Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 パッチギ! semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 29日

a0035172_2246189.jpg在日を絡めた青春群像劇という着想はなかなか面白いし、実際、期待以上に楽しく観ることができた。しかし、敢えて言えば、ただそれだけの映画でもある。ということで、この映画そのものに対するコメントはあまり思い浮かばないのであるが、それ以上に、僕にとって面白いナと思うのは、この映画が予想以上に世間で好評価を獲得しているという事実に対してである。

僕はこの映画を観て、在日の問題に対する新たなパースペクティブを見出すことはできなかったし、問題そのものを改めて考えさせられることもなかった。そういう情況に対する説得力のある映画ではないと思う。とはいえ、各エピソードに心震えるほど感動することもなかったので、ノスタルジーに思いを馳せるような親世代的な観方を別にすれば、僕らの心を響かせるような、つまり個人の文学性に訴えかけるようなそういう類の作品でもない。では何だ?と考えるに、これは率直に言って「在日版キャラクター青春映画」なのだと僕には思えた。そりゃまた何のワンフレーズコピーだ?と問われれば、それは特に深い思想性とか、文学性だとか、社会科学的な主張だとか、歴史性とか、そういった核のない、単にキャラクターを立たせることによって、僕らのニュアンス(情動)のみに訴えかける、ある意味でマンガ的な青春映画であり、そこに在日という新たなキャラクターが加わったということなのである。
そういった「物語」否定的なテクスト解析を80年代に推し進めた結果が現在の情況である、とは僕も思わないけれど、この手の映画では、キャラクターを弄くる以外に僕らが作品を共有化する術がないのはもはや自明のことであろう。

在日という根拠に対する切実さはこの35年間で大きく変化したと思うが、元々、この問題の切実さは、あの葬式のシーンのような場面にはない、と僕は思っている。それを描いてしまったが故にこの映画はその立場を中途半端にしている。キャラクター映画ならば、在日というものをもっと無根拠に描いてもいいのであり、現代に訴える映画であるのならば、そのくらいの徹底があってもまたそれは清々しい。

こういうことを書くと、皆なが盛り上がっているところに水を注すような不届きな意見で、「われ、コケにしとんのんか!」と感じる方もいらっしゃると思うが、僕は別にこの映画を貶しているわけではなく、この映画の時代性に対して、僕自身の感じ方を表明しているだけなので、これについては悪しからずとしか言いようがない。これも僕のレビュースタイルということでご勘弁を。。。
僕自身、この作品をとても楽しんだということも改めて言っておきたい。(その内容については特に語るに足るものではないけど。。。)2004年日本映画

みんなのシネマレビュー 『バッチギ!』
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by onomichi1969 | 2005-08-29 22:46 | 日本の映画 | Trackback(1) | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 T.Rex ”The Slider”(1972) semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 28日

a0035172_16452877.jpgボウイが華麗に、そしてロキシーが実直にその音楽スタイルを変化させ続け、70年代という時代の音楽シーンを駆け抜けたのとは全く対照的に、マーク・ボラン率いるT.Rexは、変化を拒否したが故に、グラム・ロックというムーブと共に封印されてしまったバンドと言うことができるだろうか。もちろん、それは後付けの比較であって、そのこと自体に特に意味があるわけではない。但し、T.Rexというバンドを思うとき、そしてこの”The Slider”(1972)というアルバムを聴くとき、そういった背景はある種の感慨を僕らにもたらす。

60年代後半、マーク・ボランは奇妙で呪術的なフォークソングをひっさげて登場し、70年代、T.Rexとしてデビューすると同時に独自のブギーを手に入れ、時代を席巻し、そして時代から忘却される。つまり最後はブギーに心中したわけだ。パンクの時代に一度は復活の兆しを見せながらも、結果的にマーク・ボランはグラムの星として死ぬ運命にあったということか。

