Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 Fleetwood Mac "Rumours"(1977) semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 29日

a0035172_2142475.jpgフリートウッド・マックが好きやけん!って、4回目じゃあ。
"Rumours"(1977)は、マック最大のヒットアルバムであり、70年代中期のメガヒット時代に31週もビルボードのトップに君臨し続けた時代を象徴するモンスターアルバムである。
前作"Fleetwood Mac"(1976)からリンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスという2人のアメリカ人が参加し、クリスティンを加えた3様のポップ路線を明確に打ち出して見事に成功した。
"Rumours"(1977)も基本的には前作の延長線上にあるが、スティーヴィーの"Dreams"やリンジーの"Go Your Own Way"など、楽曲的にもここに来て(早くも)円熟の味わいをみせる。モンスターアルバムの記録的なイメージとはうらはらにこのアルバムの魅力はある意味で3人3様の「小粒さ」にあるのだと僕は思う。決して大仰なところがなく、突出しない3人の個性がこのアルバムのバランスを絶妙にしているのだ。
成功によって人は自信を得る。ノリにノる。時代を掴んだものたちだけが持つある種のオーラがこのアルバム自体を包んでいるようだ。全体として見ればこのアルバムは小品と呼ぶに相応しい。その軽快さ、清涼感、そしてキラキラとしたポップ感覚、その蜜の味わい、ポップアルバムとしては王道を極めた感もあるが、そのポップ性とはどこまでいっても軽々しいのだ。

僕はピーター・グリーン時代のブルースロック・マックも好きだし、ダニーやボブが主体となった第2期のアルバムも好きだ。このバンドの良さをそれぞれの時代に見出すことができるが、やはりクリスティンが加入した後のマックは、彼女のポップセンスこそをバンドの核として自然に取り入れていったのだろうと思う。その方向性は2人のウエストコースト系アメリカンの加入で決定的になった。もちろんそれはマックにとっての正しい道だった。

この頃のスティーヴィーは本当に可愛らしい。元々はクリスティンファンである僕もこのアルバムで聴けるスティーヴィーの甘ったるくハスキーな歌声には正直参る。そんなスティーヴィーが切々と歌う乙女チックな"Dreams"は本当に名曲だと思う。(前作の"Rhiannon"もいいけど。。)

そうそう、3人の歌声が絡む"The Chain"はこのアルバムの中でもひとつの白眉だと思うが、これ以降のマックは3人の独立したソロアーティストが単に共存したようなイメージで、アルバムとしての纏まりを欠いていくように思える。幾多の愛憎を抱えるこのバンドにはそれも仕方のないことかもしれない。バンドも人間関係によって成り立っているのだから。
逆に言えば、最高傑作とはそういったRelationとTimingの絶妙によって作り出されるものなのかもしれない。マックにとってはそれがその時だったのだろう。

なんだかんだ言ってもポップロックとはやっぱりハーモニーであって、このバンドで言えばリンジーとスティーヴィーなのだ。この二人によってもたらされたウエストコーストの風がマックの音楽に爽やかな彩りを与える、その自然な絡みこそがこのアルバムの魅力なのだし、それがあってこそクリスティンも映える。

やっぱりフリートウッド・マックは最高である。。。次は80年代かw

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Fleetwood Mac "Live at the BBC"(1995)のレビューはこちら!
Fleetwood Mac "Heroes Are Hard to Find"(1974)のレビューはこちら!
Fleetwood Mac "Bare Trees"(1972)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2006-01-29 02:49 | 70年代ロック | Trackback(1) | Comments(8)

semスキン用のアイコン01 山本七平 『「空気」の研究』 semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 25日

a0035172_24230100.jpg出る杭は打たれる。それも仕方のないことか。
最も効果的な経済調整とかなんとか、その為の犠牲は一切厭わず。

最近のメディアの風景、僕には一種の狂想曲のように思えるが、改めて日本を支配する「空気」というその存在そのものを感じさせる。

さて、「空気」について本格的に研究を行ったのは、山本七平であり、それは『「空気」の研究』という本に纏められている。日本では、と書いたが、実際に世情や世評、或いは世の中の動向そのものが「空気」によって支配されるのは日本独特のものであるからして、「空気」の研究とは日本論そのものになる。

