Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 タグ:日本のロック ( 32 ) タグの人気記事 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 荒井由実 『ひこうき雲』(1973) semスキン用のアイコン02

  

2012年 08月 13日

a0035172_165911.jpgユーミンが少女だったころのアルバム。

彼女の曲で1曲挙げるとすれば、僕は「ひこうき雲」を選ぶ。
初期の「瞳を閉じて」や「卒業写真」、80年代の「守ってあげたい」、90年代の「Hello,my friend」もいいけど、1曲選ぶとすれば、彼女のデビューアルバムの冒頭を飾る「ひこうき雲」を選ぶ。

白い坂道が 空まで続いていた
ゆらゆらかげろうが あの子を包む
誰も気づかず ただひとり
あの子は 昇ってゆく
何もおそれはない そして舞い上がる

高いあの窓で あの子は死ぬ前も
空を見ていたの 今はわからない
ほかの人には わからない
あまりにも 若すぎたと
ただ思うだけ けれどしあわせ

空に憧れて 空をかけていく
あの子の命は ひこうき雲

荒井由実「ひこうき雲」

彼女の瑞々しい声がとても響く曲。死んでしまった「あの子」の命をひこうき雲に見立てて歌う。「あの子」は、空に憧れて、何もおそれなく、しあわせだった。死がファンタジーとして、何か自明なもの、ポジティブなものとしてあるのは、少女らしい感性であり身体性である。少女であること、それが儚いものであることの悲しさ。「あの子」は少女であり、その死は彼女を永遠なものとする。彼女の少女性はこの曲の中に封じ込められ、葬られ、そして、しあわせを得たのだ。

70年代前半。都会に住むロック好きな十代の少女の感性が当時の日本の最先端の音楽クリエーターだったティン・パン・アレーのメンバーを動かし、ニューミュージックを創った。ユーミンこと荒井由実にとって、デビューアルバム『ひこうき雲』は十代(少女性)の結晶のような特別な作品だったに違いない。2nd 『MISSLIM』、3rd『Cobalt Hour』とアルバムを重ねる毎に彼女の音楽は徐々に大人になっていくのだから。(新たな魅力を獲得しつつ、否応なく喪失するものとして)

松任谷由実となったユーミンは、80年代にニューミュージックの女王となり、アルバムを出せばミリオンヒット。苗場の恒例コンサートはエンターテイメントに徹した構成で常に満員。バブル時代、彼女の歌はサーフ&スノーに欠かせない音楽となる。恋愛を伝道し、世の男たちを啓蒙する彼女は、女子大生やOLのカリスマとなる。

しかし、彼女の音楽の出自は、「ひこうき雲」で魅せた少女性にある。あの生と死を揺蕩(たゆた)った少女が大人になり、恋愛をして、出会いや別れを経験する。そして結婚し家族を得る。そういう来歴こそが彼女の音楽である。

少女から大人へ。そして、おばさんに。そういう歴史を重ねられるミュージシャンって他にはいないのじゃないかな。
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by onomichi1969 | 2012-08-13 01:21 | 日本のロック | Trackback(1) | Comments(3)

semスキン用のアイコン01 はっぴいえんど 『はっぴいえんど』(1970) semスキン用のアイコン02

  

2011年 10月 15日

a0035172_182002.jpgはっぴいえんどの代表作。日本語ロックの礎と言えば、2ndアルバム『風街ろまん』(1971)である。
ロックの「うた」というのは、英語の語感でこそノリが出るものであり、そもそも日本語の発声でロックを歌うことができるのか?1960年代後半、日本のロックバンドはそんな岐路に立っていた。そして、FLOWER TRAVELLIN’ BANDはジョー山中を擁して英語を選択し、はっぴいえんどは松本隆という天才を擁して日本語を選択する。ブルース・クリエイションは間を取ってカタカナ英語を選択。。。

日本語で本格的なロックを歌うという暴挙。それがひとつの形として纏まった作品。西洋のメロディとリズムに日本語の歌詞を乗せる。今では当たり前のJ-POP/J-ROCKの始源であり、その後の日本のロックに大きな影響を与えた作品。それが『風街ろまん』である。今、はっぴいえんどの曲と言えば、『風をあつめて』や『空色のくれよん』、『夏なんです』などを思い浮かべるだろう。日本語の歌詞を噛締めるように歌う落ち着いたミドルテンポのロックは、その後の日本のロックのイメージを方向づけるものであり、はっぴいえんど解散後の大瀧詠一、細野春臣のソロや70年代後半のニューミュージックへと繋がっていく。(ニューミュージックはそもそも彼ら2人で作り上げたものだ。山下達郎や荒井由実を世に出したのも彼らだし)