僕がT.Rexを知ったのは、ベストヒットUSAのタイムマシーンのコーナーで、そこに映し出された『ゲット・イット・オン』の演奏シーンを観たのが初めてだった。ビラビラの衣装を着た背の低いギタリストが奇天烈な声を悪魔的に響かせて歌う。ブギーのノリがルーズに決まるカッコよさ。マーク・ボランの見事な立ち姿。そのスターの輝きに僕らはすぐに魅了されたのだった。

T.Rexのアルバムと言えば、彼らの出世作である”Electric Warrior”(1971)と自身で立ち上げたレーベルからの第一弾”The Slider”(1972)の2作に尽きるのではないだろうか。グラムの申し子として華々しく絢爛し、そして散った。そのイメージ抜きにして、僕らはT.Rexに接することはできないのだから。

僕のお薦めは、”The Slider”(1972)である。
聴き所をここで改めて言うまでもないだろう。このアルバムには彼らの代表曲が多く収められている。正に時代を築いたブギーのリズムを大いに堪能できる、彼らの最高傑作だと僕は思う。
そしてジャケットである。この印象的な写真こそ、マーク・ボランとグラムのイメージをある意味で決定付け、そして封印していると言えまいか。

これは焼き付けられた写真である。
何を? 
もちろん永遠を、、、

マークとグラムという刹那の永遠性を。。。
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by onomichi1969 | 2005-08-28 16:50 | 70年代ロック | Trackback(5) | Comments(6)

semスキン用のアイコン01 Roxy Music “Roxy Music”(1972) semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 28日

a0035172_15182821.jpgロキシー・ミュージックの最高作といえば、”Avalon”(1982)である。ユーロ・ロマンティシズムの極致でありながら、それは非線形の美とも言うべきオリエンタルな味わいを濃密に感じさせる。研ぎ澄まされた音の配列、そこから溢れ出る情感、その揺らぎの表現は見事という他ない。
考えてみれば、ロキシーほど真っ直ぐに変化し続けたバンドというのもないであろう。(彼らのLPジャケットが1作毎に洗練されていくのと同じだ)もちろん彼らの目指した高みが”Avalon”という美なのだが、そんなロックの終焉とも言うべき傑作を前にしてしまうと、彼らのデビュー作“Roxy Music”(1972)の何と青々しいことか。
ブライアン・フェリーといえば、その優雅な佇まいと甘く華麗な歌声が印象的であるが、このころにはそんなアダルトな味わいも薄く、ただただ神経症的で猥雑な感じである。アンディ・マッケイのサックスも妙に不安定だし、マンザネラのギターは聴こえたと思えばひたすらノイジーである。彼らが音楽を知らないロックバンドであると言われたのもよく分かるような気がする。
ロキシーは”Avalon”によって不定形の定型ともいうべきスタイルを完成させるが、このデビュー作での彼らは未だ単純なる不定形、ゲル状の非晶質のままである。但し、ある種の意志、それは彼ら独自の非音楽的定型に囚われない音の追求で、それが装飾というものを次々と剥ぎ取っていくことであり、そこに現われる音たちの不定形の定型化という意志だけは、その後の歩みの中にはっきりと示されるのである。
初期2作をもって、ブライアン・イーノはロキシーを脱退することになるが、それも当然の成り行きだったのだろうと今では思う。つまりイーノこそがまずは剥ぎ取られなければならなかった装飾ということか。

さて、“Roxy Music”(1972)に戻る。
このデビュー作は当然のようにロキシーの原点であり、原石である。それは除々に磨かれていくわけだが、原石故のざらつき感(という面白み)、失われ去るを得ない別種の味わいもここには確かに存在する。ある意味でそれがこのアルバムの魅力と言えるだろう。
01 Re-Make-Re-Modelや08 Would You Believe-の猥雑さ、03 If There Is Somethingや09 Sea Breezesの軽薄さ、などがそれである。
ひとつのバンドの歴史を考えるとき、ロキシー・ミュージックの歩みこそは、時を刻むことの重みというのを僕らに教えてくれる。もちろんそれを確かめるためだけにこのファーストアルバムは存在するわけではない。が、しかし、デビッド・ボウイの”Hunky Dory”を語るようにはロキシーのファーストアルバム“Roxy Music”を語ることはできない。やはり語るべきは”Avalon”への到達ということになるのだろう。

