Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 Canned Heat “Future Blues”(1970) semスキン用のアイコン02

  

2005年 03月 31日

a0035172_1354353.jpgホワイト・ブルース・ロック。。。第1世代の東の横綱がジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズなら、西の横綱はバターフィールド・ブルース・バンドだろうか。そして、その次の第2世代は、東の大関がフリートウッドマックなら、西の大関は、、、そう、キャンドヒートで決まりなのである!
とは言っても、僕もキャンドヒートを初めて聴いたのはつい最近である。キャンドヒートという名前を初めて知ったのは、ストーンズのアルバム”Black and Blue”でギターを弾いていたハーヴィ・マンデルが元キャンド・ヒートだったということからである。しかし、そのギターはブルース臭をあまり感じさせず、どちらかと言えばクロスオーバー的で洗練されたポップアップな音色が印象的だった。
今回紹介するCanned Heat “Future Blues”(1970) は、そのハーヴィ・マンデルが参加した唯一のオリジナル・アルバムであり、”Hallelujah”(1969)と並び、彼らの絶頂期を捉えた米国ホワイト・ブルース・ロックの傑作である。
僕はどちらかといえば、ゴリゴリとした青っぽさ、その律儀なスタイル追求、感情のもどかしさや切なさをとても真摯に、そしてハードに表現していく英国的青春ブルース・ロックが好きなのであるが、このキャンドヒートの“Future Blues”も、アメリカ的な大らかさの影にそういった未成熟な魅力を感じることができる。もちろんブルースの本場であるアメリカの奥深い音楽的表現力もこのバンドの特色であるが、やはりこれも時代のせいなのだろうか、彼らのブルースに対する真摯な意思とそれを超え出でようとする若々しさ、逆の意味での未成熟さが僕には大きな魅力なのである。
そして、やはりハーヴィ・マンデルである。僕はストーンズの”Black and Blue”、特に”01 Hot Stuff”が好きで、この“Future Blues”を買ったのも彼のギターを聴きたいが故だった。ここでの彼もことさらブルース特有のゴリゴリとしたギターに拘ることなく、”02 Shake It and Break It”や”04 My Time Ain't Long”、”09 Future Blues”など全編通して聴かせるポップアップな音色が印象的だ。これがバンド自体の拘る真摯なホワイト・ブルース路線とのアンバランスさを醸し出しており、”03 That's All Right, Mama”などもブルースの古典というにはとても洗練された味わいがある。もちろん、ボブ・ハイトのボーカルスタイルも素晴らしい。痺れる歌声だ。
フリートウッドマックの魅力が決して到達し得ない未成熟さであったならば、キャンドヒートは到達点を軽々と越え出でてしまったが故の正にフューチャーな魅力、ある意味でそれも未成熟な魅力と言えるのではなのではないだろうか。僕の中ではその一点において、この2つのバンドが宿命的に繋がるのである。
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by onomichi1969 | 2005-03-31 01:38 | 70年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 FESTIVAL EXPRESS semスキン用のアイコン02

  