日本でのある種の決定はその場の空気によって行われる。

戦艦大和が出撃したのは、その場の空気のせいだった。

そして、今でも、僕らを支配しているのはその空気なのかもしれない。
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by onomichi1969 | 2006-01-25 02:46 | | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 転校生 semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 07日

a0035172_15445027.jpg2006年新春第5弾は、onomichi3部作の大林監督映画作品で締め。。。と言いつつ、また転用でスマンですが、、、

『転校生』とは、一夫と一美の「入れ替わり」というファンタジックな状況を設定することにより、思春期特有の男女の様々な心の揺れ、その微妙さをデフォルメした形で鮮やかに、そしてシリアスに取り出した青春物語である。。。と一般的に考えられているが、同時にこれは、当時、役者とも呼べないような普通の男の子と女の子、そう尾美としのりと小林聡美という2人のリアルにさざめく表情と彼らが演ずることを通して仄かに立ちのぼる何がしかの違和を克明に捉えたドキュメントであり、作品というテクストを超えた2人の演者の「実像」を捉えた記録そのものだったのではないか、と僕は思う。
もちろん、2人の「実像」というのは、これが真実の姿というわけではなく、あくまで僕が鑑賞中に感じ続けた「実像」である。僕らは作品を超えて、演者としての小林聡美の像を観ており、そこから立ちのぼる違和のさざめきを感じているのである。だからこそ、この作品は、僕らにある感動を届けるのではないだろうか。おそらくこれは大林監督の意図でもあるだろう。ある意味で、アイドル映画のように、アイドルとしての像という作品としての外部の像を軸として映画が成り立つことに僕らが得も言われぬ違和感、作品としての破錠を見るのと同じように、というかそれを全く逆手にとって、最初から確信犯的に、作品の破錠を覚悟で監督はこの映画をそのように撮っていると感じるのである。
久しぶりに『転校生』を観て、僕はこのように感じたが、それは同時に演ずること、装うことに対する最もエッセンシャルな感慨を僕らに届ける。それを簡単に言えば、「恥ずかしさ」と「その乗り越え」「新たな不安」である。当時の全くアマチュアたる彼らの演技から立ちのぼるさざめきの表情と揺れこそは、役柄を超えた彼ら自身のリアルなものとして僕らに共感を伴う感慨をもたらすのである。1982年日本映画(2005-01-09)

みんなのシネマレビュー 『転校生』
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by onomichi1969 | 2006-01-07 15:54 | 日本の映画 | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 New York Dolls "Rock 'N Roll"(1994) semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 07日

a0035172_15304788.jpg2006年新春第4弾、行きます!

New York Dolls "Rock 'N Roll"(1994)

ジョニー・サンダース、デヴィッド・ヨハンセンを擁したロック・バンド、N.Y.D.が残した2枚のアルバムに未収録トラック3曲を加えて構成されたN.Y.D.を知る上での決定盤。
~Amazonのレビューより~

というわけで、本来N.Y.D.といえばオリジナルの2枚"New York Dolls"(1973)と"Too Much, Too Soon"(1974)に尽きるのであるが、今のCD時代ではこの2枚程度のアルバムであれば未発表3曲もオマケにして1枚のCDに纏められてしまうのだ。作品の価値とかにあまり拘りのない僕としては当然安価でお得なこのアルバムを購入してしまう。。。それにしても、このジャケットはやっぱりいまいちセンスがないよなぁ。。。

60年代後半から70年代に入り、ロックは多様化への道を進むが、そんな劇的な時代の中でも常にロックンロールを魂とし続けたバンド、それがある意味でパンクを先取りしていたのも当然のことだろう。それはシンプルなポップ性でもあり、ストレートな猥雑さでもある。ロックであることはそういうことなのだ。N.Y.D.こそは時代を通じて、ロックンロールを最も体現したバンドであると僕は思う。それはストーンズが失ったもの、そのエネルギーと艶を見事に引き継ぎ、そのシンプルな力強さはクラッシュの出現を先取りしていた。決してロックという枠を飛び出すことなかったが故に、ロックンロールであり続け、そして散った。ロックの時代で素直にロックンロールであるということ。それがN.Y.D.の2枚のアルバムに凝縮されていると言うべきなのだろう。