はっぴいえんどの歌詞の殆どは松本隆によって作られた。いわゆる「ですます調」の語りで、それがはっぴいえんどの音楽の特徴ともなっている。日本語の文体には、それ以外にも「である/だ調」もあるし、「だぜ調」や女性言葉の「だわ調」もある。ロックであれば、反抗的な「だぜ調」<キャロルとかね>を採用するのが普通の文体だと思うが、それを敢えて「ですます」調で完成してみせたことがその後の日本のロックに大きな可能性を与えたのだと思う。「ですます」調に合う日本独自のロックという形。それが洋楽ロックとは違う日本語ロックというひとつの文体となり、70年代後半に様々な形へと派生していくのである。但し、「ですます」調文体そのものはロックというよりも歌謡曲に受け継がれることになる。松本隆自身が歌謡曲の歌詞を多く手掛けるようになるのだから、それも自然なことなのだと思うけど、「ですます」調ロックが25年後のサニーデイ・サービスによって復活した時には、時代背景の違いもあって、とても新鮮に感じられたのである。

日本語ロックの金字塔『風街ろまん』に比べれば、彼らの1stアルバム『はっぴいえんど』(1970)は、全体的に荒々しい。それは69-70年頃の最先端のロック、CSN&Yやウッドストック系の音楽そのものであり、そこに日本語の歌詞を無理やり乗せているようにも思える。
彼らの選択そのものは画期的ではあったけど、何かアンバランスであり、未完成(型破り)な印象もある。だからこそ、いくつかのバンドがはっぴいえんどの日本語ロックに反発し、そして、2ndアルバムがあのような形で方向づけられたのだと思う。

但し、個人的には、『はっぴいえんど』は一番好きなアルバムである。
とにかく演奏で聴かせるアルバムで、特徴あるベースライン、ギターの音もカッコよく、アンサンブルが素晴らしい。ポエムリーディングなど遊び心が満載で、アルバム自体に気負いと共に気安さも感じる。型にハマりきれない故の戸惑いもあったのだろう。楽曲やアレンジは西洋文化であるロックの模倣であるからこそ、日本語でうたをうたうのだという固い意志。「さよならアメリカ、さよならニッポン」だ。結局のところ、最もロックらしいロックは、1stアルバムで最後となる。

はっぴいえんどは、3rd『HAPPY END』(1973)でさらにポップになっていく。ヴァン・ダイクのプロデュースなのでそうなるのは必然なのであるが。そこにこそ、時代と格闘した彼らの確信的意志、オーバー・ザ・洋楽ロックという一本芯の通った筋道を感じるのだ。

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by onomichi1969 | 2011-10-15 21:17 | 日本のロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 サニーデイ・サービス 『サニーデイ・サービス』(1997) semスキン用のアイコン02

  

2011年 10月 14日

a0035172_047582.jpgサニーデイ・サービスを初めて聴いたのは、社会人になりたての1995年頃。シングル『青春狂走曲』がスペースシャワーTVでベビロテされていて、すごく耳に残った。そして、『恋におちたら』。この曲は、胸がキュンとなるような歌詞と旋律に、軽やかだけど、ずんと響くベース音が特徴的で、心地良いと同時にずしりとした質量を感じる曲だった。アルバム『東京』はこの2曲が傑出していたと思う。

1997年早々に発売された傑作『愛と笑いの夜』。僕にしては珍しく、発売直後に購入した。アルバムとしての完成度は、前作を優に凌ぐ出来で、とにかく楽曲が粒ぞろい。全体的に音の密度が増して、ロック色が強くなっているけれど、その中に彼ら特有の物悲しくも、甘酸っぱい、気怠さの残る歌詞と旋律が生きている。彼らのアコースティックなイメージを損なうことなく、ロックの重みを感じさせる、彼らの集大成的な作品となっている。当時、僕はこのアルバムを飽きずに繰り返し聴いた。楽曲的に最初の2曲のインパクトが大きいけれど、全体としてバラエティに富んでいて、『JET』だとか、『96粒の涙』とか、『サマー・ソルジャー』とか、涙が出るほどいい曲なのだ。どこかで聴いたような懐かしいフレーズ、確かにはっぴいえんどのソフトな部分(『風街ろまん』の方)の模倣のようにも思えるけど、そこには時代の違いがあり、25年を隔てた新鮮な味わいがある。
『愛と笑いの夜』は、1月に発売されたのだけど、アルバム全体として夏のイメージが強い。『サマーソルジャー』とか、『海岸行き』とか。『東京』は春のイメージ。そこには彼らなりの日常的な季節の連続性を感じる。

とにかく、『愛と笑いの夜』は、楽曲が素晴らしく、その年の日本のロックを代表する素晴らしい傑作であった。しかし、1997年のサニーデイ・サービスは、それだけで終わらなかったのだ。

