Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 2006年大晦日 semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 31日

a0035172_10532787.jpgいよいよ今日で2006年も終わりです。
ということは、明日から2007年、その1年後は2008年となります。まさに光陰矢の如しといいますか、2001年(宇宙の旅)はいつの間に過ぎたのでしょうか?それどころか2010年も間近なのですね。僕らは既に未知の21世紀を生きているのであり、牧歌的な時代はもう終わってしまったのかもしれません。時代は否応なく変わっていくのです。進むべきか進まざるべきか、、、For the times they are a-changin'!!

兎にも角にも、気まぐれな更新を繰り返しつつ、ブログを始めて3度目の年代わりを迎えることができそうです。
ブログっていうのは純粋な日記形式にしても、僕のような不定期の作品レビューにしても、誰かが見てくれる、話題を共有しているという感覚があってこそ、続けられるものだと思います。
僕の場合は、さすがに毎日更新というわけにはいかないけれど、その時々で話題を掘り起こしつつ、これからも楽しんでやっていきたいなぁと思っております。

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そこでわたしは夢想した、もっとも強靭な頭脳、もっとも明敏な発明家、もっとも正確に思想を認識するひとは、かならずや、無名のひと、おのれを出し惜しむひと、告白することなく死んでゆくひとにちがいない、と。

それは、透明な生活を営んでまったくひとめにつかず、孤独に生きて、世のだれよりも先がけて理を知っているひとたちだ。無名に生きながら、彼らはいかなる著名な人物をも二倍に、三倍に、数倍にも偉大にした人物だとわたしに思えた。
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ヴァレリーのいわゆる「社会化されえない私」です。
(また、生活者の孤独、あるいは生活者たらんとして、生活者たりえぬ者の孤独)
 
インターネット、そしてブログは生活者の世界を変えたのでしょう。
いまや生活者は孤独でいられない、あるいは生活者たらんとして、生活者たりえぬ者の孤独などというものは存在できないのかもしれません。
カート・ヴォネガットは「拡大家族計画」を唱え、"Lonesome No More"(「もう孤独じゃない!」)と言いました。ブログは「拡大家族計画」を可能にしたのでしょうか。我々はいつの間にかフォーマを寄る辺とし、カラースに組み込まれているのでしょうか??

突如として、疑問モードに入ってしまいましたが、、、僕にとって、「孤独」や「こころ」「文学」の行方というものはわりと関心があるところでして、そういったものを追求してきたいくつかの小説/評論についても、来年からぼちぼちと紹介していけたらなぁと思っております。(音楽と映画はそろそろネタ切れか??)

さて、今日はDMM(インターネット生放送)のプライド男祭りを横目で(孤独に)確認しつつ、家族とともに毎年恒例のテレビ番組でも観ながらゆるゆる年越しするとしましょう。。。For the times they are a-changin'!!

それでは皆さん、よいお年を!
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by onomichi1969 | 2006-12-31 10:28 | お知らせ | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 Tatu Yamashita "Big Wave"(1984) semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 30日

a0035172_134944100.jpgお得なアルバムだと思う。
A面のオリジナルはジョディの英語版やYour Eyesの再録など、寄せ集め的なところもあるけど、表題曲のビッグ・ウェイブのテーマやCMで話題となったアイ・ラブ・ユーもなかなか良く、とてもバランスの取れた構成だと思う。そしてB面はビーチボーイズのカバー集が素晴らしい。ガールズ・オン・ザ・ビーチ(All Summer Long収録)、プリーズ・レット・ミー・ワンダー(Today!収録)、そして ダーリン(Wild Honey収録)と、渋いけど味わい深いナンバーが並ぶ。明るいサーフロックというよりも、ビーチボーイズの哀愁感たっぷりのコーラスワークが光る名曲を選んでいるのが山下達郎ならではなのだろう。特にガールズ・オン・ザ・ビーチでのソロパートで、鼻にかかった歌い方まで真似てみせる山下達郎のこの曲に対する思い入れの深さを感じる。