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Roxy Music "Siren"(1975)のレビューはこちら!
Roxy Music "Manifesto"(1979)のレビューはこちら!
Roxy Music "Avalon"(1982)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2005-08-28 15:29 | 70年代ロック | Trackback(1) | Comments(6)

semスキン用のアイコン01 David Bowie ”Station to Station”(1976) semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 27日

a0035172_22132640.jpgデビッド・ボウイほど70年代のロックシーンを華麗に駆け抜けたミュージシャンはいないだろう。僕は以前『ジギー・スターダスト』のレビューでデビッド・ボウイはK.WESTの下に佇むZiggy Stardustとして、この作品の中に永遠に封印された、と書いたが、実際のところボウイにとっては、これがほんの一つのステップに過ぎないとでも言うように、その後も華麗に変化し続け、そのスタイルを次々と虚像に変えていくのである。

今季のSIGHT誌が1975年に飛躍したミュージシャンとして、ブルース・スプリングスティーンとデビッド・ボウイの2人を取り上げていた。奇しくも2人とも米英の代表的なディランズ・フォローアーであることを考えれば、これはボブ・ディラン的なロックの真の意味でのメジャー化(大衆化)と言える現象なのかもしれない。但し、ブルース・スプリングスティーンが75年の大ヒットアルバム『明日なき暴走』を境として、セルフ・イメージの固定化を図っていったのとは対照的にデビッド・ボウイはあくまでパブリック・イメージを裏切り続けることにより、ある種の快楽を感じさせる稀有なキャラクターであることを維持し、そのことが彼自身の本当の飛躍を阻害していたということも事実として言えるだろう。(もちろん、本人にとってそれは狙い通りなのだろうが)

今回取り上げるのは、David Bowie ”Station to Station”(1976)である。このアルバムは大ヒットした75年の作品”Young Americans”に続けて発売されたものであり、無駄なキャッチーさを極力排除してシェイプアップされたダンスサウンドと微妙に歪んだメロディが特徴的な傑作である。収録曲は6曲でありながら、その内容は充実しており、バランスは絶妙と言わざるを得ない。アルバムの代表曲であり、10分に及ぶ大作01 Station to Stationからファンキーな02 Golden Yearsの流れがまず素晴らしい。そして、幻想的で美しい03 Word on a Wing、再びアップテンポな04 TVC 15、ロックサウンドが響く05 Stay、ラストを飾るロキシー的なダンディズム06 Wild Is the Wind と、後半も負けてはいない。

この時代のボウイの音楽的変化は必ずしも劇的ではない。”Space Oddity”から始まる70年代の歩みの中で、このアルバムは”Aladdin Sane”、”Diamond Dogs”、”Young Americans”という流れの中に確実に位置するし、次作の”Low”へもスムーズに繋がるのである。
改めて言うまでもなく、70年代のボウイの作品はどれも名作と呼ぶに値するが、当時流行りのダンスサウンドを大胆に取り入れながら、ディスコサウンドとは決して呼べないような歪んだ情念を浮かびだすボウイの声。ある意味で彼のこの声も天才性所以の響きをもつといえるだろう。

SIGHT誌のボウイの記事はRS誌時代のキャメロン・クロウが書いたものだが、これを読めばボウイという人間が計算高く鼻持ちならないアンチロックンローラーでありながら、同時に唯一無比の光り輝くロック・スターであったことが分かる。正に只者ではない、地球に堕ちてきた男、デビッド・ボウイなのである。

