Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 タグ:ハードロック ( 21 ) タグの人気記事 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 Grand Funk Railroad "Live Album"(1970) semスキン用のアイコン02

  

2013年 01月 03日

a0035172_20471370.jpg70年代初期のアメリカンハードロック、ライブアルバムの最高峰。その大音量。観客の熱狂ぶり。演奏力。疾走するリズム。力強いボーカル。聴いているだけで彼らの迸る汗が見えるよう。これぞライブアルバムである。3ピースバンドらしいインプロヴィゼーション溢れる演奏が凄まじい。

オープニングからラストまでハードで押し通す。Are You Ready。このアルバムの象徴的な1曲である。この曲の前ではどんなハードロックバンドの演奏も吹っ飛んでしまう。ギター、ベース、ドラムの3ピースとボーカル、コーラス、観客の絶叫が一体となった驚きの1曲。

ディストーションが効きまくる音の中、コーラスは意外にも豊かなハーモニーを聴かせる。ハードな中にも、曲のバラエティが富んでいて、スローから入って壮大に盛り上がっていく中盤のHeartbreakerやMean Mistreaterが素晴らしい。

そしてラストに向かい、名曲Inside Looking Outの熱狂。Into the Sunの恍惚。もう何も言えねえ。これぞライブ。これぞロック。アメリカンロック驚愕の1枚。ジャケも最高。
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by onomichi1969 | 2013-01-03 20:53 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 James Gang "Live in Concert"(1972) semスキン用のアイコン02

  

2013年 01月 03日

a0035172_1820862.jpgアメリカン・ハードロックの原点。70年代初期、世界最高峰の3ピースバンドのひとつ。James Gangである。ジョー・ウォルシュ在籍時の作品としてはRides Again(1970)が有名で、後年のドゥービーに繋がるようなスケール感のあるカラッとしたアメリカン・ロックやスワンピーでブルージーな泥臭いロックを聴かせる。骨太なアメリカン・ハードロックの原点となったアルバムである。

しかし、彼らの真骨頂はライブにこそある。それはテクニカルな3ピースバンドの真骨頂でもある。Live in Concert(1972)は、ウォルシュ在籍時の唯一のオリジナルライブアルバム。これは素晴らしかった。3ピースのライブの核はリズム隊にあり。BBAやクリーム、GFR、ラッシュも同様だが、このリズム隊も素晴らしい。ドラムのジム・フォックス、ベースのトム・クリス。そしてギター&ボーカルがジョー・ウォルシュ。重厚かつアグレッシブなギターが素晴らしい。彼は3曲目と4曲目ではオルガンを担当。それらの曲はギター無しなのだけど、それはそれでまた良し。

但し、このライブアルバム、少しボーカルの音が弱い。ねちっこいベースに叩きまくるドラムの音、自らのディストーションバリバリのギター音にウォルシュ自身の声量が喰われてしまって、少しバランスが悪いかな。ウォルシュの声はすごくいいのだけど。やっぱりギターが歌っちゃいかんのかな。。。でも、当時の多くのライブアルバムも音的には似たようなものだし、演奏の迫力がそれを補って余りある。ライブ感も十分に味わえて、70年代初期のライブアルバムとしては、GFRやハンブル・パイ、フー、オールマン、J.ガイルズ、ジョニー・ウィンターの傑作群に準ずるだろう。

以前、僕はイーグルスのアルバムの中で、Victim of Loveを「80年代ハードロックの原型とも言うべき作品であり、元々がカントリーフレーバーを漂わせながらも常にヘヴィーさを追求してきたイーグルスが到達した楽曲である」と称した。実は、それって70年代初期に既にウォルシュが到達していた領域なのだ。彼は1970年にして、ハードでプログレッシブでカントリーなアメリカン・ロックを完成し、ソロではそれをポップに展開している。70年代中期のボストンやイーグルスの大衆的なハードロックの礎として、ジョー・ウォルシュ、James Gangはそれらの音楽に大きな影響を与えていると思う。大したものである。80年代にアメリカ大統領になろうとした男。ジョー・ウォルシュ。そのバイタリティの凄さ。もっと、もっと評価されてしかるべきロッカーである。
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by onomichi1969 | 2013-01-03 18:26 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Johnny Winter "Live Johnny Winter and"(1971) semスキン用のアイコン02