1984年当時、僕はこのアルバムを完全に無視していた。山下達郎と言えば、フォーユーとかMelodiesが発売されていて、確かに素晴らしいアルバムだと思ったけれど、日本人の曲、邦楽アルバムというだけで僕は敬遠していたのだ。時を経て、20数年ぶりに"Big Wave"(1984)を聴いてみて、やはり洋楽、邦楽問わず、良いものは良いのだという当たり前のことに気付く。しかし、この全編英語詩のアルバムは邦楽と言うにはやはり特別な感じがする。このアルバムは他の洋楽アルバムに混ぜて聴いているけど、何の違和感もないし、他のオリジナル以上に僕にとってはしっくりくるアルバムなのだ。
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by onomichi1969 | 2006-12-30 13:45 | 日本のロック | Trackback(1) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Steve Miller Band "The Joker"(1973) semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 30日

a0035172_1346103.jpgSteve Miller Band、1973年発表の快作"The Joker" 
このアルバムとシングルThe Jokerの大ヒットによって、Steve Miller Bandは一線級のロックバンドとして、そしてヒットメーカーとしてもメジャーシーンで認められるうようになった。
クールでポップなR&Bとブルース・ロック。このアルバムでスティーブ・ミラーが体現しているのは70年代的な新しいmixedサウンドだろう。それは自ずとクロスオーバー的なサウンドを呼び込む。1970年にCanned Heatが"Future Blues"を発表し、従来のゴテゴテしたブルース・ロックにポップでジャジーな味付けを施し、ブルースにクロスオーバーの風をもたらした。Fleetwood Macはメンバーが入れ替わり、ブルースからポップへ大きくシフトチェンジした。その後も70年代初期の多様化したロックの潮流から、ブルース・ロックはより洗練されポップやR&Bと結びつき、スピーディーなシンプルさが重用されるようになったと感じる。
スティーブ・ミラーは「ゆるい」ボーカルと上記のような洗練されたブルース・サウンドを組み合わせることにより独特の新しい色合いを持ったサウンドを構築して一般の聴衆の心を掴んだ。その後も時代を捉えたポップな曲づくりとシンセを大胆に取り入れたサウンド構成により、長くメジャーシーンを席巻し、70年代のアメリカを代表するロックバンドとなった。確かにそのサウンドは70年代のロックを語るに相応する歩みを見せる。

僕が彼らのうたの中でいちばん好きなのは、Fly Like An Eagle、Serenade、Swingtown だったりする。それは今の時代からみて最も70年的な(クロスオーバーな)雰囲気を持っていながら、現代風のループサウンドを想起させる印象的なリフが特徴的な曲だ。その70年代サウンドは古いけど、古臭さを全く感じさせない普遍的なカッコよさと言うべきものがパッケージされている。(時代は廻るとも言うか) あと、Something To Believe In のような「ゆるさ」も彼ら特有の味わいで僕は好きだな。
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by onomichi1969 | 2006-12-30 10:21 | 70年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 死についてのモノローグ semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 26日

a0035172_0154817.gif昔、僕の家は大家族で、祖父母と大叔母、父母と二人の叔父、そして兄と僕と妹が一緒に住んでいたから、多い時で10人が一つ屋根の下に暮らしていたことになる。そのうち祖父母と大叔母、父と叔父の一人が他界しているので、身近の者の葬式にはよく立ち会っているほうだと自分では思う。田舎特有の近所付き合いもあったので、身近な死にはわりと慣れていたのかもしれない。しかし、それはあくまで年と共に予定される死であり、ある程度の心構えと諦念があれば容易に受け入れられるものでもあった。

