Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 カッコーの巣の上で "One Flew Over The Cuckoo's Nest" semスキン用のアイコン02

  

2006年 06月 25日

a0035172_1512136.jpgプログラム化された精神病棟は、メタフォリックな意味での現代社会を表している。精神病患者としてボランタリーに日常を封じ込めた人たちが集う静謐な世界。それは、共同体の失われた現代において、一種の非日常的な日常空間でもあるだろう。<大江健三郎の「他人の足」と同じ世界か。>
この世界にトリックスターたる存在として、ジャク・ニコルソン演じるマクマーフィが投げ込まれる。彼は、予測不可能な行動を繰り返すことによって、他の精神病患者たちを戸惑わせると同時に大いに惹きつける、外の世界の魅力をプンプンさせる実に人間くさいキャラクターなのだ。

この作品の主人公は、精神病棟そのものである。マクマーフィのある種のヒューマニズムによって掻き乱される閉鎖世界。世界は風穴をあけられ、人々はこころを取り戻すかと思われた、が、最終的にマクマーフィの人間性が剥奪されることにより、世界は元の閉鎖状態に戻ってしまう、ように見える。
しかし、ここに到って内部の人間チーフの選択が浮かび上がってくるのである。<ある意味でこのチーフこそ、本来的な主人公ではないかとも感じる> チーフは、既に人間性を奪われたマクマーフィの息を止めることによって、彼の幻影を消失させ、世界から跳び出すことを選ぶ。そして、それ以外の者たちは、そのチーフの姿に改めてマクマーフィの幻影を追うのである。

この映画の印象的なラストシーンは、僕らに突きつけられた「人間としての可能性」に対する問いだと言えるのではないか。僕にはそう感じられた。断絶した世界の中で、”生きていく”可能性とは、一体どういうことなのか? それは、とても切実な問いである。1975年アメリカ映画(2004-01-03)

みんなのシネマレビュー 『カッコーの巣の上で』
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by onomichi1969 | 2006-06-25 15:04 | 海外の映画 | Trackback(2) | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 ポルトガル優勝!!  semスキン用のアイコン02

  

2006年 06月 25日

ドイツ 2-0 スウェーデン
アルゼンチン 2-1 メキシコ

--->ここから予想

イタリア 2-0 オーストラリア
スイス 1-1 ウクライナ(PK3-2)
イングランド 1-0 エクアドル
ポルトガル 2-1 オランダ
ブラジル 3-1 ガーナ
スペイン 1-0 フランス
ここまでは順当。

ドイツ 3-2 アルゼンチン
イタリア 1-0 スイス
イングランド 1-2 ポルトガル
ブラジル 2-1 スペイン
ドイツは開催国の強みで勝利。アルゼンチンまとまりを欠く。
イタリア守り勝ち。
ポルトガルに勢い。クリスチアーノ好調。イングランドはスピード負け。
スペインはいつも通りここまで。

ドイツ 1-1 イタリア(PK3-2)
ブラジル 2-3 ポルトガル
イタリアは伝統のPK負け。(もしイタリアが勝つとしたらインザーギがロッシになる)
ポルトガルが宗主国の意地と凸の活躍により勝利。パウレタがようやく連発。カギはクリスチアーノの出来。彼が98フランス大会のベッカムにならないこと。
今のポルトガルなら十分可能。

ドイツ 2-3 ポルトガル
(イタリア 1-0 ブラジル)

ポルトガル優勝!!
パウレタがハットトリック

ポルトガルはユーロ2004の雪辱、、、W杯の歴史に新たな1ページが刻まれる。
得点王はクローゼの7点
MVPは凸

(今現在の予想です)
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by onomichi1969 | 2006-06-25 11:05 | サッカーW杯 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 いよいよ本当のワールドカップが始まる semスキン用のアイコン02

  

2006年 06月 24日

今回はほぼ順当なラインナップとなった。
決勝トーナメントからが本当のワールドカップだ。ここから波に乗るチームが優勝するだろう。82年のイタリアも2次リーグから快進撃した。強豪チームにとって、1次リーグは予選の続きに過ぎない。

アジアのチームは残念ながら全滅してしまった。しかし、これが現実だろう。日韓大会の幻想によって、僕らは夢の続きを期待しすぎた。確かにアジアのレベルも上がったが、それ以上に世界のレベルは確実に上がっている。その差は歴然としていると僕は思う。CLのあのハイレベルな戦いを観れば、誰だってそう思うんじゃないのか。あの雰囲気の中に日本選手を思い浮かべることは残念ながらできない。誰があんな強くて速くて正確なパス回しができる?