  

2012年 05月 05日

a0035172_1794165.jpg白髪のブルーズギタリスト、ジョニー・ウィンター渾身のライブアルバムである。

本作は、70年代ロックを代表するライブ盤の一つだろう。冒頭の音質はあまりよくないが、そんなことを一瞬で忘れさせるほどの熱狂がここにパッケージされている。ロックンロール!!である。サムピックによる怒涛の速弾き、ジョニー・ウィンターのディストーション唸りっぱなしのギター。対抗するのは、孤高のギタリスト、リック・デリンジャー。2人のギターバトルが冴えるGood Morning Little School Girlから早くもノリノリである。ドラムはキャプテン・ビヨンドからの助っ人、ボビー・コールドウェル。(と言ってもあのAORの人とは別人です) 初っ端のドラムソロから爆発して、とにかく手数の多さで、スピード感溢れるライブをぐいぐいと引っ張っていく。

2曲目のIt's My Own Faultは、コテコテのブルーズなのだが、これもスタイリッシュでカッコいい。静寂のブルーズにして、ドカドカと叩きまくるドラム、唸りまくるツインギターは、ブルーズの枠を易々と超える。そして、3曲目がストーンズのカバー、Jumpin' Jack Flash。この曲のウィンターのボーカルの凄まじいこと。喉がおかしくなるのではないかと思うほどにがなりまくる。根性入りまくりのボーカルである。ライブらしいアンサンブル、速弾きのツインギターに絡むリズム隊も素晴らしい。4曲目はライブ盤らしい構成、ロックンロールメドレーである。火の玉ロック。のっぽのサリー。すべてがハードロックである。インタープレイが光るブギーナンバーを挟み、最後を締めるのもロックンロールの定番。ジョニーBグッドである。

ライブらしいノリノリの構成と怒涛の演奏力、ウィンターのボーカルがとにかくすごい。スピード感溢れるロックン・ブルーズ、ロックンロール。ウィンターとデリンジャーの速弾きギターバトル。それを引っ張るコールドウェルのドラミング。とにかく最高! 聴きどころ満載のライブ盤、文句なしの傑作!!
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by onomichi1969 | 2012-05-05 17:29 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Beck Bogert & Appice "Beck Bogert & Appice"(1973) semスキン用のアイコン02

  

2012年 05月 05日

a0035172_22563818.jpgロック史上最強の3ピースバンド、、、と言えば、Creamか、Jimi Hendrix Experienceか、BBAか、GFRか、RUSHか、うーん、どれもすごいバンドだ。
3ピースバンドの特徴は、ギター、ベース、ドラムのテクニカルなアンサンブル、そのインタープレイにあると言われる。ボーカル専門が不在の為、思う存分にインタープレイを行えるわけだ。とすれば、その味わいの究極はライブにあり、それぞれのバンドには歴史に残るライブ盤、名演奏がある。

・・・と断言してしまっていいのだろうか?
一抹の不安があるのが、BBAのライブ盤。"Beck Bogert & Appice Live in Japan"(1973)である。このアルバムは日本限定盤であり、正式に全世界で発売されているものではない。録音状態が悪く、演奏も完全ではないというのが巷の評判。特にボガートとアピスのボーカル、コーラスワークが外しまくっており、演奏のミスタッチも多い。