身近なものの死以上に他人の死に衝撃を受ける場合がある。それは予期せぬ死であり、ふと日常を立ち止まらせ、そこに微妙な裂け目を垣間見せる。

そんなはなしを2つしてみたい。1つめは僕の大学時代のはなし。
僕が名古屋の大学生だったころ。体育会の行事として、毎年、大阪のH大と対抗戦があり、僕のクラブでもH大とは年に2~3回の交流があったので、ライバルとはいえ、H大の部員とはわりと親しくなる。H大の同年にAという男がいて、どちらかといえば硬派なイメージのH大部員の中では人懐っこい気さくな人柄だったので、飲み会のときなどはよく同じ席で盛り上がったものだった。
クラブも既に引退した大学4年生の頃だったろうか。Aががんで亡くなったというニュースが僕らの耳に飛び込んできた。「嘘だろう?だってまだ大学生じゃないか」 その突然の知らせに誰もがそう思い、言葉を失った。確かに大学も違うし、同僚というほどに親しい間柄ではなかったが、その突然の知らせに僕らはショックを受けたし、とても戸惑った。正直なところ、その死に対してどういう態度で接してよいのか全く分からなかったのである。
とりあえずAの葬儀に参列しようということになり、僕らは4人の有志で彼の故郷福井まで車で行くことになった。到着した時には既に葬儀も始まっており、斎場となったお寺の中は多くの人々で溢れかえっていた。(だからかもしれないが、今でもそこがものすごく小さなお寺であったとの印象がある。) 人々は皆、若き死を悼んで涙に暮れており、お経を唱える声とすすり泣きが絶えることなく続いていた。僕らはその中に入ることができなかった。ただ世の中にこれほどの悲しい集まりがあるのかと僕らは思った。遠巻きに葬儀を見守り、最後に母親と思しき方にお悔やみを言ってから、僕らは帰路についた。途中、琵琶湖に寄って、湖畔にしばらく佇んでから、僕らはAの死について語り合った。そこで何を語り合ったのか、詳しくは覚えていないが、死というものが突如として身近に現れたことのショックとその悲しさについてを自らの生の重みとともに確認しあったのだろう。人の死というものが日常と非日常を結びつける、そのことの深みのようなものを感じたのと同時に僕らはただとても悲しかった。

次は僕が社会人になって2年目くらいの頃のはなしである。
4~5年上の先輩が会社のトイレの中で朝、冷たくなって発見された。確か心臓発作かなにかによる急死だったと思う。死亡したのは前日の昼くらいとのことで、ずっと姿が見えなかったことに不審を抱きながらも、誰もがまさかトイレの中で冷たくなっているとは思わなかったのである。
その先輩は隣の部署だったので、何かの雑務で数回会話したことがあったと記憶しているが、確か結婚していて1歳くらいの子供がいたはずである。そのことを思うと今でもつらいが、当時はそういったことを直視するような立場でもなく、会社という時間の中ではそのような死もすぐに日常に転化してしまい、予想以上に早く、その出来事は忘れ去られたように思う。
その死は異常ではあったが、その異常さ故に、僕らの内部の不安を一身に背負った存在として日常にのみこまれてしまったのである。
今、忘れさられた死を思い返し、僕はやはり悲しい気持ちになる。

僕らはやがて死ぬ。それは確実に訪れるものであるから致し方ないにしても、意識しようがしまいが結局のところ死をコントロールできるものではないし、であれば、なるべく意識の外においておくのが生きやすいに違いないとも思うが、にもかかわらず、そういった不確かさを含めた死の観念自体が僕らを立ち止まらせる。死の不確かさは僕らの生の不確かさを浮かび上がらせる。それを認めることは悲しいことであるが、その悲しさという地平から立ち上るものもあるのではないか。それこそが僕らの文学的な心情であり、生の震えの源泉であると僕は思う。そういうことは常にこころに留めておきたい。
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by onomichi1969 | 2006-12-26 01:32 | 日常 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 The Beach Boys "Merry Cristmas from The Beach Boys"(1964) semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 23日

a0035172_2335512.jpg明日はクリスマス・イブです。
クリスマス・イブは僕の誕生日でもあるので、個人的にもいろいろと思い入れがあるのですが、、、ドキドキ、ワクワクした気持ちでその日を迎えたのも今は昔。今では、また1つ年をとるのだなぁという諦念が僕にとってのクリスマス・イブ、その日なのかもしれません^^;