同じ年の10月、『サニーデイ・サービス』が発売される。1曲目、『baby blue』。僕はこの曲の冒頭のギターフレーズを聴いた瞬間、アルバムがとんでもない傑作であることを確信した。
『サニーデイ・サービス』もバラエティに富んだアルバムであるが、アルバムとしての印象はどうしても1曲目『baby blue』によって特徴づけられる。これまでとは異質の暗く、重いメロディ。アコースティックなのだけど、デジタルを感じさせる音の質感。あのベースの旋律のせいだろうか、世紀末的な終末観を自然に醸し出すサウンド。バラード風の非日常のSF世界を想像させる。今ならば、レディオヘッドの音楽と比較できるかもしれない。(同じ年に発売された彼らの傑作『OK Computer』とシンクロしつつ)

もちろん『baby blue』以外にも、『NOW』や『枯れ葉』、『虹の午後』、『星を見たかい?』など、素晴らしい曲が多く、全体としてみれば割と明るいポップさに彩られたアルバムなのであるが、やはり1曲目の質感がアルバム全体の印象を決定していると感じる。そして、7曲目、12曲目。

行き先違いの列車に揺られ走る
それならそれでいいじゃないか
昼と夜の間をゆらゆら揺れる
こんなことを待ってたように思う baby blue

見張り台で監視は眠り続ける
はじめっからだれもいないようなもの 約束の時間さ

どこかでだれかとだれかが恋におちる
そんな風景を見に行こうか
昼と夜の間をゆっくりと駆ける
そんなことを待ってたように思う baby blue

サニーデイ・サービス "baby blue"

ピンク・ムーンがやって来てアパートのドアをたたく
船出の夜 きみは思う「花束を忘れた」と
今夜また新しい月が登る
きみも部屋の窓から顔を出せよ RIDE ON RIDE ON

サニーデイ・サービス "PINK MOON"

きみの声がすれば いつだってぼくは振り返ってしまうんだから
もう灰色の列車に乗り遅れてしまった
乗り過ごしてしまったじゃないか

サニーデイ・サービス "bye bye blackbird"

一体、ここは何処で、いつの時代なのか? 昼と夜の間とはどんな瞬間なのか?
baby blueの風景。その曲を聴くたびに、僕は灰色列車に揺られて、昼と夜の間を行き来しつつ、ピンクムーンが夜空を照らす少し狂ったもう一つの世界に導かれる。

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by onomichi1969 | 2011-10-14 00:42 | 日本のロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 頭脳警察 『頭脳警察1』(1972) semスキン用のアイコン02

  

2011年 08月 18日

a0035172_0191041.jpgそれではお待たせしました! 頭脳警察です!

あ、あ、あ、あ、あ。
試験、試験。期末試験、実地試験、中間試験。
あ、あ、入試阻止。あ、あ。


ブルジョアジー諸君!!

我々は、世界中で君達を革命戦争の場に叩き込んで一掃する為に、ここに公然と宣戦を布告するものである。

君達の歴史は、もはや分かりすぎている。
君達の歴史は、血塗られた歴史じゃないか。

君達の間での世界強盗戦争の為に我々はだまし、互いに殺しあわせてきた。嘘だとは言わせない。

我々はもうそそのかされ、だまされはしない。

君達にベトナムの民を好き勝手に殺す権利があるなら、我々にも君達を好き勝手に殺す権利がある。

君達にブラックパンサーを殺し、ゲットーを戦車で押しつぶす権利があるなら、我々にも、ニクソン・佐藤・キージンガー・ドゴールを殺し、ペンタゴン・防衛庁・警視庁・君達の家々を爆弾で破壊する権利がある。

君達に沖縄の民を銃剣で刺し殺す権利があるなら、我々にも君達をナイフで突き殺す権利がある。

いつまでも君達の思い通りになると思ったら大間違いだ。
君達の時代は既に終わった。
我々は最後の戦争の為に、世界革命戦争の勝利の為に、君達をこの世から抹殺する為に最後まで戦い抜く。

我々は自衛隊・機動隊・米軍諸君に公然と銃を向ける。
殺されるのがいやなら、その銃を後ろに向けろ。
君達をそそのかし、後ろであやつる豚共に向けて。

我々を邪魔する奴は、容赦なく抹殺する。

世界革命戦争宣言をここに発する。

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というわけで、
頭脳警察の『頭脳警察1』である。

1972年、カッティング前には既に発禁となっており、幻のレコードと呼ばれていたが、30年の時を経た2001年、まさかまさかの再発となった。

過激な歌詞。しかし、その内容は完全に風化してしまった。
(だから再発されることになったのだろう)
上記の頭脳警察版の『世界革命戦争宣言』は、1969年に赤軍派が発した「世界革命戦争宣言」が基になっている。