そもそも、BBAの音楽とは、スタジオ盤の"Beck Bogert & Appice"(1973)に代表されるように、当時のハードロックの潮流、ZEP等に比べるとメロウに偏っている。代表曲であるLadyにしても、迷信にしても、ハードロックにしてはポップな曲調であり、Sweet Sweet Surrenderに至っては美しすぎるバラードである。しかし、Ladyを聴けばすぐ分かるようにその演奏力は抜群である。3人のアンサンブルは協調というよりも格闘である。ヴァニラ・ファッジとカクタスで馴らした重量級のリズムセクション、ボガートとアピスにジェフ・ベックがギターで対抗するという構図である。
ハードロックの曲には、ブルーズやフォークロアをベースとした様式があり、その楽曲はポップスと一線を画する。しかし、BBAはその型に嵌らなかった。メロウでポップな曲をハードにゴリゴリと演奏する。そして、その演奏力は、CreamやJimi Hendrix Experienceに匹敵する。ジェフ・ベックもCreamを意識してBBAを結成したのであるから、その演奏スタイルは必然だったのだろう。

ジェフ・ベックの70年代は、第2期ジェフ・ベック・グループから始まり、BBA、そしてソロ・ワークに続く。第2期の2枚のアルバムはボブ・テンチとマックス・ミドルトンという2人ジャズ&ソウルの達人に負うところが大きいが、特に2枚目のオレンジアルバムは今聴いても全く古さを感じさせない、ブラックミュージックとロックが融合した音楽性豊かな傑作である。BBAをそれと比較してその優劣を論じるのは少し違うだろう。BBAと比較すべきはCreamやJimi Hendrix Experience、当時のGFR等である。そうすれば、逆にBBAのアルバムのすごさが浮かび上がってくる。

Ladyを聴いてみてほしい。イントロから爆発する手数の多いアピスの重いドラミング。ビシビシ決まる。バトルを繰り広げるベックのギターとボガートの速弾きベース。迸る緊張感。日本でのライブ盤もこの名曲 Ladyに至ってはライブのクライマックスとでも言うべき激しい演奏となる。いつまでもこの世界が続いてほしいと思う。しかし、曲は短い。BBAの特徴からすれば、凡庸な演奏でしかないSweet Sweet SurrenderやI'm So Proudの位置づけに戸惑ってしまうのも仕方がない。結局のところアルバムとしてみれば中途半端な印象はぬぐいきれないか。やはり、もう1作。トータルとしてLady級の演奏と緊張感が持続したようなアルバムがあったなら、BBAこそがロック史上最強だったろう。
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by onomichi1969 | 2012-05-05 09:51 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Def Leppard "Hysteria"(1987) semスキン用のアイコン02

  

2008年 02月 11日

a0035172_15393647.jpgNWOBHM(New Wave of British Heavy Metal)の流れでもうひとつ、、、忘れちゃいけないのがデフ・レパードである。彼らこそNWOBHMのバンドで初めて全米を制覇したムーブメントの中心的な存在だ。
彼らの代表作と言えば、出世作であり、全米で大ヒットを記録したNWOBHMの記念碑的なアルバム”Pyromania”『炎のターゲット』(1982)である。HM/HRのバンドとしてはシンプルでポップな曲調が彼らの特徴であろう。(故に彼ら自身もNWOBHMに括られるのを嫌うようである) 『炎のターゲット』からは01 Rock Rock (‘til You Drop)、02 Photographや03 Stagefrightが彼らのスタイルを特徴付ける曲として挙げられる。
僕が高校生の頃、既にデフ・レパードは活動休止状態だったけれど、彼らは決して忘れられたバンドとはなり得なかった。それはその当時の彼らの境遇を皆が知っていたからである。
1984年、デフ・レパードのドラマー、リック・アレンが交通事故に遭い片腕を切断してしまう。その悲劇は音楽誌によって広く知られることとなった。誰もがドラマーの交代か、バンドの解散を予想しただろう。だからこそ、1987年、メンバーが誰一人代わることなく発表された4thアルバム”Hysteria”(1987)『ヒステリア』には皆が驚き、そして喝采をもって彼らの新譜を受け入れたのである。リック・アレンは失った片腕を補う特殊なドラムキットを使って技術を磨き、バンドのドラマーとして見事に蘇ったのである。僕らはその背後にあったであろうある種のドラマ性に(それははっきりとは伝えられなかったが)に感動したのである。
予想を超えて”Hysteria”(1987)の出来は素晴らしかった。音楽的には、前作のポップな部分をアルバム全体に引き伸ばしたような、全曲シングルカットが可能と言われる、前年からのボン・ジョビやホワイト・スネイクの活躍を受け継ぐポップ&ヘヴィな彼らのオリジナルなスタイルを特徴付ける快作だった。
このアルバムからはロック・バラード04 Love Bitesが全米No.1ヒットとなった他、05 Pour Some Sugar on Meと06 Armageddon Itが全米トップ3のヒットとなる。アルバムからの6曲のヒットシングルはHR/HM系のバンドでは異例のことであった。
デフ・レパードにしてみれば、彼らのスタイルの延長線上に製作されたアルバムが”Hysteria”(1987)だったけれど、それは80年代のAORハードやプログレハードと呼ばれた商業的ハードロックのスタイルを必然的に呑み込んだものとなった。この流れはHR/HMというジャンルそのものの凋落を決定的にし、その後、ヴァン・ヘイレンやボン・ジョビがHR/HMとは一線を画するポップ&ハードなロックスタイルを築き上げていく必然的な趨勢を後押ししたのである。そういう意味でデフ・レパードはたった2枚のアルバムで80年代を代表するエポックメーキングなロックバンドなったのだと僕は思う。
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by onomichi1969 | 2008-02-11 15:40 | 80年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Judas Priest "Screaming for Vengeance"(1982) semスキン用のアイコン02