今年のクリスマス・イブはせっかくの日曜日にもかかわらず、お仕事で会社にこもることになりそうで、まぁなんとも冴えない感じなのですが、会社が横浜の繁華街にあるので仕事をしながらも少しはクリスマスの雰囲気を味わえそうです。とは言っても周りはカップルばかりであてられっぱなしだろうけど。
街は鮮やかなブルー・ダイオードのイルミネーションに彩られ、非日常的な祝祭の気分を高揚させてくれます。クリスマスからニューイヤーまで、多くの人たちがただ今在ることの幸せを感じ、大切な人を優しく想いながら、愉しく過ごすことができればと祈っております。

さて、、、クリスマスといえば、クリスマス・ソングです。

僕の場合はやはりビーチボーイズでしょうか。定番あり、オリジナルあり。さすがに1年のうちでこの季節にしか聴かないアルバムですが、まぁそういうものこそが定番というに足りるのかもしれませんね。たぶん。

今年も残すところあとわずか。。。
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by onomichi1969 | 2006-12-23 23:44 | 60年代ロック | Trackback(1) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Olivia Newton-John "Best of Olivia Newton-John"(2003) semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 23日

a0035172_20591424.jpgファミリーレストランで隣に座っていたサラリーマン風の男が自分の妻の不倫現場を盗撮カメラの映像で観ている。ふとしたきっかけで主人公はその男と話をすることになり、つい男のことを「意気地がない」と罵ってしまったことから男が逆上し、そのまま自宅に乗り込こんで「最中」であった妻と不倫男をバットで滅多打ちにし、皆殺しにしてしまう。その現場を主人公がカメラで観ていると期待して、男はその足でファミリーレストランに引き返すが、主人公は不意の恐喝にあって数人の別の男達に暴行され、その現場を見ていなかった。男はそのことに腹を立て、手にした血まみれのバットで恐喝していた男達を次々になぎ倒す。ファミリーレストランに女性ボーカルの瑞々しい歌声が響く中、男のバットスイングが美しい軌跡を描くのを主人公は見る。

そのうたは阿部和重の短編集『無情の世界』に収録されている「鏖」(みなごろし)というはなしの中に唐突に現れる。

There was a time when I was in a hurry as you are
I was like you
There was a day when I just had to tell my point of view
I was like you
Now I don't mean to make you frown
No, I just want you to slow down

Have you never been mellow?
Have you never tried to find a comfort from inside you?
Have you never been happy just to hear your song?
Have you never let someone else be strong?

私も時間に追われ、急いでいた頃があったわ
いまのあなたみたいに
自分の意見ばかり主張していた頃があったわ
いまのあなたみたいに
非難するつもりじゃないのよ
ただスローダウンしてほしいだけ

優しい気持ちになったことはないの?
心の底から安らぎを求めたことはないの?
お気に入りのうたを聴いて幸せを感じたことはないの?
誰かを勇気づけようとしたことはないの?

