Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 タグ:ライブ映像 ( 14 ) タグの人気記事 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 Neil Young : Heart of Gold (2006) semスキン用のアイコン02

  

2012年 07月 14日

a0035172_1110212.jpgニール・ヤングのライブ・ドキュメンタリー映画である。

ニールとメンバーのインタビューは冒頭のみ。あとはひたすら彼のライブ・ステージを映す。ニールのライブ映像と言えば、クレイジーホース名義のハードロックギンギン、インプロヴィゼーション満載の"Year of the Hose"がある。1997年のジム・ジャームッシュ監督作品。こちらは、クレイジーホースに関心がない人にとって、単なるノイジーなおっさんバンドのステージを遠目に延々映している退屈な作品に見えるかもしれない。確かにエンターテイメントには程遠い作品である。

それに比べたら、本作はかなり観られるのではないかな? 場所がカントリーの聖地、ナッシュビルのライマン・オーディトリアムということで、ニール・ヤングのカントリー作品を中心にした曲構成となっている。音響が素晴らしく、温かみのある演奏がよく響く。特に後半は、"Heart of Gold"や"Old Man"、Needle of the Damage Down"など、有名な曲が続くので全く飽きさせない。彼にとってはナッシュビルに所縁のある"Harvest"、"Comes a Time"、"Harvest Moon"の3枚の傑作アルバムからの選曲が中心となっているのもいい。(個人的には80年代の"Old Ways"も仲間に入れてほしかったなぁと。。。)

本作の監督はジョナサン・デミである。ジョナサン・デミと言えば、彼の出世作、Talking Headsのライブ・ドキュメンタリー映画"Stop Making Sense"が有名である。これは、舞台演出をライブに取り入れた楽しい作品で、演劇的要素あり、アコースティックあり、ダンスあり、ポップアートあり、映像としてもライブ盤としてもエンターテイメント溢れる傑作だった。そもそも"Stop Making Sense"にはライブで盛り上がっているはずの観客が殆ど映らない。ライブ映像というよりも映像作品そのもの、音楽エンターテイメント映像作品である。バックショットなんかはスコセッシの"The Last Waltz"を彷彿とさせて、この絵がすごくカッコいいんだなぁ。

本作"Heart of Gold"も観客を一切映すことなく、ステージ上で演奏するニールや共演者たちの所作をひとつひとつ丁寧に映す。その絵がとても綺麗。ニールが歌う表情のアップ。ギターを爪弾く指の動き。ハーモニカを吹く時の口元。共演者たちとの距離感。彼の奥さんでもあるペギー・ヤングを含め、ギタープレイヤーたちが総勢で一列に並ぶ"Comes a Time"と"Four Strong Winds"。まるでスタジオ映像のように、演者たちのひとりひとりをじっくりと映し出す。観ている僕らはライブの観客の一員ではなく、まるでバンドの一員になったような錯覚に陥る。

アットホームなステージ。その中心に孤高として高音の声を響かせるニール・ヤングの立ち姿、その表情。彼は歌う。目をつぶり、そして、遠くを見つめる。彼が見ているもの。ロックの魂。60年代後半から70年代にかけて、人々を虜にし、消えていったロックの魂たち。すっかりold manとなりながらも威光に満ちたニールの表情を通して、「それ」を映し、捉えたことによって、本作は、スコセッシの"The Last Waltz"と並び、音楽ドキュメンタリー/ライブ映画の傑作になったと思う。2006年アメリカ映画
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by onomichi1969 | 2012-07-14 22:23 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 'This Is It' semスキン用のアイコン02

  

