Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 The Zombies "Odessey & Oracle"(1968) semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 25日

a0035172_105118.jpg60年代の優れたポップ・グループと言えば、ゾンビーズである。最近のレココレのランキングでも”Odessey & Oracle”(1968)の人気はとても高く、やはりこのアルバムの持っている普遍的な要素、たぶんそれはポップと呼ばれるもので、それが現代において、いや現代だからこそ、十分に評価されるべきものなのだと思える。
以前、”Odessey & Oracle”(1968)を含めた当時のサイケ&コンセプチュアルなアルバムの一群を纏めて「サージェント・ペッパーズ風」アルバムと呼んだけど、このアルバムは楽曲構成的には地味で、大掛かりなオーケストレーションとは対極に位置する曲も多く、どちらかと言えば、ビーチ・ボーイズの”Friends”(1968)などと同じ系列のソフトロック的流れの中で捉えられるのが一般的のようだ。

僕が80年代に洋楽を聴いていた当時、(ソフトロック路線の)ビーチ・ボーイズもそうだけど、ゾンビーズもあまり話題になることがなかった。(当時の名盤リストを見ても取り上げられていない) ゾンビーズ風なソフトロックが一般的に認められるようになったのはいつ頃のことなのだろうか? それは寡聞にしてよく知らないが、彼らの音楽を聴いてみれば、そのポップセンスが現代に十分に通じるものであること、特に”Odessey & Oracle”(1968)は当時の商業的なポップミュージックとは意識的に一線を画したが故に、本来的なポップミュージックという要素を包含する歴史的にも意味深いアルバムになったと言える。それが、ポップという殻の中で、完全に閉じた音楽なのか、微妙に窓を開けたものであるか、完全に開放したものであるのか、その辺りにポップという本質をめぐるスタンスの問題があるように思うが、幸いにしてゾンビーズ、その中心人物であるロッド・アージェントは、その絶妙な開放さ加減、バランスが絶妙なのである。おそらくそのポップへの理解が、当時よりも現代の僕らの視点においてこそ、彼らを十分に評価できる根拠となっている。

ゾンビーズのオリジナルは2枚である。1枚目が”Begin Here Plus”(1965)で、こちらのアルバムも素晴らしい内容である。ヒット曲の『She's Not There』や『Tell Her No』も斬新さ、センスの良さだけでも十分に感嘆するが、コリン・ブランストーンのソウルフルな歌声も魅力的で、楽曲面と共にこのアルバムをじっくりと聴かせるものとしている。

そして、”Odessey & Oracle”(1968)である。このアルバムについては既に多くを語りつくされていると思うので、ここで改めて付け足すことはないが、とにかく「美しい」アルバムである。有名な『二人のシーズン』や『エミリーにバラを』他、トータルアルバムにも関わらず、そこに収められた楽曲の全てに聴き応えがある。メロディがココロに沁みる。やはりこの手のアルバムとしては、ビーチ・ボーイズの”Friends”(1968)と双璧だろう。

現代において、ビーチ・ボーイズやゾンビーズのソフトロック的アルバムが認められるようになった反面、ビートルズの『サージェント・ペパーズ』は昔のように盲目的に賞賛されることがなくなったように感じる。先のレココレ・ランキングでもその順位は思ったよりも低いし、(読者9位、評論家18位)<80年代は文句なくの1位だった。いつでも。> ビートルズの中でもその評価は『アビーロード』や『ホワイトアルバム』に準じている。これもなかなか興味深く、現代という視点をよく表している現象だと思う。そして敢えて言えば、ビートルズの"Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band"(1967)こそ、もう一度(と言わずいつでも)、見直されるべきポップミュージックの原型なのであろうと僕は思っているが、それはまた別の話である。。。

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by onomichi1969 | 2007-11-25 11:47 | 60年代ロック | Trackback(1) | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Queen "The Night at the Opera"(1975) semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 24日

a0035172_10531881.jpgQueenの最高傑作と言えば、”The Night at the Opera”(1975)『オペラ座の夜』だろう。前作の”Sheer Heart Attack”(1974)も同じような色合いの傑作であるが、色合いが同じであるだけに、そのトータル性や楽曲の良さで比べれば、『オペラ座の夜』に軍配が上がると思う。オペラ座以後の”A Day At The Races”(1976)『華麗なるレース』も同じように『オペラ座の夜』を引き継ぐ(対となる)作品であるが、『オペラ座の夜』という傑作と比べてしまうと全体的に見劣りしてしまう。『オペラ座の夜』の完成度が高すぎるが故に、同じ作風ではもうこの壁を超えることができない、もちろん時代の流れもあったであろうが、クイーンにとっては、その認識の上で、それ以後の”Jazz”(1978)や”The Game”(1980)における路線変換の一端があったと推測できる。

