A / 2000
2 Electric Light Orchestra / Zoom / 2001
3 Brian Wilson / Smile / 2004
4 Wilson Philips / California / 2004

まぁ、ここまでですね。ただ、この辺からまたリアルタイムになりますw 
ここで世紀の傑作"Kid A"(2000)がいよいよ登場です。このロックの極北とでも言うべきアルバムについてはまたじっくり書いてみたいですね。
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by onomichi1969 | 2007-06-07 00:09 | ランキング | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Wilson Phillips "California"(2004) semスキン用のアイコン02

  

2005年 12月 31日

>確かに同年代のミュージシャンには、年を重ねるに従いある種の親近感が沸いてきますね。昔はそんなことを考えもしなかったのですが。。。

、、、とoldbluesさんのエントリィにコメントしたのだが、はて、僕と同年代のミュージシャンって誰だろう?と考えてしまった。実は、このコメントをしたときに頭に思い描いていたのはWilson Phillipsのウェンディである。それはちょっとマイナーすぎる? 僕が彼女達のアルバムをThe Wilsonsを含めて持っているのは単にビーチボーイズの延長線上にあるからか、それとも別の親近感だろうか。僕としては、彼女達がデビュー以来(というよりも映画『アメリカン・バンド』でブライアンの娘として出演していた3-4歳の)女の子たちが大人の女性へと変貌していく様にある種の感動を覚えてもいるので、彼女達が同学年で、昔から知っているという思いがなかったらここまでの親近感は抱かなかっただろうと思う。

僕が以前から、飲み話などで同学年の芸能人として名前を挙げるのは中山美穂である。
調べてみれば森高千里や横山めぐみ、渡瀬マキなども同学年。オトコだったら福山雅治もそうだった。そう言われてみれば、これらの人たちのことを僕はそんなに嫌いじゃない。森高千里と渡瀬マキは、僕が大学1年生の時の学祭のゲストで実際に見かけたこともある(渡瀬マキはLindberg以前のまだ名古屋ローカルのTVキャスターで僕も彼女のことをよく知らずにインタビューを受けたっけ)ので、そういった意味での感慨もある。
中山美穂は彼女のデビュー作『毎度お騒がせします』から、「あー、このドラマの出演者は僕らと同じ年なんだな」という意識があったので、同学年の芸能人というとついついこのドラマのことを思い出し、彼女の名前を挙げてしまう。
そんな彼女も先頃結婚してあまり姿を見せなくなってしまった。そういえば森高千里もそうか。来年は37歳になるけど、まだまだ老け込む歳じゃない?(って、彼女達がそういう状況ってわけではないのだろうれど。。。)

同世代というのは同じ年代を同じ年齢で過ごしてきたわけだから、やはり嗜好的な共通点というのはある。言動や考え方についても違和感なく受け入れられる素地があるし、時代的な共有体験というか、なんというか、そういったものから漂う雰囲気や匂いみたいなものが確かにあって、僕らは知らず知らずのうちにそこに親近感を覚える。
また、ある意味で僕らの世代全体がこの年代に至って、人生の最初の折り返し点に差し掛かったということ、そのことに対する感慨が同世代という共有感をもたらす要因という気もする。その後の人生とは、、、


というわけで、もう一回戻って、、
今回は、我が同年代のかしまし娘、Wilson Phillipsの復活作"California"(2004)を挙げてみる。。。
このアルバムはカバー集で、選曲としては70年代初期の西海岸系のフォーク調ロック、シンガーソングライターブーム当たりからの限定で、すべてがハズレなしの名曲ばかりなので、かなりベタな「コンピレーション的アルバム」という気もするけど、アルバムとしてはかなり纏まっているし、彼女達のボーカル、コーラスゼーションを存分に楽しむことができるなかなかの名盤だといえないこともない。
ピーター・アッシャーのプロデュースも結構話題となっているようで、1曲目にはリンダ御大もバックで参加している。どの曲もアレンジが爽やかで彼女達のボーカルも清々しい。
その中でもやはり個人的にはブライアンの娘達が歌うビーチボーイズの名曲"Dance Dance Dance"と"In My Room"が感動的だ。これは選曲だけでも涙ものかも。そこにブライアンのボーカルまで絡んで、、、。
これだけの曲とメンバーを集めればアルバムとして悪いわけがない。プロダクションもいいし、コーラスゼーションも相変わらず素晴らしい。

