Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 <   2004年 12月 ( 12 )   > この月の画像一覧 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 The Raspberries "Raspberries' Best"(1975) semスキン用のアイコン02

  

2004年 12月 26日

a0035172_13374274.jpg以前、あまりベスト盤は聴かないとうそぶいたが、よくよく考えてみればまぁそんなことはなくて、僕はいろんなベスト盤を持っているし、聴いている。しかし、ベスト盤がベスト盤として、光り輝いているアルバムというのはそんなにない。僕のイメージでは、ベスト盤というのは、オリジナルアルバムの持つトータル性や隠れた名曲を排除した分だけチープな印象を受けるのである。

The Raspberries "Raspberries' Best"(1975) は、そんな光り輝くベスト盤のひとつといえるだろう。というか、彼らのオリジナルアルバムは全て廃盤になっているようなので、今やベスト盤でしか彼らの曲をまともに聴くことが出来ない。それも仕方のないことかな。

70年代の3大メロディメーカーとして、ポール・マッカートニーとエルトン・ジョンという二大巨頭と並びエリック・カルメンを挙げることがある。<エルトン・ジョン⇒ジェフ・リンだったかもしれない。出典は不明で昔読んだ雑誌の記憶です。> 彼の万人に認められた才能は、"Raspberries' Best"を聴けばよく分かる。ポップセンス溢れるメロディは、60年代のビートルズやビーチボーイズのいいところ取りとも言われるが、アルバム全曲に漏れなく散りばめられたハードポップのキャッチーな感覚は、そのエッセンスを生得した彼の才能のなせる技だ。
やはり出色はバラードの4曲である。"I Can Remember"、"Overnight Sensation"、" Starting Over"、"Don't Want to Say Goodbye" どれもすばらしく美しい曲である。

録音状態が悪いのか音のクリアさがいまいちではあるが、彼らのベスト盤はそんな不具合ももろともしないキラキラとしたハードポップチューンと至極のバラードの組み合わせにより、70年代の記念碑的なアルバムとなった。
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by onomichi1969 | 2004-12-26 13:37 | 70年代ロック | Trackback(2) | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 Fleetwood Mac "Heroes Are Hard to Find"(1974) semスキン用のアイコン02

  

2004年 12月 26日

a0035172_13354714.jpgフリートウッド・マックが大好きである。この台詞を吐くのも2回目だ。。<1回目はここ。。>フリートウッド・マックといえば、ピーター・グリーン/ジェレミー・スペンサー/ダニー・カーワンが中心となった第1期のブルースロック時代とリンジー・バッキンガム/スティーヴィー・ニックスが加入した第3期のポップロック時代が有名である。そんな二つの華々しい時代に挟まれた第2期のアルバムはとても地味な印象を与える。確かにブルースロックから転換し、メロディやサウンドにもキャッチーでポップな方向性を打ち出した第2期は、どこか中途半端なイメージは拭えないし、売上げ的に低迷していたのも事実である。

第2期の中心人物は、ボブ・ウェルチとクリスティン・マクヴィーである。実は1.5期的にジェレミーやダニーが中心となった時期もあったが、やはりマックが第3期の黄金時代を迎える流れから考えれば、マックの転換という役割を大いに担ったという意味でボブとクリスティンが第2期の中心人物と言って構わないと思う。<ただ、ダニー・カーワン時代のフォーク的な味わいもなかなか良い。。。>

そんな第2期の最高傑作といえば、"Heroes Are Hard to Find"(1974) ということになるだろう。
僕はクリスティンのファンなので、彼女の曲にやはり惹かれる。表題曲や"Come a Little Bit Closer"、"Prove Your Love"などは、次作「ファンタスティック・マック」にも通じる彼女独特の淡いポップチューンで、彼女に関して言えば、ここにおいてそのスタイルは完成されており、楽曲的にはこの頃が最高潮だったとも思える。ある意味で次作の大成功は既に約束されていたのだ。