『オペラ座の夜』を圧倒的に劇的な作品としている1番の要素は大ヒット曲『Bohemian Rhapsody』の存在にあることは間違いないが、それ以外の楽曲も素晴らしく、メンバー達の楽曲に関するタレントがこのアルバムに全て結集していると言っても過言ではない。そのバランスのよさといい、スケール感といい、本当に奇跡的と思える。

美しいピアノ連弾のメロディが暗雲のようなギター音に変わり、それを切り裂くような悲鳴にも似た効果音。ブライアンのギターが縦横無尽に駆け巡る。フレディの声、冴え渡るコーラス、『Death on Two Legs』もベスト盤には収録されないが、クイーンを代表する楽曲である。ボーカルエフェクトの効いた短いながら印象的なオペラ『Lazing on a Sunday Afternoon』の次は、我らがロジャー・テイラーの声、『I'm In Love With My Car』である。ハードな曲にロジャーの男っぷりを感じさせる野太いボーカルが映える、ロジャーの曲としては、前作の『Tenement Funster』と並ぶ名曲である。そして、シングルでもヒットしたディーコンの『You're My Best Friend』とブライアンの素朴な歌声が響く『’39』と続く。この2曲もクイーンを代表する名曲であると共にある意味でこのアルバムのひとつのクライマックスであると僕は思う。特に『’39』は何度聴いても心躍るメロディとアコースティックなギター音の響きが個人的に大好きなのだ。そして、ハードな『Sweet Lady』から楽しいオペラ『Seaside Rendezvous』と繋いでAサイドを締めくくる。『Seaside Rendezvous』やBサイドの『Good Company』のような幕間的な繋ぎ曲が効果的に散りばめられていることがこのトータルアルバムの完成度をさらに高めている。

Bサイドはこのアルバムのもう一つの大作『The Prophet's Song』で幕を開け、美しいメロディの(本当に美しい)『Love of My Life』、幕間の『Good Company』を経て、アルバムの最大のクライマックスである『Bohemian Rhapsody』を迎える。『Bohemian Rhapsody』の素晴らしさについてはもはやここで語るべくもないが、アルバムの楽曲的な頂点にして、クイーンをクイーンたらしめる、唯一無比の、象徴的な代表曲と言える。そのハードな終盤から静かに囁くフレディの声に続いて、ギターオーケストラゼーションによる『God Save The Queen』が壮大なオペラ座の夜を締めくくるエンディングとなる。

やはり、このアルバムは彼らの最高傑作であると共にロックというジャンルの一つの奇跡として語られるべき素晴らしい作品である。作品を聴き終わった後の充実感。圧倒的なスケール。完璧である。
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by onomichi1969 | 2007-11-24 23:05 | 70年代ロック | Trackback(2) | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 XTC "Oranges & Lemons"(1989) semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 24日

a0035172_10542693.jpgXTCはポストパンク時代にデビューし、80年代に活躍したイギリスのPop&Rockバンドである。が、僕はリアルタイムでこのバンドの曲をそれほど聴いていない。彼らのアルバムで初めて手にしたのは高校時代に図書館で借りてきた”Black Sea”(1980)であるが、ちょうど受験勉強の時期だったこともあって、あまり熱心に聴いた記憶がない。その後、大学生になって、しばらく洋楽自体を全く聴いていなかったが、ストーンズの来日公演の影響で、個人的に洋楽熱が一時的に盛り上がったこともあって、その年のMusic Magazine誌のベストアルバム選からいくつかCDを借りてダビングした。それは例えば、Aerosmithの完全復活作”Pump”(1989)であり、Elvis Costello “Spike”(1989)であり、Tears For Fears “The Seeds of Love”(1989)、 XTC “Oranges & Lemons”(1989)、 Red Hot Chili Peppers ”Mother's milk”(1989)、The Stone Roses “The Stone Roses”(1989)、 R.E.M. “Green”(1988)、そして、The Rolling Stones “Steel Wheels”(1989)あたりだった(と記憶する)。これらのグループの中で、エアロやストーンズを除けば、これまでの80年代のメジャーなポップ・ミュージックとは違う何か新しいセカンドウェイブ的な流れを共通項として感じたのであるが、その90年代へと繋がる音、実は80年代を通底しながら90年代という時代を前にしてようやく息をつぐことになるこれらグループの音への興味を抱く前に、今度は本格的に洋楽を聴く事をやめてしまったのである。(そして90年代という音楽的に僕にとってのブラックボックスが生まれる) 時代はバブル全盛期とも言えるが、こと洋楽に関してはブームも後退し、既にその泡も弾けてしまったように今では思える。

