Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 <   2010年 01月 ( 7 )   > この月の画像一覧 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 アバター "Avatar" semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 18日

a0035172_1425575.jpg話題の3D映画『アバター』を観る。
3D映画は『ジョーズ3』以来何度か観ているけど、3Dの3Dたる所以の立体感ある映像の迫力というか、奥行きのある画面の目新しさという点ではこれまでのとってつけたような3D作品とは比較にならない素晴らしい出来だと思った。その点ではとても楽しめたが、そういう見方で楽しむには、実は10分くらいの映像作品でも事足りる。

おそらく、僕のこの映画に対する評価は巷のものと全く逆だと思う。
この映画の「物語」としてのプロットやストーリーはとても面白いと思ったし、いろいろと考えさせられるところもあって、僕は概ね評価している。それに対して、映像というか、画面の在り方としての映画の表現方法にはかなり退屈さを感じた。そして疲れた。

『アバター』の設定を『スターシップ・トゥルーパーズ』や『エイリアン2』の逆バージョンで、エイリアンの側を正義とした戦争の物語と考えれば納得しやすい。また、それがベトナム戦争を北ベトナムの側から描いているといったような設定を想起させることも歴史的にみて面白い見方といえるだろう。近年、こういったパターンの映画は珍しくない。これまで外敵として描かれた人々の側から戦争を紐解く物語といえば、クリント・イーストウッドの『硫黄島からの手紙』が記憶に新しい。それ以外にも弱者としての被征服民や原住民の側から描く歴史の物語は反欧米中心主義という新たな視座の中でひとつのジャンルとして既に確立している感もある。

但し、それは加害者と被害者が単純に逆転するのが常であった。『駅馬車』や『遠い太鼓』が『ダンス・ウィズ・ウルブス』になるというように。
でも、事実はそう簡単ではないはずだ。人はいつもどちらかを加害者/被害者に分けたがる。どちらに正義があるのか、どちらがベビーフェイスなのか、それをはっきりとしたがるけど、それを分けたとたんにものごとは単純化され、本来明瞭でないものが明瞭なこととして短絡させられる。本当にそうあるべきなのだろうか?

僕が『硫黄島からの手紙』を評価するのは、それが『父親たちの星条旗』の対として存在しているからに他ならない。そこには加害と被害という概念が常に両義としてある。国と国の戦争があり、人間同志の戦いがある。そのことが素直に描かれるのみなのだ。

同様に僕が『アバター』を評価するのは、これは深読みかもしれないけど、ジェームズ・キャメロンがこの映画を『エイリアン2』の対として製作したというところにある。だからこの映画のキャストにシガニー・ウィーバーは外せなかったに違いない。エイリアンの側から描く戦争。前作において、あれだけの悪役を演じながら、今回は徹底的に正義を主張してみせる。一見して、その正義の表現が露骨にすぎるきらいがあるけれど、これを『エイリアン2』のカウンターとして捉え直せば、そういう露骨さも素直に納得させられるのだ。(神話になってしまうのもチョー露骨だ)

次に映像について。
表現されている以上の世界が設定としてその背景に隠れている、というのは、『機動戦士ガンダム』の「一年戦争」に代表される(戦史としての)メタ物語の典型であり、仮想現実的なキャラクター世界の手法そのものである。『アバター』も同じで、それが多くの人に今熱狂されている「世界観」というものだと思うけど、僕にはそれが模造的であるが故に映像としてもアカル過ぎて、陰影を感じない。全てが計算された「世界観」の一角のみを映像で示してみせる。それが設定としても映像としてもあまりにも「浅い」と感じるのは何故だろう。おそらくそれが自然ではない、人工の模造的映像の限界であり、設定そのものがデータベースからの類型としての演繹に過ぎないからなのだろう。そこに自然という驚きや想像力を超えた迫力が無いというのは、全てが所詮は数値変換の産物に過ぎないということが透けて見えるからなのだろう。
今後、こういったCGを駆使した新しい映像表現はどんどん進化していくに違いない。しかし、それはどうにもアカルすぎるのだ。(僕らのミライと同じで)

明瞭な色分けは、それこそ仮想世界にのみ可能なのだ。現実は単純ではない。多層的で多面的だ。曖昧で不可分だ。ちょうど今日の天気のように。晴れでもないが雨でもない。曇りかと思えば日が差し込む。この曖昧さは、人の営みの実相でもあるはずだ。  森達也 『東京番外地』

