Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 とりあえず帰国です semスキン用のアイコン02

  

2005年 07月 31日

いやー、後半は疲れました~。
なんか忙しくって、エントリーも全然進んでないや。
でも、いろいろとありましたよ。仕事以外で。。。

その1・・・地元の祭りで日本人パントマイマー大活躍!の巻
その2・・・ドイツのサウナは男女混合なのだ。<老若男女>裸族カップル大集合!の巻
その3・・・ドイツ・イケメン・シリーズ。ナンバーワンはトビアスに決定!の巻
その4・・・帰りのチケット、、、もう跳んじまってるよ!の巻

このくらいを纏めて、もう1話くらいいきます。ボチボチと。
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by onomichi1969 | 2005-07-31 22:04 | お知らせ | Trackback | Comments(13)

semスキン用のアイコン01 Bruce Springsteen “Born in the U.S.A” (1984) semスキン用のアイコン02

  

2005年 07月 17日

a0035172_2312626.jpg“Born in the U.S.A”(1984)は、ブルース・スプリングスティーンの、そして80年代を代表するロック・アルバムであり、 彼の70年代から続くロックストリームの一つの到達点であると一般的に言われている。
その後の彼の行き方、低迷を考えれば、この大ヒットアルバムの後に誰もが分岐線を引きたくなるだろう。
しかし、僕は2作目の”The Wild, the Innocent & the E Street Shuffle”(1973)と3作目の”Born to Run”こそが彼の到達点であり、ふたつの不連続な頂きであったと思う。そう考えれば、線を引くべきは2作目と3作目の間になる。

今季のSIGHT誌に”Born to Run”発売当時(1975年頃)のブルースのインタビューや特集記事が載っていたが、そこでブルースが固執していたのは、廻りが薦める数千人規模のアリーナ・コンサートではなく、観客と間近に接することが出来る、お互いのフィーリングを感じあうことができる小規模ライブへのこだわりだった。
彼は「ロックンロールの未来」というよりも、ロックンロールが好きな痩せっぽちの男、「ロックそのものの切実さを体現する現在」だったのだと僕には思えた。SIGHT誌の記事はそのロックという可能性が微妙に捩れていく様子を僕らに垣間見せる。
ブルースはいつからマッチョになったのだろう?
僕はそこに彼の行き方に対する明確な境界線をみる。

僕が彼に痺れたのは、2作目のThe E Street Shuffleや4th of July, Asbury Park (Sandy)、Kitty's Back、Wild Billy's Circus Story、Rosalita (Come Out Tonight)などのローカルな人物達が繰り広げる希望と切実感に満ちた、それでいて俯瞰的な物語であり、彼ならではの言葉が迸るロックンロールだった。(ブルースの2作目レビュー参照!)
3作目の冒頭を飾るThunder Road、そして、最後のJunglelandは確かに素晴らしい。僕はこのアルバムを最初の聴いたときの震えるような感動を忘れはしない。Thunder Roadこそは僕のブルース体験の始まりだったのだ。

しかし、この2作目と3作目にはアルバムそのもののイメージとして、大きな印象の違いがあることに今では気がつく。
それは曲名を並べてみれば明らかであろう。
Thunder Roadとか、Junglelandとか、Born to Runとか、Backstreetsとか、そこに簡潔に纏められなければならなかったが故に、確実に零れ落ちたもの。彼自身の物語として紡ぎあげた2作目から、彼が選択したのはイメージの明確化である。ブルース・スプリングスティーンがBOSSとなる過程で新たに築いた簡潔で分かりやすいイメージなのである。

彼の5作目”The River”(1980)は僕にとって退屈なアルバムであった。確かにRiverは叙情溢れるバラードであり、Hungry Heartはポップセンスに優れた素晴らしい楽曲であるが、言ってみればこの2曲が出色のアルバムなのだともいえる。
この時期、彼は繰り返し行われるコンサートに飽いていた。彼はその飽きを紛らわす為に、コンサートを多くの無名の観客の為にではなく、たった一人の目の前にいる観客に対して歌ったのだという。彼は彼自身が失ったもの、その当時の境遇に決して満足していなかったはずである。彼の好きなロックンロールが彼の生甲斐の為に彼を裏切ろうとしていたのだ。だから、彼は”The River”(1980)の後に”Nebraska”(1982)をつくらねばならなかったし、“Born in the U.S.A”(1984)の後に”Tunnel of Love”(1987)をつくるしかなかったのである。

さて、“Born in the U.S.A”(1984)である。
このアルバムは”The River”的なダルさから、Hungry Heart的なポップセンスを引き伸ばした作品であると僕には感じられる。そして、ある意味でとても大らかなアルバムでもある。バラード2曲の抑えられた叙情、よりバラエティを持たせつつシンプル化した楽曲はこの時期のロックの特色としてわりと聴かせる力を持つ。そう、引き伸ばされたダルさとポップさは確実に聴衆のニュアンスにフィットしたのである。
しかし、ある種の切実感はもうそこに存在しない。
それはBorn to Run的な楽曲、No Surrenderを聴けば分かるだろう。10年後のBorn to Runはとても大らかな楽曲であるが、それはもう明白な空々しさでしかなくなっているのである。