さて、僕にとってXTCと言えば、”Black Sea”(1980)と”Oranges & Lemons”(1989)しか知らなかったのであるが、最近のレココレ・ベストにより、この2つのアルバムの間にも”English Settlement”(1982)と”Skylarking”(1986)という傑作があったということを初めて知った。ということで、これらのアルバム+ファーストを購入して、XTCの80年代のアルバムをようやく続けて聴くようになり、その卓越したポップセンス、楽曲とリズムの素晴らしさ、アルバムの構成力にはとても感嘆したのである。XTCは僕にとってリアルタイムの音楽であったにもかかわらず、今聴いてもその音楽が僕にとってリアルなものとして認識されない。それは、当時、全くと言っていいほどXTCに注目していなかったことと同時に、僕らがその時代にリアルに謳歌した表層的な洋楽イメージとは一線を画する彼らの音楽性所以であろう。

80年代を通底したポップ・ミュージック。80年代というのはポップという感覚が決定的に大衆化した時代だと思う。ちなみにポップとは何か? 以下は村上龍、1984年の言説である。
「のどが乾いた、ビールを飲む、うまい!」
「横に女がいる、きれいだ、やりたい!」
「すてきなワンピース、買った、うれしい!」
それらのシンプルなことがポップスの本質である。そしてポップスは、人間の苦悩とか思想よりも、つまり、「生きる目的は?」とか「私は誰?ここはどこ?」よりも、大切な感覚について表現されるものだ。
だから、ポップスは強い。ポップスは売れる。すべての表現はポップスとなっていくだろう。 

村上龍 『無敵のサザンオールスターズ』より

今では当たり前の感覚であるが、80年代という時代精神の核心には、竹田青嗣が「ポップの勝利」と呼ぶ、この単純な欲望への従順とでも言うべき感覚の共有化があったと言える。
洋楽の世界ではその代表選手が、ホール&オーツであり、ワム!であり、マイケル・ジャクソンであったわけだが、それと同じレベルで、内面の喪失とか、主体の変容とか呼ばれた現象として、何か僕らの中で失われつつあったもの、その喪失感そのものを掬い上げるようなものとして、アンダーグラウンドのサブカルチャー、XTCやR.E.M.のポップ・ミュージックは存在していたと思える。意識的に浮上を拒んだ、アンダーグラウンドから捉えたアッパーサイドにあるポップさというものをこれらの音楽から感じることができる。

80年代初期、P.I.L.やポップ・ミュージック(グループ名)によって過激なアンチ・ロックとも言うべきポップ・ミュージックが生み出されたが、80年代中期にこれらの音楽が省みられることは全くなかった。彼らの音楽そのものは象徴的、意味論的には正しく「ポップ」そのものであったが、僕らのフィジカルな感覚には到底受け入れがたいものがあった。(フィジカルには例えばオリビアの『フィジカル』が正しく受け入れられる。Let' get physical, physical !) これら過激なポップ・ミュージックが提示した「意味という病」は80~90年代という時代をウイルスのように潜行し、90年代後半に再び活力を得ることになるが、これはまた別の話である。(その音楽はインターネット時代の到来と共に現れる)

さて、XTCに戻る。
XTCの音楽は、80年代のポップを内側から表現することにより、その「空虚さ」そのものを顕現させた本質的なポップ・ミュージックである、と今では思える。そう考えれば、彼らの音楽の最も核心となるアルバムは、やはり、80年代中期を代表する”English Settlement”(1982)と”Skylarking”(1986)あたりになるのではないか。その色合いは微妙に違うが、ポップという殻を内側から舐めるような、そういった絶妙な振幅をこれらのアルバムから感じることができる。

そして、その延長線上(でありその境界線上)において、僕が最も評価するアルバムは、”Oranges & Lemons”(1989)になる。ここにおいて彼らの音楽は既にして80年代から90年代へと移行し始める。80年代に開花したポップの花弁は、内側の空虚を必然的に呑み込み、表面と内面を渾然一体化すると同時にその空虚さの自明性を喪失してしまう。そこに生まれたのは何か? ここではひとまず、笠井潔が言うところの「突き当った感覚」であると言っておく。

