Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 Frankie Goes to Hollywood "Bang !"(1984) semスキン用のアイコン02

  

2008年 07月 27日

a0035172_21502044.jpgエレクトリック・シンセ・ポップの代表作としてもうひとつ。これも日本編集版のFrankie Goes to Hollywood “Bang !”(1984)である。
元になるのは彼らのデビュー作”Welcome to the Pleasuredome”(1983)だけど、やっぱりよく聴いたのはこっちの日本編集版だった。これもハワード・ジョーンズの場合と同じように12インチシングルのバージョン違いのものを寄せ集めたものだが、オリジナルよりも曲が厳選されている分、アルバムとしてシェイプアップされていて、代表曲の美味しいところが引き伸ばされ、曲数の多いオリジナルと比べてもアルバムを通して聴き易い。小技を効かした遊び心も満載で、そういうところも飽きさせない魅力となっている。ある意味で80年代中期の音楽的特徴が凝縮されているアルバムじゃないかなと思う。

フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド(以下、FGTH)はイギリスでいきなり3曲連続No.1になるなど大ヒットを連発し、アメリカでも”Relax”がトップ10ヒットとなってメジャーシーンを駆け上がる。センセーショナルな歌詞とPV等の過激なビジュアルが大きな話題となったが、その音楽的中心はプロデューサーのトレヴァー・ホーンと言われている。そう思えば、彼の名作 Buggles ”The Age of Plastic”(1980)からの一連の流れの中でこのアルバムも聴けるのではないかな。
ビデオクリップに殺されたラジオスターの悲劇から、映画界に進出し堕落したフランク・シナトラへ。トレヴァー・ホーンは音楽という本質を捉えながら、80年代という時代に殉じるように敢えてそれをポップという形式において突出してみせた。彼のビジュアル戦略はその皮肉そのものを体現しているとも思える。

FGTHはその後然したる活躍もなく解散し、トレヴァー・ホーンも一時期は全く名前も聞かなくなったが、元々才能がある人だから、90年代以降にはプロデューサーとして見事に復活する。ハワード・ジョーンズのエントリィでも書いたけど、80年代のシンセ・ポップの時代は、センスがあって、技術もありながら、その突出性を一過性というポップの罠に絡め取られてシーンから退場を余儀なくされた人が多くあった。そういう意味で、実力のある人は90年代以降になってようやく復活するようになるのである。

80年代のシンセ・ポップ。その12インチバージョン集は今聴いても音楽的に斬新で、より先鋭化し、冗長化した80年代ポップの完成形だとも思える。この時代の隠れた名盤は案外こういうところにあるのではないかな。
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by onomichi1969 | 2008-07-27 21:52 | 80年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Howard Jones "The 12" Album"(1984) semスキン用のアイコン02

  

2008年 07月 27日

a0035172_21344998.jpgエレクトリック・シンセ・ポップというのは80年代中期のひとつの音楽的風潮だったと思うけど、その代表格と言えば、ハワード・ジョーンズとか、トーマス・ドルビーとか、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドあたりのブリティッシュ系になるだろうか。
その出自はおそらく1980年の大ヒット曲、バグルスの『ラジオスターの悲劇』で、この曲はMTVで初めてオンエアされたビデオクリップだというから、エレクトリック・シンセ・ポップとビジュアル(ビデオクリップ)というのはそのオリジンより深く結びついていたといえる。まぁこの曲がMTV開始第1曲目だったというのもかなり戦略的だったのだろうけど。
彼らに共通して言えるのは、その活躍が極めて短かい期間に限定されていたことだろう。センセーショナルなデビューの後、チャートを席巻したと思ったら、あっという間にメジャーシーンから退場する。正に時代の仇花的存在。そういうのって、僕は嫌いじゃないのだな。

音楽的にはシンセを基本とし、ドラムやベースを含めて、リズムやメロディなんかもサンプリングを駆使しつつ、とことんポップなサウンドに仕立て上げるのが売りだった。また、ビジュアル的にも「先端」とか「先鋭」を彷彿とさせるようなポップな外見にライブやPVでのイメージ重視のパフォーマンスが特徴的だったと思う。