考えてみれば、フリートウッド・マックは常に2-3人の中心人物が交互に楽曲を担当しボーカルを取るというスタイルを貫いている。この時代でいえばボブとクリスティンが交互に曲を担当するわけだが、クリスティンの魅力である母性的な味わいが最大源に発揮されるのはやはりリンジーのような若いやんちゃさが加わった第3期、それも初期の「ファンタスティック・マック」や「噂」の頃なのかもしれない。クリスティンとリンジーのツインボーカルを聴いているとそんな思いも浮かぶ。ボブとクリスティンが絡むことは結局あまりなかったようで("Bare Trees"(1972)の頃はあったけど)、絡んだとしても彼女の魅力が生かされるかどうか、確かに疑問ではある。

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Fleetwood Mac "Live at the BBC"(1995)のレビューはこちら!
Fleetwood Mac "Bare Trees"(1972)のレビューはこちら!
Fleetwood Mac "Rumours"(1977)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2004-12-26 13:35 | 70年代ロック | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 ウルフルズ 『大阪ストラット』(1995) semスキン用のアイコン02

  

2004年 12月 26日

a0035172_13311397.jpgウルフルズの「大阪ストラット」(1995)は僕にとってかなり笑撃的な曲だった。
僕は社会人になって寮に入った時、気まぐれにケーブルTVに加入したのだが、実際あまり観る番組も他になかったので、スペースシャワーTVというジャパニーズロック専門の音楽番組をBGMがわりによく流していた。エレファントカシマシの「悲しみの果て」やサニーディサービスの「青春狂走曲」を聴いたのもこの番組のおかげである。そしてウルフルズの「大阪ストラット」もしかり。
元々が大滝詠一の曲をモチーフにしていることやプロデュースがあの伊藤銀次だったこと、同じウルフルズの「さんさんさん」のPVになぜか渡辺満里奈が出演していたことなど、この歌(バンド)にはまぁいろいろと気になることはあったが、やはりあの似非ファンキーサウンドにのせた大阪弁バリバリの語りはえらく印象に残ったし、PVの馬鹿馬鹿しさ加減にも惹かれたのだ。まだ当時はウルフルズも売り出し中の頃で、いろんな人にこの曲を薦めたが、笑いを取りはしたもののあまり熱心に聴いてくれる人はいなかった。彼らが「ガッツだぜ!!」で大ヒットするのはそれから半年後のことである。

彼らのアルバム「バンザイ」も発売直後に購入したが、やはり彼らの魅力は「大阪ストラット」的な破天荒さ、似非ファンキーサウンドに尽きる。アルバム自体の纏まりすぎた印象をとても残念に思った記憶がある。
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by onomichi1969 | 2004-12-26 13:32 | 日本のロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Jackson Browne "The Pretender"(1976) semスキン用のアイコン02

  

2004年 12月 26日

a0035172_1502377.jpg大人になるということは成長することなのだろうか?人が成長するということは、どういうことなのだろう? 僕は学生時代にこのような問いに繰り返し囚われ、生き方にはっきりとした道筋が持てない自分に対して、常に煩悶とした行き場のない感情を持て余していた。行き難さの中にも正しい道筋があるはずだと信じ、実際に僕自身が出した答えは、自分自身の何ものかを捨てていくことだった。それから僕は多くのものを意識的に喪失させていったように思う。
いまやこのような問い自体がナイーブすぎるかもしれないし、僕が出した答えも全く的外れで間違いだったのかもしれない。実際、何かを完全に捨て去ることなど不可能なのだ。だから僕は、追いつけないものを常に追いながら、失えない、言い知れない想いを抱えたまま、檻の中のトラのように同じ所をぐるぐると回り続けている。今でも。