2005年 03月 25日

a0035172_0515874.jpg観たぞ、観たぞ、『フェスティバル・エクスプレス』!! いやぁ至福の時。夜遅くに渋谷くんだりまで観に行った甲斐があったというものだ。
さて、誰から語ろうか。。。まずは、ジェリー・ガルシア率いるデッドかぁ。やっぱり。デッドの音楽というのは、本来、じっくり腰を据えて聴かないとその良さというか、麻薬的なグルーブを味わえないのだが、ここでの演奏はわりとあっさりしたものだったような気がする。最初出てきて、そのまま30分くらい演奏されたらどうしようと思ったが、さすがにそんなことはなかった!とはいえ、僕も初めて観る彼らのライブ演奏シーンは、それなりに心を打つものがあった。出演ミュージシャン中、最もクオリティが高い演奏だったし、ガルシアのデビルボイスも妙にさわやかな感じで、思いもかけず彼の人柄の良さにも触れたような気がする。
次はジャニスだ。いきなりの『クライベイビー』には鳥肌が立った! あのシャウトに痺れない人はたぶんいないんじゃないか。彼女のアルバムはこれまでずーっと聴いてきたけど、やっぱりライブの歌声は最高だ。彼女の語りにも何となくしみじみとしてしまって、その後に続く震えるようなシャウトの響きをさらに感動的にしている。なんというか、ジャニスの歌は圧倒的に感動的なのだ。
そして、この映画のクライマックスでもあるザ・バンドリチャード・マニュエルの『アイ・シャル・ビー・リリースト』。ザ・バンドの前2曲でのリチャードの影があまりにも薄かったので、ここでも彼は前面に出てこないのかな、と心配したけど、あのイントロを聴いた瞬間にそんな杞憂も吹っ飛んだ。全盛期の彼が歌っている姿をライブ映像で観たのはもちろん初めてだったので、彼の情感溢れる歌声、その哀しみと純粋さを湛えたファルセットには全身が痺れっぱなしだった。そして、ダニーことリック・ダンコ。彼の歌声はトレインの中のお遊びジャムセッションで聴ける。そのセッションメンバーのすごいこと。酔っ払ってるのかラリってるのか少々カマっぽい調子ながら、相変わらず心の奥底から搾り出すように歌うダニーの隣で、これまたハイテンションのジャニスがコーラスをつける。ギターはガルシアだ。『エイント・ノー・モア・ケイン』、最高である。この素晴らしいシーン(ポスターにもなってるシーンだ)はある意味で映画のクライマックスと言っていいかもしれない。

僕は以前、『ウッドストック』の退屈さについて書いたことがあるが、この映画は『ウッドストック』に比べ、僕には音楽そのものを純粋に楽しめた作品であったような気がする。一体、『ウッドストック』とこの映画の違いは何だろうか? ウッドストックがロック・ミュージックによる人々の連帯を謳った祭典であったならば、フェスティバル・エクスプレスは、純粋に音楽を楽しむことを目的としており、そこに政治的な匂いは薄い。実際にとても純粋な音楽興行だったのである。興行と言えば、ウッドストックは当初、有料コンサートでありながら、あまりにも多くの若者が集まったために収拾が付かず、なし崩し的にフリーコンサートになってしまった経緯がある。しかし、フェスティバル・エクスプレスは、そういったフリーコンサートを期待してやって来た若者たちを徹底的に排除するのである。そこにはフリーコンサートを求める若者と興行側との対立があり、結局、ミュージシャン達は興行側に付くのだ。ウッドストックで見られた「喪失に対する微温な連帯」とでも言うべきものも、連帯意識から個人的感情へと変化し、それは喪失そのものとして人々の心の内に潜行していくのである。60年代から70年代へ、時代は共闘から個闘へと向かう、そういう時代的変化の萌芽が既にここで見られているということだろう。
この映画の終盤で、バディ・ガイが奇しくも言っていたが、今やガルシアもジャニスもこの世にはいない。僕に言わせれば、リチャードもダンコもいないのだ。リック・ダンコ。トレインの中で大はしゃぎしていた彼の姿が僕の目に焼きついている。そして、『ラスト・ワルツ』で一人寂しく過去を懐かしむ彼の姿も同時に思い浮かぶのだ。
ライブ映像のザ・バンドの演奏は、少々荒っぽい感じが僕にはしている。彼らはその1年半後に、ライブそのものの常識を変えた歴史的名演である『ロック・オブ・エイジズ』を録音するが、そこで彼らが目指したのはよりスローリーで音と声を聴かせる、そういった静謐なライブ空間だった。70年代に入り、ロックはプログレやハードロックなど、多様化の方向へと移行していく。人はそれをロックの商業化というが、ミュージシャンにとっては、ある意味でより聴かせる音楽の追求そのものだったのだとも言えないか。
1973年、ザ・バンド、グレイトフル・デッド、オールマンブラザースバンドという当時のアメリカを代表する3バンドによるコンサート「ワトキンズ・グレン・サマージャム」が開かれ、史上最大の60万人の聴衆を動員した。(アメリカ合衆国人口の0.25%だ。すごい!)しかし、このウッドストックの1.5倍の規模を誇るコンサートほど後年になって忘れ去られたものもないのである。たぶん、このコンサートが純粋たる音楽興行以外の意義を持っていなかったのがその理由なのではないだろうか。