ハワード・ジョーンズは、1983年にイギリスでデビューし、ファースト・シングル『ニュー・ソング』が大ヒットする。その後、1984年にアルバム”Humans Lib”(1984)『かくれんぼ』が発売され、全英No.1を記録。当時、イギリスで流行れば確実にアメリカでも流行ったということもあり、その年の米グラミー賞でエレクトリック・デジタル・ポップ・ユニットとも言うべきハワード・ジョーンズとトーマス・ドルビーの共演ステージがあって、それは寸劇的な要素がなかなか楽しい、音楽的にも斬新なイメージをアピールするとても印象深いパフォーマンスだった。
僕らがハワード・ジョーンズで一番聴いたのは、当時の大ヒット曲、”What is Love?”と”New Song”、”Pearl In The Shell”、”Like to Get to Know You Well”の12インチシングル用バージョンが収められた全6曲入りのミニアルバム『君を知りたくて』(1984)だった。その当時、この手のジャンルでは、12インチシングルでなんとかバージョンとかバージョン違いのものを作るのが流行っていて、特にディスコ用にアレンジしたDJ向けのロングバージョンものが多かったように思う。僕らもハワード・ジョーンズの曲であれば、この12インチシングル版をよく聴いた。このアルバムは日本編集版で現在もCD化はされておらず、ヨーロッパ編集の”The 12" Album”(1984)の方はCD化されたが既に廃盤で、中古は2万円以上の値がついているからとても手が出ない。
その後、アメリカでスマッシュヒットした”Dream into Action”(1985)や”One to One”(1986)が発売されるが、売り上げは伸びず、ハワード・ジョーンズは徐々にスポットライトから遠ざかることになる。

最近、レココレのアルバムランキング等でスクリッティ・ポリティの”Cupid & Psyche 85”(1985)がすごく評価されているけど、個人的には”One to One”(1986)がこの手のジャンルの中で完成度の高いアルバムだと思っている。正にエレクトリック・ポップを超えたデジタル・ソウルとでも言うべき傑作である。ハワード・ジョーンズが再評価されて『君を知りたくて』がCD化されたらもう言うことないんだけど。

ハワード・ジョーンズ、トーマス・ドルビー、そしてフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド。彼らはセンスがあって、技術もありながら、その突出性を一過性というポップの罠に絡め取られてシーンから退場を余儀なくされた。(トレヴァー・ホーンはその後もプロデューサーとして活躍しているけど。。)
エレクトリック・シンセ・ポップ、、、今、聴いてもかなり楽しく聴けるんだけどなぁ。すごく。
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by onomichi1969 | 2008-07-27 21:44 | 80年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ブルー・ベルベット "Blue Velvet" semスキン用のアイコン02

  

2008年 07月 13日

a0035172_1520265.jpgリンチの映画には独特の違和があります。『ブルー・ベルベット』では、非日常的で妖しい、暴力的な世界を主人公が覗き見ますよね。僕らは主人公の覗き見を通して映画を観るわけで、主人公が覗き見ることによって惹かれてしまう世界に僕らも惹かれる。僕ら自身の心に揺蕩(たゆた)う異様さへの希求と恐怖感の微妙な捩れ。観るという行為の本質的な危うさ。そのことに気づかされるリンチの映画は、はっきり言って、とても「快感」なのであーる。ちょっと自分自身が怖くなるなぁ。。。リンチ映画の観すぎ注意! 1986年アメリカ映画(2002-03-10)

(追記)引き千切られた耳から始まる映画である。表層の世界から裏の世界へ。無邪気な好奇心が深遠な暗闇に引き込まれる感覚。暴力と官能が入り乱れ、そこには何処までも深く閉じた欲望が横たわっている。映像だけみれば、それはある種の二面性として、その境界ははっきりとした形で明示されているように思える。スプリンクラーが回り続ける何処までも明るい日常的世界と引き千切られた耳の非日常的世界。
しかし、日常と非日常の境界線というもの自体が幻想であり、表裏一体であることの表明こそがこの映画の映像的な核心である、と僕は思う。それを行き来する「何ものか」は僕らの中に潜行し、偏在した狂気という形をとって、その出現の機会を常に狙っているのである。彼の人の耳がいつ何時、いとも簡単に引き千切れるかもしれない、そういう恐怖なのである。(その時が始まりとなるのだ)