上記は、正常な精神と「精神病」との間の差異についての森達也の言説である。
あえて言えば、『アバター』は精神的に正常にすぎる、そういう映像に思える。だから退屈なのだ。

と、ここまで書いて、僕が『アバター』を退屈だと思うのは、TVゲームを全くやらないからかもしれないと思った。ゲーム空間がこれまでどのように進化してきて、全面CGの『アバター』がどれほど凄いのか、歴史的にも技術的にもいまいちよく分からないのである。あしからず。2009年アメリカ映画
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by onomichi1969 | 2010-01-18 01:13 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Neil Young & Crazy Horse "Live Rust"(1979) semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 16日

a0035172_17551916.jpg70年代を締めくくるベスト オブ ライブアルバムのひとつ。
70年代のライブアルバムと言えば、Joe Cooker “Mad Dogs & Englishmen”(1970)、The Who “Live at Leeds”(1970)、Donny Hathaway “Live”(1971)、J. Geils Band “Full House”(1972)The Band “Rock of Ages”(1972)Humble Pie “In Concert”(1973)KISS “Alive!”(1975)Thin Lizzy “Live and Dangerous”(1978)などなど。スワンプから、ロックンロール、ニューソウル、ハードロックまで、様々なジャンルの傑作があるけど、70年代を代表するシンガーソングライター&ロッカー、ニール・ヤングの傑作ライブ”Live Rust”(1979)も忘れてはならない。本作は、彼の、そして70年代ロックの代表作と言ってもいいだろう。

”Live Rust”は、当時のアナログ2枚組みで、ニールのソロ作品を中心としたA-Bサイドと、クレイジーホース作品を中心としたC-Dサイドという構成となっている。ニールのソロはAサイドがアコースティックバージョンで、のびのびとした透明感溢れるボーカルとアコースティックギター、ハープ、ピアノによるシンプルなサウンドが瑞々しい。観客のさざめきの中でニール独特の抒情性がライブ空間を支配する。Comes a TimeとAfter the Gold Rushが出色。Bサイドはクレイジーホースを従えたバンドサウンドで、こちらのバージョンも荒々しくスピード感があって素晴らしい演奏。名曲When You Dance You Can Really LoveやLotta Loveもオリジナルと違った聴き応えがある。
もちろん、クレイジーホース作品もさらにいい。Cortez the KillerやCinnamon Girl、Like a Hurricaneなど、クレイジーホースのハードな名曲が並ぶラインアップは最高の選曲だろう。そして、迫力のバンドサウンドである。唸るギターアンサンブルと息のあったコーラスはクレイジーホース独特のグルーブを生み出し、その生の息遣いが観客と一体となってライブ特有の臨場感はぐんと盛り上がる。楽器の音がよく響き、声、息遣い、そして歓声が一体となった最高のライブ空間。静けさの中に演奏が響く前半から、ハードな演奏が爆裂する後半へと、アルバムの流れは一気に盛り上がっていくのだ。彼らの演奏はよく「鬼気迫る」って言われるけど、まさにこの言葉がぴったりだと思う。

このアルバムは一粒で2度おいしいともいえるベストオブベスト的な作品だけど、実は、ソロで2枚組、クレイジーホースで2枚組でもよかったとも思える。たとえ4枚組でも十分に聴かせるだけの力を感じる。

ニール・ヤング、そしてクレイジー・ホースのオリジナル作品には傑作が多いが、このライブアルバムも外せない1枚だろう。ニール・ヤングという繊細かつハードな個性を十分に味わえる、彼の魅力が満載された傑作であると同時に、最高のライブ空間を最良の形でパッケージしたアルバムとしても"Live Rust"は稀有の作品なのだと思う。
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by onomichi1969 | 2010-01-16 18:02 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Brian Wilson "That Lucky Old Sun"(2008) semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 16日

a0035172_1437896.jpgイントロのピアノに始まり、ブライアンの声が響く。

Summer '61
A goddess became my song

ブライアン・ウィルソンの2008年のアルバム”That Lucky Old Sun”の5曲目、Forever She'll Be My Surfer Girlの冒頭の1節である。何度聴いても、胸が熱くなる。彼はやっぱり天才だったんだなぁって。