”Oranges & Lemons”(1989)は、67-68年頃に流行ったサージェント・ペパーズ風のアルバムをなぞるようにして作られた作品である。(Tears For Fears “The Seeds of Love”(1989)なんかも同じような色合いのアルバムであった) XTCの作品としても、地味めだった80年代中期のアルバムに比べて、初期の”Black Sea”(1980)に通ずるカラフルさやビート感覚を取り戻している。サージェント・ペパーズ風のアルバムが目指したのはある種の一体感、物語的な幻想である。XTCは意識的にこの物語的幻想をなぞるようにして80年代のポップ・ミュージックを総括してみせたが、もちろん、そこに現れたのはサージェント・ペパーズ風のラブ&ピース的な幸福感ではなく、ぎりぎりに自明的なあの「突き当った感覚」であったのだと思う。そのぎりぎりさ故に、僕はこのアルバム”Oranges & Lemons”(1989)を評価するのである。

『The Loving』が最高にいい曲だと思う。
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by onomichi1969 | 2007-11-24 20:34 | 80年代ロック | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 Heart "Heart"(1985) semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 17日

a0035172_11325953.jpg僕らの世代にとって、ウィルソン姉妹と言えば、アン&ナンシー・ウィルソンのHeartである。これが90年代になればブライアン・ウィルソンの2人の娘が急浮上してくるであろうが、確かに、ウィルソンズで、あの、お姉さんが少し太っていて、妹の方が痩せていて綺麗な感じの姉妹、、、と言われたら、どちらにも当てはまってしまうのがやっかいだ。。。でも、ロック界の美人姉妹といえば、やはりアン&ナンシーのハートで決まりである。

僕が初めて接したHeartのアルバムはその名も”Heart”(1985)である。このアルバムからは『What About Love?』(全米10位)、『Never』(全米4位)、『These Dreams』(全米1位)、『Nothin' At All』(全米10位)と全米No.1を含む4曲のトップ10ヒットが生まれる。続くアルバムの”Bad Animals”(1987)からも『Alone』(全米1位)、『Who Will You Run To』(全米7位)、『There's the girl』(全米12位)が立て続けに大ヒット。さらに”Brigade”(1990)からも『All I Wanna Do Is Make Love To You』(全米2位)、『I Didn't Want to Need You』(全米23位)、『Stranded』(全米13位)がヒットする。いずれのアルバムも200~500万枚の売り上げを記録した。
いわゆる復活Heart3部作である。この成功は当時売れっ子のロン・ネヴィソンをプロデューサーに迎えたことが大きいようだ 。彼はサヴァイバーやキッス、オジー・オズボーンを手がけており、典型的な80年代HR/HMの流れの人である。ポップでキャッチーなメロディを得意とし、ストリングスを駆使した定番バラードをシングルとしてうまく使うなど、売れ筋もよく知っている。("Brigate"は別のプロデューサーだけど、まぁ同じ路線の人)
彼女たちも後年この時代の売れ筋路線を否定的に言及しており、Heartのスタイルとしては賛否両論があるようだけど、僕自身はやはりHeartと言えばこの時代のハード&ポップなHeartのイメージが大きいので、スタイルの是非についてはなんともいえないが、好き嫌いを問われたら、「大好きだ」と即答する。
特に”Heart”(1985)の頃のアン・ウィルソンはとても綺麗で、『What About Love?』のアンの歌唱にはとても感心したし、そして、何と言ってもナンシーの歌う全米No.1ソング『These Dreams』である。彼女が妖艶に演じるPVは当時のヘヴィー・ローテで、彼女の派手なギターアクションと豊かに踊る胸元は今でも印象に残っている。もちろん、曲もいい。(今、YouTubeで観たけど、『Never』と『Alone』のPVも素晴らしかった!ピアノを弾くナンシーの後姿!!)