Jackson Browne "Late for the Sky"(1974) は僕が学生の頃に最も聴いていたアルバムである。当時、僕はこのアルバムを何度も何度も聴いた。ある意味で学生時代の僕にとって、一番影響を受けたアルバムと断言していい。
"Late for the Sky"や"Farther on"などで歌われる孤独であることのかけがえのなさに胸を掴まれるような共感を抱いたし、"The Late Show"で歌われるそれでも未来に向かって走り出すこと、悲しみを捨て去ることの勇気に大きな希望を抱かされたのだ。まさに大人になるということの彼自身の行き方そのものを描いているのがこの"Late for the Sky"というアルバムなのである。
そういう意味で"Late for the Sky"はジャクソン・ブラウンにとって、希望に満ち溢れたアルバムであったと思う。このアルバムが僕を含め、多くの人たちの共感を得ている傑作であることに全く異存はない。

彼の70年代の作品は"Late for the Sky"以降、The Pretender"(1976) 、そして"Running on Empty"(1977) と進む。正直言って、僕はつい最近までこれらのアルバムを聴くことがなかった。あんなに好きだったジャクソン・ブラウンだったのに、彼の作品は僕にとって"Late for the Sky"で止まっていたのである。今思えば、それはある意味で象徴的なことだったのかもしれない。

今や"The Pretender"、そして"Running on Empty"は、僕にとって"Late for the Sky"以上に心に残るアルバムである。
"The Pretender"や"Running on Empty"には、彼自身を不慮に見舞った妻の自殺という出来事に打ちのめされながら、一人息子に希望の光を見出すというセルフストーリーの影を見出すことができるだろう。確かに僕自身も妻を失いながら、一人息子との生活を送っている点では同じ境遇であり、そんな事実が"The Pretender"に惹かれる理由なのかもしれない。そのことはおそらく当たっていると思う。
彼がその後、自らのしっかりとした足場を得て社会派シンガーという道筋を実直に進んで行くという、無邪気さというのとは全く違う質の凛然とした勁さ(つよさ)、その萌芽を僕はこれらのアルバムに感じるのである。それは確かに"Late for the Sky"の延長線上にありながら、"Late for the Sky"以上に彼自身のナラティブの深さを感じさせ、ある意味で生きることの愛おしさ、優しさをも感じさせる。

村上春樹風に言えば、「デタッチメント」から「コミットメント」への移行であろうか。それは単純に大人になるとか成長するとかとは違う、生きていくことの勁さへの確かな手ごたえなのだと僕は思う。ただ何かを捨てることによって得るのではない、多くのものを自然に抱え込み、常にそれらを引き合うことによってのみ得られる深さなのだと思う。
残念ながら僕は未だにそのような勁さを手にすることができないでいる。ただ、その道筋だけは見失わないように日々ぐるぐると回り続けているのだ。

大人になった僕は、今、"The Pretender"、"Running on Empty"を深い味わいをもって聴くことができる。その後のジャクソン・ブラウンの行き方が正しいのかどうか僕には分からないけど、これらのアルバムで彼が歌い上げる「生きることの切実さと勇気」を僕は強く感じる。学生時代に繰り返し聴いた"Late for the Sky"と同じように、僕は今"The Pretender"を彼の勁さと優しさと共に聴いている。

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Jackson Browne "Jackson Browne"(1972)のレビューはこちら!
Jackson Browne "For Everyman"(1973)のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2004-12-26 01:52 | 70年代ロック | Trackback(1) | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 John Cougar Mellencamp "The Lonesome Jubilee"(1987) semスキン用のアイコン02

  

2004年 12月 26日

a0035172_1321421.jpg John Cougar Mellencampは、まだJohn Cougar名義だった"American Fool"(1982)の大ヒットにより一躍ロックスターの仲間入りをした。ファーストヒットアルバム"American Fool"は、若々しい「青春の傷あと」や名曲「ジャック&ダイアン」などが光るが、まだどちらかと言えば作り物っぽい洗練さが目に付く。それに比べると次作の"Uh-Huh"(1983)は、ようやく彼のオリジナリティが発揮された名盤である。<僕はこの”Uh-Huh”を最近になって、むつみさんのお薦めにより初めて聴いたが期待に違わぬ素晴らしいアルバムだった。> 彼独特のワイルドな歌声とロックスピリットがストレートで土臭いロックンロールに映え、バンドの演奏も前作以上にタイトで聴かせるものになっている。基本的には彼の大ヒット作となる"Scarecrow"(1985)も彼のファーマーであることのアイデンティティを高らかに宣言した社会的な志向が注目されたが、音楽的には前作の延長線上にある作品である。

