Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 The Traveling Wilburys "The Traveling Wilburys Collection"(2007) semスキン用のアイコン02

  

2007年 12月 30日

a0035172_1114929.jpg2007年の1枚。でも実は80年代後期の作品であり、中身は3枚組み。
僕にとっては今年を代表する1枚であり、最大の事件がなんといってもトラベリング・ウィルベリーズの快作"The Traveling Wilburys Collection"(2007)の発売なのである。

1枚目が1988年、2枚目がお蔵入り(という噂)、そして3枚目が1990年に発売された。1、3枚目は初版のみで廃盤となった為、これまで入手困難で幻のアルバムと言われていたのであるが、その1枚目と3枚目と特典DVDが3枚組みの新規パッケージとなって今年再販された。1988年にこのバンドが出た時、僕はちょうど大学受験の真っ最中だった為、その存在に殆ど関心をもてなかった。3枚目は出たことも知らなかった。哀しいことである。ここ4-5年ほど僕の中で洋楽熱が再燃し、過去の作品をよく聴くようになったが、このバンドだけは聴くことができず、歯茎の隙間に刺さった小骨のように気になり続けていた。それが今年ようやく叶ったのである。嬉しい限りである。

まず、ジェフ・リンである。僕はELO、ジェフ・リンの大ファンなので、このアルバムのベースとなる彼のサウンド・センスにはピタッとはまる。過去に書いたことがあるけど、彼は80年代中期の"Balance of Power"(1986)によってギターサウンドに目覚めるのであるが、その果実がこの時期のウィルベリーズにも確実に生きているのである。
ジョージ・ハリソン。彼は前年にジェフ・リンのプロデュースによって、"Cloud Nine"(1987)を大ヒットさせている。ウィルベリーズも彼とジェフの曲作りの流れの中で生まれたユニットである。彼の人徳によって、このバンドが生まれたと言っても過言ではないだろう。ジョージって本当にいい人なんだろうなぁ。
ロイ・オービソン。ベルベット・ボイスである。vol.1の1曲目、彼らのファースト・シングル"Handle With Care"でのボーカルは最高である。ジョージから引き継ぐ出だしの部分はもう涙なしには聴けない。"Not Alone Any More"も素晴らしい!
トム・ペティ。彼にとっての80年中期はすっきりしないものだったのではないか。実力がありながらなかなか飛躍できなかった時期である。そんなもやもやとした境遇をひとつ突き抜けたようなライブ盤を発表した後、このユニットに加わったことは彼にとっても僥倖だった。その後にジェフ・リンのプロデュース作品でブレイクするのだから。これもある意味でジョージのおかげ。
ボブ・ディラン。彼にとってもこのユニットへの参加はとても大きかったはず。不遇の80年代からの飛躍のきっかけとなったのだから。

こう考えていくと、やはりこのユニットにとって、ジェフ・リンの存在が大きく浮かび上がる。ジョージにしても、ロイにしても、トム・ペティにしても、ディランにしても、ジェフのサウンド・センスよって再生されたようなところがある。
ELOと言えばポップ・ミュージックであり、スペース・サウンドである。本来、ウィルベリーズのようなアコースティックベースのサウンドとは対極のイメージがあるが、実はそうではない。ELOの足跡を辿れば、この時期のウィルベリーズのサウンドがジェフの志向そのものであることが分かる。ジェフによるギターポップ、アメリカン・トラディッショナル・ロックンロールへの志向は、彼の到達点であると共に、80年代に不遇だった他のメンバーを再生させ、この時期のロックのトレンドとなった。

"The Traveling Wilburys vol.1"(1988)、"The Traveling Wilburys vol.3"(1990)は、言わずもがな、いずれも大傑作である。これらの幻が現実のパッケージとして再生したのだ。再生ロックの再生。。これを事件と言わずして何をか言わんや。ある意味でロックミュージックを取り巻く環境として、ものすごく幸福な時代になった、そんな時代の象徴的な事件ともいえるだろう。(単なる時効成立かもしれないけど、、、) とにかく今年一番の事件、、、大変だ~、姉さん、事件です!
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by onomichi1969 | 2007-12-30 01:40 | 80年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 KISS "Alive!"(1975) semスキン用のアイコン02