同時期のジョン・クーガーには滲み出るロック・スピリット、ブライアン・アダムスには自然に弾ける躍動感があった。ブルースには? ブルースはこの大ヒットアルバムによって、BOSSとしての地位を確立し、イメージを確実に定着させた。その後、それは彼の中で壊されなければならなかったはずだ。しかし、それは彼が思う以上に難しいことだった、と今では言わざるを得ないだろう。

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Bruce Springsteen "The Wild、The Innocent and The E Street Shuffle"(1973)のレビューはこちら!
Bruce Springsteen & the E Street Band "Live-1975-85"(1986)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2005-07-17 23:04 | 80年代ロック | Trackback(3) | Comments(10)

semスキン用のアイコン01 ドイツ通信 ~ジョセフィンのお宅訪問の巻~ semスキン用のアイコン02

  

2005年 07月 17日

先週のミハエルさんに引き続き、今週末(16日)はドクター・ジョセフィンのお宅訪問である。典型的な村の住人でおらが大将といった感じのミハエルと違い、ジョセフィンにはとてもソフィスティケイテッドでアーバンな匂いが漂う。服装ひとつとってみてもいつもキッチリしており、神経質そうな佇まい。なんといってもドクターである。学生時代はベルリンで過ごしたインテリであり、南部の田舎臭さがなくて、会社でも一目置かれている(というか浮いている)のがジョセフィンなのだ。

ジョセフィンのお宅はシュツットガルト郊外にある閑静は住宅街、その中でも少し高台、いわゆる山の手にある。4パーティ居住のアパートメントだが、ちゃんと庭もあり、ベランダもあり、2階分の居住スペースもあって言うまでもなく広い。

a0035172_2237157.jpgジョセフィンの家族は、背が高くスレンダーでモデルのような奥さんと可愛らしい2人の子供、女の子は6歳になるジュリアナ、男の子は3歳のマクシミリアン。マクシミリアンは体が弱いと聞いていたが、会ってみると予想に反して、ものすごい暴れん坊。元気があってよろしい。しかし、家中を走り回るわ、食事中も言うことを聞かないわ、これにはさすがのジョセフィンも手を焼いていた。(ドイツ人というのは躾が厳しいというけど、、まぁこれも子供可愛さ故、なのかな。。)


ミハエルの時もそうだったが、ジョセフィンにも日本の子供向けお菓子付きおもちゃ(安いやつ)をプレゼントした。これが案外に受ける。(そのひとときだけだと思うが。。) ジュリアナもマクシミリアンも日本のおもちゃに大喜びで、これが子供を吊るのには一番効果的なのである。子供の心を掴めば、お宅訪問も楽しくなるのだ。

ジョセフィンのお宅でランチを頂き(でっかいラザニア!美味しかった!!)、ベランダで優雅にお茶を飲みながら、ゆったりとくつろぐ。高台にあるベランダには廻りの緑から涼しい風が通り抜ける。ジョセフィンが自分の仕事だというベランダの花々に水をやるのを見やり、彼の花に関するウンチクを聞き流しながら、目下にある隣の家の芝庭でプール遊びを興じる子供たちを眺めるともなく眺めていると、なんというか、これが休日の午後の充実というものかぁ、これが生活というものか~、金妻だ~、バブリーだぁ~、と改めて羨ましくなる。
それで、聴こえてくるのはa-haの音楽である。ブライアン・アダムスである。80年代である。(彼のCDラックを見ると、あとStingとか、エルトン・ジョンなどが並ぶ)
ここで『ブルー・ベルベット』が流れてきたら、案外とピタッと嵌まったかもしれない。デニス・ホッパーも涙する。展開としてはありえないが。。。

a-haといえばやっぱりこのPVだね! ←クリックすると始まるので音量注意!!
結末も。。。 ←クリックすると始まるので音量注意!!

ジョセフィンの家族と別れ、僕たちはシュツットガルトの街へ繰り出すことに。高台の街を車で流しているときに気がついたのだが、この街は路上に車で溢れかえっている。とにかく路上駐車の車が多いのだ。聞けばどの家も大体2台以上の車を持っていて、駐車スペースが絶対的に不足しているのだとか。もちろんジョセフィンの家にもBMWが2台。ちゃんと屋根つきの車庫に納まっていた。
そういえば、午前中、ジョセフィンのお宅訪問の前に近くのポルシェ博物館に見学に行ったのだが、そこでジョセフィンがさりげなく言うには、「2年前にポルシェに乗っていたんだ。。。」
なんという奴だ。。。


a0035172_2240158.jpgすこし離れた高台からシュツットガルトの街が一望できる。シュツットガルトは、いわゆるすり鉢状の地形、盆地になっており、気候は盆地特有の厳しさをもつ。夏は午後からが異様に暑く、冬は雪が積もり、かなり寒いらしい。


a0035172_2240959.jpg街の中心にはターミナル駅があり、その建物のトップにはベンツのマークが。。そう、シュツットガルトはメルセデス・ベンツの本拠地なのである。(まぁ日本の名古屋や豊田みたいなものかな)
駅の近くに大きな建物を建築中だったが、それもベンツの新しい博物館ということだ。50万程度の人口だが、街全体にそこはかとない高級感が漂う。これもベンツ効果か。
ちなみにベンツだけでなく、もちろんBMWやポルシェ、日本のマツダの工場もあり、ここはドイツ一の自動車都市なのである。(当然、自動車関係の仕事従事者の割合が他の都市に比べ圧倒的に多い。わりとリッチな都市なのだ。)