最後に、『フェスティバル・エクスプレス』に戻る。この映画にとても満足した僕ではあるが、エンドロールに至って、実は裏切られた気持ちになった。それは、、、出演者リストに名前があったディレイニー&ボニーのステージがなかったからである。僕は彼らのステージを楽しみにしていたので、彼らのホーンセクションがトレインの中でちらっとセッションしている以外に全く演奏シーンがないのはとても残念であった。我が愛しのボニーに至っては、一言の言葉も発していない。(たくさん映っていたのに。。。) それだけが不満として残る。
『フェスティバル・エクスプレス』は、その名の通り、ミュージシャン達によるトレインでのジャムセッションが大きな見せ場でもある。トレインという観客のいない空間で起きた有名ミュージシャン達の化学反応ともいうべき邂逅は、音楽そのものを楽しむという純粋なお祭りでもあった。ある意味で興業者はその雰囲気の持続をステージでも期待したのだろう。それはロックムーブメントが内向していく瞬間を克明に捉えたドキュメンタリーでもあったのだと今では感じられるのである。

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by onomichi1969 | 2005-03-25 00:55 | 音楽の映画 | Trackback(5) | Comments(16)

semスキン用のアイコン01 TOTO (i'so-la'tion) (1984) semスキン用のアイコン02

  

2005年 03月 23日

a0035172_244083.jpg僕らはたぶんダビング&エアチェック世代なのだと思う。検索エンジンで調べてみるとエアチェック世代という言葉は結構ヒットしたけど、ダビング世代という言葉は誰も使っていないようだ。まあいいや。僕には何となくダビング世代というのがしっくりくる。。。
中学生の頃、当時流行りのオートリバース式ダブカセで好きなカセットをエンドレスで聴いていた。よく聴いたのは、佐野元春とかビートルズとか、そんなやつだ。高校生の頃にはミニコンポが流行り、僕も親に強請りに強請ってDENONのコンポを買ってもらった。(今では考えられないくらい高価なものだったが) それ以来、FM誌の名盤特集に出ているアルバムは片っ端から借りまくってダビングしたものだ。僕の住んでいたS岡県S岡市は、いわゆる地方都市で、僕はわりと街中に住んでいたので、その頃にはちょっとチャリンコをとばせばレンタルレコード屋が2軒ほどあったし、中古レコード屋もあった。年に数回あったレンタル屋での中古レコード叩き売りの時には有り金を叩いては洋盤を買い漁った。当時は広く洋楽の名盤を集める(殆んどダビングだったけど)ことに夢中だった。とにかく集めることに生きがいを感じていたのだと思う。ダビングしては、FM誌から切り抜いた手書きのレーベルを作成し、それをボックスに並べて悦に浸る。。。まぁそういう時代、僕らはダビング世代なのだ。ちなみにカセットの最後にちょっとでも空きがあれば、そこにはエアチェックした曲を入れ込むのである。そしてエンドレスのオートリバースなのだ。

またくだらない前置きが長くなってしまったが、今回はTOTOである。僕がTOTOを初めて聴いたのは、まだ中学生の頃。僕の小学校からの友達で、ちょっと不良っぽいやつだったけど、たまたまそいつの家でくつろいでいた時に聴かせてもらったのが、当時のTOTOのニューアルバム”Isolation”(1984)だったのだ。その頃にはもうベストヒットUSAもたまに観ていたので、洋楽のヒット曲にはそれなりに親しんでいたが、まだ洋楽をアルバムとして聴いたことはなくて、自分の中でもアルバムのトータル性という概念もなかったから、その40分間のクオリティの高さには正直言って驚いた。まぁ大体がろくなプレーヤーが家になかったから、アルバムをダビングすることもできなかったのだ。おそらく、それが契機となって、洋楽のアルバムに興味を持ち始めたのだと今では思う。それから、すぐさま当時同居していた叔父さんから年代物のプレーヤーとデッキをもらいうけたが(それも半ば強引な強請りだったが。。。)、もっといい音で聴きたいという欲求は日増しに高まったものだった。
まぁとにかく、、、始まりはTOTOだったのである。未だザ・ベストテン的歌謡曲が話題の中心だった中学生の頃にTOTOを知っているということのそこはかとない優越感。ビートルズじゃなくって、TOTOなのだよ。決してそれはトートーじゃないのである。
そんなわけで、今ではTOTOのアルバムも1stから持っているけど、”Isolation”(1984)は僕にとって特別なアルバムだ。”Ⅳ”(1982)や”Hydra”(1979)も素晴らしいアルバムだけど、やっぱり今でも”Isolation”(1984)なのである。”Isolation”の何がいいかって? それはもうどうでもいい話なのだ。。。