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彼女たちのデビューアルバム”Dreamboat Annie”(1976)を聴いてみると、当時のHeartがフォークロア的で、且つシンプルなハードロックを志向していることがよく分かる。ヒットした『Magic Man』や『Crazy On You』、『Sing Child』がなかなかよい。Led Zeppelin好きを公言し、ライブでも『Rock’n Roll』をオープニングチューンとする彼女達ならではの70年代ロックの良質な味わいがある作品である。

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そういえば、ナンシー・ウィルソンはキャメロン・クロウの奥さんとしても知られるが、キャメロン・クロウの脚本デビューとなった青春映画『初体験リッジモント・ハイ』で「女の子と付き合う時の5ヵ条」というのが出てきて、その最後に(これが一番重要だが)女の子とベッドインする時はLed Zepelin ⅣのA面をPUSH ON!というのがあった。これは実生活に根ざしたアドバイスだったのか。。。ちなみに『初体験リッジモント・ハイ』には憧れの女性役として、ナンシー・ウィルソンも出演している。(当時のロック少年にとって、ナンシーはすごく魅力的だったのである。キャメロン羨まし)

いずれにしろ、大ヒットを連発したHeartの3部作は80年代ロックのひとつの成果であったと僕は思う。そして、ナンシー・ウィルソンこそ、当時の僕らのロックンロール・アイドルだったのである。(70年代のライブ映像『Magic Man』でギターを爪弾くスカート姿のまだあどけなさの残るナンシーもよい。これは萌え~かな)

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by onomichi1969 | 2007-11-17 11:52 | 80年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ "Once Upon a Time in America" semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 17日

a0035172_202360.jpgB級映画の巨匠セルジオ・レオーネのノスタルジー溢れる青春ギャング大作。確かにキャスト、音楽、映像、上映時間、そしてタイトルと、どれをとっても米メジャー資本の超大作と呼ぶに相応しいと感じられるが、やっぱりこの映画は所詮B級だ。友情と裏切り、愛と金、栄光と挫折、そこで描かれるテーマの実に類型的なことか。少年時代から延々とエピソードを積み重ねて、最終的には壮年になった2人の男の対決に繋がっていくのだが、そのなんとも言えないヒューマンタッチには正直いって奥深さが感じられない。
ギャング映画といえば『ゴッドファーザー』という名作シリーズがあるが、そこで描かれた孤独と呪縛の歴史に比べ、ノスタルジーに重きを置いた情緒的ストーリー、ただ「時の過ぎ行くままにこの身を任せた」歌謡曲的進行はあまりにも軽々しい。大体、肝心の場面にBeatlesの"Yesterday"とは、、、確かに時代設定と主人公の心情を伝えるにはいいけど、楽曲としてはちょっと安っぽい。男たちの生き方に苦悩の本質が見出せず、印象的なモリコーネの音楽と妙にミステリータッチな展開で押し切ってしまった演出も。。。

う~む、実は、『ワンス~』をレビューするにあたり、自分がこの作品をここまで酷評するとは実際に書きだしてみるまで思いもよらなかった。しかし、思い出してみるにやっぱりこの映画はB級だ。それがマカロニと称されたセルジオ・レオーネのこだわりと限界であり、また逆に愛すべきところでもあるのだ。
最後に褒めておくけど、この映画、僕としては、そんなセルジオ・レオーネの頑固なまでのB級性を楽しむことができたし、時間もそれほど長くは感じなかった。まぁそれなりに面白かったということなのである(実は)。そして、デニーロ。彼の「笑顔」はやはり強烈だ。そこに何らかの意味を求めたくなる気もするが、それは凡庸な展開の裂け目に垣間出でたデニーロ自身の押さえ切れない狂気と見るべきなのだろう、ということにしておく。1984年アメリカ映画 (2004-04-18)

キネマ旬報DB解説 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』
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by onomichi1969 | 2007-11-17 02:05 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 佐藤優 『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』 semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 12日

a0035172_2345985.jpg話題の本である。文庫本になってようやく読了。
この人の本としては先にベストセラーになった『インテリジェンス~』を読んだけど、その世界はまぁそういうものかなという程度で僕自身、さほど大きな感銘も受けなかったので、本書『国家の罠』も評判は聞いていたけど特に読むつもりはなかった。しかし、文庫本が発売されて、その解説が(なんと!)川上弘美女史で、彼女が(いつもの如く)ほんわかと『いい本だな』と書いていること(その意外な取り合わせ!)、そして、信頼できるブロガーの方も面白いとおっしゃる。これは読まないわけにはいかない、、、ということで本書を手にとった次第である。