失われたと思っていたものが、そこにあった。
アルバムの冒頭を飾るThat Lucky Old Sunは、アメリカのポピュラーソングで、日本では、ルイ・アームストロングやレイ・チャールズの歌唱で知られる。あくせく働く民衆の頭上でいい気に天国だけをぐるぐると廻り続ける太陽を皮肉った曲である。ブライアン・ウィルソンは、このスタンダードナンバーにインスパイアされてアルバム”That Lucky Old Sun”をつくったという。その象徴であり、主役は、彼の故郷、青春の舞台カリフォルニアである。サーファー・ガールであり、オール・サマー・ロングであり、ビーチ・ボーイズである。そして、ブライアン・ウィルソンである。
彼は歌う。

Lost my way
The sun grew dim
Stepped over grace
And stood in sin
“Midnight's another day”

At 25 I turned out the light
Cos I couldn't handle the glare in my tired eyes
But now I'm back
Drawing shades of kinder sky
“Goin' Home”

Whoa, whoa, whoa it's magical
Living a dream
Don't wanna sleep
You might miss something
“Southern California”

”That Lucky Old Sun”は、ブライアンの自伝であり、2004年の”Smile”を経た、ブライアンの「今」を象徴するアルバムと言われる。それはその通りだろう。クリント・イーストウッドは、自らの歩みを総括するものとして、映画『グラン・トリノ』を作った。『グラン・トリノ』こそは、イーストウッドの歴史あってこその映画というわけだ。”That Lucky Old Sun”もブライアンの歴史の総括として在るものだと僕は思う。アルバムに耳を傾けてみれば、そこには、”Today!”のB面の流れがあり、”Pet Sounds”があり、”This Whole World”があり、”Love You”がある。”Rio Grande”があり、”Surf's Up”がある。曲の端々に、カールの姿が垣間見える。そしてデニスも。。。若きブライアンの躍動があり、苦悩の時代があり、今がある。これまでのブライアンの歴史があってこそ、”That Lucky Old Sun”は21世紀の今に燦然と輝く。

”That Lucky Old Sun”はブライアンである。ブライアンはいい気に天国だけをぐるぐると廻り続ける。ここ数年で一番の希望であり、全てを照らすような素晴らしいアルバム。
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by onomichi1969 | 2010-01-16 15:01 | 00年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Red Hot Chili Peppers "By the Way"(2002) semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 04日

a0035172_214336.jpg実を言えば、90年代-00年代のロックはリアルタイムで全く聴いていなかったこともあり、殆ど知らない。親密なる80年代に比べれば、1/1000の知識もないだろう。たぶん。僕にとって90-00年代は空白の4世紀なのである。

その中で今、特に聴いているのが、R.E.M.であり、Radioheadであり、Red Hot Chili Peppersなのであるが、殆ど後追いである。あと、AerosmithsやBon Joviなんかも聴くけど、これらは所詮80年代の延長線上だしね。
というわけで、今回は、レッチリである。と言っても、レッチリなどと親しげに呼んだことがないので、僕は少しキョリを置いてチリペッパーズと書くことにする。全然関係ないけど、僕は、マイケルジャクソンをMJと呼んだこともないし、クラプトンをECなどと呼んだこともない。アメリカも日本も最近、省略好きなのは何故だろう?いわゆるニックネームみたいなもので、そう呼ぶことによって一方的に親しみを感じるという共有感覚なのだろうけど。(これも時代的なものかな) まぁ、それはどうでもいいけど。