a0035172_2241951.jpg街は古い建物と新しい建物が混在し、急速に発展しつつあるこの都市の印象を決定付ける。休日の午後で、年1回のハンブルグ・魚マーケットも開かれており、とにかく人が多い。街をぐるりと1周し、適当にショッピングするともう夕方であった。
ジョセフィンとは駅で別れ、僕は一人電車で田舎町へ帰る。1時間半の行程。(ジョセフィンは田舎町までBMWを跳ばして1時間で会社まで行けるらしいが)


a0035172_22415311.jpg帰りの電車の中でうとうとしていると、前の席の脇から黒人の子供がじーっとこちらを見ている。少し相手をしてあげると、これがしつこく付きまとってくるんだナ。。。
子供ってどこの国でも変らないよなぁと改めて思う。



a0035172_22501110.jpgTouch me
How can it be
- a-ha "The sun always shines on T.V."
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by onomichi1969 | 2005-07-17 22:50 | 旅の記録(ドイツ通信) | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Dire Straits “Dire Straits”(1977) semスキン用のアイコン02

  

2005年 07月 17日

a0035172_22235240.jpgDire Straitsのデビュー作 “Dire Straits”(1977)(邦題『悲しきサルタン』)である。
ギタリスト、ボーカリスト、コンポーザーであるマーク・ノップラーを中心とし、弟でサイドギター担当のデビッド、ベースのジョン・イルズリー、ドラムのピック・ウィザーズによる4人編成のバンド。
マーク独特のギター、フィンガーピッキングによる奏法は、とてもスピーディで響く音色を持つ。しかし、よくよく聴いてみれば、彼らのギターアンサンブルの妙はストーンズ風の洒脱さでもあり、マークのソロをひきたさせるデビッドの(だと思うが)ギターも良い。ボーカルはディラン風の投げやりな感じの歌い方だが、これもこのころのディランにはない惚けた味わいがなかなか軽快である。
楽曲的には、彼らの代表曲でもある”06 Sultans of Swing”だけじゃなく、これまたダイア・ストレイツ的スイング”01 Down to the Waterline”や”09 Lions”、ブギ風の”03 Setting Me Up”や”05 Southbound Again”、ギターアンサンブルがカッコいい”07 In the Gallery”、ギターの音色が美しいバラード”08 Wild West End”などなど、とにかく聴かせる曲揃いである。
いまさらながら、このアルバムが文句無く名盤であることは誰もが認めるところだろう。

80年代中期、彼らの”Money for Nothing”が突如として全米No.1を獲得し(あれはPVの面白さもあった)、ダイア・ストレイツは一躍脚光を浴びる。特にマーク・ノップラーはギタリストとして最大限の評価を受け、雑誌では、当時で最も影響力のあるギタリストとして選出されたものだ。

何故、今回、ダイア・ストレイツか? それは昨日ドイツのCDショップで購入したばかりだからである。(7.99ユーロだった。。) 週末にシュツットガルトの街に繰り出した際、デパートのCD売場で見つけたのだ。
同行してくれた僕の重要なビジネス・パートナーでもあるジョセフィンによれば、中心街にCDショップというのは無く、そういうものは既に郊外へ出て行ってしまったそうだ。というわけで、ジョセフィンと僕が辿りついたデパートの一角にあるCD売場はとても小さく、あっという間に陳列CDをチェックしてしまったが、その際にセレクトした1枚が“Dire Straits”(1977)だったのである。(ちなみにもう一枚はSadeのベスト盤~)
実は、ジョセフィンのお宅(高台にある高級アパートメント。。)で話をしていた時に彼が好きなアーテイストとして挙げたのがダイア・ストレイツだったのだ。僕に聴かせようとCDをしばらく探していたが、見当たらず、それで彼が代わりに聴かせてくれたのがなんとa-haとブライアン・アダムスのベスト盤だった。ジョセフィンは今年40歳、今回のドイツサイドのプロジェクト・マネージャーであり、バイオ分野のドクター取得者でもある。ジョセフィン、ちょっと、可愛らしい趣味だナ。全然関係ないけど、奥さんはめちゃめちゃ綺麗な人だったゾ。。
とはいえ、a-haというのは今でも人気があるようで、この間のライブ8でもちゃんと出演していたそうだ。

話を戻すと、その時にとてもタイムリーだったというのもあって、ダイア・ストレイツの名盤を素早くピックアップ。これは僕も昔カセットで持っていて、よく聴いたアルバムだった。(でもすっかり忘れていたのだ)<その時にマッドネスのアルバムを買いそびれたのを今ちょっと後悔している。。。こういうものは思いついたが吉日なのだ。>

ダイア・ストレイツに関しては、ドクター好みの渋い味わいはよく分かる。そして、80年代の洋楽で育った僕らにとって、彼らの存在は欠かすことの出来ない要素でもあり、それと同時に彼らの本領は1977年発売のデビューアルバムで、それは70年代的なテイストを残しつつ、既にそのスタイルを確立していたのである。
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by onomichi1969 | 2005-07-17 22:23 | 70年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 ドイツ通信 ~ディスコだよ。全員集合!~ semスキン用のアイコン02