PANTAが歌う『世界革命戦争宣言』はとてもよく響く。何度聴いても、彼の叫びは心に響くものがある。何故だろう? 歌詞自体は今や空疎そのものなのだが。

但し、『言い訳なんていらねえよ』という歌の歌詞はとてもここに書けないシロモノである。ここだけ聴けば、何故再発が許可されたか不思議なくらい。


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by onomichi1969 | 2011-08-18 00:35 | 日本のロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 日本のロック&ポップ BEST 60 を選んでみました! semスキン用のアイコン02

  

2011年 07月 21日

1. はっぴいえんど/はっぴいえんど(1970)
2. フラワー・トラヴェリン・バンド/SATORI(1971)
3. ブルース・クリエイション/悪魔と11人の子供達(1971)
4. 頭脳警察/頭脳警察1(1972)
5. はちみつぱい/センチメンタル通り(1973)
6. 荒井由実/ひこうき雲(1973)
7. 井上陽水/氷の世界(1973)
8. 村八分/ライブ!(1973)
9. 山口冨士夫/ひまつぶし(1974)
10. 大滝詠一/NIAGARA MOON(1975)
11. ティン・パン・アレー/キャラメル・ママ(1975)
12. RCサクセション/シングル・マン(1976)
13. 泉谷しげる/80のバラッド(1978)
14. Johnny, Louis & Char/FREE SPIRIT(1979)
15. A.R.B./BAD NEWS(1980)
16. ザ・ルースターズ/THE ROOSTERS(1980)
17. 甲斐バンド/100万$ナイト(1980)
18. ザ・モッズ/FIGHT OR FLIGHT (1981)
19. 佐野元春/HEART BEAT(1981)
20. 大滝詠一/A LONG VACATION(1981)
21. ザ・ストリート・スライダーズ/SLIDER JOINT(1983)
22. 杉真理/STARGAZER(1983)
23. 山下達郎/BIG WAVE(1984)
24. 佐野元春/VISITORS(1984)
25. レベッカ/REBECCA IV ~Maybe tomorrow~(1985)
26. 尾崎豊/壊れた扉から(1985)
27. ザ・ストリート・スライダーズ/BAD INFLUENCE(1987)
28. ザ・ブルーハーツ/YOUNG AND PRETTY(1987)
29. レッド・ウォリアーズ/CASINO DRIVE(1987)
30. 岡村孝子/AFTER TONE(1987)
31. チャゲ&飛鳥/スーパーベスト(1987)
32. RCサクセション/カバーズ(1988)
33. エレファントカシマシ/エレファントカシマシⅡ(1988)
34. SION & THE NOIS/SIREN(1988)
35. 泉谷しげる/吠えるバラッド(1988)
36. ジュン・スカイ・ウォーカーズ/ひとつ抱きしめて(1988)
37. PERSONZ/NO MORE TEARS(1989)
38. ボ・ガンボス/BO & GAMBO(1989)
39. 真島昌利/夏のぬけがら(1989)
40. サザンオールスターズ/SOUTHERN ALL STARS(1990)
41. 尾崎豊/誕生(1990)
42. フリッパーズ・ギター/カメラ・トーク(1990)
43. 真島昌利/HAPPY SONGS(1991)
44. 橘いずみ/こぼれおちるもの(1994)
45. ウルフルズ/すっとばす(1994)
46. 真心ブラザーズ/KING OF ROCK(1995)
47. UA/11(1996)
48. エレファントカシマシ/ココロに花を(1996)
49. サザンオールスターズ/YOUNG LOVE(1996)
50. 山崎まさよし/HOME(1997)
51. CHARA/JUNIOR SWEET(1997)
52. Cocco/ブーゲンビリア(1997)
53. サニーデイ・サービス/愛と笑いの夜(1997)
54. サニーデイ・サービス/サニーデイ・サービス(1997)
55. ゆらゆら帝国/3×3×3(1998)
56. 椎名林檎/無罪モラトリアム(1999)
57. 竹内まりや/IMPRESSIONS(1999)
58. 山下達郎/TREASURES(1999)
59. エコーズ/BEST OF BEST(2000)
60. スターダスト・レビュー/BLUE STARDUST / RED STARDUST(2009)

渾身のセレクションです。実は最初の目論みはベスト50だったのですが、どーしても、こーしても50枚に絞れず。1週間悩んで、最終的にベスト60に落ち着きました。人生無理は禁物。適度な妥協が肝心です。
ベスト盤はなるべく入れないようにしようかなと思いましたが、最後にちょこっと。これらはやっぱりベスト盤かなと。