  

2008年 02月 11日

a0035172_13554153.jpgジューダス・プリーストの代表作と言えば”Screaming for Vengeance”(1982)『復讐の叫び』で一致するようである。彼らのアルバムをいろいろ聴いてみて、僕も全くそう思う。ジューダスのアルバムは作品毎に色合いが違うのが特徴であるが、80年代初期の”Screaming for Vengeance”(1982)『復讐の叫び』や”Defenders of the Faith”(1984)『背徳の掟』辺りの作品が一番彼らのスタイルに合っているように思う。ロブ・ハルフォードの声にも張りがあり、サウンドにスピード感があって、彼らの代名詞「メタル・ゴッド」の如く貫禄十分、音楽的に最も勢いがあった頃だろう。
”Screaming for Vengeance”(1982)の中では、表題曲07 Screaming for Vengeanceが特に素晴らしい。
エイティーズ時代にはあまりヘヴィメタが得意ではなかったけど、その分野の最高峰たる彼らのアルバムを聴いてみて、その素晴らしさに感嘆する今日この頃である。
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by onomichi1969 | 2008-02-11 13:56 | 80年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Iron Maiden "Iron Maiden"(1980) semスキン用のアイコン02

  

2008年 02月 11日

a0035172_10332146.jpg1年ほど前にヘヴィメタ好きのドイツ人が所有していた大量のMP3をもらって、その種の音楽をよく聴くようになった。アイアン・メイデン、ジューダス・プリースト、オジー・オズボーン、メタリカ、ドリーム・シアター、クイーンズライチ等々。
その中でNWOBHM(New Wave of British Heavy Metal)の雄アイアン・メイデンのアルバムには結構ハマった。彼らのアルバムは初期のものしか聴いていないけど、どれもなかなか素晴らしい作品である。個人的な好みで言えば、1stと2ndがお気に入りで、ポール・ディアノのボーカルが好きだ。
巷では、アイアン・メイデンと言えば、ハイトーン・シャウティングのブルース・ディッキンソンがヘビィ・メタル・ボイスの代名詞のように言われるが、彼は3作目からの加入である。彼らの3rdアルバム” The Number of the Beast”(1982)『魔力の封印』は全英でNo.1を獲得し、350万枚以上の売り上げを記録した彼らの代表作である。荘厳でメロディアスなギター・オーケストレーションを取り入れ、彼ら独自の様式美を確立している。4thアルバム”Piece of Mind”(1983)『頭脳改革』や5th”Powerslave”(1984)も前作の流れを踏襲した名作である。
それに比べると1st”Iron Maiden”(1980)『鋼鉄の処女』と2nd”Killers”(1981)『キラーズ』はボーカリストの違いと共に荒々しい曲調が印象的であり、アイアン・メイデンの歴史からすれば前世紀的な位置づけになろうか。アイアン・メイデンの基本スタイルは既に確立してはいるが、パンクとプログレを融合したような荘厳な中にも激しさとスピード感を前面に押し出したサウンドが初期2作の特徴であろう。ツインギターとセンターを奔るベースライン、ポール・ディアノの声がサウンドによくマッチしている。
ポール・ディアノの声質は、キッスのジーン・シモンズに近い。そして、言ってみれば、ブルース・ディッキンソンがポール・スタンレイだ。
キッスが2人のツイン・ボーカルをサウンドの特徴としているように、ポール・ディアノとブルース・ディッキンソンがツイン・ボーカルを組んだら、バンドとして凄いことになっただろうが、残念ながら2人ともボーカル専門であるが故に並び立つことはなかった。
ボーカリストによってサウンドは劇的に変化する。アイアン・メイデンの歴史はそのことを僕らに教えてくれる。
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by onomichi1969 | 2008-02-11 10:40 | 80年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 KISS "Alive!"(1975) semスキン用のアイコン02