N.Y.D.の曲は全てがロックンロール・スタンダードとも言うべき素晴らしい作品ばかりである。
03 Personality Crisis、05 Looking for a Kiss、16 Stranded in the Jungle、、、
最高である。ロックンロールである。
"Rock 'N Roll"(1994)、、、題はそのものズバリだナ
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by onomichi1969 | 2006-01-07 15:34 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 David Bowie "Hunky Dory"(1971) semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 07日

a0035172_12311030.jpg2006年新春第3弾は、コレ。

David Bowie "Hunky Dory"(1971)

デビッド・ボウイの70年代の名作群の中で僕が最も聴いたアルバムかもしれない。
デビッド・ボウイが洗練されたフォーク・ロック的な音楽から転化し、彼特有の虚構性、演劇性を楽曲の中にシンプルに発揮し始めたアルバム。
天才的な響きをもつ声、その魅力を独特の唱法によってアピールすることに成功したアルバム。
ある意味でロックスター、デビッド・ボウイが誕生したアルバム。
このアルバムの様々なところに僕らはボウイの天才性を見出すことができる。というか、すべての曲の各要素がデビッド・ボウイ、その人に集約していく、そんなイメージを喚起させるのだ。そしてイメージは彼の名声を決定的にする"Ziggy Stardust"というキャラクターへと確実に繋がっていくのである。

このアルバムは曲がいい。
アルバムのトップを飾るは名曲01 Changesである。ピアノとブラスをベースとした実にシンプルな楽曲ながらこの曲ほどボウイの魅力を確実に伝えるものは他にない。緩急織り交ぜた変化球投手の本領発揮、偶に投げる120km/hの直球も剛速球に見える、みたいな。
次曲02 Oh! You Pretty Thingsへの繋がりも最高にカッコいい。基本的には1曲目と同じパターンながら、サビのコーラスの響きにどんなにか痺れることか。
この出だしの2曲によって、ボウイは自らのセルフ・プロダクションを確実に掴んだはずだ。
楽曲は、03 Eight Line Poem、そしてこのアルバムでも人気の高いボウイの代表曲04 Life on Mars-に繋がる。そしてコミカルな、それこそパントマイムのような演劇性を感じさせる佳曲05 Kooksを経て、いよいよこのアルバムの(これもある意味で演劇的な、、)クライマックスとも言うべき美しき名曲06 Quicksandへと昇華していく。
続くBサイドも人を喰ったような人名シリーズである。自ら影響を受けたであろう2人の人物に捧げる曲、08 Andy Warholと09 Song for Bob Dylan、曲調もなんとなくそれっぽい。そしてボウイ的ロックンロール10 Queen Bitch、最後はちょっと地味めな11 The Bewlay Brothers。。。と思いきや、突然の変調。こんなラストも有り?これもボウイ的トリックか。またこれはある意味で劇の最後を飾るボウイの独白とでもいうべき曲なのだろう。

ということで、70年代に大きな振幅を持って疾走するボウイのスタートとなったのがまさしくこのアルバムである。ボウイ自身の言葉を借りれば、このアルバムから"Daiamond Dogs"(1974)までは、「本質的にミュージシャンでない自分(ボウイ)が映画的コンセプトでプロデュースしたロック作品」なのだ。考えてみればこのような作品はボウイにしかできない種類のものだろう。もうグラムロックやアートロックというタームでは単純に括れない。
まずは01 Changesと02 Oh! You Pretty Thingsのボウイの声に痺れてみよう。その瞬間から、僕らはボウイの世界に囚われざるを得なくなるのだ。

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David Bowie “The Rise and Fall of Ziggy Stardust”(1972)のレビューはこちら!
David Bowie ”Station to Station”(1976)のレビューはこちら!
David Bowie "Scary Monsters"(1980)のレビューはこちら!
David Bowie "Low"(1977)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2006-01-07 14:02 | 70年代ロック | Trackback(5) | Comments(6)

semスキン用のアイコン01 Japan "Quiet Life"(1979) semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 07日

a0035172_1192683.jpg2006年新春第2弾は、コレ。

Japan "Quiet Life"(1979)

僕がJapanを聴いたのは高校生の頃、"Tin Drum"(1981)が初めてだった。当時、Japanは既に解散しており、一部の音楽ファンの間では神格化されていたと思う。彼らのラストアルバムとなった"Tin Drum"(1981)はそんな一部ファンのみならず、80年代ロックを代表する名盤としていろいろな雑誌に紹介されていた。
確かに"Tin Drum"(1981)は一聴して素晴らしいと思った。その音に対する驚きは別のレビューでも述べたが、音と音、音と声の絶妙な繋がりとそこから生まれる静謐な間合いがある種の情緒性を生み出す。これはソウルそのものだと。