2009年 11月 01日

a0035172_21434353.jpg即席で作られたにしては、よく出来ていると思います。画面を躍動するマイケルも既にこの世にはいないことを想うと、その事実だけでこの作品にも意義があると言えるでしょう。彼の叶わなかった夢のステージの断片として、この作品は優れたドキュメンタリーだと思えます。
リハーサルのみの映像ですが、僕らはマイケルが今でも一流のエンターテイナーであったことを、今までもずっとそう在り続けていたであろうことを改めて認識できたのではないでしょうか。だからこそ、'This Is It' は、彼の最後のコマーシャル作品として商業的にも成功してほしいし、彼にとってエンターテイナーとしての最後の証であってもいいのだと思います。細かい構成の云々よりも、死の直前にして、50歳にして、僕らを感動させるマイケル・ジャクソンの生き様を感じられたこと、それは彼の歌であり、ダンスであり、ステージングであり、彼の躍動であったことを、、僕は素直に称えたいと思います。
余談ですが、僕は『スリラー』ドンピシャのアラフォー世代ですけど、当時、スーパースターだったマイケル・ジャクソンのことを実はあまり好きではありませんでした。それはおそらく彼の姿が必要以上に煌びやかで、あまりにも作り込まれた「虚像」という印象が強かったからだと思います。しかし、スーパースターというのはそもそも作られるものですし、幻想です。それはまたマスイメージ故に簡単に覆るものです。ここ10年程の不遇の時代を経て、マイケル・ジャクソンという幻想はすっかり地に落ちたと思われました。しかし、彼は天才でした。彼の天才は、彼を取り巻くあらゆる負のイメージを超えて、彼を一流のエンターテイナーと誰もが認めるに十分なタレントだったのです。この作品はそのことをよく伝えます。それだけでもマイケルにとって大きな意義と価値のある作品なのだと僕は思います。そして、様々なことを抱え、乗り越え、失い、それでも昔と全く変わらない「愛と平和」を歌うマイケルのことを今では素直に尊敬します。ピース。
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by onomichi1969 | 2009-11-01 22:10 | 音楽の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 シャイン・ア・ライト "Shine a Light" semスキン用のアイコン02

  

2009年 02月 07日

a0035172_1504997.jpg日比谷でストーンズのライブ映画"Shine a Light"を観た。

ストーンズのライブと言えば、1990年の初来日公演が思い出深い。 ミックとキースは47歳、僕が20歳の頃の邂逅であった。あの東京ドームで僕の10代が終わり、僕の中のストーンズは終わった。80年代を通して聞き続けたロックに対して、10代の僕が追い求めた何かが確実に終わったのを感じた。事実、その後、90年代を通して、僕は洋楽を全く聴かなくなってしまった。

高校生の頃、僕はストーンズに夢中だった。ロックと言えばストーンズ、ストーンズこそがロックだと思っていたのだ。しかし、それは60年代後半から70年代のストーンズ。その頃のアルバムは何度も繰り返し聴いた。"Let It Bleed"(1969)、"Sticky Fingers"(1971)、"Exile on Main St."(1972)、"It's Only Rock'n Roll"(1974)、"Black and Blue"(1976)、"Some Girls"(1978)、、、最高だった。当時ライブやスタジオ演奏の映像でみるミックとキースのなんと精悍でカッコよかったことか。。。ちょうど30代前半から半ば頃の脂の乗り切った2人の自然にロックしている立ち姿がしびれるほどにセクシーだった。
同じ時期に"The Kids are Alright"用のスタジオライブでピート・タウンゼントが「オヤジのロック!」と叫んだとき、彼はまだ33歳だったが、その立ち姿はまさにオヤジだった。。。

80年代に入り、ストーンズは、僕らに急激な老いを感じさせるようになる。それを打ち消すようなパフォーマンスをみせた81年のライブ映像。ミックのフットボーラー姿は今でこそミックらしいエンターテイメントを十分に感じさせる微笑ましいものであるが、当時は何か間違った歌謡曲的な演出を見せられたような気がした。キースはシャープさが失われ、急激に老けこんでいた。70年代のストーンズが好きだったからこそ、80年代に当時のポップスをうまく取り入れてアルバムを出し続けていたストーンズに正直言って落胆したのだ。1990年の東京ドームのライブでは、そのことを改めて、目の前に見せつけられたようだった。

そして、2006年のストーンズである。それはまさに「オヤジのロック」を通り越して、「おじいちゃんのロック」である。ミックとキースは還暦をとっくに越えた63歳である。その映像を観る僕も39歳になって、久々の現在形のストーンズとの邂逅となった。