  

2007年 12月 22日

a0035172_10443357.jpgキッスの代表作であると共に70年代を代表するライブアルバム。
70年代を代表するライブアルバム、、、と言えば、フリーやオールマン・ブラザーズ・バンド、ハンブル・パイ、ディープ・パープル、ザ・バンド、ボブ・ディラン、ストーンズ、J-ガイルズ・バンド、ボブ・マーリィ、シン・リジィなどなど、いくつかのバンドの作品を思い浮かべることができるけど、ライブのライブらしさを最も体現した作品、ライブの臨場感を思う存分に味わえる傑作といえばやはり、KISS ”Alive!”(1975)だろう。これぞライブアルバムの定番である。
ライブと言えば、2枚組である(これも定番)。1枚目。まずオープニングの"Deuce"からアクセル全開で畳み掛ける、3分台の曲を並べ、まるでジェットコースターのように目まぐるしい展開。ポール・スタンレーとジーン・シモンズのツイン・ボーカルもエース・フレーリーを中心としたツイン・リードの演奏もオリジナル以上のド迫力をみせる。鳴り止まない歓声、ポール・スタンレーの性急な掛け声といかにもロックだぜって感じのMC、彼らのパフォーマンスが透けてみえるような臨場感を味わえる。そしてライブならではの演奏のスピード感とドライブ感。まさにキッス絶頂期のライブにしてベスト盤、それはオリジナル以上の迫力と完成度を見せつけるのである。
2枚目はライブも中盤に差し掛かり、すこし長めの曲を差し挟む。圧巻は何といっても12分にも及ぶ"100, 000 Years"だろう。なが~い間奏でポール・スタンレーが観客を煽る様子がそのまま収録されているのだが、これが全くダレずに飽きさせない。あ~如何にもライブ、これこそロックン・ロール・パーティだって、思わず感嘆してしまう、まさにライブならではの風景を完全パッケージしている名演である。
ラストは、"Rock And Roll All Nite"から"Let Me Go, Rock 'N' Roll"と続き、まさに彼らのロックン・ロール・パーティ・ザ・ナイトに相応しい2曲で締めくくる。
KISS ”Alive!”(1975)は、ロックがパフォーマンスであり、祝祭(パーティ)であること、そして、ハードロックという枠を易々と超え出る、キッスがロックンロールの化身であることを高らかに証明してみせた渾身のライブアルバムなのである。ジャケットもカッコいい!

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KISS "Destroyer" 『地獄の軍団』(1976)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2007-12-22 22:15 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ペイ・フォワード "Pay it Forward" semスキン用のアイコン02

  

2007年 12月 22日

a0035172_12315861.jpg心と体に傷を持ち、過去に縛られ外界に対して心を閉ざす男-ケビン・スペイシー。信じることを渇望しながら、それをアルコールによってしか満たせない女-ヘレン・ハント。そんな2人のラブストーリーとしてみれば、この映画はとても切実で素直に心を動かされる。2人のオスカー俳優のやりとりは時に微笑ましく、観る者を優しい気持ちにさせてくれる。
2人を結びつける少年はキューピッドの役回りである。黄金と鉛の矢を携えた気紛れな幼児として描かれる小天使。彼は世の中の「善きこと」をめぐる自身の満足感とその効果を秤にかけて思い悩む少年として描かれる。その中で少年は「ペイ・フォワード」という言葉/約束事を思いつく。「ペイ・フォワード」とは何か?「善きこと」を行うということは本来的に自己満足を伴い、常に自己欺瞞の罠に捕らえられるのであるが、それを「ペイ・フォワード」という約束事に置き換えることで「善きこと」を行おうという心情を常態化(システム化)させる試みである。劇中でそれは本人の意図とは全く別のベクトルで成功するが、最終的に少年は自らの「善きこと」の為に自らを犠牲にして命を落とす。まさに少年は天使となったわけである。「ペイ・フォワード」は人と人を繋ぐ約束事であると同時に、ケビン・スペイシーとヘレン・ハントを結びつけた愛情そのもの、キューピッドはアモルであり、エロスと同一視されることに思い至らせる。