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by onomichi1969 | 2008-07-13 15:26 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ストレイト・ストーリー "The Straight Story" semスキン用のアイコン02

  

2008年 07月 13日

a0035172_1448536.jpgストレイトじいさんのストレイトなお話。いいですね。ただひたすら自分を抱えて生きてきたこと。その素直な表明。自分の生きがたさは誰のせいでもなく、ただ自分のうちで耐え続けていくべきものなのだ。その凛然とした態度。それを理解し、理解される娘の姿にも心動かされる。1999年アメリカ映画 (2002-03-01)

(追記)ある映画サイトのレビュワー達のプロフを何気なくつらつらと観ていたら、好きな映画監督:小津安二郎、デヴィッド・リンチ というのがあった。お~、僕も同じだよ。

小津安二郎とデヴィッド・リンチ、全く対極の志向と思えるような2人の監督を同列に好きと言える感覚というのは僕にはすごく分かる。

優れた映画監督には、作品の製作姿勢や滲み出る死生観において、元型とでも言うべき無意識下の共通項があるのではないだろうか。だからこそ、その味わいは確かに違えど、同じような余韻(震え)を感じるのである。
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by onomichi1969 | 2008-07-13 14:56 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 飢餓海峡 semスキン用のアイコン02

  

2008年 07月 06日

a0035172_21225394.jpg中学生の頃に原作を読み、酌婦八重の情の深さに涙した。以来、水上勉の薄幸の娼婦を扱った小説をいくつか読んだが、「飢餓海峡」の杉戸八重が僕にとってのNo.1であることは変わらなかった。(ある意味で僕の女性観に決定的な影響を与えたといっても過言ではないかもしれない)
映画を観たのはちょっと先の話。イメージというのは恐いもので、左幸子もそれなりにがんばっていたが、狂信的な感じが立ちすぎて、僕の八重のイメージとは違うし、原作をかなり端折った東京での八重の暮らしぶりとか、途中の展開にもすんなり入っていけなかった。原作と映画の関係というのは難しい。映画だけ観れば、この作品が名作であることに全く異論はないが、原作に感動し、ディテールも含めて、そのイメージが出来上がってしまうと、原作に忠実な映画というのは、作品の単なる短縮版のような感じがしてしまうのである。(長編小説の場合は特にそうだ) 作品として完成されたもの同士を同列に観てしまうとそうなってしまうのかな。正直言って、こればっかりは仕方がないことかもしれない。ただ、映画ということで敢えて言えば、画面から漂う雰囲気がとても切なく、伴淳の名演もあって、期待以上に見応えがあったことは間違いない。 1965年日本映画(2004-01-25)
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by onomichi1969 | 2008-07-06 18:41 | 日本の映画 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 泥の河 semスキン用のアイコン02

  

2008年 07月 06日

a0035172_18334595.jpg少年は確かに妖しい美しさに惹かれた。憧憬が引き裂かれ、哀しみを知った。人々が生きていく、その闇の存在を感じた。幼い純真な心に響く哀しみの和音。生きるということの取り返しのつかなさ、その意味の不可解さ。忘れられない情景。そして、情念が芽生えた。1981年日本映画(2003-11-07)
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by onomichi1969 | 2008-07-06 18:34 | 日本の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 トカレフ semスキン用のアイコン02

  

2008年 07月 06日

a0035172_18161310.jpgラストの乾いた銃声が妙に印象に残る映画でした。
佐藤浩市演じる男は実に現代的な殺人者だと思うけど、立ち向かう側の主人公(大和武士)もかなり奇妙で捩れています。それはそれである種のリアリティがある。人は極限状態に置かれると理性を超えた愛憎や暴力に身を委ね、容易に常軌を逸してしまうのだろうか。そういうある意味で弱々しい男達とは対比的に、全てを超越して乾ききっていたのは主人公の妻にして、女性であり、母性であったヒロイン(西山由海)でした。この監督の作品としては最も生々しく、必要を超えて過剰で、その付き抜けさ加減が忘れがたい傑作。 1994年日本映画(2002-03-17)
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by onomichi1969 | 2008-07-06 18:27 | 日本の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 月光の夏 semスキン用のアイコン02

  