<Stranger in Town のPV!> ←クリックすると始まるので音量注意!!
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by onomichi1969 | 2005-03-23 02:52 | 80年代ロック | Trackback(2) | Comments(10)

semスキン用のアイコン01 往年のイケメン・ギタリスト達 semスキン用のアイコン02

  

2005年 03月 21日

左からダニー・カーワン(フリートウッドマック)、ピーター・フランプトン(ハード/ハンブルパイ)、ミック・テイラー(ローリングストーンズ)
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その後、。。。
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ランディ・ローズは永遠の若さ。。。a0035172_227737.jpg

ご要望にお答えして。。。(この頃は美少年だね、確かに。2ndの頃に4人裸で撮ってた写真も綺麗だったような)。。。ついでにロジャーも、、、
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この人はドラマーだけど。。。サイモン・カーク(フリー) ↓↓ヒッチコックみたいだ。。
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特別出演。。。別格の人
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これまたご要望通り。。。この頃ジャニーズ系?
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by onomichi1969 | 2005-03-21 02:52 | おまけ | Trackback(2) | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 The Rolling Stones ”It's Only Rock and Roll”(1974) semスキン用のアイコン02

  

2005年 03月 20日

a0035172_225560.jpg気がつけば、僕の持っているストーンズのアルバム(CD)は、”Let It Bleed”(1969)から”Tattoo You”(1981)まで、ほぼ70年代に限定されている。(彼らの60年代の傑作である”Beggars Banquet”(1968)や”Aftermath”(1966)については昔カセットで持っていたけど、結局まだCDで買い直していない→この記事アップ後買いましたw)
彼らのアルバムの中からベスト1枚を選ぶことは、不可能である。ストーンズのサウンドは、昔から一貫しているように思われがちだが、それはミックのボーカルスタイルによるところが大きく、サウンド自体は時代とともに変遷しているように僕は思う。実際、時代の音楽を巧みに取り込むことは彼らの最も得意とするところなのだ。
彼らのアルバムを時期的に分けるとすれば、リードギタリストがブライアン・ジョーンズの時代、ミック・テイラーの時代、ロニー・ウッドの時代。。。というようになるだろうか。しかし、単純にリードギタリストの違いだけで時期を分けるのは乱暴すぎるのも事実で、60年代後半はブライアンが完全に不能であった時期もあるし、僕も大好きなアルバムである”Black & Blue”(1976)などは、ギタリスト・セレクションと呼ばれたレコーディングがそのままアルバムとなったような作品で、ロニーがメインでギターを担当している曲は1曲しかない。(”Black & Blue”(1976)は、ストーンズのアルバムの中でも特異な印象を与えるクロスオーバー的な作品だ。ちなみにこのアルバムでは元キャンドヒートのハーヴィ・マンデルのギターが素晴らしい。もちろんビリー・プレストンの楽曲と演奏がこのアルバムの印象を決定付けていることもある。) メンバーチェンジの派境期には、多くのサポートメンバーが参加するので、そこにはリードギタリストに依らないが故の名演があり、その多くは名盤である。とはいえ、やはりストーンズにとってのリードギタリストの違いは、時代時代における彼らの色の違いを象徴するものであることも確かだろう。
ということで、ストーンズのアルバムについては、今後気が向いたら適当にピックアップしながら紹介していくことにするが、今回は、ミック・テイラー時代の傑作であり、実際、彼のギターがその本領を発揮したアルバムでもある”It's Only Rock and Roll”(1974) を取り上げてみる。