しかし、約束事としての「ペイ・フォワード」は結局のところ、愛というものを単純化して目に見える行為として強制、定式化したともいえる。ある意味で子供的な発想である。
正直言って、こういった単純化や定式化に大人(青年?)の複雑さを捨てきれない僕は賛同できない。そういったものを易々と神話化してしまうのが如何にもアメリカ的だなぁと感じる。ラブストーリーとして観ればとても秀逸な作品だと思うが、そういう意味で少し不満も残った。2000年アメリカ映画
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by onomichi1969 | 2007-12-22 15:22 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 イージー・ライダー "Easy Rider" semスキン用のアイコン02

  

2007年 12月 18日

a0035172_3211546.jpg厳密に言ったら精神的自由などというものはどこにも存在し得ないものだと思う。だって精神というものは僕らを縛るものであり、僕らは精神というものに本来縛られたがっているのだから。でも、そういう精神なんて今の世の中、どこを探したらあるんだろうか。
『イージー・ライダー』の主人公達が信じた自由とは、そんな自覚が生み出すある種の諦めや敗北感からの自由だったのではないか?(だからこそ僕らはあの時代の映画を観て心を震わされるし、時代の感覚として確かにそれは僕らの胸に切羽詰ってくる)
彼らが敗北感への反抗に対して敗北を味わった…といえるだろうか。確かに彼ら自身はそうかもしれない。でも僕らは今でもそういう敗北感に対するラディカリズムをある生き難さの感覚として抱えている。『イージー・ライダー』という映画は僕らにそのことを教えてくれるのである。1969年アメリカ映画(2002-04-12)
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by onomichi1969 | 2007-12-18 03:29 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Van Halen "Balance"(1995) semスキン用のアイコン02

  

2007年 12月 08日

a0035172_11211424.jpg「ヴァン・ヘイレンのボーカリストは?」と聞かれたら、僕らの世代にとって、その答えは十中八九ダイヤモンド・デイブ・リー・ロスになるのではないかな。大ヒットアルバム”1984”(1984)でブレークし、彼らをスーパーバンドに押し上げた要因は、ギターヒーロー、エディ・ヴァン・ヘイレンの存在と共に、『ジャンプ』のPVで魅せたデイブ・リー・ロスの底抜けなパフォーマンス、そのボーカルの個性によるところも大きかったと思う。デイブがヴァン・ヘイレンというバンドの象徴的な存在だったことは間違いなかった。だから、ヴァン・ヘイレンがデイブと決別し、サミー・ヘイガーを新たなボーカリストに迎えるというニュース(1985年当時)には誰もが驚き、当初はがっかりしたのである。

当時のサミー・ヘイガーは、ソロのハードロッカーとして有名ではあったが、僕は、”Fast Times at Ridgemont High”(1982)『初体験リッジモント・ハイ』の主題歌や”Footloose”(1984)『フットルース』の挿入歌でしか知らなかった。たまにMTVでソロのPVを観た事があるが、その曲の印象は薄い。僕の知っている彼の曲は、如何にもハードロッカーというべきシャウト系のボーカルスタイルに似合わず、ポップな味わいのあるものであった。が、印象としては地味と言わざるを得ず、アルバムとして聴いたことは全くなかった。

サミー・ヘイガー加入当時はヴァン・ヘイレンとデイブがファンそっちのけの対立をしており、それはおのずとデイブvsエディという様相を呈していた。ハードロックファンの大勢がポップミュージックに寄り添い始めたデイブを見限り、エディ側についたのだと今では思えるが、やはり、当時のハードロックファンにとってギターヒーローの存在はものすごく大きかったのだろう。サミー・ヘイガー版ヴァン・ヘイレンのニューアルバム”5150”(1986)も予想以上の出来で、アルバムもシングル(『Why Can't This Be Love』)も全米No.1を獲得したことにより、その地位は完全に確立したと思われた。