(このはなしの恐ろしさは、これがまさに日常であり、全てが並列であるということなのだ。まぁそれはそれとして、、、)

僕はオリビア・ニュートンジョンのことがそれほど好きというわけではないけど、『そよ風の誘惑』や『ザナドゥ』『マジック』はわりと気に入っている。
そして、彼女のベスト盤は、そのジャケットの可愛さにつられて買ってしまったのだ。
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by onomichi1969 | 2006-12-23 20:56 | 70年代ロック | Trackback(1) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 華氏911 semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 10日

a0035172_19535592.jpgムーア氏の前作『ボーリング・フォー・コロンバイン』は、アメリカ世界の現代的セキュリティの問題を鋭く解いた秀逸なドキュメンタリーであったと思う。
それを認めた上で僕は、セキュリティというタームが必然的に覆い隠す人間の本質的な生の歪んだ物語にこそ目を向けるべきなのではないかと前作のレビューで書いた。

しかし、それはどうやらムーア氏の仕事ではなかったようであるw 『華氏911』は、前作で示した彼の社会構造論的な解釈を踏襲し、アメリカという脅迫観念に縛られた国家が必然的に志向しながら常に隠匿せざるを得ない社会的構図を様々な角度から追求した渾身のドキュメンタリーであるといえる。さらにそこから導き出される国家による作為的なセキュリティに対する本質的な懐疑を素直に表明しており、僕はこの点を大いに評価していいと考えている。

この映画そのものをムーア氏の妄想だとする意見もあるかと思うが、映画の中で取り上げられた事実或いは解釈は、僕にとって特に目新しいものではなかった。つまり、こういった事実或いは解釈は、アメリカだけではなく、日本でも既に指摘されているものである。大局的に見れば、この作品で取り上げられた事実或いは解釈に僕は大いに納得する。

しかし、人間一人一人に目を向けてみれば、やはりこういった国家的セキュリティ批判という考え方が個々人のある種ナイーブな側面/その視点を覆い隠してしまうのではないか、という思いも拭いきれない。この作品の中には、人間の原理という地平において、もっと捻じ曲がった物語が見え隠れしている。それはセキュリティという次元の問題とは全く別のものと思われて仕方がないが、今のところこれをムーア氏に期待するのはお門違いかもしれない。

それにしても、アメリカという国は懐が深いと思わざるを得ない。この映画の内容も然ることながら、こういう映画が存在すること自体がある意味でアメリカなのだと思う。僕は素直にそう感じた。(2005-01-23)
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by onomichi1969 | 2006-12-10 19:57 | ドキュメンタリー | Trackback(1) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ボウリング・フォー・コロンバイン semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 10日

a0035172_1950425.jpgアメリカの銃社会が白人のインディアンや黒人に対する自己防衛という脅迫観念から発したものであり、その脅迫観念は、境遇が変わった今でも形を変えてマスコミにより煽情的に流布され続けている。脅迫観念は常に外敵を作り出さずにはいられない。銃による犯罪は、その脅迫観念によって常にアメリカ白人の重要な関心事となり、その銃犯罪の誇大報道そのものが自己防衛としての銃社会を国家的に認知していく、と同時に銃犯罪を助長している。。。

なるほど、まさにその通りかもしれない。ムーア氏の解釈はなかなか的を得ているように思える。この映画のタイトルでもあるコロンバインでの銃乱射事件の背景にあるのは、確かに彼の言うようなアメリカの銃社会という制度的(潜在的)な問題と利害を含んだマスコミのプロパガンダによるものなのかもしれない。

ただ、それを理解した上で僕は問いたい。
何故、彼らは自分達の同級生に銃を向けなければならなかったのか? 

ムーア氏が銃犯罪の少ない国として賞賛する日本(銃携帯が認められないから当たり前か)でも子供同士の殺人事件が最近起こった。日本のマスコミは、事件の背景としてインターネットやお受験の弊害について論うのみで、動機は常に「心の闇」という言葉に帰着させているように思えた。<それは15年前から先に進んでいない> 確かにそこから導き出されるディスコミュニケーションや疎外感の問題にある種の正当性はあるのだろう。その正当性を信じたいがために、また理由の見当たらない宙吊りの状態に耐えがたいがためにそこへ誰もが理解できる物語を当てはめたくなるのである。