"Tin Drum"(1981)はJapanの最高傑作であり、彼らが彼らの枠を超えた名作と呼んでもいいだろう。だからJapanはこの作品を最後に解散せざるを得なかったのだ。それはロキシーが"Avalon"を最後に解散したのと全く同じである。しかし僕が思うにロキシーが一定の傾きで彼らの音楽性を熟成させていったのとは対照的にJapanはその音楽性を一気に昇華させていく。(ある意味でJapanのラストアルバムはロキシーのそれ以上に音楽的に高いレベルにあると僕は思っている) その一歩手前のアルバムが"Quiet Life"(1979)ということになろうか。

ここには"Tin Drum"(1981)に見出すことができるような音の輪郭性とか、そこから浮かび上がる静謐さなどというものはまだ希薄である。しかし、確実にそこへと向かっているという手ごたえを全ての曲から感じることができる。いわば"Tin Drum"(1981)で完成されるJapanサウンドの原風景ともいうべきアルバムが"Quiet Life"(1979)なのだと言うことか。オリエンタリズムにロックの究極性(というか原点)を求めたラストアルバムに比べて、ある意味でより80年代的なヨーロピアン・ロマンティシズムに溢れた作品でもある。

僕はこの"Quiet Life"(1979)を"Tin Drum"(1981)の次に聴いている。その為か"Quiet Life"(1979)の世界観は比較的馴染みやすかった。まさに"Tin Drum"(1981)からある種の突出性を奪えば"Quiet Life"(1979)が残る、という感じだろうか。Japanのベースはやはりここにあり、それが今聴いても全く古さを感じさせない高いレベルにあるのだということを再確認できる、そういうアルバムなのである。そしてまた、そこにラストアルバム以上の愛着が湧いてきたりするのだ。

"Quiet Life"(1979)はアルバムを通して全てが佳曲揃い(似た曲が多いということもあるが)の名盤である。
アルバムの最初を飾るシンセの通底音が特徴的な01 Quiet Life、神経症的なギターが痺れる02 Fall in Love With Me、既にして音の重厚感を感じさせる名曲03 Despair、ひねたダンスサウンドでもある04 In Vogue、アルトサックスの響きがカッコいいJapanサウンドの定番ともいうべき05 Halloween、彼ら特有のヘヴィなポップチューン06 All Tomorrow's Parties、バンドアンサンブルを聴かせる07 Alien、ラストを飾るのは大作08 The Other Side of Life、と繋がる。

Japanが、特にデビッド・シルヴィアンが如何に音に対して真摯であったか、その信念に基づき構築されたサウンドの充実がこのアルバムの中にある。そしてまた、ここには聴くことに対する感慨を改めて思い起こさせる何かがある。その何かはロックの一部として脈々と受け継がれてきたものだ。そこにこそ僕らが語るに足るこれまた何ものかがあるのかもしれない。

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Japan "Tin Drum"(1981)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2006-01-07 11:52 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Bruce Springsteen & the E Street Band "Live-1975-85"(1986) semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 07日

a0035172_0375240.jpg2006年の新春第1弾は、コレだ。

Bruce Springsteen & the E Street Band "Live-1975-85"(1986)

最近、村上春樹初の音楽批評本で紹介されているのを読んで、この作品を聴いてみようと思った。実はブルースの最高傑作ともうたわれるこのライブ盤を僕は聴いたことがなかったのだ。"Born to Run"(1975)を初めて聴いた時の衝撃以来、僕はブルースのファンで、同じミュージシャンのアルバムを揃えようと思ったのも彼が初めてだったし、オリジナルは1stから"Tunnnel of Love"(1987)まで昔から持っているけれど、何故か、このライブ盤は聴いたことがなかった。
確かに発売当時もかなり話題になって、プロモビデオでのあの"Born to Run"の大観衆一体となったライブの臨場感には圧倒されたし、画面一杯に表現された彼のマッチョ性にはある意味で痺れた。でも当時、僕はこのライブ盤にとびつかなかった。それは一体何故だろうか?