僕自身は、1984年に観たベストヒットUSAでチャートNo.1となっていた『ジャンプ』のPVに魅せられ、それがきっかけで洋楽ファンになった(と言っても過言ではない)という経緯もあったので、デイブのいないヴァン・ヘイレンにあまり魅力を感じていなかった。確かに”5150”(1986)はいいアルバムだと思うけど、正直言って、デイブ時代のようなインパクト、その個性が乏しいという印象だった。ただ、実際のところ、ヴァン・ヘイレンというバンドの元々の特徴は底抜けにドライな味わいなのであるが、それに対してサミー・ヘイガーはウェットなのであり、その融合というのがハードロックバンドとして真っ当な方向に働いたという見方もできた。ヒットした『Why Can't This Be Love』や『Dreams』は正にサミー・ヘイガー調のウェットな曲であるが、これにヴァン・ヘイレンのドライさが融合することにより、楽曲そのものがパワーアップして生まれ変わったわけだ。

88年以降、あまり洋楽を聴いていなかったので、その後のヴァン・ヘイレンに対する関心はなくなっていったのであるが、1995年という年は、会社の寮にケーブルテレビが引かれていたこともあって、例外的にMTVを時々観ていた。その頃に、グリーンデイやトム・ペティ、ボン・ジョビなどの活躍と共に、当時のヴァン・ヘイレンの新曲『Don't Tell Me』のPVに遭遇したのである。このPVには正直驚いた。何に驚いたかと言えば、まずエディの髪型とヒゲである。そして音も80年代のハードロック調とは明らかに違う、所謂90年代の音になっていた。ヴァン・ヘイレンというバンドは、ウェットだドライだと言っても所詮は典型的な80年代のバンドだと思っていたが、そのヴァン・ヘイレンが堅実に変化を遂げているということに驚いたのである。
最近になり”Balance”(1995)をアルバムとして聴き、これがなかなかの名盤であることに思い至り、認識を新たにした。それは多分、僕自身が、90年代を経て、00年代も後半の今だからこその感想なのだとは思う。ニルヴァーナやチリ・ペッパーズ、R.E.M.、レディオヘッドが90年代を代表するバンドだとすれば、そこには80年代とは違うある種の気圧と彩度の変化があり、それは全体的に重々しい音圧とダークな色彩として、僕らに圧し掛かってくるように思える。
90年代とは、無根拠であることの「突き当った」感覚、その閉塞感こそがキーワードとして捉えられる時代である。それに対して80年代とは同じ無根拠でも、それはまだ自覚的に底抜けであり得た幸福な時代であった。そういう意味でヴァン・ヘイレンは80年代のバンドなのである。
そのヴァン・ヘイレンが変化を遂げ、『Don't Tell Me』は、90年代の流れの中に位置する曲、そのハードロック的な達成であると思える。アルバム全体からしてみれば、これまでの第2期ヴァン・ヘイレンの色合いはさほど変わらないが、この1曲のインパクトによって、このアルバムの印象はがらりと変わる。この90年的達成は、ヴァン・ヘイレンというバンドの変化によるものと捉えられるが、多分、それはサミー・ヘイガーがボーカルだったからこそ出来たことであり、結果的に彼らは80年代後半に正しい選択をしていたということになるのだろう。

(それはそれとして、、、、こんな傑作がAMAZONで1円なのだから、不思議なものである)

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Van Halen "Van Halen"(1978)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2007-12-08 16:27 | 90年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 天国の日々 "Days of Heaven" semスキン用のアイコン02

  

2007年 12月 08日

a0035172_244274.jpg彼らの天国は綻びだらけだった。

リチャードギアの笑ってるのか笑ってないのか、ちょっといやらしくて、すごくイノセントな表情は良かった。

人間のちっぽけな情念も最後には自然に呑み込まれてしまったが、それでも人間は自然に抗い、小さな天国を構築しようとする。

快楽への意思は善悪を超えようとし、誠実さの罠に捉まる。

広大なプレーリーの中で、大いなる時の流れの中で、男女3人の織り成すちっぽけな人間模様は、その美しい映像と印象的な音楽によって、いつまでも心に残る叙事詩となった。

サムシェパードやブルックアダムス等、キャスティングも秀逸。 1978年アメリカ映画(2003-09-06)