2008年 07月 06日

a0035172_17594462.jpg泣ける映画だ。
特攻隊で亡くなられた方々に対し、60年後の僕らが真っ当に向かい合える為には、どうすればいいのか。それがこの映画の中で問われている、、、とはさすがに思えない。それはあまりにも難しすぎるテーマだから。ここでは、単に、ある特攻隊員が出撃前に残したピアノ演奏にまつわる各自の思い出が語られるのみである。
しかし、最後にようやく真実を語ろうと決意した旧隊員が何十年かぶりにピアノと対面するシーンを前にして、僕らがこらえきれず号泣してしまうのは、ひとえに仲代達也のうるうるしたギョロ目に圧倒されるからに違いない。でも、ほんとに泣けるよー 1993年日本映画(2003-10-17)
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by onomichi1969 | 2008-07-06 18:02 | 日本の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ドイツにて semスキン用のアイコン02

  

2008年 07月 04日

a0035172_0154321.jpg朝、街を走るのはとても気持ちがいい。
まだ人が本格的に動き始める前の時間帯が特にいい。
でも、走っていると、街の鼓動というか、人々の息吹のようなものを感じる。
街に人が住み、生活している。
その単純な事実を想像しながら走る。
様々な音が聞こえ始める。
小鳥の囀り、鈍重な清掃車のエンジン。
その響きはとても気持ちがいい。


a0035172_0194962.jpg郊外の街。それは画一的だと言われる。
ドイツの田舎町にもそれはある。
幹線道路沿いに団地があり、造営地の戸建てがある。
バス停があり、ショッピングセンターがある。
マクドナルドがある。その中を走る。
そこにも街の鼓動と人々の息吹を感じる。
やはり、それも気持ちがいい。
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by onomichi1969 | 2008-07-04 00:22 | 旅の記録など | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 またまたドイツに出張! 6月29日~7月2日 semスキン用のアイコン02

  

2008年 07月 04日

6月29日、成田の朝便でその日の午後にフランクフルト着。
今回は目的地(いつもの田舎町)まで電車で移動しようと思ったけど、ついついタクシーを使ってしまいました。電車だと4時間かかるところが2時間だし、楽チンだし。少し高かったけど。。。会社の金だしね。

17時頃、ホテルに到着。
街の広場はちょっとしたお祭りモードです。
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少しブラブラしてみましたが、今夜はEUROの決勝戦ということもあって、街全体になんとなく高揚した雰囲気が漂っています。僕はもちろんドイツを応援していましたよ。しかし、スペインが決勝まで勝ち上がっているとは全く予想外でしたね。決勝は勝負強さでドイツだと思ってましたが、永遠の優勝候補スペインがここまでやるとは。。。
部屋に戻ってHot Spot(無線LANサービス)の設定。なかなかうまくいかず、なんとかIEのアドインを無効にした状態で繋げることに成功、、、したところで強烈な睡魔に襲われて、、、いつの間にか眠ってしまいました;;(結局、Yahooツールバーが悪さしてただけだったのだが。。)
ふと気がついて起きた時には決勝戦も終わっていて、、、街はひっそりと静まり返っていました。まぁ、仕方がないですね。出来ればドイツの優勝をここの地で目の当たりにしたかったんだけど。そうしたら、アイリッシュパブにも乗り込んだのに。

6月30日は仕事です。
朝は6時の教会の鐘の音で目が覚めます。実際は3時の鐘でも一度目が覚めちゃうんだけど。それから街を30分くらいランニングして、戻ってきて朝ごはんです。
田舎町の朝は活動が早いです。7時くらいにはもう街に多くの人が行き交っていますから。こっちは9時半にホテルのロビーで待ち合わせなので、それまでは日本と電話で仕事のやりとりをしつつ部屋に篭もっていました。
出張先での仕事は15時半に終わって、それからホテルに戻り、報告書の作成。なんだかんだで夜までかかってしまいました。まだ外も明るい21時くらいに夕ごはんを食べてからすぐにバタンキュー。