このアルバムの特徴としては、表題曲である”03 It's Only Rock and Roll”が代表曲として捉えられることが多いが、僕としては、やはりミック・テイラーのギターが象徴的な”05 Time Waits for No One”や”08 If You Really Want to Be My Friend”、”09 Short and Curlies”、”01 If You Can't Rock Me”などがこのアルバムの印象を決定付けているのではないかと思っている。(実際、”03 It's Only Rock and Roll”などはその後のメンバーとなるロニーの作品であるとも言われている。)
ミック・テイラーは、元々ジョンメイオール学校の優等生で、音楽的には知識、演奏テクニックにおいて、当時のストーンズの中ではずば抜けた才能に恵まれており、ストーンズの70年代初期の音楽性、ブルースロックというかスワンプロック的な味わいに大きな影響を与えたと言われる。ストーンズのオリジナル作品はすべてミック&キース名義となる為、なかなかその作品のオリジンが見えにくいけれど、ミック・テイラーの音楽性は、スチュやサポートメンバーであったレオン・ラッセル、ドクター・ジョン、(ライ・クーダーやアル・クーパーも挙げたいが)などと共にこの時代のストーンズサウンドに大きな献上をしているはずなのである。
ミック・テイラーの作品の特徴は、その流暢なギターワークにある。アルバム”It's Only Rock and Roll”(1974)で言えば、先ほど言及した”05 Time Waits for No One” が最も象徴的だろう。僕はこの曲を最初に聴いた時、ある意味でストーンズ的ではない(キース的リフ感覚に乏しい?)ギターサウンド、演歌のような単音フレーズにある種の違和感を抱いたものだ。しかし、それもまたミックのメインボーカルとキースのコーラスが被さることによってストーンズになる。そして、これらが数あるストーンズサウンドの中でもこの時代を象徴した忘れじの名曲だと、今では思うのである。
ミック・テイラーはこのアルバムを最後に脱退する。その理由は未だに明確に言明されていないようであるが、”Sticky Fingers”(1971)から”Goats Head Soup”(1973)を経て、明らかにミック・テイラーがフロントに立ったこのアルバムがキースの影を薄くしているのもまた確かなのである。はっきり言えば、キースはミック・テイラーを含め、70年代初期のアルバムに多く参加したサポートメンバーから多くのもの、音楽的素養を学んだはずだ。そして彼の趣味でもあるクロスオーバー的な味わいのある” Black & Blue”(1976)を経て、「似たもの」ロニー・ウッドを最愛のパートナーとして(懇願して)選択し、現在のストーンズサウンドの原型ともいえるツインリード&サイドギタースタイルが特徴的な”Some Girls”(1978)を生み出す。キースがロニーを選んだこと、それがストーンズにとって正解だったことは、今では誰もが納得するだろう。
ミック・テイラーはその端整な容貌、優れたギターテクニックと音楽性によってストーンズのメンバーとなったが、ある意味でこのアルバムで完成され、その後変遷していくストーンズサウンドにとってはもう不要の存在だったと言えるのではないか。その大人しい性格もミック・ジャガーとキースの間に入るにはキツかった、、、と言われる。(ミック・テイラーの側から見れば、音楽的にも、もうストーンズの枠に収まりきれなかったとも言える。) その後加入するロニーこそ、ストーンズのイメージによりフィットしたし、メンバー間のバランスをとるためにも最適だったのだろう。
まぁとにかく、ミック・テイラーが活躍する”Goats Head Soup”(1973)や”It's Only Rock and Roll”(1974)は僕の大好きなアルバムである。そして、ストーンズサウンドのひとつの完成型として、この時代を象徴するアルバムなのである。

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The Rolling Stones "Still Life"(1982)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2005-03-20 02:39 | 70年代ロック | Trackback | Comments(6)

semスキン用のアイコン01 The Beach Boys "Little Deuce Coupe(1963)" / "All Summer Long"(1964) semスキン用のアイコン02

  

2005年 03月 13日

a0035172_1255563.gifa0035172_12561246.gifビーチボーイズのアルバム紹介第2弾は、流れから言ってこれしかない。。。
The Beach Boys "Little Deuce Coupe”(1963) / “All Summer Long"(1964)
2in1CDだと否応なしに2枚カップリングとなってしまうので、こういう紹介時にはちょっとやりづらい。普段はHDプレーヤーでしか聴いてないので、CDも勝手に分割できて、あまり意識することはないのだが。。。