  

2005年 07月 17日

7月14日、木曜日の夜。滞在先メーカーの日本担当営業であるクルトさんと食事をした。彼は日本担当の営業なのだが、別に日本語を喋れるわけではない。たまには日本語で食事の会話を楽しみたいと思う今日この頃。。。
クルトの前任者ヨアキムは、昔、K大で情報関連の講師をしていて、奥さんが日本人ということもあり、日本語がペラペラだった。ヨアキムと最初に会った時、「どーーも、どーもです~」と言って現われた時はびっくりしたw。彼も今や38歳だが、未だにハンサムボーイといった風貌で、奥さんもやはり綺麗な人なのだ。<何年か前にお宅訪問した。。>

a0035172_21599100.jpgクルトも今日は奥さん同伴。この2人がまた仲がいいんだナ。一応、僕は彼にとってのお客なのだが、、、なんで、そんなに僕に見せ付けるのかな、というくらいベッタリしている。まぁこれが自然なのだろう。。。ちなみに、クルトの奥さんは、黒髪のショートカットが似合う小柄で可愛らしい女性である。


食事は観光都市としても有名なシュバービッシュ・ハルのビア・ガーデンで。天気がいいので、外はとても気持ちいがいい。時間は夜8時を過ぎたばかりで、まだまだ明るいが、日差しが弱まり、風があるので、食事するには最高の状況だ。
ビア・ガーデンといってもビルの屋上にあるようなやつとは違い、美術館隣接の旧ブロイラーを改造したなんともお洒落な感じのお店なのだ。外庭は木々に囲まれ、ゆったりとした佇まい。
食事の途中で人懐っこい猫が紛れ込んできて、テーブルの下をうろつき廻り、別々のテーブルに座る人々を一瞬親和な気持ちにさせる。

a0035172_2201077.jpgところで、本日のメインエベントは、ディスコである。シュバービッシュ・ハル郊外、廻りに何もないところにぽつんとある。ディスコ。(イメージとしては、あのバンパイア映画のような感じか)
既にディスコの廻りは車で一杯、小屋からは大きな音でクリームの『ホワイト・ルーム』が聴こえてくる。いい感じである。。。



ディスコとは言っても、生バンドである。ロックとR&Bである。
ここでは2週に1回とかの割合でライブがあるらしく、その時には廻りの街や村から多くの人たちが観衆として駆けつける。(もちろん車でだ。。) 中にはクルトの仕事友仲間等が数人いて、次々と挨拶を交わしている。

a0035172_2213086.jpgステージでは5人のシンガー達が次々と歌いまくる。黒人男性2人、白人男性2人、白人女性1人。彼らが順番にリードを取る。それ以外のものは袖に引いてビールを飲んだり、コーラスで参加したりと、とても和気藹々な感じである。

ギターもベースもキーボードもとてもこなれた感じで演奏は良かった。特にベースの奴がファンキーだったナ。
あとドラムとパーカッション。ベースも加えたリズム隊は、メチャメチャ元気があって、ワンナイトショーを楽しむぞ、って感じが素晴らしかった。


a0035172_2223641.jpg曲は僕の知らないものが多く、知っているものは少ししかなかったが、例えば、『マン・イーター』や『ならず者』、『マンズ・マンズ・ワールド』『ジャーニーマン』などの楽曲は聴き知ったものだ。
クルト曰く、この中で有名なのは黒人男性の1人。名前は・・・・忘れたが、15年程前に全米でも売れたらしい。15年前というと僕はもう洋楽を聴いていないから、知らなかった。

しかし、ステージングはやはりその昔取った杵柄というか、彼(上の写真シンガー)のプロフェッショナルな歌声がとても印象に残る。彼の『マンズ・マンズ・ワールド』には結構痺れたナ。

結局、今日は12時半までディスコでロックに酔いしれた。ビールもたんまり飲んだ。田舎の夜もたまにはエキサイティングなのだ。

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a0035172_2264173.jpgIt's a man's, man's, man's, man's world
But it wouldn't be nothing
Without a woman or a girl
- James Brown “It's a Man's Man's Man's World”
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by onomichi1969 | 2005-07-17 22:15 | 旅の記録(ドイツ通信) | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 ドイツ通信 ~お待たせ!ラガーちゃんだよ、全員集合!~ semスキン用のアイコン02

  

2005年 07月 12日

7月10日(日)。今日の午後は仕事先で知り合ったミハエルさんのお宅訪問の日である。ミハエルさんのお宅訪問は実は2回目。前回、なんといってもラガーちゃんとの出会いがあり、2人は恋に落ちたのだった。。。
あれから、6ヶ月、皆元気にしてるかな?
ミハエルさん方は、奥さんのディアナさんと2人の子供でまだ7ヶ月という女の子、そして、ディアナさんが孤児院の元保母さんという関係で、3人の孤児が一緒に暮している。ミッキー(ミハエル)は6歳の男の子、そして仲のいいラガーとレスカは2人とも5歳の女の子だ。

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ミッキーは元気がいいお兄さん。
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ラガーは恥かしがり屋でちょっと泣き虫。
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レスカはきかん気が強い。
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相変わらず皆可愛いね。
前回は散歩に同行したのがラガーちゃんだけだったが、今回は3人一緒で近所の公園に。
元気いっぱいでとびまわる、はねまわる、まるで疲れをしらない、子供たちは世界中どこでも一緒だ。オジサンも調子に乗って遊んだから、実はかなり疲労困憊。
持病の腰痛が出そうだ。。。

7時頃まで一緒に過ごして、皆とはお別れ。
僕も今回が最後のドイツだと思うから、君たちとはもう会うことがないかもしれない。
うーん、もう一回くらいドイツに出張できないかな?