7月1日はフリーということで(元々予備日だったので)朝から街をブラブラしようかなと。
その前に朝ごはんです。(ようやく落ち着いて。。。)
ここのホテルは朝ごはんがなかなか良くて、特にパンが美味しいのです。前回泊まっていたところは朝ごはんに温かいものが全くなかったのですが、ここは焼いた卵と茹でたトマトにベーコンとソーセージが出ます。これらを全部パンに挟んで食べるのがサイコーなんです。美味そうにみえないかもしれないけど。。。これが美味いんだなぁ。

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ちなみにホテルの横のパン屋さん。
ここのパンもなかなか美味しいです。店員の女の子も可愛いですね。
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朝方に日本と仕事のやりとりをして、それから街へ買い物に出掛けます。スーパーでお土産のお菓子やワイン、それと水を買い込んでから、昼ごはんは街道沿いのマクドナルドへ行くことに。マックは何処に行ってもマック。店ではビックマックを頼みましたが、味もシステムも全世界共通です。ドイツだからひと回り大きいということもなく。

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ドイツの田舎町でもマクドナルドは街道沿いの風景としてしっくりと溶け込んでいるようです。マクドナルド的にポップでフラットな世界の風景。
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a0035172_2346175.jpg街道沿いのガソリンスタンド。ドイツでもガソリンの値段が高騰していますね。半年前に来た時よりもリッターで30セント高いです。1ユーロ 170円くらいとして、リッター1.59ユーロだから265円くらいですか。。高!(今回は何処に行くのもタクシーでしたが、値段も前回と比べてかなり上がっていたような。。。)



午後はやることがなく、どうしようかなと思案しつつ。。。ここはもうアレしかないなと。お日様もサンサンと照っていて、天気も最高だし、これはもう「サウナ日和」です。
ということで、午後は早々に街外れのサウナへと参戦しました。3年前に行ったところと同じドイツならではの男女混合モロだしサウナです。平日の午後というのに、結構人がいました。まぁ大体、街中に平日とは思えないくらい人が多いんですよ。街のあちこちにオープンカフェがあるのですが、日中からどこも人で溢れかえっています。(逆に日曜日の方が静かかも)平日の昼間というのに皆暇なのかなぁ。学校も午後イチには終わりのようで、午後になると街には若い人たちが多くなります。
a0035172_04195.jpgモロだしサウナは相変わらずの男女モロだしの和気藹々で、残念ながら今回は中年オンリーでした。隣にある別施設の野外プールには若い男女(もちろん水着着用!)が溢れかえっていましたが。。。
まずは低温サウナで汗をかき、サンサンのお日様の下、日光浴で肌を焼き(結構焼けてしまった、、、)、プールで泳いで肌を休めてから室内の寝椅子でぐっすりと寝ちゃいました。いやー、極楽、極楽。モロだし、モロだし。
ちなみにこのポスターみたいな若い男女も前回はいたんだよなぁ。それもモロで。。。


a0035172_044349.jpgそれから街の雑貨屋的な店に行きました。そこにちょっとしたCDコーナーみたいなのがあって、ドイツ版の80’sオムニバスみたいなやつがあったり。。日本盤のCDもあって、こっちではこれが輸入盤なんだろうなぁ、、、と思いつつ、10ユーロだから結構高めです。プリンスの『パープルレイン』が5ユーロ。これはちょっと安いかも。まぁユーロ自体が高いから微妙かな。



a0035172_051091.jpg夕ごはんはアジア料理屋でナシゴレンです。基本的に普通のカレーチャーハンなんだけど、これがなかなかイケるのです。量もなかなか多く、値段も5ユーロ弱。同じ店のカレーライスよりはずっと美味しい。




7月2日は朝移動でフランフルト空港へ。
今度は時間的にも肉体的にも余裕があるので電車と地下鉄を乗り継いでの移動。4時間くらいで到着。午後イチの飛行機で成田へ。7月3日の朝着です。そのまま事務所へ移動して、その日は仕事。ここで我慢して起きていないと後々辛いですから。時差ぼけもなく、すぐに日本時間に対応できればと。

今回はこれまでで一番短いドイツ滞在で、ほとんど仕事らしい仕事もせず、ひとりでブラブラとしてたら出張期間も過ぎてしまったという感じ。。。こういう単独出張ならいつでもウェルカムなんだけどなぁ。
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by onomichi1969 | 2008-07-04 00:11 | 旅の記録など | Trackback | Comments(2)

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