John Cougar Mellencamp の80年代のアルバムはどれも好きであるが、最も良く聴くアルバムは、彼の音楽的な幅を広げた傑作"The Lonesome Jubilee"(1987) である。
ここでのジョンはこれまでのストレートなロックサウンドに加え、アコーディオンやバンジョー、マンドリン、ドブロなどのトラディッショナルな楽器を駆使し、女性ボーカルを大胆にフューチャーすることによって、より艶のあるバンドサウンドを構築した。またこれまで以上にリズムセクションの音がでかく、サウンド全体の迫力も増している。ケニーアロノフのドラムの素晴らしさも改めて堪能できる。
楽曲的にもバラエティに富んだ構成となっており、何度聴いても飽きさせない音楽的な奥深さを引き出すことに成功している。
歌詞の方はといえば、その内容はますますシリアスな方向へと進んでいるようだ。この辺りは日本盤のライナーノーツでケニーアロノフが「キッズに理解されるかどうか。。。」などと心配しているくらいなのだ。
とにかくジョンはこのアルバムによって、これまでのブルース・スプリングスティーンのフォロアー的な立場<ブルースがボスならジョンはアニキか??>から一歩進み、よりトラディッショナルなアプローチによって独自のサウンドを構築した。ストレートロック全盛の時期にあって、ジョンの示したこの展開は当時の僕らにとってはかなり新鮮だったのだ。サウンド的にも楽曲的にもかなり緻密に構成されたこのアルバムは今聴いても全く古さを感じさせない稀有な80年代サウンドの傑作と言えるのではないだろうか。

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by onomichi1969 | 2004-12-26 01:34 | 80年代ロック | Trackback | Comments(6)

semスキン用のアイコン01 エレファントカシマシ 『エレファントカシマシⅡ』(1988) semスキン用のアイコン02

  

2004年 12月 26日

a0035172_1292265.jpg前回、エレファントカシマシについて書いたが、やはりエレファントカシマシを語る上で彼らの2枚目のアルバム「エレファントカシマシⅡ」に言及しないわけにはいかないと思い、前例を破り、エレファントカシマシ第2弾を書くことにした。

「エレファントカシマシⅡ」(1988)は、ボーカル宮本の絶叫と怒声と口笛が炸裂したジャパニーズ・ロック怒涛の名曲「優しい川」が冒頭を飾る。それ以外にも「おはよう こんにちは」や「サラリサラリ」など、彼らのオリジナリティが前作以上に爆発したある意味でとても美しい傑作である。

確かに初めて聴くと、単なる酔っ払いの戯言のような歌に思えるかもしれない。しかし、よーく聴いてみると、その詩世界は宮本の自意識や美意識が赤裸々に語られており、そのあまりに無防備な心情が胸を打つ。
さらに宮本の絶叫と共に、バックもハードさを増した上に抜群にタイトな演奏力をみせ、まさに2枚目にして絶妙なエレカシサウンドを完成させたと言えるのである。

僕はエレカシを聴くといつもZEPを思い出す。ZEPが彼ら独自の音楽世界を確立していった道程が、エレカシと重なるのである。つまり、「エレファントカシマシⅡ」は、ZEPの「Led ZeppelinⅡ」に比すと言いたいのだ。ZEPがブリティッシュフォークロアとブルースとハードロックを融合したようにエレカシは日本の演歌とブルースとハードロックを融合した。ある意味でどんなフォロアーも生み出させない強烈無比のサウンドを確立したという点において、この2つのバンドは僕の中で繋がるのである。
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by onomichi1969 | 2004-12-26 01:25 | 日本のロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ザ・モッズ 『FIGHT OR FLIGHT』(1981) semスキン用のアイコン02