  

2007年 12月 22日

a0035172_10443357.jpgキッスの代表作であると共に70年代を代表するライブアルバム。
70年代を代表するライブアルバム、、、と言えば、フリーやオールマン・ブラザーズ・バンド、ハンブル・パイ、ディープ・パープル、ザ・バンド、ボブ・ディラン、ストーンズ、J-ガイルズ・バンド、ボブ・マーリィ、シン・リジィなどなど、いくつかのバンドの作品を思い浮かべることができるけど、ライブのライブらしさを最も体現した作品、ライブの臨場感を思う存分に味わえる傑作といえばやはり、KISS ”Alive!”(1975)だろう。これぞライブアルバムの定番である。
ライブと言えば、2枚組である(これも定番)。1枚目。まずオープニングの"Deuce"からアクセル全開で畳み掛ける、3分台の曲を並べ、まるでジェットコースターのように目まぐるしい展開。ポール・スタンレーとジーン・シモンズのツイン・ボーカルもエース・フレーリーを中心としたツイン・リードの演奏もオリジナル以上のド迫力をみせる。鳴り止まない歓声、ポール・スタンレーの性急な掛け声といかにもロックだぜって感じのMC、彼らのパフォーマンスが透けてみえるような臨場感を味わえる。そしてライブならではの演奏のスピード感とドライブ感。まさにキッス絶頂期のライブにしてベスト盤、それはオリジナル以上の迫力と完成度を見せつけるのである。
2枚目はライブも中盤に差し掛かり、すこし長めの曲を差し挟む。圧巻は何といっても12分にも及ぶ"100, 000 Years"だろう。なが~い間奏でポール・スタンレーが観客を煽る様子がそのまま収録されているのだが、これが全くダレずに飽きさせない。あ~如何にもライブ、これこそロックン・ロール・パーティだって、思わず感嘆してしまう、まさにライブならではの風景を完全パッケージしている名演である。
ラストは、"Rock And Roll All Nite"から"Let Me Go, Rock 'N' Roll"と続き、まさに彼らのロックン・ロール・パーティ・ザ・ナイトに相応しい2曲で締めくくる。
KISS ”Alive!”(1975)は、ロックがパフォーマンスであり、祝祭(パーティ)であること、そして、ハードロックという枠を易々と超え出る、キッスがロックンロールの化身であることを高らかに証明してみせた渾身のライブアルバムなのである。ジャケットもカッコいい!