そう、パンクの時代、ピートが33歳でオヤジのロックと叫んだ時代からさらに30年。63歳のロックとは如何なるものか? 皺皺のミックは以前と変わらない身のこなしでロックを歌い続ける。20代も30代も60代も変わらないロックというのはミックの思想そのもの。彼の中では全く違和感のないロックのあり方なのである。健康的でセクシー。バディ・ガイを前に悪ガキっぽさをアピールしつつ、若い女性シンガーに対してはセクシーに迫ってみせる。年齢を感じさせない、中性的でとても現代的なセクスである。

60年代から変わらず発散しているミックの魅力がそこにある。63歳になってもそのロックは死なない。健康的な生活を感じさせる見事にシェイプアップされた体。長いステージでも疲れを感じさせないエンターテイナー。

でも、僕の心は死んだロックの方に今でも引き寄せられる。60年代、70年代という時代にとり残され、囚われの身となったロックの魂たち。ミックを見ているとそういう魂はもう過去の遺物にすぎないように感じられる。彼にとっては子供や孫の代にあたるような若いオーディエンスと見事に一体化したステージパフォーマンス。笑顔の絶えないキースの立ち姿。彼は本来、70年代にドラッグで死んでいたはずの男である。
そうそう、70年代ロックといえば、ザ・バンドのラスト・ライブ映像"The Last Waltz"
もマーチン・スコセッシ監督作品だったナ。ウッドストックも彼が助監督時代の作品である。

僕の中で80年代と共に死んだストーンズは、2006年、まだまだ健在だった。彼らは70歳になってもストーンズでありつづけるだろう。そのスタイル故に、彼らのロックは永遠なのだ。2008年アメリカ・イギリス映画
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by onomichi1969 | 2009-02-07 13:54 | 音楽の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 1985年 ポップスが世界を救う semスキン用のアイコン02

  

2009年 02月 01日

幕開けは1984年の暮だった。
バンドエイドの"Do They Know It's Christmas?"がイギリスで発売され、大ヒットを記録した。カルチャークラブ、ワム、デュラン・デュラン、スティング、スタンダー・バレエ、U2など、当時のキラ星の如きポップスター達が一同に会し、世界に向けてメッセージを発する。
「飢餓に苦しむアフリカを救おう」
「音楽を通じて、世界をひとつにするんだ」
なんて素晴らしいことだろう。当時、中学生だった僕らはものすごく共感し、ポップ・ミュージックによる連帯という可能性を感じた。


次はアメリカである。
1985年3月に発売されたUSA for Africaの"We are the World"である。ベストヒットUSAで初めてPVを観た時の感動。ライオネル・リッチーが、マイケル・ジャクソンが、ブルース・スプリングスティーンが、そして、ダリル・ホールに、シンディ・ローパーが、、、正に当時のアメリカを代表するミュージシャンが本当に集まったんだなー。あまりの興奮に程なく発売される予定だったアルバムはいち早く予約し、新聞に投書までした。
「世界の一流のミュージシャンが一同に会してボランティアのレコードを作ったそうです。単なるポップスターだと思っていた彼らが、今世界に向けてメッセージを投げかけています。アフリカの飢餓を救おうと。それに答えるのは今度な私たちなのだと思います。私たちがレコードを買えば、その収益金がアフリカの飢えた子供たちを救うことになるのです」
実際のところ、何を書いたのか詳細は覚えていないけど、たぶんこんな感じだろうと思う。その投書は毎日新聞の読者欄に掲載された。


アメリカの次はカナダということで、
"We are the World"のLP版には、カナディアン・オールスターズ、Northern Lightsの"Tears are not Enough"という曲が収録されていて、個人的にはすごく気に入っていた。
ブライアン・アダムス、コリー・ハート、ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、マイク・レノ、、、プロデュースはデビッド・フォスターである。
このPVも初めて観たのがベストヒットUSAだったと思うけど、あまりにダサい作りとニール・ヤングの怪しい外見はかなり衝撃的だった。。。(前2作のPVがわりとスタイリッシュだっただけに、、、)


カナダの次は日本でしょう。
ライブエイドに先立つこと1ヶ月。1985年6月、日本でも当時のチャリティ・ブームに乗り、国立競技場で一大イベントが開かれた。それが「ALL TOGETHER NOW」である。
集まったのは、ニューミュージックのトップスター達で、オフコース、松任谷由美、財津和夫、吉田拓郎、佐野元春、サザン・オールスターズなど。
日本の版権の関係でレコード化にはならなかった(と記憶する)が、ラジオでは放送されたので、しっかりとエアチェックした。それがフィナーレを飾ったテーマ・ソング「ALL TOGETHER NOW」である。
その他、サザンと佐野元春、オフコースと吉田拓郎の夢の共演があったり、今考えるとなかなかのステージだった。