次は彼女たちのオリジナルに期待しよう。
僕らは基本的に80年代に青春を過ごした世代だけど、今はもう2000年代で、僕らの世代論も既にその00年代、10年代という時代の俎上にある。このアルバムの70年代テイストもいいが、もうひとふんばり、ロックという年代の壁を一歩突き抜けた限界ギリギリのオリジナリティで勝負してみようじゃないか。

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Wilson Phillips "Wilson Phillips"(1990)のレビューはこちら!
Wilson Phillips "Shadows & Light"(1992)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2005-12-31 10:56 | 00年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Brian Wilson "SMiLE"(2004) ~素晴らしい新作~ semスキン用のアイコン02

  

2004年 10月 17日

a0035172_14413450.jpg山下達郎が自身のラジオ番組でブライアン・ウィルソンの新作『スマイル』をひたすら流し続けたそうだ。本人は番組の最初と最後しか登場しなかったとか。このアルバムが発売されたということは、ビーチボーイズを愛する人たちにとって、大事件というか、まさに ‘Dream comes true’ なのだろうなぁと改めて思い至る。
『スマイル』は幻のアルバムである。傑作『ペットサウンズ』(1966)発売後、ブライアンが「アメリカのルーツを探る壮大な旅、アメリカ史のタイムトリップ」というコンセプトで『スマイル』<当初は『堕天使(Damned Angel)』という題名だった>の制作を開始したが、ブライアン自身の不調<ドラッグ、プレッシャー、精神変調などなど>やレコード会社とのトラブルによって、アルバムはお蔵入りになってしまったのだ。<その残骸が『スマイリースマイル』(1967)である> 
以来、いわゆる、「スマイル伝説」(これとかこれなど)と言われる様々な憶測がなされ、マニアの間では『スマイル』のブートが高価で取引された。一般のファンの間でもこの『スマイル』という作品は幻の名作であり、失われてしまったが故の哀しさ、或いは美しさを魅惑的に漂わせる、そういう作品だったのである。幻であることが、多くの人の想像力と好奇心をくすぐる孤高の存在感を示していたわけだ。

そして、ついにブライアンが自らの伝説と呪縛を解放する時が来た。彼は、盟友ヴァン・ダイク・パークスと再びタッグを組んで、37年封印されていたパズルを完成させたのだ。
当時発売されていれば、前作『ペットサウンズ』を超えて、ビートルズの『サージェント・ペパーズ』も平伏し、ストーンズの『サタニック・マジェスティーズ』なんか吹っ飛ぶ世紀の大傑作だったことだろう。一回聴いただけで、その手ごたえをものすごく感じる。確かに、確かにブライアンの“失われた”ファルセットでこの作品を聴きたかったという思いも否定できない。でも、素晴らしい。
この作品は、ブライアンの歴史である。僕らは、『スマイル』を聴きながら、彼の個人史を紐解いているのである。さらには、そこにアメリカの歴史があり、ロック音楽という可能性の魅惑的世界が広がっている。それはパンドラの箱のようでいて、実は玉手箱なのかもしれない。しかし、僕はこうも思う。この『スマイル』という作品は、今のブライアンだからこそ完成し得たのではないかと。彼の暖かさを増した歌声、アルバムジャケットの明るい色合い、そして、ブライアンの茶目っ気たっぷりの笑顔。僕はそう思わずにはいられない。

繰り返し聴いている内にこの新しいアルバムの世界に素直に浸れるようになってきた。これは『スマイル』という作品だ。断片ではない壮大な作品だ。「作品」を素直に味わう、その喜び。久しぶりにそんな思いをしみじみと噛みしめている。ありがとう、ブライアン。素晴らしい作品だよ。
                      
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by onomichi1969 | 2004-10-17 14:19 | 00年代ロック | Trackback(4) | Comments(6)

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