キネマ旬報 『天国の日々』解説
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by onomichi1969 | 2007-12-08 02:52 | 海外の映画 | Trackback(1) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 "Footloose"(1984) semスキン用のアイコン02

  

2007年 12月 02日

a0035172_1123477.jpg僕の中で、映画のサウンドトラック・ベスト3と言えば、”Saturday Night Fever”(1977)『サタデー・ナイト・フィーバー』、”Fast Times at Ridgemont High”(1982)『初体験リッジモント・ハイ』、そして、僕らの世代の代表として、”Footloose”(1984)『フットルース』を挙げたい。

それぞれに思い出のあるアルバムであるが、今回は『フットルース』の紹介である。
アメリカで先行ヒットしたことを受けて、映画が日本で公開されたのが1984年の夏頃と記憶する。日本公開前には、主題歌であるケニー・ロギンスの『Footloose』とデニス・ウイリアムスの『Let’s Hear It for The Boy』が続けてビルボードチャートのNo.1を獲得し、そのことが大きな話題となっていた。当時、中学生だった僕らも公開早々に友達同士でこの話題の映画を観にいったが、その話題性の中心は何といってもサントラを含めた「音楽」の魅力に尽きていたと思う。映画と同時にサントラも借りてダビングし、その夏は映画と音楽が一体になったような形で「フットルース」が流行アイテムとなっていた。

このアルバムからは他にマイク・レノとアン・ウィルソンのデュエット『Almost Paradise』(パラダイス~愛のテーマ)が全米7位、シャラマーの『Dancing in the Sheets』が全米17位、ボニー・タイラーの『Holding Out for a Hero』(ヒーロー)が全米34位を記録する。
その後、日本では、『Almost Paradise/パラダイス~愛のテーマ』が「金曜の妻たちへ」の主題歌になり、『Holding Out for a Hero/ヒーロー』を麻倉未稀がカバーして「スクール・ウォーズ」の主題歌(葛城ユキの先行カバーもあったが)となり、また、Moving Picturesの『Never/ネヴァー』をMIE(元ピンクレディー)がカバーして「不良少女とよばれて」の主題歌となる。

『フットルース』のサントラ盤に収められた曲は、全て映画の為のオリジナルソングであり、歌詞も映画の脚本家の手によるものだった。そのサントラから次々にヒット曲が生まれる。その後は珍しくなくなったが、映画におけるサントラの位置づけはこのアルバムによって大きく変わっていったと思われる。

当時、僕らの中学校では、運動会でクラス単位に4つのチームを編成し、大人数での創作ダンスを披露するのが恒例であったが、その年の秋に開かれた運動会の創作ダンスは、僕らのチーム以外、全て『フットルース』からの選曲であった。『Footloose』と『I’m Free』と『Holding Out for a Hero』だ。そして僕らだけがビリー・ジョエルの『Tell Her About It/あの娘にアタック』で、何となく流行から外れていたような気がしたものだった。。。

いずれにしろ、このサウンドトラックがひとつのオリジナルアルバムとして捉えられ、ヒット曲を連発する。日本でも同じように様々なタイアップによって、アルバム自体をさらなる売れ線に押し上げていく。このアルバムがそういった商業的流れを確実に捉え、前年のマイケルジャクソンの活躍やブリティッシュ・インベージョンの流行を引き継ぐ、その後の洋楽ブームの先鞭となったことは間違いない。映画やTVは、そのプロモーションとしての「音楽」というメディアを確信的に得たのと同時に、音楽自体のPV(プロモーションビデオ)と効果的に相乗していく。この動きの中でそれら複合化による総合的なタイアップの商業効果がサントラブーム/MTVブームという形で証明されていったわけだ。この流れはそのまま80年代中期の様々な媒体を包含した洋楽ブームのコマーシャリズムそのものと直結していくことになる。