その後、ライブ・エイドがあり、ファーム・エイドがあり、サン・シティがあり、しばらくこの手のチャリティイベントが続くが、1986年以降、そういった流れはなくなっていく。(その中で、ファーム・エイドだけは毎年欠かさずコンサートを続けているのは特筆に価する)

1985年は、ある意味でポップスという幻想が一気に拡大した時代とも言える。ポップスが世界を救うという幻想。実際チャリティとして実効力があったのは確かだと思うけど、僕らにとって、それはやはりひとつの大きな物語としての幻想だった。それは祝祭であったのかもしれない。

ライブエイドの世界同時中継を僕らはテレビにかじりついて観た。そして、両親に、ライブエイドとはどんなに素晴らしいイベントで、ここに出ているミュージシャンが世界でどんなに有名な人達なのかを説明した。僕の母親が"We are the World"のPVに登場するブルース・スプリングスティーンを見て、「何この人、気持ち悪い~」などと言うので、僕は彼女に彼のアメリカでの人気が如何にすごいものであるかを説明しなければならなかったのだ。(これは当時の洋楽ファンの家庭ではよくあった風景だと想像する)
とはいえ、衛星中継番組としてはなはだ出来が悪かったのも事実で、たどたどしい同時通訳や突然曲がカットされてCMが入ったり、司会者の無知・無理解ぶりにはかなりイライラして、思わずテレビ局に抗議の電話をしそうになったことを覚えている。これもありがちな話だけど。




1960年代後半、モンタレー'67からウッドストックという流れの中で、ロック・ミュージックは確実に世界を駆動した。それは、「一体感というある種の幸福感を共有できる麻薬的な幻想」だった。それから15年たち、80年代という全てが大衆化を志向した時代、それによって消費文化が花開いた時代に世界はポップスによって再び一体化する。それは全世界同時中継という形をとり、まさに80年代的な流れの中で消費されたとも思える。確かにその盛り上がりもあっけないほどに短い期間だったけど、そこで描かれた幻想は80年代の僕らにとって、60年代後半のモンタレーやウッドストックと同じくらいの価値があったと言っていい。たとえそれが消費という記号に彩られたものであったとしても、である。

大きな物語が人々の心を確実に捉えた1985年の出来事について。モンタレー'67の記事で書いた以下の言葉をもう一度掲載し、締めくくることにする。
人間は幻想によって生きている。それは僕らを生かし、そして殺す。それもまた幻想。その全ては「心々」であり、また、それが僕らの心を震わす源泉なのである。

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by onomichi1969 | 2009-02-01 18:33 | 80年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 JANIS semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 15日

a0035172_23292560.jpgようやくDVD化した『JANIS』を購入。
ロック映像・ドキュメンタリーとしては、BBS "An American Band"、The Who "The Kids are Alright"、The Band "Last Waltz"、John Lennon "Imagine"、Elvis "That's the Way It Is"と共に時代を代表する作品と言えよう。

ジャニスを一躍スターダムに押し上げた1967年のMonterey POP Festivalでの名唱"Ball and Chain"、BB&HCとの"Summertime"のレコーディング風景、そして、Kozmic Blues Bandとの共演によるヨーロッパツアー、フランクフルトでの演奏などを収録している。
圧巻なのは、やはり、Full Tilt BoogieとのFestival Express(カナダ)での演奏であろうか。"Tell Mama"、"Kozmic Blues"、"Cry Baby"と素晴らしいステージングが続くが、正に鬼気迫る熱唱と言う他ない。(彼女の夭折はその3ヶ月後である)
ジャニスのステージというと夜のイメージが僕にはある。ウッドストックでの"Work Me, Lord"もナイターの煌びやかさが映えた印象に残るステージだった。

本作『JANIS』には彼女の代表的なステージ映像の他に貴重なインタビューも収録されている。実は、このインタビューがジャニスの本性とでも言うべき彼女の誠実さをよく伝えていて、演奏シーン以上に感動的なのである。それは上記のロック映像作品の全てに共通するが、彼らの生き様そのものを垣間見せ、そのステージの印象をより彫り深いものとさせてくれる。