車での帰り途中、虹の起点に遭遇。ちゃんと終点もあって、僕らは虹のアーチの下を潜ることができた。虹は希望の象徴。皆に幸あれ。


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a0035172_4232336.jpgBefore you go to sleep
Say a little prayer
Every day in every way
It's getting better and better
- John Lennon “Beautiful Boy”
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by onomichi1969 | 2005-07-12 04:25 | 旅の記録(ドイツ通信) | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 ドイツ通信 ~お散歩~ semスキン用のアイコン02

  

2005年 07月 12日

7月9日(土)。2回目の週末である。明日はラガーちゃん宅を訪問というイベントがあるが、今日は特に予定がなく、遠出も面倒くさい(ドイツでも出不精!)ので、一応ホームワークの為に当てることにした。と言いつつ、朝から仕事をする気もなく、天気もいいので、午前中はブラブラと近所を散歩。。。のつもりが、気合が入り、昨日のS君の情報を基に、未踏の地を隈なく探索し、ここに来てようやく街の全貌が次第に明らかになってきた。(無人島探検さながら。。。)
まず駅まで歩き、そこから街外れを舐めてから、地ビール工場を望む。また戻って、川を渡り、街の中心地で少し買い物。そう、土曜日の午前中に買い物を済ましておかないと後で大変なのだ。

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昼飯はなんとなくスパゲティが食べたいという欲望に駆られ、ホテルの近所からイタリアンレストランを順に回ったが、何処も閉まっているか、ランチを断られるかのどちらかで、意地になって確実にやっていると思われる遠くのイタリアンレストランまで行く。

a0035172_327246.jpg念願のトマトスパゲティを食べることが出来たが、味は正直言ってイマイチ。。。苦労が報われなかったとも言えるが、これはもう意地の問題なので、味なんてどうでもいい話なのだ。
全ての道は"ROMA"に通ず。。。とりあえずローマなのだ。


結構ヘトヘトになりつつ、ホテルに帰ってきて宿題をこなす。宿題は前回ワシントンDCの報告書である。(これをドイツでこなす為に分厚い資料を3冊持ってくる羽目に。。。)
しかし、予想以上に早く終わった(途中で手抜きになった)ので、インターネットでしばらく遊ぶ。ダイアルアップ環境の為、操作にはかなりストレスがあるし、電話代もかさむけど、人様のブログ探検は面白く、やめられない。。。まぁいいさ、ホテル代も電話代も会社の金だ。(そうそう、とあるサイトで ”Book Baton”なるものを発見。内容は音楽の時と全く同じ。本の数なんて、数えられんナ。皆さん注意を!そして心の準備を!!)

さて、夕食は行きつけのアジア料理屋でカレーライスを食べる。味は微妙に不味く、異様に辛い。ここの特徴は安いということ。それ以外には特にない。これより安いところはトルコ料理系のファストフード店しかないが、こっちのケバブ(DONER)はわりと美味しい。

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ホテルに戻って、本を読む。長期滞在時に持っていく本というのは、繰り返しの再読に耐えられる愛着のあるものがよいと言われるが、僕の場合はこの2冊。
 竹田青嗣 『現代批評の遠近法』
 竹田青嗣 『世界という背理』
前者が短めの評論を集めたもの。後者は長編評論である。両方とも文庫本なのが旅行に最適。
特に前者の評論はとても感動的で、僕は同じ箇所を何度も読んでは心を震わしている。たぶんこの本こそが僕の文学的心情に最もフィットする視線を提示しているのだろうと思う。それはいつも共振するのだ。
BGMはビーチボーイズである。ブライアン・ウィルソンの歌うファルセットのバラードを聴くたびに僕は胸が熱くなる。そういう意味でこちらも感動的だ。そこには言葉以前の何かがあり、それは僕に伝わり染み入る。それこそがブライアンの天才性所以である。


a0035172_333074.gifWhen she says "Don't worry baby"
Don't worry baby
Don't worry baby
Everything will turn out alright
- The Beach Boys “Don't Worry Baby”



旅先だとなんとなく、いつもよりセンシティブになっているかもしれないナ。

そんなこんなで眠くなり、早めの1日がいつの間にか終了。。。
22時すぎに寝たので、次の日は5時前に目が覚める。。。日の出の様子を撮りたかったが、かなり曇っているのでこんな感じに。

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by onomichi1969 | 2005-07-12 03:37 | 旅の記録(ドイツ通信) | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 ドイツ通信 ~Live at an Irish Pub~ semスキン用のアイコン02

  