それは単純に僕がライブ盤があまり好きではなかったことによるか。当時も熱狂的ライブ・パフォーマンスが伝説となりつつあったブルースにしたところで僕にとっては同じだったのだ。特に彼のライブからはライブ特有の(と当時の僕が感じていた)アドリブやインプロヴィゼーションを競うような演奏力の凄さが感じられるはずもないし、熱狂的なライブ・パフォーマンスといってもそもそも"Live at Leeds"のようなものとは全く違うので、特徴的となるロウなステージの魅力がそのままライブアルバムにパッケージされるとは限らないではないか、と思っていたのだ。まぁそれは今にして思えばライブアルバムというものに期待するものが全く違っていたとしかいいようがないが。

さて、そういうわけで今回、年末に購入してからこのアルバムをしばらく聴き続けているが、そこに村上春樹の言う「物語の共振性」のようなものを感じたか、と言えば、僕にはいまいちよく分からないというのが本当のところだ。実はこのライブアルバムで僕がベストチューンだと思うのはアレンジをアコースティックに変えた"Thunder Road"であり、"No Surrender"であったりする。もちろんアルバム全体を通して思いのほか演奏が素晴らしく、ブルースのポップなロックチューンがライブ的に映えるが、僕がブルースという歌手にある種の切実さを感じていたとすれば、それは"The River"的な震えであり、"Growin' Up"的な青さであり、それこそカーヴァー的な人生の暗黙に対する噛みしめを歌の切実さと響きで表現できるところだ。
だからこそ、僕は"Born to Run"のPVを観て素直にブルースのライブ空間に入っていけなかったし、大観衆がウェイブで一体となる大合唱の光景とブルースの歌に響く原風景が一致しなかったのだ。"Born in the USA"(1984)から"Live-1975-85"(1986)へと到達する80年代中期のブルースの行き方の中で、彼の音楽性が引き伸ばされたポップさと大衆性、そして巨大化したBOSS像の中であまりにも象徴的というかシンボリックになりすぎて、僕には彼の意味深い切実さが無意味な一体感に転化してしまったとしか思えなかったのだろう。それは僕が彼の2ndアルバムの"The Wild, the Innocent and the E Street Shuffle"(1973)や3rdアルバム"Born to Run"(1975)こそが最高傑作だと信じていたからかもしれないが。

今では彼がコンサートというライブ空間で目指したものがある種の祝祭的な場、それもあくまで観客が主体となるべき場であったと感じることができる。だから彼はより多くの観衆の前で演じ、彼らに歌を歌わせたのだろう。彼は既にして一歩先のステージに立っていたのか。そう考えればアルバム"Live-1975-85"(1986)はまた違った色彩を帯びているように思える。僕らは"Hungry Heart"で出だしから第一コーラスまでをまるまる観衆に歌わせてしまうというブルースのライブでの恒例行事をこのアルバムでそのまま聴くことができるし、ブルース定番のMC、そう"The River"の前の語りもまた祝祭に必要なある種の儀式であって、単なる予定調和を超えた意識的なものだったか。

そんなわけで、僕のブルースに対する評価は、基本的にこれまでと同様なのだが、やはり村上春樹の評論に説得的に教えられるところもあって、僕はブルース・スプリングスティーンという歌手を別の見方で捉えることができるようになり、それに対してちょっとした感慨を抱くことになった。
もしかして、労働者階級のアメリカ人たちが感じるブルース像とそれをひとつの芸術として理解しようとする僕自身の間の溝こそが大きいのかもしれない。そういう齟齬というのは、そもそもが僕自身の問題なのだろうな。たぶん。

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Bruce Springsteen "The Wild、The Innocent and The E Street Shuffle"(1973)のレビューはこちら!
Bruce Springsteen “Born in the U.S.A” (1984)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2006-01-07 01:24 | 80年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 2006年が始まりました! semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 01日

a0035172_0445226.jpg今年もよろしくお願いします!

五味選手とマッハ選手の試合、良かったですね~。
マッハ選手が落ちていく姿には少し泣けました。。。
所選手もがんばった。
小川選手もよくやった。
元気選手は残念!ありゃ早すぎたね。
それにしても、ヒョードルさん強すぎ!

まぁ昨年もいろいろありましたが、今年も新たな門出の年になりそうで。
期待が膨らむ元旦です!
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by onomichi1969 | 2006-01-01 00:23 | お知らせ | Trackback | Comments(14)

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