僕はそこに違和感を感じる。彼らの物語はもっと歪んでいるのだ。その歪みを正すのは、彼ら自身の生の原理を捉えた彼ら自身の物語しかないのではないか。ムーア氏はコロンバインの殺人者達が事件の直前にボウリングをしていたことに言及していたが、それは彼らの歪んだ生の原理が垣間見える瞬間ではなかったか。ムーア氏は言及しただけで追及しなかったボウリングを禁止したからといってコロンバインの問題がすっかり解決する<彼らの歪んだ生が癒される>はずがないということは言うまでもないが。(2004-09-04)
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by onomichi1969 | 2006-12-10 19:53 | ドキュメンタリー | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 The Band "Moondog Matinee"(1973) semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 10日

a0035172_1110934.jpg"Moondog Matinee"(1973)は、ザ・バンド、世紀の傑作ライブアルバム"Rock of Ages"(1972)の後に出されたオリジナルアルバムであり、全曲ロックンロールやR&Bのオールディーズの名曲に彩られたカバー集である。次作の"Northern Lights-Southern Cross"(1975)が復活作であり、後期の傑作という位置づけである為、本作は言ってみればリハビリ的な、ちょっとした息抜きのような感じとして見られがちである。
しかし、このアルバムは形こそカバー集ではあるが、ザ・バンドの歩みには欠かすことの出来ない彼らのオリジナルであり、血と肉であり、改めて言うまでもなく、彼らの重要な作品、大傑作なのである。まぁ彼らのアルバムは全て傑作であるので、それはもう言わずもがなではあるのだが。

オリジナルアルバムの流れから言うと、初期2作が優れた楽曲とコンセプチュアルな流れで構成された完成度の高い作品で、世間的にも最大級の賞賛を浴びたのに対し、その次に発表した2作はあまり芳しくない評判で、ロビーの作曲能力もここまでか、などと言われていた(らしい)。確かに初期2作のアコースティックでウッディーな魅力は時代と共に失わざるを得ない運命であっただろうし、楽曲の方もマンネリ化は避けられず、それが楽曲自体の良質な印象を薄くしているのかもしれない。その芳しくないオリジナル2作の後に発表したのがカバー集というのがいかにもというか、あまりにもバンドの内実を示しているようであるが、このカバー集はやはりバンドにとってみても優れたオリジナル作品群の一部であり、彼らのバンドとしてのスタイルと精神を確実に内包している傑作なのである。そして、このアルバムは次作の集大成的傑作である"Northern Lights-Southern Cross"(1975)に確実に繋がり、ここでの素晴らしい楽曲群と3人のボーカリスト達の熱唱への明らかな布石となっている。

そう、僕の言いたいことはこういうことだ。ザ・バンドは楽曲面では2作目以降、ロビー・ロバートソンに支えられているし、後期は特にロビーのバンドというように見られることが多い。(まぁ実際のところそうだったのだろうが) しかし、3人のボーカリストは健在であるのだ。僕にしてみれば、"Moondog Matinee"や"Northern Lights-Southern Cross"は、レヴォンとリックとリチャードのボーカルが冴え渡る、そういう輪郭のはっきりしたアルバムであり、そういう意味での傑作なのである。
特に"Moondog Matinee"は古の名曲を扱った全編カバー集であるが故にその思いは強い。もちろん"Third Man Theme"のようなトラッドなインストナンバーで聴かせる音楽的一体感もバンドの大きな魅力ではあるが。