この中からぼちぼちとレビューしていきます。

Rev.1 さっそくいくつか入れ替え戦しました。(2011年8月16日)
Rev.2 もういっちょ!(2011年9月5日)
Rev.3 杉とチャゲアスを入れました。(2012年1月1日)
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by onomichi1969 | 2011-07-21 22:30 | ランキング | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Superfly 『Cover Songs : Complete Best 'Track3'』(2010) semスキン用のアイコン02

  

2010年 10月 16日

a0035172_23344346.jpgSuperflyの60-70年代ロックのカバー集。とても歌がうまいと評判の作品だったので聴いてみた。

確かに彼女の歌唱力は日本人離れしていると思う。ロック調の吉田美和というか、マイルドなアレサ・フランクリンかリンダ・ロンシュタットって感じだろうか。難を言えば、歌い方が多少一本調子にすぎて、ともすると(ヘヴィメタみたいに)声を張り上げてしまう場合がある。そうかと思うと歌い方が定まっていないような、都度ものまねしているような印象も。声に微妙な変化とその独自の色合いと響きが乏しく、故に器用だけど個性がない。選曲のバラエティ、その歌い手達の絶大な個性を思い浮かべれば、彼女の無個性なボーカルは、なんというか平板であっけらかんとしすぎているのである。それはそれで現代的なことではあるけれど。まぁ、凡百の日本人歌手に比べて、その歌唱力は特筆に価するとは思う。特にシャウト系の曲、Piece of My HeartやRock And Roll Hoochie Kooなんかはすごくカッコいいし、ラストのバラードもなかなかしみじみとしていい。歌にソウルがにじみ出てくればもっとそれが彼女らしい個性になると思う。(いきなりアレサとリンダとの比較じゃキツイかとは思うけど。。)

選曲は素晴らしい。
60-70年代ロックの入門盤として聴くなら、その目的を十分に達成した作品だろう。ただ、残念ながら、原曲の良さを彼女独自のボーカルによって味わったり、カバー曲の現代風アレンジを楽しむにしては、少し物足りないかなとも思う。でも、それは仕方がないこと。だって、原曲がジャニス、ハンブル・パイ、フリー、ストーンズ、ジャクソン・ブラウン、ニール・ヤングでしょ。原曲を歌で超えようなんて土台からして無理。このアルバムのようなものは、欧米では絶対に考えられない企画だと思う。幅が広すぎ、ハードル高すぎでしょ。

ジャニス・ジョプリンやスティーブ・マリオットの歌は、歌唱というよりも魂(ソウル)の響きそのもの。自らの魂を削って、それを喉から搾り出し、響きにして僕らに投げつけているようなものなのだ。
ハンブル・パイのHot‘N’Nastyは、彼らの代表的なオリジナルアルバム”Smokin’”のトップを飾り、ライブアルバムの傑作”In Concert”のラストを飾る名曲である。特にライブでのマリオットの歌声は、ソウルフルに響きまくる。彼の歌がその「響き」そのものであることをまさに「痛感」させてくれる最高のパフォーマンスなのである。

この作品を聴いて改めて原曲を聴きたくなる。確かにそういう効果はあるのかなと思った。ジャクソン・ブラウンのLate for the Skyやアレサとキャロル・キングのA Natural Womanとか。よくぞ選んだという感はあるけど、ただ、原曲が歌い手たちの個性の刷り込まれている曲ばかりで、そのイメージが自然と浮かんできてしまうのは、少し彼女に不利かなと思う。Late for the Skyはジャクソン・ブラウンの個性を体現したような歌だから、彼の声から醸し出されてこそのものがあるし。

彼女も経験を積めば、曲に負けない彼女自身の個性が出てくるはず。その時にこそ、カバーアルバムも彼女のボーカルという色で統一され、本当の意味で有りなのだと思う。ちょっと厳しいかなとも思うけど、期待を込めて。

そうそう、日本人でソウルを感じさせてくれる女性ボーカリストと言えば、、、美空ひばりと椎名林檎かな。あとCharaとUA。。。やっぱり個性でしょ。
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by onomichi1969 | 2010-10-16 23:35 | 日本のロック | Trackback(1) | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 尾崎豊 『十七歳の地図』(1983) semスキン用のアイコン02

  

2009年 07月 26日

a0035172_1210097.jpg『十七歳の地図』に『15の夜』、そして『I Love You』
尾崎豊の衝撃のデビュー作にして、代表作でもある。尾崎豊のことを僕は10年近く前に書いたことがある。今、彼のことを改めて書こうとして、僕は当時と同じ思いを抱く。30歳になって書いた文章を40歳直前の僕がなぞる。ただ、思いは10代の頃に遡る。
僕らの世代にとって、尾崎豊というのはある種の共同幻想であったと思う。彼が「盗んだバイクで走り出す」と歌い、「夜の校舎、窓ガラス壊して廻った」と叫ぶ。今の若者はたぶん、「そんなものは犯罪じゃん」と言って鼻を鳴らすだろう。彼が「星空を見つめながら、自由を求め続けた」と歌えば、臭いセリフが周囲から浮いたイタい存在にしか思えないだろう。

