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2005年 03月 25日

a0035172_0515874.jpg観たぞ、観たぞ、『フェスティバル・エクスプレス』!! いやぁ至福の時。夜遅くに渋谷くんだりまで観に行った甲斐があったというものだ。
さて、誰から語ろうか。。。まずは、ジェリー・ガルシア率いるデッドかぁ。やっぱり。デッドの音楽というのは、本来、じっくり腰を据えて聴かないとその良さというか、麻薬的なグルーブを味わえないのだが、ここでの演奏はわりとあっさりしたものだったような気がする。最初出てきて、そのまま30分くらい演奏されたらどうしようと思ったが、さすがにそんなことはなかった!とはいえ、僕も初めて観る彼らのライブ演奏シーンは、それなりに心を打つものがあった。出演ミュージシャン中、最もクオリティが高い演奏だったし、ガルシアのデビルボイスも妙にさわやかな感じで、思いもかけず彼の人柄の良さにも触れたような気がする。
次はジャニスだ。いきなりの『クライベイビー』には鳥肌が立った! あのシャウトに痺れない人はたぶんいないんじゃないか。彼女のアルバムはこれまでずーっと聴いてきたけど、やっぱりライブの歌声は最高だ。彼女の語りにも何となくしみじみとしてしまって、その後に続く震えるようなシャウトの響きをさらに感動的にしている。なんというか、ジャニスの歌は圧倒的に感動的なのだ。
そして、この映画のクライマックスでもあるザ・バンドリチャード・マニュエルの『アイ・シャル・ビー・リリースト』。ザ・バンドの前2曲でのリチャードの影があまりにも薄かったので、ここでも彼は前面に出てこないのかな、と心配したけど、あのイントロを聴いた瞬間にそんな杞憂も吹っ飛んだ。全盛期の彼が歌っている姿をライブ映像で観たのはもちろん初めてだったので、彼の情感溢れる歌声、その哀しみと純粋さを湛えたファルセットには全身が痺れっぱなしだった。そして、ダニーことリック・ダンコ。彼の歌声はトレインの中のお遊びジャムセッションで聴ける。そのセッションメンバーのすごいこと。酔っ払ってるのかラリってるのか少々カマっぽい調子ながら、相変わらず心の奥底から搾り出すように歌うダニーの隣で、これまたハイテンションのジャニスがコーラスをつける。ギターはガルシアだ。『エイント・ノー・モア・ケイン』、最高である。この素晴らしいシーン(ポスターにもなってるシーンだ)はある意味で映画のクライマックスと言っていいかもしれない。

僕は以前、『ウッドストック』の退屈さについて書いたことがあるが、この映画は『ウッドストック』に比べ、僕には音楽そのものを純粋に楽しめた作品であったような気がする。一体、『ウッドストック』とこの映画の違いは何だろうか? ウッドストックがロック・ミュージックによる人々の連帯を謳った祭典であったならば、フェスティバル・エクスプレスは、純粋に音楽を楽しむことを目的としており、そこに政治的な匂いは薄い。実際にとても純粋な音楽興行だったのである。興行と言えば、ウッドストックは当初、有料コンサートでありながら、あまりにも多くの若者が集まったために収拾が付かず、なし崩し的にフリーコンサートになってしまった経緯がある。しかし、フェスティバル・エクスプレスは、そういったフリーコンサートを期待してやって来た若者たちを徹底的に排除するのである。そこにはフリーコンサートを求める若者と興行側との対立があり、結局、ミュージシャン達は興行側に付くのだ。ウッドストックで見られた「喪失に対する微温な連帯」とでも言うべきものも、連帯意識から個人的感情へと変化し、それは喪失そのものとして人々の心の内に潜行していくのである。60年代から70年代へ、時代は共闘から個闘へと向かう、そういう時代的変化の萌芽が既にここで見られているということだろう。
この映画の終盤で、バディ・ガイが奇しくも言っていたが、今やガルシアもジャニスもこの世にはいない。僕に言わせれば、リチャードもダンコもいないのだ。リック・ダンコ。トレインの中で大はしゃぎしていた彼の姿が僕の目に焼きついている。そして、『ラスト・ワルツ』で一人寂しく過去を懐かしむ彼の姿も同時に思い浮かぶのだ。
ライブ映像のザ・バンドの演奏は、少々荒っぽい感じが僕にはしている。彼らはその1年半後に、ライブそのものの常識を変えた歴史的名演である『ロック・オブ・エイジズ』を録音するが、そこで彼らが目指したのはよりスローリーで音と声を聴かせる、そういった静謐なライブ空間だった。70年代に入り、ロックはプログレやハードロックなど、多様化の方向へと移行していく。人はそれをロックの商業化というが、ミュージシャンにとっては、ある意味でより聴かせる音楽の追求そのものだったのだとも言えないか。
1973年、ザ・バンド、グレイトフル・デッド、オールマンブラザースバンドという当時のアメリカを代表する3バンドによるコンサート「ワトキンズ・グレン・サマージャム」が開かれ、史上最大の60万人の聴衆を動員した。(アメリカ合衆国人口の0.25%だ。すごい!)しかし、このウッドストックの1.5倍の規模を誇るコンサートほど後年になって忘れ去られたものもないのである。たぶん、このコンサートが純粋たる音楽興行以外の意義を持っていなかったのがその理由なのではないだろうか。

最後に、『フェスティバル・エクスプレス』に戻る。この映画にとても満足した僕ではあるが、エンドロールに至って、実は裏切られた気持ちになった。それは、、、出演者リストに名前があったディレイニー&ボニーのステージがなかったからである。僕は彼らのステージを楽しみにしていたので、彼らのホーンセクションがトレインの中でちらっとセッションしている以外に全く演奏シーンがないのはとても残念であった。我が愛しのボニーに至っては、一言の言葉も発していない。(たくさん映っていたのに。。。) それだけが不満として残る。
『フェスティバル・エクスプレス』は、その名の通り、ミュージシャン達によるトレインでのジャムセッションが大きな見せ場でもある。トレインという観客のいない空間で起きた有名ミュージシャン達の化学反応ともいうべき邂逅は、音楽そのものを楽しむという純粋なお祭りでもあった。ある意味で興業者はその雰囲気の持続をステージでも期待したのだろう。それはロックムーブメントが内向していく瞬間を克明に捉えたドキュメンタリーでもあったのだと今では感じられるのである。

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by onomichi1969 | 2005-03-25 00:55 | 音楽の映画 | Trackback(5) | Comments(16)

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