"Little Deuce Coupe"(1963) は、彼らのこれまでのシングルB面を集めたいわゆる企画盤である。それがホットロッド中心の選曲となることがいかにも企画的であるが、このアルバムの出色は、そんな企画盤に加えられたブライアンの珠玉のバラード02 Ballad of Ole' Betsyや08 Spirit of Americaあたりであろうか。
そろそろはっきり言ってしまうと、彼らのバラードもある程度パターン化されてきていて、並べて聴いてみるとどれが何だか分からなくなることもある。にもかかわらず、そこには聴くものに恍惚とした感情を抱かさずにはいられないブライアンのファルセットの魅力が満ち溢れている。そう、ファルセットなのだ。彼らのバラードも一段とブライアンのファルセットが響くような作りとなってきている。その特徴に自覚的である分、彼らのバラードもますます素晴らしいものとなっているのだ。

"All Summer Long"(1964) は、楽曲、構成ともに単なる寄せ集め的なこれまでのアルバムを超えた、まさにオリジナルアルバムとしてのトータル性をもった、来るべき"Today!"(1965)、"Pet Sounds"(1966)を予感させる作品となっている。というか、彼らのサーフロック/ホットロッド時代の傑作として燦然と輝く作品といっても過言ではないだろう。
どの楽曲も素晴らしく、聴き捨てる曲など1曲もない。彼らの代表曲でもある13 I Get Aroundに始まり、厚みのあるコーラスが素晴らしい15 Hushabye、軽快なホットロッド/ロックンロールの傑作16 Little Honda、ブライアンの美しいファルセットが切ないメロディに映える17 We'll Run Away、アレンジの工夫が光る19 Wendy、彼らのコーラスゼーションの極致(サビのこれまた切ないハスキーがかった歌声はデニスであろうか)21 Girls on the Beach、どれも"All Summer Long"の一部として本当に素晴らしい。

ビーチボーイズのサーフ・ロック/バラードを堪能するには"All Summer Long"(1964)こそが最適であろう。ブライアンの頭から湯水の如く流れ出てきた珠玉のメロディたち、それが楽曲としてアルバムとして完成をみた作品。ブライアンのファルセットも素晴らしく、そして相変わらずその響きは切ない。
この夏が永遠に続いてくれたら、、、このアルバムを聴けば、誰でもそう思うんじゃないか。

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The Beach Boys "Surfer Girl(1963) / Shut Down, Vol. 2(1964)"のレビューはこちら!
The Beach Boys "Today!(1965) / Summer Days(Summer Nights!!)(1965)"のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2005-03-13 12:58 | 60年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 The Beach Boys "Surfer Girl"(1963) / "Shut Down, Vol. 2"(1964) semスキン用のアイコン02

  

2005年 03月 13日

a0035172_12591531.gifa0035172_12593453.gifビーチボーイズのCDは、いわゆる2in1となっており、1枚分の値段で2枚カップリングCDを買えるからお得である。僕は単純にそう思っているので、このシリーズでビーチボーイズのCDを全て揃えている。
ビーチボーイズのアルバムを1枚選ぶというのは不可能だ。それは、飼っている20匹のネコから1匹選ぶのと同じくらい不可能である。グラビアアイドルから好みの女の子を一人を選ぶのとは訳が違う。愛着とはそういうものだろう。