2005年 07月 09日

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ドイツの田舎町に滞在して2週間。昨夜は街の片隅にあるヤングアダルトの溜り場、通称アイリッシュ・パブへ潜入。ここへは最近の出張時にほぼ毎回来ているが、お目当ては2~3週間に1回程度の割合で行われる週末ライブである。これまで2回ライブの時に当たったが、これがなかなか面白かった。というわけで、今回も来て早々にライブ日をチェック。閑散とした平日の店内を覗くと7月8日にデレクさんライブ!という黒板書きを発見、この日を楽しみにしていたのだ。


週末のライブ開催日は超満員となる。テーブルにありつけない人たちはずっと通路で立ちながら飲み続けなければならない。とはいえ、明るいうちに店に入るのはなんとなく気が引けるので、日の入りの22時を待って店内に突入。(ちなみに僕のホテルはパブのすぐ近く~)今回は、滞在先メーカーに研修で駐在しているS君を前日に無理やり捕まえて同行をお願いした。彼はドイツ語がちょっと喋れるのでいざと言うときに役に立つ。(なんて言うとS君に失礼か!)

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予想通りの超満員だったが、なんとか隅の樽テーブル(単なる樽だ)に相席できた。(といっても席はなく、既に立ち飲み状態~)既にライブは始まっており、大音響のロックミュージックが店内に響き渡る。一見、スティーブン・スティルス風のデレクさん。生ギター片手に弾き語りと思いきや、歌うは、いきなりのニール・ヤング『孤独の旅路』、ロック調だ~。スティルスじゃなくって、ヤングか~、と一人で突っ込みをいれたが、ロックにあまり興味のない若いS君には意味不明のようだ。まぁ、デレクさん、かなりオヤジが入っているが、ロック魂は健在といった感じ。思い返してみれば、初めてこの店に来た今年の1月もデレクさんが来ていた。どうやら常連ライブアーチストのようだ。2回目の時は違うオヤジだったナ。(2回目のオヤジはジョン・クーガーやトム・ぺティ、ブライアン・アダムスを連発してなかなかウマがあったのだ。ZEPをリクエストしたらちゃんと歌ってくれたし。。。それもエレアコギター1本。)
世界各国で、今やロックといえば、オヤジなのかもしれない。ロックはオヤジが救う~!(ロックがオヤジを救う~!かな??)

デレクさんは、50年代ロックンロールが得意のようで、『ペギー・スー』やプレスリー・メドレーなどが続く。

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落ち着いて店内を見渡してみると、デレクさんも2回目なら、前回来たときに見た顔をちらほらと思い出す。デレクさんが一生懸命歌っている側でやたらと騒いでいる青年とヒゲオヤジも前回いたナ。それから、一緒にダンスしたハンナ(写真の女の子)も3回目!久しぶりーって感じだ。彼らは常連中の常連のようで、店内のテーブルを四六時中動き回っていた。
と、いつの間にか第1弾ライブは終了。。。

S君に感想を聞くと、殆んどの曲を知らないということで、あまり楽しめてないご様子。そうか、オヤジロックにはついていけないか。。。ごめんね、S君。
インターバルはS君から地元情報を幾つか仕入れつつ、仕事の環境などをひとくさり。と突如、第2弾が始まった。早いなー。インターバル20分くらいだ。

ラインナップは、S&G『ボクサー』、ビートルズ『レット・イット・ビー』、CCR『プラウド・メアリー』、『バッド・ムーン・ライジング』などなど、かなりベタな感じだが、店内は既に大合唱である。おーこれなら俺も歌えるぜー、みたいな感じか。
ちなみにドイツでは、英語の曲を皆よく聴く。イングリッシュ・ソング自体はとてもポピュラーなのだ。テレビではMTVが流し続けているし、ドイツの音楽ベストヒット番組では、英語の曲がNo.1だった。(Akonの”lonely”って曲。マライヤも頑張ってるね。) そんな中、僕は観た! 今でもNENAが健在なのを。20年後のNENAがテレビで歌っていたよ。
ジャーマン・ロック(ドイツ語のロック)も結構、MTVで掛かっている。ヨーロッパ風のポップで洒落た感じの曲がわりと印象に残る。ジャーマン・ラップってのもあるんだね。(当たり前か、日本語もあるし。)

そんなこんなで24時前には第2弾のステージも終了~!
S君が退屈そうなので、とりあえず引き上げることにした。次のライブはまた2週間後か?ありゃ、まだドイツにいるナ。。。

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いずれにしても、今宵はまだまだ続くようである。

a0035172_21263269.jpgKeep me searching for a heart of gold
You keep me searching and I'm growing old
- Neil Young “HEART OF GOLD”
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by onomichi1969 | 2005-07-09 21:33 | 旅の記録(ドイツ通信) | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 観たい映画をつなぐタスキ semスキン用のアイコン02

  

2005年 07月 08日

憎しみの連鎖に終わりはない。。。

お互いが分かり合える足場を失った状態でも人が人を理解する希望を失わない、そのことを達成するためのシステムとは如何なるものか? そもそもそういった方法論は有り得るものなのか? 僕らは昨今のイラク情勢により、憎しみの連鎖というものが如何に根の深い問題かを知っている。その救われなさは既に自明なのだ。その先の道筋へ、仄かな希望の光を見出すこと、そんな光をこそ、僕らはリレーしていけないものだろうか。