僕らは当時、彼の歌に共感した。管理された社会を憂い、大人に抗う彼の歌に喝采した。彼の歌にあるような、今では無茶としか思えない行為を僕らは現実に行ったものだ。そういう行為が反社会的であることを分かった上で、それでもそういった常識や教条に抗うような行為に走ったのである。それが僕らのリアルであったし、また、一種の祝祭でもあった。若さがまだ特権でありえた、そういう時代だった。
実際のところ、尾崎豊は、大人によって作られた幻想であり、虚構であり、偶像であった。彼は社会によって認められて初めて音楽業界にデビューできた訳だし、そのイメージは戦略的に纏われたものだ。80年代のサブカルチャーを支えたのは当時30代の団塊の世代の人々である。80年代の音楽シーンも結局のところ彼らによって築き上げられたポストモダンの楼閣であった。尾崎豊は、80年代中期のJ-ロックのコマーシャリズムを超えた存在であると共に、70年代初期に挫折した団塊の世代の人々によって作られた「価値転倒」の象徴であり、蘇らされた幻想であったのだと思う。それに僕らは見事に嵌ったのだ。

昨今、若者達は、バカなことをしなくなった、というか出来なくなってしまったと言われる。酔って公園で裸になったり、電柱に登ったりすれば逮捕されるし、以前にも増して多くの規制によってがんじがらめとなっているようだ。僕はそういう光景をとても可哀想だと思うが、彼らにとってみたら、そう思う僕の方がイタい存在なのかもしれないけど。

1991年の湾岸戦争、1995年のオウム事件、1997年の神戸での少年による連続殺人事件、そして、2001年の9.11。90年代から連なる幾多の事件を経て、21世紀の僕らの社会は様々に管理を強化され、フーコーの描いた監視・制限された規律社会が自明のものとしてそこにある。自律的な相互監視の中で、個人は孤立を許容し、幻想としての共同性を失う。その中での生き難さを比べたら25年前の比ではないだろうに、彼ら(僕ら)は、環境にすっかり馴染んできている。非共同性とセキュリティ化を当然のことと身体化されている。
彼らはもう尾崎豊のような「価値転倒」的な共同幻想に共感しえない。というか、僕ら大人がある意図を持って、尾崎豊のような共同幻想を現代の子供たちに提示することができない。そこには転倒すべき価値への不満といったものがそもそもないし、いわゆる等価交換的なあり方に馴染んだ(大人の価値観を生来的に持った)子供たちにとって、そういう幻想は既に本当の意味での幻想であり幻滅でしかないのだから。。。でも、、、本当にそうなのだろうか?

「15の夜」とその「暴走」を失った社会。物分りよく受け入れ、価値を当然の代償として受け取る、そのことにのみ価値を見出す社会。即物的な社会意識の中で、全ては個人の中に澱んでいくけど、そのこぼれおちた「意味」に無自覚であるが故に、それが狂気と化したときの自己への衝撃は凄まじいものがあるだろう。それが昨今の「事件」として顕現しているのだとしたら。

ということで、僕もたまには「暴走」してみようかなと思う。それも自覚的であり、多くの人に迷惑でなければ、それほど悪くないのだと思えたりする。また、尾崎豊を聴いてみたりする。
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by onomichi1969 | 2009-07-26 15:21 | 日本のロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 大滝詠一 『Niagara Moon』(1975) semスキン用のアイコン02

  

2008年 05月 03日

a0035172_14554168.jpg日本のロックを巡る旅もそろそろひと区切りつけよう。
中締めは、やはり大御所、70年代ナイアガラ・サウンドの大傑作アルバムを紹介したいと思う。

僕らの世代にとって、大滝詠一といえば、『A LONG VACATION』(1981)である。1981年、ザ・ベストテンで寺尾聰が「ルビーの指環」で12週連続1位を記録した年、年末のレコード大賞でベストアルバム賞をオフコースの『We Are』と松任谷由実の『水の中のASIAへ』と共に受賞したのが『A LONG VACATION』であった。僕らはその時に初めて大滝詠一という名前を知り、アルバムという形式に全く馴染みのない小学生たちの中でも、『A LONG VACATION』は一躍有名になったのである。テレビでは全く聴くことのない、街のレコード店のBGMでしか流れていない音楽(当時ラジオをまだ聴いていなかった)であったが、そのアルバムの名前は僕らの心にしっかりと刻まれることになった。