ロックが最も幸せだった時代、彼女は自由を心から信じ、そして歌った。夢見がちで傷つきやすい少女、世間から孤立し、笑いものでしかなかった少女は歌によって救われ、その彼女の歌が今度は多くの人々の胸を奮わせるのだ。彼女の存在の偉大さを改めて感じさせてくれる。彼女ほどロックの本質、その強さであり、弱さである「誠実さ」を体現するボーカリスト、ミュージシャンは他にいないと僕は思う。
改めて思うけど、ロックとは天性であるとともに、より人間的なもの、ブルージーでソウルフルな、その根源的な哀しみと密やかな喜びから発せられるものなのだ。彼女の歌はそのことをよく教えてくれる。

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by onomichi1969 | 2007-08-15 23:57 | 音楽の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Summer of Love ‘67の奇跡、Monterey POP Festival semスキン用のアイコン02

  

2005年 11月 26日

a0035172_18342972.gifJanis Joplinが衝撃のデビューを果たし、The Whoが過激なパフォーマンスでアメリカを驚かせ、The Jimi Hendrix Experienceがその超ド級のギターワークで時代を切り裂き、Otis Reddingが「音楽は感動そのものだ」ということを世に知らしめた。
それがSummer of Love ‘67の奇跡、Monterey POP Festivalである。もちろん、それ以外の出演者たちのライブ・パフォーマンスのどれもが初々しく、素晴らしい。
人々はこの史上初のロックの祭典により、ロック・ミュージックが一種の衝撃であるとともに、一体感というある種の幸福感を共有できる麻薬的な幻想であること知ったのである。そのキャッチフレーズは”Love”である。
その幻想も2年後のWoodstockで賞味期限を迎え、1969年最後の月(僕の生まれた月だ)のオルタモントで完全に終わる。MontereyでMCをつとめたブライアン・ジョーンズはWoodstockの直前に死んでいる。ロック・ミュージックは商業ベースとして、別のステージに移行していく。
ロックにとって、奇跡的に幸福な時代。それがSummer of Love ‘67であり、Montereyだったのである。

今、僕らはMonterey POP Festivalの映像記録をDVDで観ることができる。以前は切れ切れにしか観ることが出来なかったシーンも今ではより多くの連続した演奏として追うことができる。
演奏そのものについては、The Holding Companyの荒々しい演奏と初々しいJanisの姿やCanned Heatの渋い演奏、Al KooperにThe Blues Project、そしてステージ恐怖症となったと言われるLaura Nyroの弾き語りシーンなどなど、挙げたらキリがないほどに充実しており、演奏シーンを集めたライブ映像としても卓越した作品と言えるだろう。
しかし、この映像記録は、音楽そのもの充実感以外にも僕らにある感慨をもたらす。確かに音楽そのものであれば、出演者達のオリジナル・アルバムやライブ盤を聴けばいい。それ以上のもの。。。この映画は確実に時代の空気、その幸福感を映していると言えないか。Montereyの映像がもたらす空気の色は明らかにWoodstockと違うのだ。それがSummer of Love ‘67、過ぎ去った一時の高揚感、その始まり。それは単なるノスタルジーとは違う、幻想という可能性、その幸福感を僕らに垣間見せる。過去にそこにあったはずのものが確かにある、ということが、その無に対して「有り得る」という豊穣を浮かび上がらせる、そういう幻想を僕らに呼び起こさせるのだ。
人間は幻想によって生きている。それは僕らを生かし、そして殺す。それもまた幻想。その全ては「心々」であり、また、それが僕らの心を震わす源泉なのである。

Summer of Love ‘67、Montereyという奇跡。この映像は確かに僕らに何かを語りかける。その何かを考えさせる。そういう映画としての力を僕は感じるのである。

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by onomichi1969 | 2005-11-26 19:19 | 音楽の映画 | Trackback | Comments(11)

semスキン用のアイコン01 The Who "The Kids Are Alright" DVD版 semスキン用のアイコン02

  