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David Bowie “The Rise and Fall of Ziggy Stardust”(1972)のレビューはこちら!
David Bowie "Hunky Dory"(1971)のレビューはこちら!
David Bowie "Scary Monsters"(1980)のレビューはこちら!
David Bowie "Low"(1977)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2005-08-27 22:14 | 70年代ロック | Trackback(2) | Comments(6)

semスキン用のアイコン01 亡国のイージス semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 27日

a0035172_2193011.jpgガンダム世代によるガンダム的戦争小説。これが僕の原作評価である。戦争がテクノロジーとメカニックにより支えられるシミュレーションゲーム(ウォーゲーム)であるのと同時に、そこで一瞬にして消え去る生命に対して、その大量死を否定し、生のリアリティを確かめずにはいられない、ある意味で非戦場的な感情劇こそが現代の戦争小説なのである。それがある種のヒューマニティとテロルの論理との葛藤によって支えられる安直な思想劇であること。イデオロギーや理想に支えられる世界という観念、革命という精神の観念劇は物語の浮間に露ほども顔を見せず、行動は私怨により支えられる復讐劇であって、全ては各個人の生きる意味と意志に還元される。これは良くも悪くも我々の世代の戦争観であり、現実である。つまり戦争が絶対的外圧として描ききれない、平和な時代の無精神な戦争観こそがこの戦争冒険ノベルズの核なのである。

「これが戦争だ」という台詞に漂う不可思議で不明瞭な違和感、それはマンガ的な非現実感であると同時に湾岸戦争から9.11に至る現代の戦争で僕らが感じた現実感そのものでもあるのだ。
とはいえ、僕が原作をなかなか面白く読了したのは、自身もガンダム世代だからだろうか。原作者がガンダムから戦争を学んだという言説を僕らはリアリティをもって受け止めることができるのだ。

さて、映画であるが、まずこの映画化に際して注目すべきは、監督が阪本順治であることだろう。阪本順治と言えばやはり『トカレフ』である。あの奇妙な人間闘争劇、剥き出しの個人が放つ乾ききった殺意や愛憎は、この監督ならではの現代感覚であった。この妙にウェットな戦争大作を阪本がどう料理し、映像化するか、興味はその一点に尽きるとも言えたのである。
結果から言えば、この監督の味わいは完全に原作に飲み込まれてしまったというのが僕の感想である。この映画の中に『トカレフ』の「あの」主人公たちはいない。原作への忠実さにダイハード的な冒険色を前面にうち出した映像はなかなか見ごたえがあり、そういう意味では、原作の冗長さを的確に纏めた上手い映画だと思う。役者達の演技も素晴らしかった。それだけに、もっと乾いた視線で登場人物たちの人間性を抉り取り、僕らに切実なる違和を投げつけてもらいたかったというのが正直なところでもある。それだけの力量を持つ監督だけに少し残念であった。2005年日本映画

『亡国のイージス』-goo映画- 
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by onomichi1969 | 2005-08-27 21:08 | 日本の映画 | Trackback(1) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 トラベルバトン semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 16日

いつも夜遅くまでご苦労様です。gad-aboutさん!
いただいたバトンをしばらくは眺めたり、叩いたり、立てたり、横にしたり、こねくり回したりしてましたが、いつまでも弄んでいるわけにもいかないので、そろそろ書き始めてみましょう。。。

★今までで一番良かった国内旅行先
ありきたりですが、夏の北海道でしょうね。大学3年生の頃、学生最後の試合を北大で行い、夜のすすきのでひと暴れした翌日から、釧路、阿寒、根室、サロマ湖、網走、層雲峡、美瑛をレンタカーで廻りました。厳しい練習から開放され、部活の仲間と共に過ごした自由奔放で楽しい旅の日々。これが思い出でしょう。<帰りは太平洋フェリーで2日半かけて名古屋に帰ったっけ。。>
その2年後には、函館から、登別、小樽、羽幌、稚内、礼文島、旭川、富良野、日高と車で廻りました。これまた焦点を欠いた、無計画な旅行だったけど、時間を無駄に過ごせた最後の旅行でもありました。礼文島の山から海を見下ろした景色。そこにぼーっと佇んだ1時間程の時間。とても印象に残っています。