そして、期待に違わず、僕自身もこの本をわくわくしながら読み進めることができたし、実際、とても面白かったのだ。
実は、僕の感想は大体のところ、川上女史の文庫本解説の内容とほぼ同じである。確かに彼の文章は「明晰」でその思考は「いさぎよい」。しかし、僕もここに書かれてあることを「うのみにしないようにしよう」、そう思ったのである。この本は告発本でもあるので、実名がぽんぽんと飛び出してくる。作者の語り口がとても歯切れよく、登場人物達をバサバサッと辻斬りにしていく。しかし、その快活さ、分かりやすさがインテリジェンスのプロ佐藤優特有の情報操作なのかもしれない、と穿った見方もできなくはない。一見、作者は彼らを善玉と悪玉に切り分けているように見えるし、それは確かにクリアで客観的、明瞭的事実だと思える。だが、よくよく考えるに、それは単純なようでいてそうではない、佐藤優という物語、その主観的、文学的な物語そのものにも思える。彼の思想から発する私小説的な味わいがこの本を単なる独善的なノンフィクション告発本というイメージから隔てていると思えたのだ。川上女史も書いているが、どうもそこには作者特有の「美学」がある。その基準は「美しさ」、生きるという美学。そう、それは正に文学という心情とイコールなのである。

彼は鈴木宗男代議士をめぐるロシア外交のスキャンダルにおいて、背任と偽計業務妨害の罪に問われる。後者はあの「ムネオハウス」の事件である。どちらも通常は利権がらみの社会犯罪、私欲に基づく談合というイメージで語られるものであるが、佐藤自身はあくまでロシア外交を成功させるという国益の為に当時の首相の命によって動いていただけだったということが我々に知らされる。彼は担当検事の口から逮捕早々に「国策捜査」であること告げられる。国策捜査とは、国(検察)が世の中の情勢(政治的、経済的流れ)を操作する<けじめをつける>目的で社会的影響のある人物をスケープゴードとした犯罪を故意に仕立て上げることである。しかし、それは冤罪ではなく、あくまで犯罪が掘り起こされて現前されるのがミソである。検察によれば、犯罪などというものは手品のように簡単に作り上げられる。これまでは全く問題にならなかった出来事が何の不思議もなく大きな犯罪として扱われ、それがマスコミによって扇情的に取り上げられる。犯罪そのものの内容よりも被疑者の周辺スキャンダルや人格攻撃によって、メディアは事件を劇的に肥大化させていくのである。

佐藤優は当時のロシア外交や検察の捜査内容を克明に記すことによって、自らの拠って立つ所、その正しさを立証しようとしている。彼は自らの記憶と記録を駆使して彼を取り巻く事件を克明に記し、その背景を冷静に分析していく。この本は正に告発本である。僕らはこの本を読み終えた時、佐藤優が犯罪者ではなく、至極真っ当で、尚且つ優秀な外交官にすぎなかったこと、その彼の無罪を違和感なく確信するに至るだろう。そして国策捜査などというもののが存在すること、それに巻き込まれたら否応なく有罪にならざるを得ないという国家権力の恐ろしさ、それと同時に官庁や政治家の権力争いのさもしさにも思い至るだろう。このノンフィクション小説は佐藤優の言説を通して、事件の全貌がほぼ明らかされる(もちろん全てが記載されているわけではないが、その全貌が明瞭に示唆されている)為、僕らは良質なミステリー読んだ後のようなカタルシスを得ることができるし、冒険活劇を読んだ後のような爽快感をも得られる。

しかし、それ以上に、僕はこの本にある種の文学性を切実に感じるのである。佐藤優は外務官僚であると同時に哲学者であり、文学者でもある。(過去には左翼の活動家でもあったようだ) 彼の行動の美学とでもいうべきもの、そこから滲み出るいさぎよさ、それが僕にはこの本から受けるカタルシスと爽快感と直結しているように思える。この本の分かりやすさをうのみにはできないが、そのいさぎよさは正に文学的な感情として、僕らに切々と響いてくるのである。
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by onomichi1969 | 2007-11-12 00:44 | | Trackback(2) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 CUBE semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 10日