とはいえ、今回は1回目の紹介ということで、彼らのごく初期の作品から1枚を選んでみた。

The Beach Boys "Surfer Girl"(1963) /"Shut Down, Vol. 2"(1964)
"Surfer Girl"(1963)は、ブライアン・ウィルソンが完全プロデュースした初めての作品である。ブライアン・ウィルソンは天才と言われるが、非凡な作曲能力、アレンジやコーラスワークで発揮される音への拘り、アルバムの構成力、発想力など、ブライアンの光り輝く能力は60年代中期の作品にこそ散りばめられていると言えよう。しかし、ブライアンが天才と言われ、ビーチボーイズの作品が僕らの心を捉えて離さないのは、ブライアンの歌声が漂わせるある種の切なさとその響きがあるからだとも言えないか。
そんなブライアンのファルセットの魅力は、初期のサーフ・ロックでのマイク・ラブの惚けたボーカルとの掛け合いにこそ現われているように思う。もちろん、他のメンバーも含めたコーラスゼーションも素晴らしく、コーラスだけでも聴き応え十分なのだ。
このアルバムは、これでもかというくらいの「サーフィン」「ウェイブ」「サマー」の連発だが、彼らの新たな魅力というか、ネタでもあるホットロッド系の代表曲06 Little Deuce Coupeなども含まれる。やはり出色は、01 Surfer Girlから03 The Surfer Moonの流れ、そして07 In My Roomに08 Hawaii、11 Your Summer Dreamあたりであろうか。

"Shut Down, Vol. 2"(1964)は、さらにパワーアップしている。このころのブライアンの成長ぶりは1作品ごとに目覚しいものがあるが、ここにおいて、彼らの代表曲でもある13 Fun, Fun, Fun、14 Don't Worry Baby、17 The Warmth of the Sun、21 Keep an Eye on Summerあたりで、既に彼らの初期サウンド、サーフロックとバラードの組み合わせも完成形に至ったことが分かるのである。楽曲も素晴らしいが、コーラスとサウンドに厚みが増し、そのサウンド・オブ・ウォールは格段に進歩していると言えよう。
特に、14 Don't Worry Babyを聴いて欲しい。この曲にこそ、ブライアンの天才的に哀しみに満ちた歌声を堪能できる名曲である。メンバーの美しいコーラス(マイクの低音も効果的だ)から浮かび上がるブライアンの切ないファルセットは涙なしには聴けない。その歌声がなぜこんなにも切ない気持ちにさせるのか、それは分からない。僕らの誰しもが持っている心の澱にさざめく波紋を立てさせる、彼の歌声からやってくる天性の響きなのだとしか言いようがない。

ビーチボーイズと言えば、"Today!"(1965)や"Pet Sounds"(1966)が有名であり、ブライアンのコンポーザーとしての天才性は、それらの作品において一般的に言及される。しかし、ブライアンの天才性のもう一面である彼の歌声を堪能するならば、やはり初期の作品がベストであろう。それを味わうことなしにビーチボーイズの素晴らしさを語ることはできないのだ。

つづく

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The Beach Boys "Little Deuce Coupe(1963) / All Summer Long(1964)"のレビューはこちら!
The Beach Boys "Today!(1965) / Summer Days(Summer Nights!!)(1965)"のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2005-03-13 11:13 | 60年代ロック | Trackback(1) | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Woodstock semスキン用のアイコン02

  

2005年 03月 10日

a0035172_241813.jpg全体的に構成も演奏もダラーっとしていて、通して観るのは確かにちょっと辛い。それでも、僕としては、ジャニスとザ・フーとサンタナの登場がまだ救いだった。ジミヘンの演奏はいまいち盛り上がりに欠けていたような気がする。ジャニスのライブは、ナイターの雰囲気と相まって、とても儚く、そして迫力があった。僕が持っているDVDにはジャニスが1曲しか収録されていないので、かなり寂しい。フーは、ピートのノリノリぶりやキースの蛸足ドラムがなかなかの見応え。サンタナもそれなりにいいし、テンイヤーズアフターもわりとカッコよかった。でも思い出してみるに、他に観るべき演奏がそんなにあったかな?大体、演奏を映そうという意図もあまり感じられないのだ。

まぁそれはそれとして、この「ウッドストック」というイベントは、60年代後半のロックムーブメント最後の灯火として捉えられるのが一般的だ。確かに40万人を集めた野外イベントとしては歴史に残るものであるが、そこにはもう既に時代の終わりの雰囲気が漂っているように思える。ある種の喪失に対する微温な連帯という感情が確かに見られるのだ。実際、このウッドストックという大イベントが大したハプニングもなく金銭的にも成功したと捉えられたことにより、ロックは産業社会に取り込まれ、商業化の道を辿ることになる。実際には3日間で3人の死者が出て、5000人が病気になり、2人が出産したという事件もあったが、それは些細な日常の出来事としてイベントの影に隠れてしまったのである。