「アジア最弱」
最近、PRIDEの地上波打ち切りなど、格闘技の世界に不穏な空気が流れているが、それでも10年前に比べたら総合格闘技の認知度は着実に広がっている。総合格闘技の世界では、今や日本の選手も中軽量級でかなり活躍するようになったが、その躍進のきっかけは実は「日本最弱」という痛烈な言葉から始まっている。96年のVTジャパンで当時最強と思われた修斗の日本選手達が海外勢に全滅させられ、日本が強いという幻想は脆くも崩れた。まさに「日本最弱」であった。しかし、総合格闘技はそこから地道な努力を重ねて現在の繁栄があるというのが通説である。
サッカーも同じ。個人のせいにしてはいけない。そういう人は如何に自分が彼らに対して幻想を抱きすぎたかを反省し、もっと世界のサッカーをリスペクトすべきだ。
宮本恒靖がワールドカップ前のインタビューで日本の現状をかなりシビアに捉えていたが、彼らは世界を肌で感じることによって自分たちのレベルを的確に捉えていたのではないか。それが「戦う前から既に負けている」という発想は全然違う。そういった日本的ファナテックな幻想はそろそろ捨てたほうがよい。神風なんて吹かないのだ。(太平洋戦争だってそれで負けた) 

「ドーハの悲劇」は遠い過去じゃない。ちょっと前まで日本はワールドカップに出ることさえできなかったのだし、アジアのチームはその1次リーグですらなかなか勝てなかったのだから。(いくつかの奇跡が幻想となったのはよく分かるけど、、、)

まぁこれからでしょう。いい選手が出てくれば、いい機会にも恵まれる。そういうチャンスはまだまだあると思うよ。
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by onomichi1969 | 2006-06-24 08:07 | サッカーW杯 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 サッカーW杯 所感 semスキン用のアイコン02

  

2006年 06月 21日

サッカーW杯の楽しみは世界の一流プレーヤー達の技術を堪能することにある。もちろんそこには試合としての勝ち負けがあるので、いいプレーをしても負ける場合があるし、ちょっとした運により勝ちを拾うこともあるだろう。
しかし、僕の観方としては、サッカーはやはり技術レベルが高い、強いチームが勝つべき、勝負は実力通りであるべきだと思っている。強いチームが弱いチームに負けるのほど悲しいことはない。

予選ラウンドの中で各国の実力をいろいろな角度から測るのが鑑賞者の楽しみといえるのではないか。そして自分なりの実力順位をつける。そして、もちろん強いチームを応援するのだ。

僕は86年のメキシコ大会から本格的にW杯を追うようになったけど、これまでの大会を観てきて言えることは、その時の一番強いチームが必ず優勝しているということだ。それが僕にとっては、W杯の誇りだと感じるし、救いでもあるのだ。
W杯の決勝リーグは全てが世界最高峰のレベルの高いサッカーゲームであって欲しい。そして、強いチームが順当に勝ちあがるべきであり、正直いって番狂わせはいらない。

弱いチームは負ける、それが実力なのだ。

運で勝ってもしょうがない。

今の日本はブラジルに勝てないし、勝つべきじゃない。
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by onomichi1969 | 2006-06-21 20:45 | サッカーW杯 | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 Eagles "Hotel California"(1976) semスキン用のアイコン02

  

2006年 06月 17日

a0035172_21442925.jpgイーグルスは70年代のアメリカン・ロックを代表するバンドである。そして、彼らの"Hotel California"(1976)は、その70年代という時代精神を象徴する作品であり、ロック史上に燦然と輝く大傑作アルバムである。
最近、イーグルスのオリジナルアルバム6枚を紙ジャケで購入した。僕も紙ジャケットにはまった!というわけでもないけれど、やはり紙ジャケをシリーズで買うとしたら、イーグルスの6枚(たった6枚だ!)のアルバムはジャケットのセンス、装飾性、その時代性も含めて紙ジャケという入れ物に最もフィットすると思ったのだ。もちろん、彼らのオリジナルアルバムはどれをとっても傑作である。個人的好みとしても、この中でどれが一番かは言えないけれど、やはり彼らが70年代を象徴するバンドとなり得たのは"Hotel California"(1976)があったからこそであり、特に表題曲01 Hotel Californiaは、70年代の時代精神とも言うべき「行き場の無いラディカリズム」(それは単純な挫折とは違う)につながる苦渋を独特の叙情性とシニカルな歌詞によって歌い上げ、ドン・フェルダーとジョー・ウォルシュのツイン・リードが奏でる終盤のギター・ソロは、1969年以来、時代精神に閉じ込められた囚人達へ捧げられた永遠のループ・フレーズとなった。

So I called up the Captain: "Please bring me my wine"
He said, "We haven't had that spirit here since, nineteen sixty-nine"