とにかく、90年代後半から00年代にかけて、、、チリペッパーズである。
チリペッパーズと言えば、僕にとっては、"Californication"(1999)と"By the Way"(2002)である。これら2枚のアルバムは、突出していると思う。彼らの音楽的な成長と共に時代的緊張感がそうさせているのだろうか。時代的緊張感とは何か? 90年代、世界は意味を失うことの自覚を失う。無意味な日常をノンシャランに生きることこそが意味にとりつかれた世界を相対化する戦略だと宣言したのは80年代のポストモダニスト達であり、それを実践したのが90年代の日本の女子高生達だった。しかし、90年代も後半になると、無意味な日常というその無意味性に耐えられない若者達が、日常を超越する過剰な意味への短絡を求めるようになる。90年代後半から急速に普及するインターネットのコミュニケーション環境の中で、それは「ナショナリズム」(的表現)のようなロマン主義的シニシズムという形で2ch等で一般化する。。。というのは、71年生まれの社会学者北田暁大の言説である。(基本的に現代社会学の基本理論はアメリカから来ているそうな。)
僕は、80年代以降、ポップミュージックというのは無意味性の象徴だったと思っている。世界はポップにとってフラットであり、ポップによって世界はフラットになったのだ。また、ミュージックというムーブメントは、世界にシンクロすると同時に時代に先んじるものだと僕は思う。だからポップは世界を動かせたのである。(ドイツを統一させ、ソ連を崩壊させた。)
しかし、ポップと消費主義の結びついた幸福な時代が過ぎ、90年代の初期にはそんな無意味性に耐えられなくなった輩がいたわけで、それがオルタナティブ・ロックとして現れたグランジのニルヴァーナであり、最初に名前をあげたR.E.M.であり、Radioheadであったわけで。それについてはまた別に書くとして、そんな中でチリペッパーズは無意味という無意味性を無自覚にどこまでも体現するような突き抜けたイメージがあって、ある意味で最も90年代に同時代的なバンドと言えた。そんなファンキーでメタリックな「突き抜け」がついにどんと突き当たったような閉塞感でアルバム全体を覆っているのが"Californication"(1999)と"By the Way"(2002)なのである。奇しくも2001年の9.11というアメリカのゼロ地点を挟んだ2枚のアルバム。このアルバムが僕に感じさせるのはそんな閉塞感が何かに短絡しないこと。同時代的な人間の動物化とか短絡性といったものに片足を踏み入れつつ、思い切りどんと突き当たって、ひっくり返りながらもふわふわと揺れながら踏みとどまってみせる。

個人的には、"By the Way"(2002)が好きだ。
"By The Way"とか"Universal Speaking"とか"Don't Forget Me"とか"The Zephyr Song"とか。曲調はどれも似ているのだけど、とても心に響く。あくまでポップであることにこだわることによって、これまで以上にポップに傾倒した作品である。そのひっくり返りようと「あえて」の突き放しと戸惑いが心に響くのである。うまく言えないけど。。

Fly away on my Zephyr
I feel it more than ever
And in this perfect weather
We'll find a place together

In the water where I center my emotion
All the world can pass me by
Fly away on my Zephyr
We're gonna live forever...

The Zephyr Song Lyrics
*Zephyr=西風が元の意味、ただ頭文字が大文字だし、乗り物の方のイメージかな
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by onomichi1969 | 2010-01-04 02:17 | 00年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 2009年 映画ベスト10 semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 03日

2009年に上映された映画の私的ベストです。(初企画!)

1. グラン・トリノ/クリント・イーストウッド
2. セント・アンナの奇跡/スパイク・リー
3. 空気人形/是枝裕和
4. 愛を読むひと/スティーブン・ダルドリー
5. ベンジャミン・バトン 数奇な人生/デヴィッド・フィンチャー
6. ディア・ドクター/西川美和
7. レスラー/ダーレン・アロノフスキー
8. This is It/ケニー・オルテガ
9. スラムドッグ$ミリオネア/ダニー・ボイル
10. チェンジリング/クリント・イーストウッド
次点 幸せはシャンソニア劇場から/クリストフ・バラティエ

こんなところでしょうか。
あまり新作を数観てないので、おこがましい感ありですが。
なかなか楽しいので来年もやろうっと。

改訂1(10.01.04) 大事な映画を忘れていました。。
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by onomichi1969 | 2010-01-03 01:53 | ランキング | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 邪馬台国はどこですか? semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 02日

昨年、新聞を賑わせた話題の一つが邪馬台国の関連した纒向遺跡である。新聞には、「「九州説は無理…」新井白石以来の邪馬台国論争ゴール近し 纒向遺跡」(2009.11.11 産経ニュース)との見出しが躍ったりして、読むものに衝撃を与えた。記事によれば、新たに発掘された大型建物跡と、以前から卑弥呼の墓ではないかと言われていた箸墓古墳の築造年代が3世紀中ごろと判明したことにより、年代もドンぴしゃと合って、邪馬台国畿内説(奈良県桜井市纒向)でほぼ決まりということらしい。以下、昨年末の特集記事より抜粋。

今年の発掘調査は、奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で「卑弥呼の宮殿か」と話題を集めた大型建物跡が出土、箸墓(はしはか)古墳(同市)では築造年代が卑弥呼の没年に近い3世紀中ごろと判明するなど、邪馬台国畿内説が一気にヒートアップした。(中略)