『A LONG VACATION』を本格的に聴いたのはそれから3-4年経ってからと記憶する。当時、既に発売されていた『EACH TIME』(1984)とあわせて聴いてみたと思う。その頃には大滝詠一と言えば、ナイアガラ・トライアングルのヒットもあって、巷では山下達郎と並ぶニューミュージックの大御所として位置付けられていて、特に『A LONG VACATION』は、山下達郎の『For You』(1980)や『Melodies』(1983)と並びニューミュージック系アルバムの定番中の定番であった。
『A LONG VACATION』は、軽やかなポップミュージック集で、耳によく馴染む大滝詠一の声と日本語の歌詞が特徴的である。「ルビーの指環」や松田聖子のヒット曲の作詞者、松本隆が全ての作詞を手がけている。いわゆる歌謡ポップスの味わいがとても色濃い。

実際のところ、僕が大滝詠一の魅力を理解できるようになるのは、それから20年も後、彼の70年代の名作をじっくりと聴くようになってからのことである。
『ファースト』(1971)から『NIAGARA MOON』(1975)、『Go! GO! NIAGARA』(1976)、『NIAGARA CALLENDAR』(1978)と立て続けに聴いて、僕は彼に対する認識を全く新たにする。 はっぴいえんど時代のアルバムはひと通り聴いてはいたけど、その中で大滝詠一の魅力を存分に感じたとは言いがたかった。

70年代の大滝詠一のアルバムは全て傑作であるが、個人的に一番気に入っているのは『NIAGARA MOON』(1975)である。たぶん、このアルバムを聴いたのが一番早かったからかもしれないけど、この時期のアルバムの中ではいちばんバランスがよく、楽曲的にも充実していると感じる。バラエティで言えば師匠の演歌まで聴ける『NIAGARA CALLENDAR』が出色であるし、叙情性豊かでうたの魅力を一番発揮しているのは『ファースト』だろう。もちろん『Go! GO! NIAGARA』のラジオ放送を模したテンポのよい展開も楽しい。
その中で『NIAGARA MOON』は中間的な色合いであり、大滝詠一の拡散するタレントが最もバランスよく収録され、様々な魅力が均衡し充実したアルバムといえる。ある意味で初期のワイルドさと音楽的な実直さ、そしてこの時期特有の不断な遊び心が満載され、かつそのバランスが絶妙なのである。

と、言いつつ、僕がこのアルバムが大好きな訳は、きっと「福生ストラット (パートII)」や「いつも夢中」、「楽しい夜更かし」のような曲があるからに違いない。そして叙情溢れるインストゥルメンタルが散りばめられているからに違いない。つまり、曲がいいのである。「CIDER '73 '74 '75」も最高である。

気の合う仲間集まりゃ(楽しいよ、楽しいよ) すぐに始まる麻雀(楽しいよ、楽しいよ)
一荘 二荘 やめられない 止まらない
楽しい夜更かし 明日は休み

午前0時は宵の口(楽しいよ、楽しいよ) 開けて広いワニの口(楽しいよ、楽しいよ)
真夜中のディスクジョッキー 特集はクレージーキャッツ
楽しい夜更かし 明日は休み

午前3時は宵の喉(楽しいよ、楽しいよ) 過ぎれば眠いの忘れる(楽しいよ、楽しいよ)
外じゃニワトリ コケコッコー 新聞少年 朝刊太郎
楽しい夜更かし 明日は休む

大滝詠一 「楽しい夜更かし」

本当に楽しい曲だ。
様々なリズムと日本語の融合。趣味趣味音楽という新しい嗜好の確立。音楽の楽しさをロックという形式の中に持ち込んだ大滝詠一の功績は大きいし、その影響も計り知れないだろう。というか、それこそ彼の最大の魅力と言っても過言ではない。溢れる叙情と楽しい音楽。これぞ70年代ナイアガラ・サウンドの金字塔。日本のロック、忘れじのマスターピースなのである。
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by onomichi1969 | 2008-05-03 15:09 | 日本のロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 THE BLANKEY JET CITY 『BANG!』(1992) semスキン用のアイコン02

  