"Footloose"(1984)の話に戻る。このアルバムは確かに名曲揃いであるが、その中でも我らがHeartのお姉さん、アン・ウィルソンが実質的にバラード・シンガーとして認められた『Almost Paradise/パラダイス~愛のテーマ』が特に素晴らしい曲だと思う。この曲のヒットは、その後のハート3部作へと確実に繋がっている。男性パートのマイク・レノ(カナディアン・ロッカーズ、ラヴァー・ボーイのボーカリスト)もここでのヒットがその後の『トップガン』挿入歌のヒットに繋がったわけだが、それを言ったらケニー・ロギンスも同じで、サウンドトラック・シンガーとでも言うか、、、そのイメージに易々とのってしまったことが彼らにとっていいことだったのかどうなのか、結局のところ僕にはよく分からないけど。

<補足>
全くの余談だが、『フットルース』の出演者、ケビン・ベーコン、ジョン・リスゴー、ダイアン・ウィースト、サラ・ジェシカ・パーカー、クリス・ペン。今、これらのキャストで考えられる映画は、爽やかな青春ラブストーリーというよりも、猟奇的心理サスペンスといったところが妥当だろう。それも誰が犯人役でもおかしくない。。。当時は、ケビン・ベーコンの潔い青年役やジョン・リスゴーのお堅い牧師役が結構はまっていたと思っていたが、今では考えにくい配役だ。。。

『フットルース』映画評(のようなもの)
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by onomichi1969 | 2007-12-02 18:19 | 80年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Thin Lizzy "Black Rose"(1979) semスキン用のアイコン02

  

2007年 12月 02日

a0035172_1047889.jpg70年代のハードロック・バンドの中で、その70年代という時代を象徴するような存在なのがシン・リジィである、と僕は思う。
リン・リジィの代表作と言えば、オリジナルでは”Jail Break”(1976)と”Black Rose”(1979)であり、ライブとしては” Live And Dangerous”(1978)が挙げられる。これら3つのアルバムは全て「買い」である。シン・リジィのというだけでなく、70年代ロックのマスターピースとして、これらのアルバムはやはり外せない。

ボーカル&ベースのフィル・ライノットがシン・リジィの象徴的存在である。このバンドの特徴である「語る」ボーカル・スタイル、ハード且つソウルフルな歌声、そして、そのロックンロール・スピリットはフィル・ライノットの情熱的と言われるキャラクター所以のものである。
シン・リジィのバンドスタイルとして特徴的なのが、レス・ポール・ギターによるツイン・リードである。歴代のギタリストとしては、ブライアン・ロバートソンとスコット・ゴーハム、そして、ゲイリー・ムーア、スノウィー・ホワイト、ジョン・サイクスが挙げられる。スコット・ゴーハム以外は入れ替わりが激しい。
個人的には”Black Rose”(1979)の前面ではじけるようなギター音が好きなので、ゲイリー・ムーアとスコット・ゴーハムのコンビが1番ピタッとはまっているように思う。ギタリストとしてはジョン・サイクスの人気もあるようだが、彼らの80年代のアルバムはこれまでとガラリと変わり、ハードで単調なLAメタル的な音に染まってしまう為、僕にはあまり合わないようだ。(というか、フィルの声が全く出ていないのが聴けない理由、、、)

シン・リジィには60-70年代のポップ&フォーク/ロックの様々な要素を感じることができる。曲によってはまるでドゥービー・ブラザースのような乾いたポップセンスを聴かせ、またボストンのようなプログレハードっぽい曲調があり、ブルース・スプリングスティーンのような言葉の奔流を響かせる、そういったアメリカ的な朗らかさが見られると同時に彼らの出自であるアイリッシュ系トラディッショナルなフォークロアっぽい曲もある。
そして、その叙情性。ツインリードギターが奏でる倍音とフィル・ライノットの響きある声が重なることでさらに増幅する倍音の叙情性。これは彼ら特有の味わいであると同時にバンドの個性そのものである。

フィル・ライノットは70年代ロックを代表するボーカリストである。スティーブ・マリオット、ボン・スコット、そしてリチャード・マニュエル。響きある声をもった天才達は70年代の終わりと共に夭折してしまうようだ。フィル・ライノットも1986年、ヘロインの過剰摂取が原因で死亡し、シン・リジィというバンドも実質的な終わりを迎えるのである。

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by onomichi1969 | 2007-12-02 09:34 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

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