 「卑弥呼の金印が見つからない限り、所在地論争は永遠に決着しない」ともいわれ、古代史最大の謎を秘めた邪馬台国。しかし、纒向遺跡の発掘調査で、床面積238平方メートルのこの時期としては国内最大規模の建物跡が見つかった。
 邪馬台国九州説の有力候補地である吉野ケ里遺跡(佐賀県)の大型建物跡の156平方メートルを大幅に上回る規模。纒向遺跡の建物跡は東西方向に4棟が一直線に並び、後の飛鳥時代の宮殿を思わせる規則的な配置だったことから、卑弥呼の宮殿説が一気に浮上した。
 箸墓古墳でも注目される成果があった。国立歴史民俗博物館(千葉県)の研究チームが、出土した土器を放射性炭素年代測定法で調べたところ、240~260年ごろの可能性が高いと発表。卑弥呼は248年ごろに死亡したとされ、「卑弥呼の墓であることはほぼ確実」との見解を打ち出した。

2009.12.23 産経ニュースより


ふむ、ふむ。本当だろうか??
そもそも、つい最近までは邪馬台国北九州説が有力だったはずである。手塚治虫の『火の鳥』も卑弥呼の舞台は九州だったし。

邪馬台国の比定地を巡る謎の解説書と言えば、鯨統一郎の名著『邪馬台国はどこですか?』、、、というのは置いておいて、やっぱり、松本清張の清張通史①『邪馬台国』が思い浮かぶ。いや、実は僕はこの本によって、邪馬台国は筑後付近で決まりだと思っていた。

あと、最近読んだ本では、武光誠の『「古代日本」誕生の謎』も九州説だった。
ちょいちょい読んでしまうトンでも系の関裕二も九州説(卑弥呼は山門の女首長)。井沢元彦『逆説の日本史』も九州説だったような。最近出た考古学者の書いた本(題名忘れ)は、箸墓古墳=卑弥呼の墓で畿内説だったかな。

さて、新聞報道を見ても、僕の中で、畿内説で決定というのはいまいち納得できない。
いくら箸墓古墳の築造年代が3世紀中ごろと判明としても、そのことが卑弥呼の墓に直接結びつかないのだ。確かに有名な倭迹迹日百襲姫の箸墓伝説(姫は三輪山の大物主神の妻となったが、大物主の本体が蛇であることを知って倒れこみ、箸が陰部に刺さって死んだとする)と天照大神の同様な話(天の岩戸の異伝にて、アマテラスは岩戸の中で機織りの梭(ひ)で陰部を突いて死んだとする)が結びついて、それが巫女の卑弥呼を連想させるのは分かる。皆既日食が卑弥呼の時代に起こったという事実が、太陽神(日の巫女?)アマテラスが隠れる天の岩戸の話につながるのも、卑弥呼=アマテラス=倭迹迹日百襲姫→箸墓→卑弥呼の墓という流れを連想させる。

でもね。現実的にみれば、武光さんが言うように、纒向遺跡には中国文化の影響が殆ど見られない。邪馬台国と魏の帯方郡との通商が盛んだったわりに、それはありえないだろうと。あと、敵対していた狗奴国が熊本に比定されやすいのに対し、畿内説ではそこが弱い。邪馬台国=筑後vs狗奴国=熊本が国境を接して争っていたというのが一番しっくりくるんだなぁ。纒向遺跡は、大和朝廷が3世紀はじめから存在していたことを示すだけであって、そのまま卑弥呼や邪馬台国に結びつくものではないような気がする。発表されている記事の内容を読んでもそのあたりの説明がないのでねぇ。

その勢いで清張通史『邪馬台国』読み返してみたけど、清張さんの見立ては今でもなかなか説得力がある。
①邪馬台国比定地の根拠となる「帯方郡から女王國までの12,000里」などの道程はそもそも中国ならではの適当な数字であるというもの。その根拠は魏志倭人伝が参考したという漢書西域伝に記載されている化外の地(カシミールやイラン、アレキサンドリア等)が全て長安から12,000里となっていることが挙げられる。(実際はそんなことありえないが) なんといっても白髪三千丈の国なのである。倭人伝の数値を実数としてそのまま信じて、足し算していくこと自体がナンセンス。よって、キョリを正とし、方角を書き間違え(南→東と読み替え)とする畿内説の根拠は崩れる。ちなみに九州説は方角を正とし、キョリは読み替えが必要。
②倭は、朝鮮半島南岸から対馬、壱岐、北九州を含んだ地域を指し、その一帯は同一生活圏であったという。(エーゲ海文明と同じ多島海・沿岸文化) そして、北九州を含めて、当時は魏・帯方郡の支配下にあったということ。逆に南九州は、南方系で華南地方の影響を受けた地域であり、いわゆる南北戦争(代理戦争)という様相であったこと。
③卑弥呼は少女時代に立てられたことから、権力の象徴である女王というよりも、あくまで巫女であった。邪馬台国は合議の首長連合であり、巫女の鬼道・祖霊神事により、議事を最終決定をしていたという意味で、彼女は祭祀的な象徴(これも日本的には政治の根本)だったということ。魏の帯方郡使が北九州に駐在して政治の実権を握っていたという(一大率の)解釈により、当時の状況を戦後の日本、米国-GHQ-日本政府-象徴天皇に例えられる。
、、、などなど、面白い。

