Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 The Smiths ”The Queen is Dead”(1986) semスキン用のアイコン02

  

2005年 05月 05日

a0035172_8411888.jpgパンク・ムーブメントから10年。80年代中期、イギリスのロック・シーンにおいて、ポスト・パンクの潮流は、次第にアンダーグラウンドへと移行していった。商業ロックは、媒体たるMTVと共に世界マーケットを席巻し、ロックはビジュアル化すると同時に本来的に内在すべき力強さを失っていく。ロックの失われた力強さ。
そんな中で、ロックの力強さを逆説的に体現したバンドがあった。そのバンドは当時、ロック・シーンでは既に非主流となっていたイギリスで絶大な人気を誇っており、また日本でも真摯なロックファン達から新たなカリスマとして注目されていた。それがスミスである。
僕が初めて聴いたスミスのアルバムは、”Meat is Murder”(1985)<邦題:『肉食うな』って、あまりに直載的。。>である。正直言って、このアルバムは僕にとって退屈極まりないものであった。このアルバムは当時、スミスの最新作として、当然の如くイギリスでNo.1になっていたし、日本でもミュージック・マガジン等によく取り上げられていたように思う。

スミスとは、モリッシーとジョニー・マーの2人に象徴される。彼らの音楽的特徴は、マーの奏でる精巧でいて透明感溢れるギターリフとモリッシーの浮遊するような捻じ曲がったボーカルスタイルにある。自虐的なユーモアと鋭い社会風刺に富んだ歌詞も彼らの曲に特徴的である。
確かにそれはそれで彼らの音楽性だと思うが、如何せん”Meat is Murder”は僕らMTV世代には単調すぎた。(ポスト・パンクは受付けず!) それに彼らの売りであった自虐性だの、弱さだのも全く理解できなかったし、『肉食うな』って言われてもそれは困るのである。
アルバムの最後を飾る”Meat is Murder”に至っては、はっきり言って聴くに耐えない雑音であり、狙いの外れた効果音でしかなかった。
スミスは弱さを売りにしていたが、そんな彼らを本当に理解するには、彼ら自身に内在する強圧性を了解しなければならず、それはまるで宗教的強要のようで、僕には到底付き合えるような代物ではなかったのである。

86年に発表された”The Queen is Dead”(1986)は、打って変わってとても聴き易いポップな内容となっており、前作で躓いてしまった僕のような人間にも理解できる(と思わせる)作品であった。風刺の効いた社会メッセージは相変わらずであったが、音楽的にはとてもバラエティに富んでいる。ストリングスを取り入れることにより、楽曲にも厚みが増し、リズムが強調されることにより、ビート感が増した。
このアルバムの出色は、01 The Queen is Dead (Take Me Back to Dear Old Blighty) [Medley]から、02 Frankly, Mr. Shanklyの流れ、そして03 I Know It's Overへ繋ぐ変化に富んだAサイドの展開、06 Bigmouth Strikes Againから07 The Boy With the Thorn in His SideのBサイド冒頭の流れもなかなかである。
しかし、やはりこのアルバムは、There Is A Light And It Never Goes Out に尽きるのではないか。僕はこの曲を繰り返し聴いた。僕自身、ホモセクシャルとは無縁であるが、この曲は歌詞にしても、メロディにしても僕らの心に確実に届くものがある。それは彼らに特徴的であった自虐性とか弱さというものがある種の幸福へと昇華した美しき瞬間であった。正にそんな瞬きを旋律化したような美しい曲であると僕は思う。

And if a ten-ton truck
Kills the both of us
To die by your side
Well, the pleasure - the privilege is mine

”The Queen is Dead”は、商業的にも成功し、一般的評価も獲得した。それは彼らの音楽的達成であると共に、ある意味で限界でもあったのだと今では思う。”Meat is Murder”が”The Queen is Dead”に反転したとき、実は彼らは何かを失っている。当時の僕には全く理解できなかったが、それが彼らの彼らたる所以の何かであったことは確かである。”Meat is Murder”のスミスが本来進むべき道は、”The Queen is Dead”ではなく、それを超えたところにあったのではなかったか。彼らは”There Is A Light And It Never Goes Out ”の美しさをもう一度反転する必要があったのである。
残念ながら、スミスは”The Queen is Dead”を最後に解散する。”Meat is Murder”が”The Queen is Dead”に反転したとき、失った何か。それは結局、永遠に失われるべきものだったのだろう。
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by onomichi1969 | 2005-05-05 08:46 | 80年代ロック | Trackback(3) | Comments(5)

semスキン用のアイコン01 Public Image Ltd ”Second Edition”(1980) semスキン用のアイコン02

  

2005年 05月 05日

a0035172_8335658.jpg70年代後半に興ったパンク・ムーブメントは、ピストルズの解散と共にニューウェーブへと移行し、パンクが標榜したシンプルなビートスタイルも再び多様化することになる。
その中でポスト・パンクというタームが80年代初期にメディアに登場するが、僕の印象では、このターム自体が持っていたパンクへの崇敬も当時のMTV的ビジュアル重視の文化に早々に圧されており、「ポスト・パンク」は既にして80年代という時代から零れ落ちた存在だったのかもしれない。

ポスト・パンクの代表選手といえば、P.I.L.(Public Image Ltd)である。奇しくもパンクをムーブメントとしてメジャー化した立役者ジョン・ライドン(ピストルズ時代はジョニー・ロットン)がピストルズ解散後に結成したバンド(というかスタイル)である。
ジョン・ライドンと言えば、ピストルズ解散時に発した「ロックは死んだ」という発言が有名であるが、ロックが死んだと言う張本人が奏でるロックとは如何なるものなのか? おそらく当時の人々の関心もそこにあったのではないか?

”Second Edition”(1980)<通称:『メタル・ボックス』>は、P.I.L.の代表作であり、80年代初期のポスト・パンクの傑作と言われる。正にロックが死んだ後の音楽がここにあり、これこそが80年代のポップチューンである、と。
僕は20年前にこのアルバムに接したが、敢え無く撃沈している。MTVっ子だった当時の少年にはとても受付けられるような音楽ではなかったのである。このアルバムのダビングカセットは、Talking Headsの”Remain in Light”と並び、すっかり省みられることなく、別のアルバムによってオーバーダビングされる運命となる。

『メタル・ボックス』にもう一度トライしようと思いたったのは、実は4-5年前である。Radioheadの”Kid A”を聴いてからだ。
今では、P.I.L.の”Second Edition”(1980)、そして”The Flowers of Romance”(1981)は、よく聴くアルバムのひとつである。時々、無性に聴きたくなる。そういう種類の音楽である。

「人間の理性領域に存在する叙情性がメロディを理解し、より根源的な領域、その地平においてリズムは共鳴する。」

この手の音楽に対する解釈というのは、いろいろとあると思うが、僕はこう思っている。
確かに”Second Edition”に手軽に反芻できるようなフレーズ、メロディは皆無である。このアルバムのどの曲も簡単に僕らの手のひらや口の端にのせられるような代物ではない。しかし、そのリズムは確実に僕らの体に染み入る。共振する。そして我知らず、ある種の快楽を呼び起こされる。
麻薬的な音楽。そのグルーブはある意味でとても危険だ。
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by onomichi1969 | 2005-05-05 08:34 | 80年代ロック | Trackback(1) | Comments(2)

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