2005年 04月 24日

a0035172_20452353.jpg世界3大ロックバンドと言えば、ビートルズ、ストーンズ、そしてフーである。フーズ フー? 残念ながら日本でのフーの知名度は恐ろしく低い。
このドキュメンタリーは、フーのデビュー当時からのライブ映像やインタビュー、そして新たに収録した演奏シーン等を追加して作り上げられたフーの歴史であり、ひいてはロックの歴史でもある。

78年、時代はパンクである。パンクムーブメントの中では、ビートルズは過去の産物であり、ストーンズは現代の恐竜と呼ばれ、難解を極めたプログレや頭でっかちとなった産業ロックは嫌悪の対象であった。そんな中でも、フーはパンクキッズからリスペクトされる存在であり続けた。何故か?同年、彼らは『さらば青春の光』をプロデュースするが、この作品は彼らの出自であるモッズの青春像を捉えた傑作である。『さらば青春の光』と『キッズ・アー・オールライト』は当時のムーブメントに提示された1セットの作品ともいえる。それはロックの歴史であり、ロックとは何か??という彼らの回答そのものなのである。

そう、ロックとは何か? この作品のハイライトである『無法の世界』のステージこそ、当時の彼らにとっての現在形のロックであり、彼らが「オヤジのロック!」と叫ぶありのままの姿であろう。そしてそれは彼らの限界でもあり、ロックの限界でもあったのである。
言うまでもなく、フーは世界最強のライブバンドである。彼らのライブ盤を聴き、ライブ映像を観れば、彼らの激しいロックスピリットと高い演奏技術に誰もが感嘆するだろう。その象徴、ピート・タウンゼント。そしてキース・ムーン、最強ドラマー。残念ながら、彼はこの映画の公開を待たずに急逝してしまう。彼の不在によって、フーのメインストーリーは映画と共に一旦幕を閉じる。
パンクが終わり、フーが終わり、70年代が終わる。ロックが70年代に突き当たったもの、その壁自体がロックの原点であると僕は思っている。今やロックミュージシャンはロックを真摯に抱えることしかできないし、それを抱えること自体の誠実さこそが貴重なのだといえるのではないか。ロックは何度も死んだと言われたが、それでもロックは残っていくものである、しかし同時にその表現のアビリティには幅としての限界があるのだ。深さや複雑さを無理やり単純化したり拡張したりするような装飾はロックにとっても人間にとってもいいことではない。

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映画レビューサイトに本作品を登録!(いいのか?)
レビューまでしてしまった!!(他に誰もしないので、これはいいでしょう)

こちら!

次はモンタレー・ポップかな。
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by onomichi1969 | 2005-04-24 09:37 | 音楽の映画 | Trackback(1) | Comments(8)

semスキン用のアイコン01 FESTIVAL EXPRESS semスキン用のアイコン02

  

2005年 03月 25日

a0035172_0515874.jpg観たぞ、観たぞ、『フェスティバル・エクスプレス』!! いやぁ至福の時。夜遅くに渋谷くんだりまで観に行った甲斐があったというものだ。
さて、誰から語ろうか。。。まずは、ジェリー・ガルシア率いるデッドかぁ。やっぱり。デッドの音楽というのは、本来、じっくり腰を据えて聴かないとその良さというか、麻薬的なグルーブを味わえないのだが、ここでの演奏はわりとあっさりしたものだったような気がする。最初出てきて、そのまま30分くらい演奏されたらどうしようと思ったが、さすがにそんなことはなかった!とはいえ、僕も初めて観る彼らのライブ演奏シーンは、それなりに心を打つものがあった。出演ミュージシャン中、最もクオリティが高い演奏だったし、ガルシアのデビルボイスも妙にさわやかな感じで、思いもかけず彼の人柄の良さにも触れたような気がする。
次はジャニスだ。いきなりの『クライベイビー』には鳥肌が立った! あのシャウトに痺れない人はたぶんいないんじゃないか。彼女のアルバムはこれまでずーっと聴いてきたけど、やっぱりライブの歌声は最高だ。彼女の語りにも何となくしみじみとしてしまって、その後に続く震えるようなシャウトの響きをさらに感動的にしている。なんというか、ジャニスの歌は圧倒的に感動的なのだ。
そして、この映画のクライマックスでもあるザ・バンドリチャード・マニュエルの『アイ・シャル・ビー・リリースト』。ザ・バンドの前2曲でのリチャードの影があまりにも薄かったので、ここでも彼は前面に出てこないのかな、と心配したけど、あのイントロを聴いた瞬間にそんな杞憂も吹っ飛んだ。全盛期の彼が歌っている姿をライブ映像で観たのはもちろん初めてだったので、彼の情感溢れる歌声、その哀しみと純粋さを湛えたファルセットには全身が痺れっぱなしだった。そして、ダニーことリック・ダンコ。彼の歌声はトレインの中のお遊びジャムセッションで聴ける。そのセッションメンバーのすごいこと。酔っ払ってるのかラリってるのか少々カマっぽい調子ながら、相変わらず心の奥底から搾り出すように歌うダニーの隣で、これまたハイテンションのジャニスがコーラスをつける。ギターはガルシアだ。『エイント・ノー・モア・ケイン』、最高である。この素晴らしいシーン(ポスターにもなってるシーンだ)はある意味で映画のクライマックスと言っていいかもしれない。