2008年 05月 02日

a0035172_12412473.jpg90年代を代表する日本のロックバンドといえば、ブランキー・ジェット・シティである。
僕がこのバンドを初めて知ったのは、イカ天に初登場した、バンドブーム覚めやらぬ1990年のこと。とはいえ、イカ天もブーム最高潮の時期からは退潮し始めた第2期、審査員も一新されて、元A.R.B.、甲斐バンドのギタリスト田中一郎が審査委員長だった頃である。
初登場の演奏はTVで観ていて今でも覚えているけど、浅井健一がギターをかき鳴らして、少年のような声で歌い出し、「オーライ!」と叫んだ瞬間に、僕等はこのバンドの以後の活躍を確信したのだ。バンドはシンプルな3ピースで、ギター、ベース、ドラムのアンサンブルが最高に決まっていたし、サウンドはロカビリーを基本にしながらもハードでスピーディなところが新しさを感じさせた。演奏する立ち姿、ビジュアルも含めて、正直カッコいいと思ったのだ。これまでの出演バンドとは明らかに違うロッカーとしてのオーラを纏った3人組は、あれよと言う間に6代目グランドイカ天キングを獲得し、メジャーデビューへの道を一直線に進むことになる。(BLANKEY JET CITYという名前も結構インパクトがあった)

彼らのデビューは91年であるが、その1stアルバムを僕は聴いていない。実際のところ、その時期には僕自身、音楽への興味も薄れていたこともあって、彼らのその後の活躍を追うこともなかったのである。
初期の彼らの傑作である2nd『BANG!』(1992)、3rd『C.B.Jim』(1993)も最近になってようやく聴いたが、当然のことながら演奏も楽曲もTVで観たあの頃から数段グレードアップしており、よりハードでスピーティなサウンドは聴くものを揺さぶるに十分な迫力があった。そして、そのあまりにもナイーブな歌詞。正直言って、その歌詞には当時も今も馴染めないところはあるけど、そのアンバランスさを含めて彼らの個性なのだと考えたい。確かに正義や善悪という観念に固執する浅井健一という単独の個性は、あまりにもシンプルでストイックな造形故に劇画的すぎるように思える。少年のような風貌と高域が映える声。そのイメージに沿うように彼の紡ぐ音楽は常に超越性を志向する。彼の音楽、歌詞の世界がその後の世代に影響を与えたかのように言われるのはよく分かるし、実際のところ、彼らのイメージは完全無欠であるが故にそれは宗教にも似た崇高性を必然的に帯びるのである。

失われた10年、90年代を疾走したバンド、ブランキー・ジェット・シティは人々の突き当った感覚にある種の超越性(という回答)を提示することでコアな人気を獲得する。まだ夢のかけらを持ちえた90年代だからこそ、彼らの音楽は人々のファナティシズムの残滓を見事に掬い上げたのだ。ある意味で彼らはロスジェネ時代の90年代にこそ、その存在意義を見出せる象徴的なロックバンドだったと言える。

1992年、バブル崩壊の予兆があり、尾崎豊が死んで、僕らの世代、80年代に多くの人が信じられた何かが確実に終わった、と感じた。その残滓のような場所から、尾崎豊より1つ年上の浅井健一がグレッチを手に現れる。空白を爆走するためのストイックさ。ベンジー。その個性は90年代を生きる強固なペルソナの如く、失われた10年を鮮やかに疾走したのである。

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by onomichi1969 | 2008-05-02 12:07 | 日本のロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 SION & THE NOIS 『SIREN』(1988) semスキン用のアイコン02

  

2008年 05月 02日

a0035172_9322930.jpg80年代の日本のロックを続けて紹介してきたが、80年代後半のロック・ムーブメントの流れの中で忘れちゃいけない存在がシオンである。と言いつつ、僕も最近までその存在を忘れていた。。。残念
Sion & the Nois『SIREN』(1988)は、それまでの弾き語りスタイルから本格的にバンドサウンドを志向したアルバムである。前作でカバーしている泉谷しげるの足跡と被るように、そのボーカルの個性を堅実なバンド演奏が支えるという構図がアルバムを特徴づける。魂を曝け出すようなしゃがれ声、赤裸々な歌詞、声の質だけとってみれば、泉谷しげるやアナーキーの仲野茂、仲井戸麗一などを彷彿とさせる。
『SIREN』(1988)は、80年代の日本のロックの良質な部分をシオンのボーカルで再現したような作品にも思える。そこにはロックというスタイルへの固執、愚直なまでに型に嵌ったサウンドへの志向を感じさせる。それが泉谷やレッズと共に80年代後半の日本のロックが志向した彼らなりのロックというものへの理解であり、それこそ「王道」なのだろう。

そういった背景を別にしても、『SIREN』(1988)にはいい曲が揃っていて、今でも安心して聴ける。彼のその後の作品はあまり馴染みがないが、ソロアーチスト故に90年代、00年代も地道に活動しているようである。80年代から遠くはなれて、改めて最近の曲も聴いてみたくなる、『SIREN』(1988)を聴いてしみじみとそう思った。
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by onomichi1969 | 2008-05-02 09:36 | 日本のロック | Trackback | Comments(0)

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