まぁ、四の五の言わずにリチャードの3. Share Your Love、7. Great Pretender 、リックの10. Change Is Gonna Come を聴いてみればよい。素晴らしい、、、(リックのアウトテイクバージョンCrying Heart Blues もいい!) ひびきのあるうたを聴かせることができる、うたごごろをもった希代のボーカリスト2人(レヴォンのロックンロールもいいけどね) こころが震える、なみだが溢れる、うたを聴くだけでそんな感情を抑えることができなくなる、そんなボーカリストは他にブライアン・ウィルソンやジャニスなど数える人しかいない。そんなうたうたいが2人もいるんだから、このバンドはすごいじゃあないか。
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by onomichi1969 | 2006-12-10 10:57 | 70年代ロック | Trackback(2) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 硫黄島からの手紙 "Letters from Iwo Jima" semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 09日

a0035172_21504674.jpg
<中盤以降でネタばれしますので注意下さい!>素晴らしい映画だった。僕は前作『父親たちの星条旗』のレビューで、クリント・イーストウッドは個人という矮小な物語から戦争という壮大な物語を描いてみせる、ということを書いた。今、彼の硫黄島2部作の後編というも言うべき『硫黄島の手紙』を観終わって、正に我が意を得たりとでも言おうか、その感想に聊かの変化も感じていない。

この映画の主人公は一兵卒、西郷であろう。(彼は狂言回しではなく、この物語の主人公である) その弱々しくも人間的なキャラクターから硫黄島戦を捉えたとき、この映画は戦争という極限状態における個人的な側面をその切実さとともに描き出す。クリント・イースウッドは戦争という局面の中でも執拗なまでに「人間」を描くのである。ほぼ全編にわたって硫黄島戦の経過をなぞるように場面が進んでいく為、『硫黄島の手紙』は『父親たちの星条旗』と違い、硫黄島戦の史実を日本軍側から忠実に描く戦争記録映画として観ることもできるだろう。しかし、主人公の西郷、そして、栗林中将、元憲兵の清水の過去、その個人史がフラッシュバックで描かれる、その短い場面に込められた登場人物たちの「生きる想い」、その凡庸でありながら、普遍的な切実さこそがこの映画に込められた最大の「祈り」であり、それが僕らの心に自然に、そして重く受け止められるのである。

西郷は生きる。彼は逃げ続けることによって、生を得る。そして彼は言うのだ。『私はただのパン屋です』

私は愛する妻と未だ見ぬ娘に会いたい、彼女らに会うために祖国に生きて帰る、そういう自らの真実に支えられて戦場を生き抜く、そういうただのパン屋なのです。

ただのパン屋であるという西郷の真実。それとともに、西郷が清水の死に触れて流す涙、栗林を看取る際の涙、それは単純ではない人間の(ある意味でパン屋であるということを越えた)在るがままの涙であり、そのことの重みが僕らの胸を強く掴む。
彼は誰にも知られずに誓った「生きて帰る」という信念を貫いたわけだが、そういう個人的な正義を僕らは誰も非難することなどできない。何故ならばそういった人間の信念が戦争という狂気の中で揺らぎ、繋ぎとめられる、それこそが戦争というものであり、クリント・イーストウッドが伝えたかった信念であろうと僕は思うのである。

(追記_15-mar'07)
また、この映画は、戦闘シーンの中で多くの死(その殺戮)をリアルに描いてみせる。通常、彼らは単なる無名兵士として、近代戦争の大量死に殉じていく存在であるが、本当は彼らにも当然のことながら「名前」がある。彼らの死が一様でないように、その生も其々の歴史を背負っているのだ。
『硫黄島からの手紙』(そして『父親たちの星条旗』)は戦争の中の個人を執拗に描く。イーストウッドは、その生々しい(ある意味で汚れた)生と死と共に、無名兵士達の大量死とそれに向かわざるを得なかった僅かな生を克明に再現することを通じて、その(無名兵士達の)生の歴史、その「名前」を僕らに想起させようとしているのかもしれない。

戦争への反対と共感、被害者と加害者、僕らはそういった2項対立に容易に引き裂かれ得る「ねじれた」存在であるが、その一方に容易に与し、単純化するのではなく、「ねじれ」自体を素直に、そして切実に引き受ける心情こそが今の僕らにとって大切なことではないだろうか。

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by onomichi1969 | 2006-12-09 21:12 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

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