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KISS "Destroyer" 『地獄の軍団』(1976)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2007-12-22 22:15 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Van Halen "Balance"(1995) semスキン用のアイコン02

  

2007年 12月 08日

a0035172_11211424.jpg「ヴァン・ヘイレンのボーカリストは?」と聞かれたら、僕らの世代にとって、その答えは十中八九ダイヤモンド・デイブ・リー・ロスになるのではないかな。大ヒットアルバム”1984”(1984)でブレークし、彼らをスーパーバンドに押し上げた要因は、ギターヒーロー、エディ・ヴァン・ヘイレンの存在と共に、『ジャンプ』のPVで魅せたデイブ・リー・ロスの底抜けなパフォーマンス、そのボーカルの個性によるところも大きかったと思う。デイブがヴァン・ヘイレンというバンドの象徴的な存在だったことは間違いなかった。だから、ヴァン・ヘイレンがデイブと決別し、サミー・ヘイガーを新たなボーカリストに迎えるというニュース(1985年当時)には誰もが驚き、当初はがっかりしたのである。

当時のサミー・ヘイガーは、ソロのハードロッカーとして有名ではあったが、僕は、”Fast Times at Ridgemont High”(1982)『初体験リッジモント・ハイ』の主題歌や”Footloose”(1984)『フットルース』の挿入歌でしか知らなかった。たまにMTVでソロのPVを観た事があるが、その曲の印象は薄い。僕の知っている彼の曲は、如何にもハードロッカーというべきシャウト系のボーカルスタイルに似合わず、ポップな味わいのあるものであった。が、印象としては地味と言わざるを得ず、アルバムとして聴いたことは全くなかった。

サミー・ヘイガー加入当時はヴァン・ヘイレンとデイブがファンそっちのけの対立をしており、それはおのずとデイブvsエディという様相を呈していた。ハードロックファンの大勢がポップミュージックに寄り添い始めたデイブを見限り、エディ側についたのだと今では思えるが、やはり、当時のハードロックファンにとってギターヒーローの存在はものすごく大きかったのだろう。サミー・ヘイガー版ヴァン・ヘイレンのニューアルバム”5150”(1986)も予想以上の出来で、アルバムもシングル(『Why Can't This Be Love』)も全米No.1を獲得したことにより、その地位は完全に確立したと思われた。

僕自身は、1984年に観たベストヒットUSAでチャートNo.1となっていた『ジャンプ』のPVに魅せられ、それがきっかけで洋楽ファンになった(と言っても過言ではない)という経緯もあったので、デイブのいないヴァン・ヘイレンにあまり魅力を感じていなかった。確かに”5150”(1986)はいいアルバムだと思うけど、正直言って、デイブ時代のようなインパクト、その個性が乏しいという印象だった。ただ、実際のところ、ヴァン・ヘイレンというバンドの元々の特徴は底抜けにドライな味わいなのであるが、それに対してサミー・ヘイガーはウェットなのであり、その融合というのがハードロックバンドとして真っ当な方向に働いたという見方もできた。ヒットした『Why Can't This Be Love』や『Dreams』は正にサミー・ヘイガー調のウェットな曲であるが、これにヴァン・ヘイレンのドライさが融合することにより、楽曲そのものがパワーアップして生まれ変わったわけだ。

88年以降、あまり洋楽を聴いていなかったので、その後のヴァン・ヘイレンに対する関心はなくなっていったのであるが、1995年という年は、会社の寮にケーブルテレビが引かれていたこともあって、例外的にMTVを時々観ていた。その頃に、グリーンデイやトム・ペティ、ボン・ジョビなどの活躍と共に、当時のヴァン・ヘイレンの新曲『Don't Tell Me』のPVに遭遇したのである。このPVには正直驚いた。何に驚いたかと言えば、まずエディの髪型とヒゲである。そして音も80年代のハードロック調とは明らかに違う、所謂90年代の音になっていた。ヴァン・ヘイレンというバンドは、ウェットだドライだと言っても所詮は典型的な80年代のバンドだと思っていたが、そのヴァン・ヘイレンが堅実に変化を遂げているということに驚いたのである。
最近になり”Balance”(1995)をアルバムとして聴き、これがなかなかの名盤であることに思い至り、認識を新たにした。それは多分、僕自身が、90年代を経て、00年代も後半の今だからこその感想なのだとは思う。ニルヴァーナやチリ・ペッパーズ、R.E.M.、レディオヘッドが90年代を代表するバンドだとすれば、そこには80年代とは違うある種の気圧と彩度の変化があり、それは全体的に重々しい音圧とダークな色彩として、僕らに圧し掛かってくるように思える。
90年代とは、無根拠であることの「突き当った」感覚、その閉塞感こそがキーワードとして捉えられる時代である。それに対して80年代とは同じ無根拠でも、それはまだ自覚的に底抜けであり得た幸福な時代であった。そういう意味でヴァン・ヘイレンは80年代のバンドなのである。
そのヴァン・ヘイレンが変化を遂げ、『Don't Tell Me』は、90年代の流れの中に位置する曲、そのハードロック的な達成であると思える。アルバム全体からしてみれば、これまでの第2期ヴァン・ヘイレンの色合いはさほど変わらないが、この1曲のインパクトによって、このアルバムの印象はがらりと変わる。この90年的達成は、ヴァン・ヘイレンというバンドの変化によるものと捉えられるが、多分、それはサミー・ヘイガーがボーカルだったからこそ出来たことであり、結果的に彼らは80年代後半に正しい選択をしていたということになるのだろう。