このアルバムには、他にも大ヒットした02 New Kid in Townや03 Life in the Fast Lane、04 Wasted Time、06 Victim of Love、そして、09 The Last Resortまで、素晴らしい楽曲が並び、全く無駄のない構成を誇る。その中でもA面のラストとB面のラストを飾る2つのバラードは、敗れ去った夢や過ぎ去った年月への哀愁をシニカルに歌い上げる名曲であると共に、このアルバムのコンセプトを象徴づける重要なアイテムであろう。
また、06 Victim of Loveも80年代ハードロックの原型とも言うべき作品であり、元々がカントリーフレーバーを漂わせながらも常にヘヴィーさを追求してきたイーグルスが到達した楽曲である。70年代を象徴するバンド、イーグルスが彼らの完成形の中で辿り着いた地点が80年代ハードの出発点であり、凡庸な典型ともなる。それは
結局のところ、次作の"The Long Run"(1979)へと繋がり、彼らはその先の行き場、80年代に生きるべきバンドのあり方を見失うに至るのだ。

80年代のイーグルスというのは存在しないが、彼らメンバーの80年代の姿はそれぞれのソロ・ワークやサウンドトラック"Fast Times at Ridgemont High"(1982)に見られる。その吹っ切れたように明るいポップな80年代サウンドは、彼らがそう歩まずにはいられなかった時代の流れなのだろう。

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by onomichi1969 | 2006-06-17 22:35 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 The Style Council "Our Favourite Shop"(1985) semスキン用のアイコン02

  

2006年 06月 03日

a0035172_1514541.jpg僕らの世代にとって、ポール・ウェラーといえばスタイル・カウンシルである。それでもって、スタイル・カウンシルと言えばやはり2ndアルバム"Our Favourite Shop"(1985)になる。このアルバムからは07 Boy Who Cried Wolfや10 The Lodgers (Or She Was Only a Shopkeeper's Daughter)、15 Shout to the Top! がヒットしたが、極めつけは何と言っても14 Walls Come Tumbling Down!である。僕が初めて観たスタイル・カウンシルのPVもコレだった。貧乏芸術家風の(髪型の)ヤサ男ポール・ウェラーが美しきDCリーと絡む、その背景となる旧い街並みやCafe、路面電車などのアイテムが寂れた感じの映像で、当時のMTVでは結構ヘヴィーローテーションで何度も観た記憶がある。曲調はパンキッシュな感じながら、ミック・タルボットのオルガンが軽快で柔らかく、ポールの歌には彼独特の疾走感が漂う。コーラスも素晴らしい。この曲は当時の僕の一番のお気に入りだった。

<Walls Come Tumbling Down!のPV!> ←クリックすると始まるので音量注意!!

スタイル・カウンシルは当時のミュージックシーンの中で、特に日本においてはカルト的な人気があったと思う。初期の2作は彼らのイメージを決定付ける傑作であろう。

1980年頃にポール・ウェラーとピート・タウンゼントが対談した記事を最近雑誌で読んだ。当時はジャムのフロントマンとして若者に絶大の人気を誇ったポール・ウェラーがピートを公然と非難する。若き情熱と才気溢れるポールが大人の分別を説くピートに詰め寄る。「今のあなたに全然魅力を感じない、と。。。」 自身のアイドルとも言うべきピートを批判する、その記事から、ポールという人間の若き実直さ、多くのものを背負っている人間だからこその責任感溢れる実直さを僕は感じた。逆にピートは既に多くのものを失い、荷物を降ろした人間として、ただただ哀しさのみを漂わせていたのだ。

ジャム時代のストレートでオネストで全ての若者の代表のようなポールの出で立ちに対して、スタイル・カウンシル時代のポールは完全に肩の力が抜けた、何かをレプレゼントするのではない、ただ好きな音楽を高じる一人のヤサ男になった。音楽的にも1作目の"Cafe Blue"(1984)ではジャムのナロウな圧縮さとは正反対の拡散性、ジャズ、ボサノバ、ラテン、ピップホップなどのあらゆる音楽を取り込み、それらの音楽の表層を軽やかにサーフしてみせる。そこにジャム時代に背負っていた重き荷物は既にないように思える。ライブエイド等で観たスタイル・カウンシルのステージにしても、ジャム時代の希求性は全くなく、ただ音楽を楽しんでいるという和やかさのみが漂っていた。ポール・ウェラーはジャムの解散によって何を得て何を失ったのだろうか。その転向は彼の必然として彼を何処に誘ったのだろうか。

僕はスタイル・カウンシルを最後にしてポール・ウェラーの音楽を全く聴いていない。実は最近までポール・ウェラーのソロが90年代に大ヒットしたことも知らなかった。故にそのソロアルバムもまだ聴いたことがない。ジャムからスタイル・カウンシルを経てソロ・アーティストとして活躍するポール・ウェラーについて、その人間的な変遷を音楽によって辿ることが彼の生き様を理解することになる。実はスタイル・カウンシルという80年代の典型的なポップ・グループの行く末のみで彼の音楽を閉じてしまっては本当の彼の音楽性というものは語れないのだろう。。。ということで、、、

つづく
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by onomichi1969 | 2006-06-03 09:50 | 80年代ロック | Trackback(5) | Comments(8)

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