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シンドーさんから引継ぎ。ドイツまで放って頂いたタスキ、確かに受け取りましたよ。
それにしても、音楽の次は映画かぁ。今度は小説とかマンガとかがあるのだろうか。格闘技なら許容範囲だけどナ。しかし、バトンの次がタスキとは、、、この時点で次はもうなさそうだ。
まぁそんなことはいいとして、現在、ダイヤル・アップ環境なもので、本主旨もあまり理解できていませんが、とりあえず、深く考えずに箱根の山を登ってみまーす。

■過去1年間で一番笑った映画
いきなり難しいナ。過去1年ということで言えば、、、「ない」ですねぇ。笑った~と言うほどの映画って観ていないのです。これではちょっと味気ないので、反則ですが、1年半前に観た映画『スクール・オブ・ロック』を挙げましょう。これは文句なく笑った映画です~。

■過去1年間で一番泣いた映画
これも難しい。。。そう簡単には泣かないのです。男ですから。。。
なんて、昔の日本映画には結構泣かされていますが(※1)、最近はないですねー。これも反則ですが、1年半前に観た映画『半落ち』を挙げておきます。これは泣きましたね~。

(※1)泣きの日本映画ベスト5です。参考まで。
『砂の器』:文句なしの泣き。泣きパターンの王道。
『遥かなる山の呼び声』:ラストのハナ肇にやられます。
『月光の夏』:仲代達也のギョロ眼にやられます。
『鬼畜』:砂の器パターン。子供編。
『誘拐報道』:砂の器の変形パターン。あの女の子も大人になりました。

■心の中の5つの映画
5つに絞るのはなかなか難しいですね。
ということで、勝手にジャンルを限定して、、、
(実は昔映画レビューサイトに投稿したものそのままだったりして、こんなところで使えるとわ。。。というか、手抜きだ~)

「恋愛映画ベスト5」
そもそも「恋愛」のイメージというのは、個人の観念に由来するため、「恋愛映画」というものをどう規定し、そこに何を期待するのかは、人によって違うのかもしれません。「恋愛」にある種の病的な過剰性を認める僕のような人間にとって、下記作品は十分に心触れるものでありますが、そこで表現される恋愛のメロウさや残酷さに根本的な生理的嫌悪感を抱く人も少なからずいるでしょう。それはそれで仕方のないことです。「恋愛」とは、理性を有する人間に与えられた特権的な思念行動であり、ある意味で相反しながらも「精神」と切実に結びつくものだといえると思います。「精神」の動物化が進む現代人にとって、「恋愛」はますます刹那的になっていくようです。哀しいことですが、それもまた仕方のないことかもしれません。

1.『ベティブルー』 ジャン=ジャック・ベネックス監督
2.『イングリッシュ・ペイシェント』 アンソニー・ミンゲラ監督
3.『黒い瞳』 ニキータ・ミハルコフ監督
4.『マルホランド・ドライブ』 デビッド・リンチ監督
5.『Love Letter』 岩井俊二監督
次点.『東京夜曲』 市川準監督

あと、オマケで。。。僕の大好きな監督の作品を5つ。
孤高の映像作家サム・ペキンパー作品ベスト5<独断と偏見による>

1.『ビリー・ザ・キッド21才の生涯』
2.『昼下がりの決斗』
3.『戦争のはらわた』
4.『砂漠の流れ者』
5.『ワイルドバンチ』

ペキンパーファンの方なら首を傾げたくなる順位かと思いますが、これはあくまで僕の偏見ですので。敢えて作品には言及しません。ペキンパーを単に暴力を美化する不道徳なやつだと言うひともいますが、ある意味でその通りです。しかし、彼が比類ないのはその作品に通底する根源的なメランコリーだと僕は思います。己の発露を自死を賭した暴力に求めざるを得ない強烈なメランコリーです。近年、メランコリックな心情もバブルと共に消失したと言われており、ペキンパー作品を観て胸を震わせること自体が時代遅れの感覚になりつつあります。しかし、その心情は根源的であるが故に人間の細胞内にウィルスの如く潜んでいます。もし、あなたがペキンパー作品に何の感慨も得られないとしたら、それは作品の鑑賞がまだまだ浅はかであるとしか言いようがなく、その際には自分の細胞壁のおっぴろげるが如く自らを共振させるのがコツであります。そうすれば細胞内のメランコリック・ウイルスが己のDNAを変異させ、強烈な哀しみに打ち震えることになるに違いありません。そんなの嫌だとお思いになる方にはどうでもいい話ですが。。。

■観たい映画
僕の好きな作家/小説の映画化作品ということで。。。単純に。
『トニー滝谷』 市川準監督
『春の雪』 行定勲監督

■このタスキをつなぐ方々
これもMusical Batonの時と同じ思想で、、、勝手に選ばして頂きます。
えいやー、あちょー。

オサレでも情熱の薔薇 blues1974さん
知性と体力の塊 roadman1971さん
こだわりのスーちゃん teacherteacherさん
青春をバッファーしてる? gad-aboutさん

とりあえず皆さんのチョイスを見てみたいということで、、、その後のことは各自よろしゅう、お願いします。(blues1974さん、roadman1971さんはMusical Batonの時の逆襲~ということで、gad-aboutさん、また申し訳ない、泣かないで下さい。。。)