(それはそれとして、、、、こんな傑作がAMAZONで1円なのだから、不思議なものである)

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Van Halen "Van Halen"(1978)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2007-12-08 16:27 | 90年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Thin Lizzy "Black Rose"(1979) semスキン用のアイコン02

  

2007年 12月 02日

a0035172_1047889.jpg70年代のハードロック・バンドの中で、その70年代という時代を象徴するような存在なのがシン・リジィである、と僕は思う。
リン・リジィの代表作と言えば、オリジナルでは”Jail Break”(1976)と”Black Rose”(1979)であり、ライブとしては” Live And Dangerous”(1978)が挙げられる。これら3つのアルバムは全て「買い」である。シン・リジィのというだけでなく、70年代ロックのマスターピースとして、これらのアルバムはやはり外せない。

ボーカル&ベースのフィル・ライノットがシン・リジィの象徴的存在である。このバンドの特徴である「語る」ボーカル・スタイル、ハード且つソウルフルな歌声、そして、そのロックンロール・スピリットはフィル・ライノットの情熱的と言われるキャラクター所以のものである。
シン・リジィのバンドスタイルとして特徴的なのが、レス・ポール・ギターによるツイン・リードである。歴代のギタリストとしては、ブライアン・ロバートソンとスコット・ゴーハム、そして、ゲイリー・ムーア、スノウィー・ホワイト、ジョン・サイクスが挙げられる。スコット・ゴーハム以外は入れ替わりが激しい。
個人的には”Black Rose”(1979)の前面ではじけるようなギター音が好きなので、ゲイリー・ムーアとスコット・ゴーハムのコンビが1番ピタッとはまっているように思う。ギタリストとしてはジョン・サイクスの人気もあるようだが、彼らの80年代のアルバムはこれまでとガラリと変わり、ハードで単調なLAメタル的な音に染まってしまう為、僕にはあまり合わないようだ。(というか、フィルの声が全く出ていないのが聴けない理由、、、)

シン・リジィには60-70年代のポップ&フォーク/ロックの様々な要素を感じることができる。曲によってはまるでドゥービー・ブラザースのような乾いたポップセンスを聴かせ、またボストンのようなプログレハードっぽい曲調があり、ブルース・スプリングスティーンのような言葉の奔流を響かせる、そういったアメリカ的な朗らかさが見られると同時に彼らの出自であるアイリッシュ系トラディッショナルなフォークロアっぽい曲もある。
そして、その叙情性。ツインリードギターが奏でる倍音とフィル・ライノットの響きある声が重なることでさらに増幅する倍音の叙情性。これは彼ら特有の味わいであると同時にバンドの個性そのものである。

フィル・ライノットは70年代ロックを代表するボーカリストである。スティーブ・マリオット、ボン・スコット、そしてリチャード・マニュエル。響きある声をもった天才達は70年代の終わりと共に夭折してしまうようだ。フィル・ライノットも1986年、ヘロインの過剰摂取が原因で死亡し、シン・リジィというバンドも実質的な終わりを迎えるのである。

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by onomichi1969 | 2007-12-02 09:34 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

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