古代の日本は、大陸の影響を大きく受けており、海流により、北九州は弁韓・馬韓(任那・百済)、出雲は辰韓(新羅)、越は濊及び高句麗とそれぞれ繋がっていたという。その中で特に北九州と南朝鮮は島伝いの行き来が盛んであった。古代都市の大和は、内陸の中心地として吉備や出雲、東日本・尾張と繋がっており、3世紀頃の日本のかたちは結構複雑だったのではないかと想像する。

邪馬台国も実際のところ魏志倭人伝やそれに影響をうけた日本書紀の一部記載(神功皇后編)のみの話だし、親魏倭王といっても、倭人伝の記載が当時の日本国土の中ではどの程度の範囲を指すのかはあいまいである。確かに、邪馬台国が女王を中心とした集合国家であるという倭人伝の記載からすれば、それが日本全体(その場合は古代国家大和を中心とした壮大なもの、周辺に吉備、出雲、越、尾張、夷など)なのか、北九州に限定されるものなのかによって、イメージが大きく変わってくる。結局のところ、時期的なことを含めて、その時代の「倭」の集合体をどの範囲に規定するのかがポイントなのだろう。たぶん。

しかし、よくよく調べてみれば、纒向遺跡で畿内比定だって騒いでいるのはどうやら産経新聞だけのようで、実際のところ、まだまだ謎は残っているし、これで決着という訳にはならないようである。な~んだ。
そうそう、昨年、ipod touchを買って以来、産経新聞が無料でダウンロードできてしまう為、最近はすっかり産経の読者になってしまった。この新聞を読んでいると、民主党って本当に駄目な政党だって思ってしまう。バランス感覚を養う為には、ちゃんと他の情報も頭に入れておかないとね。

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by onomichi1969 | 2010-01-02 00:14 | | Trackback(1) | Comments(1)

semスキン用のアイコン01 Year of the Tiger 2010 semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 01日

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします

昨年はブログの稼働率もかなり低空飛行でしたが、まぁこんなものでしょう。
世は低成長時代ですから、今年もぼちぼちといきます。

ところで、
大晦日の昨日は、例年のように格闘技番組を観て過ごしました。
が、これももう昨年限りかもしれませんね。

格闘技、格闘技といいますが、
所詮、それは格闘技ショーです。
プロフェッショナルであり、エンターテイメントです。
それをコントロールするのは、本来、興行側の問題です。
その影響力を考えれば、今、彼らの倫理観が試されていると言うべきでしょう。

動物的(ex.動物化する人間)という言葉があります。
一言でいえば、短絡化です。欲求と充足が短絡し、本来、人間の欲望というものの本質としてそこにあるべき様々な意味の希求だとか、他者の承認といったプロセスが奪われた状態と言えます。

回路が単純化し、常に閉じられた状態。
そこにフィードバックだとか、フィードフォワードといった思考制御が働かない。

そういった動物化を時代の流れとして認めたところに現代的なセキュリティ社会だとか、モニタリングだとかいう社会モデルがあるのですけど、それって、やっぱり、悲しいことですよね。僕らは、本来、何をコントロールすべきなんでしょう??フラットな社会という地平に微かに見えていたアカルイミライが急速にフェードアウトしていくような、そんな錯覚をおぼえます。(そういえば、2000年代は社会学の時代でしたね。ほんと。) 

話はそれましたが、とにかく、、、
昨日の試合、特に青木選手の試合を観て、暗澹とした気持ちになりました。
おそろしいことです。悲しいことです。

こんな試合を認めたら絶対だめだとは思いますが、その映像と共に、その行為を易々と認めてしまう言説を見るにつけ、僕は時代そのものを見せつけられたような無力感に包まれてしまいます。年始早々、困ったものです。

そこで、アントニオ猪木の話↓
思うんですが、、、
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by onomichi1969 | 2010-01-01 22:19 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

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