★今までで一番良かった海外旅行先
海外へは仕事で行くのが殆んど。といっても、ドイツはシュツットガルト周辺、イタリアはミラノ、オランダはアムステルダム、アメリカはワシントンDCだけです。プライベートではその昔、新婚旅行で行ったグアムぐらいか。。。グアムの教会で式を挙げたっけ。。。

★これから行きたい国内旅行先
しばらくの間、熊本に駐在します。(来年の2月まで)雲仙や天草に行ってみたいな。

★これから行きたい海外旅行先
2回目の新婚旅行は、、、やっぱり南の島へ行きたいなぁ。

★好きな旅の本
村上春樹の紀行文が好きです。『雨天炎天』や『遠い太鼓』、『辺境・近境』など。

★バトン
予想通り、あっさり終わってしまいましたが、、、旅行って自身の思い出と密接に関わってくるので、いろいろと昔のことを思い出してはしみじみとしてしまいました。
旅と恋愛とは似ています。その本質は期待すること。ある種の可能性への期待。旅が終われば、今、この瞬間の恋は終わってしまうのか。でも、それでも。。。
僕は今、旅の途中です。この旅は最後に僕を何処に連れて行ってくれるのだろう? そういうことを考えてしまうのは自然なことだし、仕方のないことですが、それよりも僕はただこの旅を純粋に楽しみたい、その可能性を感じることを生きる糧としたいと思うのです。それが旅の過程であり、人生の楽しみというものでしょう。

それでは、「飛んで火に入る。。。(って熊本だっ、自分か!)」bules1974さん(旅行中かな?)へバトンタッチします。。。ゆったりとしたバトンだナ
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by onomichi1969 | 2005-08-16 06:45 | 旅の記録など | Trackback(1) | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 REO Speedwagon "The Hits"(1988) semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 08日

a0035172_031942.jpg80年代を代表するアメリカンハードロック&ポップバンドといえば、REOスピードワゴンである。
そのREOのオリジナル代表作といえば、全米No.1ヒットとなった"Keep on Loving You"を含む"Hi Infidelity"(1980)、そして同じくNo.1ヒット"Can't Fight This Feeling"(「涙のフィーリング」)を含む"Wheels Are Turnin"(1984)で決まりだろう。
しかし、僕のお薦めは敢えて彼らのベスト盤である”Hits”(1988)なのである。
このアルバムは、彼らおなじみのヒット曲(但し、彼らの優れたポップチューン"In Your Letter"が入ってないのが残念!)の他、新曲2曲も素晴らしいので、とてもお得な1枚だ。

僕はこのアルバムの中の07 In My Dreamsが好きで、昔はよくこの曲だけを繰り返し聴いたものだ。
いわゆる80年代的なポップバラードの典型のような曲だけど、やっぱりこういう曲調というは僕らの世代にはとてもしっくりくるんだな。もちろんNo.1ソングの2曲も素晴らしい。

<In My Dreams のPV!> ←クリックすると始まるので音量注意!!

彼らは知られているように長い下積みの末に、ポップ路線を打ち出すことによって成功を得たバンドである。ケヴィン・クローニンのヴォーカルはとても情感に溢れており、彼らのポップな曲調にとてもマッチしている。あと、このアルバムには彼らの70年代の名曲やライブも含まれており、充実したバンドサウンドの一体感を味わうことができる。とても爽快感溢れるアルバムなのである。
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by onomichi1969 | 2005-08-08 00:33 | 80年代ロック | Trackback(1) | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 いよいよサッカーについて語ろうか。日本代表戦。 semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 07日

久々に日本代表の試合をフルで観たような気がする。
1点取るまではイライラしっぱなしだったけど、まあ勝ててよかったよかった。

それにしても、日本のFWはドンくさすぎるナ。巻だかなんだか知らんけど、ああいう選手が必要なのかな?ホントに。

と、いきなり厳しいコメント!