あれから35年たった今、時代は幾多の断崖を通して、閉塞しつつあるように思える。「喪失に対する微温な連帯」とでも言うべき感情すら、今の時代感覚の中では喪失しようとしている。実はまだアメリカはこれまで保守的だった人間が力を持ったというだけで、戦争に対する反対の声は日本に比して圧倒的に大きい。当事者であるが故の足掻きがそこには確固として存在しているのだ。それに対して日本はどうか。実は喪失感に対する喪失の無意識的な蔓延の罠に最も捕えられているのは僕たち日本人である。だから、今、僕たちは進むべき道を見出すきっかけすら掴めてないのだ。もちろん平然と反アメリカを唱えられるほどの足場もない。話は横道に逸れたけど、まぁとにかく、「ウッドストック」はロックムーブの最後の灯火であるとともに、新しい喪失の始まりだったということなのだ。 (2004-04-10)
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by onomichi1969 | 2005-03-10 02:01 | 音楽の映画 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 STYX “Paradise Theater”(1981) semスキン用のアイコン02

  

2005年 03月 06日

a0035172_10592353.jpgSTYX “Paradise Theater”(1981) は、STYX渾身の一作であり、80年代を代表するコンセプト・アルバムである。
アルバムとしての完成度という言葉があるが、このアルバムほど『完成度』という言葉がしっくりくるものも他にないような気がする。
叙情的な入りから一気に盛り上がるオープニング。“01 A.D. 1928”から”02 Rockin' the Paradise”への流れ、”01 A.D. 1928”に旋律を同じとする”05 The Best of Times”と”10 A.D. 1958”、そして終盤のクライマックスとなる”09 Half-Penny, Two-Penny”から” 10 A.D. 1958”の流れ。構成だけとってみれば、このアルバムは完璧である。と同時に楽曲も素晴らしく冴えている。デニスの曲は言うに及ばず、トミー・ショウのポップチューンもジェームズのハードチューンもアルバムの完成度に花を添える。楽曲的にも3人のバランスが絶妙であり、それが完成度の高さを補完している。
僕はこのアルバムをもう20年近く聴いているけど、このアルバムが伝承するパラダイスシアターの隆盛と衰退のドラマは、今でもキラキラとした幻想の魅力を僕らに送り届ける。ハードロックの素晴らしさとロックアルバムの可能性を最大限に示した作品、それがSTYX “Paradise Theater”なのである。
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by onomichi1969 | 2005-03-06 11:02 | 80年代ロック | Trackback(1) | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 Blind Faith “Blind Faith”(1969) semスキン用のアイコン02

  

2005年 03月 06日

a0035172_10124949.jpgウィンウッドとクラプトンのアルバムの中で一番好きなのが、これ。Blind Faith “Blind Faith”(1969)、いわゆる『スーパージャイアンツ』なのだ。結局のところ。。。
このアルバムを聴くと、ウィンウッドの声が如何にクラプトンのギターと合っており、ジンジャー・ベイカーのドラムと合っているかを単純に認識できる。
このアルバムは、全体的に乾いた印象を僕らにもたらすが、特にクラプトンの名曲”04 Presence of the Lord”でのウィンウッドの歌声ほど乾いた響きを僕は他に知らないし、その淡々とした味わいが不思議な感動と高揚を僕らに届ける。終盤のクラプトンのギターソロも彼のベストチューンだと僕は思う。
クラプトンにとって見れば、クリーム解散からスワンプ・ロックへの接近(ディレイニー&ボニーとのコラボレーションからデレク&ドミノスに至る)までの音楽的にはちょっとした端境期に当たる。スーパーグループ故に、グループとしての方向性など全くなく、今ある自分達、あるがままの自分達(欧米人にとってみればそれこそ”Presence of the Lord”だろう)をただぶつけた、その一回性の演奏、超然とした態度がある意味でこのアルバムを奇跡的な傑作にしている。
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by onomichi1969 | 2005-03-06 10:18 | 60年代ロック | Trackback | Comments(4)

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