a0035172_1130756.jpgCUBE=システム社会というメタファーだろうか?システム社会というのは、人間の欲望を消費動力とする自己増殖的な自動機械というイメージで語られるものであるから、この映画のCUBEとは本質的に全く別物だろう。
では、CUBEとは何か?実は僕にもよく分からないw これまでのホラー映画に見られたジェイソンだのなんだのの何か得体の知れない不条理な存在とも全く違う。単に幾何学的な法則に従って構成されたパズルそのもののように思える。センサーによる幾多の殺人デバイスを持ち、単純な循環プログラムを施された自動機械。そんな単純かつ完全さ故にCUBEの謎は幾何学的に回答可能だ。実際、内部の人間は数学的解法によって謎をスイスイと解いていくではないか。そんでもって、皆が一致協力して脱出、めでたし、めでたし、ではなく、そこに現れるあまりにも人間くさい闘争、チープな愛憎劇は、一体何なのか?はっきり言って僕にはテーマがよく呑み込めなかった。
メタファーとは何かしら切実さをもって語られてこそ僕らに共鳴するものである。この映画で描かれる「CUBEという完全性に立ち向かう愚かな人間」という図式は、モチーフとしてかなり古くさいが、実はそのあからさまな捩れと薄っぺらさこそが今は新しいものなのかもしれない。その白々しさが妙にいじらしい映画ではあった。
そういえば、整数というのは神的完全性を備えており、その美しさはまだまだ人知の及ばない世界だ、というようなことを最近読んだけど、そういう美しさをもっと表現できればまた違った見方ができたかもしれない。まぁぐたぐた言ったけど、面白いか、面白くないかと言ったら、まぁそこそこ面白い映画だったということだ。1997年カナダ映画。(2004-05-19)

キネマ旬報DB解説 『CUBE』
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by onomichi1969 | 2007-11-10 11:31 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 フランスの思い出 "Le Grand Chemin" semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 10日

a0035172_11213914.jpg都会の少年が片田舎で過ごす夏休み。少年は迷える大人の世界を垣間見、そして初めての喪失を経験する。子供の通過儀礼的な物語はわりとありふれている。この手のストーリーって結構あるからね。子供を主人公とした素朴すぎる展開も今では古めかしい手だという感じもする。ただ、この作品の見所は案外、大人たちの世界の方にあるのかもしれない。

見た目はイカツいが実は心優しい男、リシャール・ボーランジェ。<彼の得意な役どころである> 心に傷を持ちながらも田舎の日常を必死で生きる女、アネモーヌ。彼女の「はすっぱなねーちゃん」って感じも悪くない。

これは、ある事件をきっかけにして心を通わすことができなくなった夫婦が、一時的に預かることになった少年の無邪気さに触れて、お互いを思いやる素直な気持ちを取り戻す、という物語でもある。しかし、これもまた十分に素朴すぎる展開だ。あからさまな素朴さが僕らに無邪気なノスタルジーを感じさせる、それだけの映画。昔だったらそう思って終わりだったかもしれない。でも、今では違った感じ方もできるようになった。ささやかだけど確かな日常という、その手触りが感じられる、そういう映画として素直に観ることができたのだ。今の世の中で「ささやかな日常」ほど僕たちの拠り所となるものはないだろうから。1987年フランス映画。(2004-05-15)

キネマ旬報DB解説 『フランスの思い出』
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by onomichi1969 | 2007-11-10 11:24 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Manfred Mann "What a Mann"(1968) semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 03日

a0035172_11145565.jpg60年代中期以降、マージー・ビートと呼ばれたブリティッシュ・バンドに限らず、アメリカのバンドもいままでのシンプルな音作りから、フル・オーケストラを駆使し、様々なジャンルの音楽をクロスオーバーさせた凝った音作りを展開していくようになる。その先鞭はビーチボーイズであり、ビートルズで、彼らの先駆的名作アルバム”Revolver”(1966)や”Pet Sounds”(1966)、そして”Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band”(1967)は多くのバンドに影響を与えた作品である。(だからこそ、これらのアルバムは名作と呼ばれる)
ローリング・ストーンズが”Their Satanic Majesties Request”(1967)を作り、ザ・フーが”The Who Sell Out”(1967)を、キンクスが”The Kinks Are The Village Green Preservation Society”(1968)を、スモール・フェイセズが”Ogdens' Nut Gone Flakes”(1968)を、ゾンビーズが”Odessey and Oracle”(1968)を、マンフレッド・マンが”Mighty Garvey!”(1968)を、ヤング・ラスカルズも”Once Upon A Dream”(1968)を作ったわけだ。(こういった流れはザ・バンドの登場によるビッグ・ピンク・ショックと共に終わることになるが、、)
これらのサージェント・ペッパー的なアルバムはどれも素晴らしい完成度を誇るが、例えばストーンズの場合であれば、彼らの特色である荒削りでソウルフルな魅力が半減したこと、また結局のところサージェント・ペパーズの2番煎じであることがその評価を(低く)決定してしまった。その2番煎じというストーンズの例があるからかもしれないが、先に挙げた、特に後半のサージェント・ペパーズ的なアルバムの評価も押しなべて低い。というか、一部で多大な評価を受けながら、その評価は全くと言っていいほど一般化してこなかったのである。