僕は以前、『ウッドストック』の退屈さについて書いたことがあるが、この映画は『ウッドストック』に比べ、僕には音楽そのものを純粋に楽しめた作品であったような気がする。一体、『ウッドストック』とこの映画の違いは何だろうか? ウッドストックがロック・ミュージックによる人々の連帯を謳った祭典であったならば、フェスティバル・エクスプレスは、純粋に音楽を楽しむことを目的としており、そこに政治的な匂いは薄い。実際にとても純粋な音楽興行だったのである。興行と言えば、ウッドストックは当初、有料コンサートでありながら、あまりにも多くの若者が集まったために収拾が付かず、なし崩し的にフリーコンサートになってしまった経緯がある。しかし、フェスティバル・エクスプレスは、そういったフリーコンサートを期待してやって来た若者たちを徹底的に排除するのである。そこにはフリーコンサートを求める若者と興行側との対立があり、結局、ミュージシャン達は興行側に付くのだ。ウッドストックで見られた「喪失に対する微温な連帯」とでも言うべきものも、連帯意識から個人的感情へと変化し、それは喪失そのものとして人々の心の内に潜行していくのである。60年代から70年代へ、時代は共闘から個闘へと向かう、そういう時代的変化の萌芽が既にここで見られているということだろう。
この映画の終盤で、バディ・ガイが奇しくも言っていたが、今やガルシアもジャニスもこの世にはいない。僕に言わせれば、リチャードもダンコもいないのだ。リック・ダンコ。トレインの中で大はしゃぎしていた彼の姿が僕の目に焼きついている。そして、『ラスト・ワルツ』で一人寂しく過去を懐かしむ彼の姿も同時に思い浮かぶのだ。
ライブ映像のザ・バンドの演奏は、少々荒っぽい感じが僕にはしている。彼らはその1年半後に、ライブそのものの常識を変えた歴史的名演である『ロック・オブ・エイジズ』を録音するが、そこで彼らが目指したのはよりスローリーで音と声を聴かせる、そういった静謐なライブ空間だった。70年代に入り、ロックはプログレやハードロックなど、多様化の方向へと移行していく。人はそれをロックの商業化というが、ミュージシャンにとっては、ある意味でより聴かせる音楽の追求そのものだったのだとも言えないか。
1973年、ザ・バンド、グレイトフル・デッド、オールマンブラザースバンドという当時のアメリカを代表する3バンドによるコンサート「ワトキンズ・グレン・サマージャム」が開かれ、史上最大の60万人の聴衆を動員した。(アメリカ合衆国人口の0.25%だ。すごい!)しかし、このウッドストックの1.5倍の規模を誇るコンサートほど後年になって忘れ去られたものもないのである。たぶん、このコンサートが純粋たる音楽興行以外の意義を持っていなかったのがその理由なのではないだろうか。