タスキをスルーしたり、ストップするのは全く構いませんが、投げ返すのはご勘弁下さいませませ。。。

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by onomichi1969 | 2005-07-08 05:48 | 観たい映画をつなぐタスキ | Trackback(5) | Comments(12)

semスキン用のアイコン01 ドイツ通信 ~孤独のランナーかぁ~ semスキン用のアイコン02

  

2005年 07月 04日

onomichi@ドイツの夜に一人 しかし、、、

a0035172_530053.jpg夜の9時半にしてこの明るさ。


a0035172_5404578.jpg朝は5時すぎにもう窓辺に陽が差す。


夜は若く(そして短い)、僕はそう若くはないけど、夜の空気は甘く、僕の気分はほどほどに苦かった。。。

ここはドイツ中南部の小都市。地理的に言えば、ちょうどハイデルベルグとシュツットガルトとニュルンベルグが作る三角形の中心あたりに位置する人口3万人程の街で、その中心部を散歩すれば30分程で1周してしまい、散歩の最中には同じ人に何度も会ってしまうという田舎町である。日曜日ともなれば店は喫茶店とレストラン以外は全てシャッターが下りており、スーパーも開いてない(もちろんコンビニなんてない)のどかな田舎町。週末の昼間ともなれば、そんな喫茶店が社交場となり、店にいる皆が顔見知り状態である。
そんな田舎町にもチャイニーズレストランは5軒もあって、中国人が何人かいるが、どうもみんなドイツ語しか喋れない2世か3世だったりして、なんというか中国人というのはすごいナと感じる。

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普通のドイツ人というのも日本人と同じように英語をしゃべるのが苦手なようで、街中でのコミュニケーションにはなかなか苦労する。特にこの辺りのファストフードの店員や店子はトルコ系やアルバニア系他、東欧系のよくわからない人種の人が多く、彼らは英語のえの字もしゃべれないのであるが、結構みんな気さくで人当たりがよい。やはりそこが田舎町である。長く住んでみたいとは思わないけど、短い期間ならば安心して住める。そんな感じである。

何はともあれ、そんな田舎町に滞在して1週間が経とうとしている。
今回の出張は遊び半分だった前回のワシントンDCとは違い、実ジョブ特有のプレッシャーが掛かっており、思った以上に日々の仕事に追われる毎日。元々がある機器の納期管理の為のオブザーバーとして派遣されているからとはいえ、納期厳守!を厳命に機械の前に突っ立っている、、、というわけにもいかず、一応は技術者としての仕事もあり、あと納期1ヶ月を切ったこの期に及んでいろいろと設計打合せをしまくっている。こんなんで大丈夫なのだろうか?と思いつつ、なんとなく田舎特有ののんびりとした雰囲気に飲み込まれている自分がいるといった具合だろうか。大体が時間の流れ方が違うのだから、しょうがない・・。
工場のワーカーは朝7時には仕事を始め、夕方4時には家に帰る。家に帰って何をするかと言えば、自分で自分の家を造るのである。夏は日が長い。家に帰ってから3-4時間は家造りにじっくりと励めるわけだ。。。 

俺は来週から2週間イタリアへ旅行だよ。ほー、そういえばサマーホリディのシーズンだナ。2週間後に会おう。ホイホイと。なんということか。。。

先週の始めは30℃を超える暑さに、クーラーのないホテルやオフィスルームで、かなり大変な目にあった。窓を開ければ、虫が何匹も飛び込んでくる。ドイツ人は網戸というものを知らないようで、そういう発想がわいてこないのはあまり虫を屁ともおもっていないのか、何なのかよく分からないが、傍から見てると結構虫がブンブン飛んでいるのが気にはなるようで、そういえば、僕が仕事でパソコンを打ちながら日本から持ってきた扇子をパタパタしていると、向かいに座っているオヤジが羨ましそうにこっちを見ていたっけ。
それでもハエなどは容赦なくアタックしてくるので、こっちは必死で叩き落しながら、仕事するしかないのだ。

a0035172_5423299.jpgまぁそんなことはどうでもいいとして、先週始めの暑さをすっかりと忘れてしまったが如く、ここに来て急に気温が下がって、寒くなってきた。
昨日、ダウンジャケットを着た兄ちゃんとすれ違ったときは、さすがに「おまえ、冬かよ!」と突っ込みをいれてしまった。。。

ドイツの気候はとにかく油断ならない。



そんな週末のドイツの夕べ。BGMは『ロックバルーンは99』といきたいところだが(このNENAの名曲はドイツでも有名だ。当たり前か。。。)、残念ながら僕のHDDプレーヤーにはエントリーされていないので、哀愁のジャクソン・ブラウン『孤独のランナー』に深い癒しを感じつつ、まだ陽が高い夕べの雲を眺めては、遠い故郷の人々を徒然に思い出したりして、急に孤独を感じ。。。もう寝よかな! 

a0035172_5431967.jpgOh won’t you stay just a little bit longer
Please, please, please say you will
  - Jackson Browne "Stay"
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by onomichi1969 | 2005-07-04 05:46 | 旅の記録(ドイツ通信) | Trackback(1) | Comments(9)

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