さて、先に挙げたバンドはどれも僕の好きなバンドで、その高い音楽性が特に後年になって徐々に認められるようになったところが似ているように思う。その中でも、マンフレッド・マンは、2面性のあるグループとして知られ、ポップ&ソウルな楽曲をシングルヒットさせつつ、彼らの出自でもあるジャズのインスト系アルバムを発表したりする。それにサージェント・ペパーズ的なアルバムを加えれば、彼らの魅力は3面的とも言える。それぞれの代表作を挙げれば、ヒットチャート曲が楽しい彼らのベスト盤”Singles in the Sixties”があり、サージェント・ペパーズ風の”Mighty Garvey!”(1968)があり、そして、彼らのよりアーティスティックな魅力が溢れるアルバムとして、”What a Mann”(1968)あたりが挙げられるだろう。

”What a Mann”(1968)は、Do Wah Diddy Diddyなんかを歌っていたバンドと同一とは思えないほどにポップスとは一線を画するアルバムである。半分くらいはインストの曲で(それがこのアルバムのモチーフでもあるが)、そのどれもが印象的で、ジャジーな味わいが深い。そもそもこのアルバムは”Soul of Mann”(1967)という完全にジャズ志向の楽曲を集めたコンピレーションの続編であり、ヒットソングのインストバージョンやB面ヒットを寄せ集めたようなアルバムでもある。”Soul Of Mann”(1967)が完全なるジャズ志向であるとすれば、”What a Mann”(1968)にはまだポップスの残香があるとでも言えようか。その雑然とした味わいが大きな魅力であると僕には感じられる。確かに”Soul Of Mann”(1967)も良質なアルバムで、ストーンズのサティスファクションのジャズ風カバーはすごく洗練されていて、今聴いても斬新である。

ということで、個人的には、”What a Mann”(1968)の次に”Soul of Mann”(1967)を聴くのが順当な聴き方かもしれない。そして、もちろん、彼らのヒットチャートソング集やサージェント・ペパーズ風アルバムも同時に素晴らしい。まさに「なんというバンドだ!マンは!!」って感じかも。。。
マンフレッド・マンは、ポップ&ソウルとジャズとサイケを其々に深化させたアルバムを発表し、60年代という時代にロックという領域でインフレーションした高い音楽性を発揮した特異なバンドなのである。

そして、”What a Mann”(1968)はそんな彼らの広範囲でインフレーションする音楽性の境界線を辿った特異点的なコンピレーションアルバムであり、そのマージナル性を十分に味わえる傑作なのである。

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by onomichi1969 | 2007-11-03 20:55 | 60年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 The Young Rascals "Groovin'"(1967) semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 03日

a0035172_1119668.jpgヤング・ラスカルズと言えば、『グルーヴィン』である。
彼らの音楽は、ブルーアイド・ソウルと言われる。
R&Bテイスト溢れるグループであれば、マンフレッド・マンやゾンビーズ、スモール・フェイセズもそうだし、スペンサーやゼムもあるが、やはりブルーアイド・ソウルと言えば、ヤング・ラスカルズになる。『グルーヴィン』は全米ポップチャートでNo.1になっただけではなく、R&Bのチャートでも白人グループであるにも関わらずNo.3の座を獲得した。

ヤング・ラスカルズと言えば、フェリックス・キャバリエとエディ・ブリガッティの2人のイタリア系アメリカンの声に代表される。Groovin'やA Girl Like Youで聴かせるハスキーでいわゆる黒っぽいフィーリング溢れる歌声がフェリックスである。そして、同じく大ヒットしたHow Can I Be Sure 『高鳴る心』やスティーヴィー・ワンダーのカバー曲A Place in the Sun 『太陽のあたる場所』を高らかに歌うのがエディ・ブリガッティである。エディの声もフェリックスに負けないくらいにソウルフルである。

彼らも後年はサイケ色の強いアルバムを発表するが、やはり彼らの特色であり、魅力となるのは2人のブルーアイド・ソウル・シンガーを前面に押し立てたボーカル色の強い作品だろう。彼らによって確立した白人によるモダンなR&Bというイメージ、ブルーアイド・ソウル・デュオというスタイルは後年のホール&オーツへと着実に受け継がれていくのである。
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by onomichi1969 | 2007-11-03 20:24 | 60年代ロック | Trackback | Comments(0)

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