僕も一応、静岡市で生まれ育ち、昔は野球よりもサッカーという人間だったのだ。
82年のワールドカップ、ロッシのブラジル粉砕ハットトリックでサッカーに目覚め、中学時代は朝番組のワールド・サッカーで当時のスーパースター達の活躍をよく観たものだ。
僕の当時のアイドルは清水三羽ガラス(大榎、長谷川、堀池)と1年生FWの武田。(特に大榎はユース代表!レベルが違ったナ) ちなみに三浦カズが同じ学校の3年上(家が近所)で、友達の友達が沢登、最近は週末に静岡に帰ると近所の公園でアデミール・サントスとよく会う、という(静岡市民にありがちな)サッカーにちょっとうるさい人間なのである。実は。

はっ、しかし、、、サッカーが出来るわけではないので。。。あしからず。

とにかく、日本もサッカーがうまくなった。テクニックは確実に向上している。
それは認めよう。あとはFWだね。
FWがダメだからロングパスも出せないんだ。

嗅覚するどくゴール狙う。素早い動きと正確なシュート。これでしょう。

和製ロッシや和製ルンメニゲ、和製ブトラゲーニョをはやく輩出することだナ。。。
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by onomichi1969 | 2005-08-07 22:22 | サッカーW杯 | Trackback(1) | Comments(6)

semスキン用のアイコン01 ドイツ通信 ~これで最後のドイツかな~ semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 04日

7月22日(金)~24日(日)は夏祭り。
街の広場には特設ステージが設けられ、夜ごとコンサートや劇やらが繰り広げられた。この日(23日)のメインイベントはパントマイムショーで、会場は村人達で溢れんばかりの超満員。僕ら(今週からお客さんが一人合流。同僚も一人別の仕事で同地に滞在。僕も入れて計3人)も村人達に混じってショーを楽しんだ。出演者の中には日本から参加した「がーまるちょば」なる2人組がいて、彼らの無声パントマイムは村人達に大いにウケていた。(業界ではわりと有名な人たちらしい)
それにしても、こんなドイツの田舎町で日本の芸人に会えるとは少々びっくりである。(世の中狭いナ) 向こうもそう思ったらしいが。。。

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7月24日(日)
今日は夕方の打合せまで予定がないので、同僚のIと街外れのサウナに出かけた。
事前に地元出身のクルトから「男女混合サウナで水着不要!」との情報を得ており、今駐在中に絶対に行くべしと心に誓っていたのだ。
a0035172_20201845.jpgIと二人で街外れまで歩いて1時間強。(この時点でかなり疲れて、気持ちは萎えていたが。。。)
外観は写真の通り、こじゃれたスポーツクラブ然とした雰囲気。一人12ユーロ(値段は夏割引らしい。どんな割引だ?!)で、バスタオルやガウンを無料で貸してくれる。
早速、更衣室に入るといきなり男女共同である。目の前ではおばさんがお構いなしとばかりに着替えている。こちらも泰然と素っ裸で対抗。いちおうガウンを羽織って、いざサウナへ出陣。

ドアを開けるとそこはホールになっており、温度の違う3つのサウナへ続く扉が並ぶ。ホールの中央には温水シャワーと小さい浴槽、足浴用エリアがあり、脇にはバーカウンターがあって、ちゃんとテーブルも幾つか付いている。ホールの一角には外へと繋がる大きなプールがあって、なんとなく優雅な感じである。屋内の螺旋階段を上ると見晴らしのよい休憩エリア。屋外は広い庭になっており、寝椅子が雑然と並べられ、人々はそこで日光浴をしている。庭を渡る小道を50mほど歩くと丸太小屋があって、石炊きのサウナになっている。
4つのサウナに各種サービス施設が揃う。
これが「サウナ」の全貌である。