最後に、『フェスティバル・エクスプレス』に戻る。この映画にとても満足した僕ではあるが、エンドロールに至って、実は裏切られた気持ちになった。それは、、、出演者リストに名前があったディレイニー&ボニーのステージがなかったからである。僕は彼らのステージを楽しみにしていたので、彼らのホーンセクションがトレインの中でちらっとセッションしている以外に全く演奏シーンがないのはとても残念であった。我が愛しのボニーに至っては、一言の言葉も発していない。(たくさん映っていたのに。。。) それだけが不満として残る。
『フェスティバル・エクスプレス』は、その名の通り、ミュージシャン達によるトレインでのジャムセッションが大きな見せ場でもある。トレインという観客のいない空間で起きた有名ミュージシャン達の化学反応ともいうべき邂逅は、音楽そのものを楽しむという純粋なお祭りでもあった。ある意味で興業者はその雰囲気の持続をステージでも期待したのだろう。それはロックムーブメントが内向していく瞬間を克明に捉えたドキュメンタリーでもあったのだと今では感じられるのである。

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by onomichi1969 | 2005-03-25 00:55 | 音楽の映画 | Trackback(5) | Comments(16)

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2005年 03月 10日

a0035172_241813.jpg全体的に構成も演奏もダラーっとしていて、通して観るのは確かにちょっと辛い。それでも、僕としては、ジャニスとザ・フーとサンタナの登場がまだ救いだった。ジミヘンの演奏はいまいち盛り上がりに欠けていたような気がする。ジャニスのライブは、ナイターの雰囲気と相まって、とても儚く、そして迫力があった。僕が持っているDVDにはジャニスが1曲しか収録されていないので、かなり寂しい。フーは、ピートのノリノリぶりやキースの蛸足ドラムがなかなかの見応え。サンタナもそれなりにいいし、テンイヤーズアフターもわりとカッコよかった。でも思い出してみるに、他に観るべき演奏がそんなにあったかな?大体、演奏を映そうという意図もあまり感じられないのだ。

まぁそれはそれとして、この「ウッドストック」というイベントは、60年代後半のロックムーブメント最後の灯火として捉えられるのが一般的だ。確かに40万人を集めた野外イベントとしては歴史に残るものであるが、そこにはもう既に時代の終わりの雰囲気が漂っているように思える。ある種の喪失に対する微温な連帯という感情が確かに見られるのだ。実際、このウッドストックという大イベントが大したハプニングもなく金銭的にも成功したと捉えられたことにより、ロックは産業社会に取り込まれ、商業化の道を辿ることになる。実際には3日間で3人の死者が出て、5000人が病気になり、2人が出産したという事件もあったが、それは些細な日常の出来事としてイベントの影に隠れてしまったのである。

あれから35年たった今、時代は幾多の断崖を通して、閉塞しつつあるように思える。「喪失に対する微温な連帯」とでも言うべき感情すら、今の時代感覚の中では喪失しようとしている。実はまだアメリカはこれまで保守的だった人間が力を持ったというだけで、戦争に対する反対の声は日本に比して圧倒的に大きい。当事者であるが故の足掻きがそこには確固として存在しているのだ。それに対して日本はどうか。実は喪失感に対する喪失の無意識的な蔓延の罠に最も捕えられているのは僕たち日本人である。だから、今、僕たちは進むべき道を見出すきっかけすら掴めてないのだ。もちろん平然と反アメリカを唱えられるほどの足場もない。話は横道に逸れたけど、まぁとにかく、「ウッドストック」はロックムーブの最後の灯火であるとともに、新しい喪失の始まりだったということなのだ。 (2004-04-10)
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by onomichi1969 | 2005-03-10 02:01 | 音楽の映画 | Trackback | Comments(0)

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2004年 11月 13日

a0035172_084798.jpgザ・バンドのラストライブのドキュメンタリーフィルム。監督はマーチン・スコシージ。僕はダンコのバラードが大好きで、「It makes no difference」の歌い出しのところなんか映像で観るとしびれるんだなぁ。ゲストも最高。ヴァン・モリソンの変なおっさんぶりも、ニール・ヤングのおたく青年っぽい感じも、Dr.ジョンも、ディランも何もかも素晴らしい。ロビー・ロバートソンとクラプトンのギターバトルもいい。(クラプトンと比べると改めてロビーのギターソロの味が分かるのだ)同名CDは永遠不滅のライブアルバムだと思う。 (2002-01-17)



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by onomichi1969 | 2004-11-13 23:55 | 音楽の映画 | Trackback | Comments(0)

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