そして、人々は、、、敢然と、、、モロである。もちろん男女とも。

日本にも混浴というものはあるけど、僕は残念ながら経験したことがなく、経験していたとしても、この男女混合サウナの様相は日本の混浴とまるで違うのだと思う。たぶん、明らかに。

今日は週末ということもあって、人が多い。店員も「今日は混んでまっせ」と言っていたが、1時間に1回あるサウナのスペシャルサービス(様々な地域のサウナ使用法を実践してくれる)の際にはちょっとした広さの個室がモロ出し男女で超満員になる。年齢層は20代から60代と幅広く、多くはカップルで来ているようである。(20代前半と思われる若いモロカップルもいた)
裸のカップル同士が和気藹々と普通にモロである。誰も隠さないので隠すこと自体が不自然に思える。皆で楽しくプールで泳いだり、歓談したり、散歩したりして、実におおらかなのだけど、これは日本では考えられないよなぁ。自分の恋人を友人カップルに紹介するのに、いきなりみんなモロだったら。。。
でも、こちらの人は全然動じないし、とても普通である。実はちょっとした刺激になっているかもしれないが、あまりに普通すぎて、僕らもだんだんと慣れてくる。男だろうが女だろうが、普通に裸の付き合いができるのだ。ただモロなだけじゃないか。。。
なんとも優雅かつ泰然自若なのだ。

サウナも60℃の低い温度のやつがとても気持ちよくって、おばさんが股をおっぴろげて寝転がっている横でストレッチしながら長い時間をかけて汗をかく。その後、プールで体を静めて、のんびりとジュースを飲み、寝椅子に転がっていたら、ぐっすりと眠ってしまった。。。E気持ちだ~。

7月29日(金)
最終日。仕事も全て終了し、明日は1日ぶらぶらとして(あわよくばまたサウナか~と考えたりして)、あとは予定通り31日(日曜日)の便で帰るだけだナと思って、チケットをみると、なんと29日の便になっているではないか!! もちろん、もう飛行機はとびたっている。。。
まいったナ。最初に予約してから、1回だけ便を変更できるチケットだったので、帰国前にフライトデイトを変えるつもりがすっかり忘れてた。(変更したと思い込んでたよ)
仕方ないので次の日の朝、なにはともあれ空港へ移動。移動の途中で旅行会社の方の携帯番号に電話を入れるが通じない。。。まぁ土曜日だし、こんなものかなと思いつつ、めげずに会社の女性に電話してルフトハンザ・ジャパンに予約交渉をしてもらう。こんなときに部付きの女性が優秀だと助かる。無理くりに予約を入れてもらい、予約番号もゲット。日本からの予約ということで、空港のカウンターで難なくボーディングパスを発券してもらうことができ、無事にチェックイン完了。

今回の出張で「サウナ」を経験したことによって、僕も人間的に成長したようだ。
チケットの間違いなどという小事に動じることもなく、まさに泰然自若なのだ。。。

最後に、、、
teacherteacherさんの為だけにイケメン紹介を。。。


写真の彼はトビアスくん。年齢は25-6才。プロジェクトの装置運転キーパーソンなのだ。普段はくだらないギャグを連発する田舎もののトビアスであるが、仕事は真面目で、機敏で、なかなか出来る奴。仕事中の真剣な姿には男の僕でも「かっこいいぞ、トビアス!」と思ってしまう。趣味は自転車で、9月には本プロジェクトの継続作業で日本に滞在し、休日は阿蘇周辺を自転車で周る計画らしい。
日本は4回目で実はカラオケが好きというおちゃめなトビアスでした。
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変化のある男はカッコいいね。。。ということで、、、

a0035172_20224510.jpgCh-ch-ch-ch-changes
(turn and face the strain)
Ch-ch-changes
Just gonna have to be a different man
- David Bowie “Changes”







おまけ、、、ピンクフロイド的風景a0035172_2041643.jpg
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by onomichi1969 | 2005-08-04 21:12 | 旅の記録(ドイツ通信) | Trackback | Comments(8)

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