  

2004年 12月 26日

a0035172_111916.jpg ザ・モッズといえば、僕らの世代にとっては、カセットテープのCMで流行った「激しい雨が」やテレビドラマの主題歌となった「バラッドをお前に」が有名である。
そんな彼らのデビュー作である「FIGHT OR FLIGHT」(1981)は、ストレートなロックサウンドをとことん聴かせる名盤だ。やはり注目すべきは、名曲「崩れ落ちる前に」と「Two Punks」の2曲である。森山の艶のある歌声にビートサウンドがタイトにキメまくる。楽曲的にノリがよくメロディも素晴らしい。ブリティッシュビートに影響を受けていると言われるが、だいたいがジャケットからしてクラッシュである。
とはいえ、当時の日本のロックサウンドとしては、かなり聴き応えのあるアルバムであることに間違いないだろう。

まぁ単純にクラッシュのファーストとこのモッズのアルバムを並べてみたかっただけかもしれないw 実のところ。。。
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by onomichi1969 | 2004-12-26 01:13 | 日本のロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 The Clash "The Clash"(1977) semスキン用のアイコン02

  

2004年 12月 26日

a0035172_1161649.jpgロックは、いつの時代も若者文化を象徴しているものである。70年代中期に現われたパンクというムーブメントは、30年近く経った今でもその新鮮さを失っていないように感じる。街中を歩けばジョン・ライドンやシド・ヴィシャスのポスターをよく見かけるし、ファッションにしてもパンク的なものは既に確立したスタイルになっているのではないだろうか。60年代のグループサウンズ的なファッションや80年代後期のヒップホップ的なファッションが既に古めかしい印象が拭えないのに対して、パンクのもつストレートなチープさは今の時代でも多くの共感を得いているような気がする。

パンクを象徴するバンドと言えばやはりSex Pistolsに尽きるが、パンクロックのストレートさ、キャッチーさ、性急さを音楽的に最も体現したのはやはりロンドンパンクの雄たる The Clashであり、彼らのファーストアルバム"The Clash"(1977)だろう。

The Clashの魅力はジョー・ストラマー、ミック・ジョーンズのツインボーカルによる荒々しいコンビネーションとひたすらストレートなロックスピリットにある。また、特にファーストアルバムのUS版では、彼らのその後の傑作、パンクロックからロックへと見事な昇華を果たしたアルバム"London Calling"(1979)で展開することになるポップセンス溢れる楽曲(シングル曲)がいくつか含まれる。最近CMでお馴染みの"I Fought the Law"や"(White Man) In Hammersmith Palais"などだ。彼らがThe Jamとともに今でも多くのロックファンに愛されているのは彼らの音楽的なルーツであるR&Bや60年代のポップロックに対する敬意がストレートに楽曲に反映されているからだろう。そのポップセンスも含めたトゲトゲしさが愛すべきところなのだ。

70年代中期までに拡張し続けたロックはその行き場を失い、パンクというムーブメントによって原点に立ち返った。パンクロックはニューウェイブを生み出し、ジョン・ライドンは「ロックは死んだ」と言った。80年代、90年代、歴史は繰り返しているような気もするが、やはりロックというのはロックでしかありえないと僕は思っている。そのアビリティは常に回帰する方向を見失ってはいけないと思うし、それが若者の、いや僕ら自身の語りえない私語りというアンビバレンツな心情の吐露であり、一種の音楽的な救いでもあるのだから。
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by onomichi1969 | 2004-12-26 01:00 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 20GB仕様のHDDポータブルプレーヤー semスキン用のアイコン02

  

2004年 12月 22日

僕はこれまでTOSHIBAの初代giga-beatを使っていたのだが、さすがに5GBという容量がきつくなってきたのと、電池が消耗してきたのを理由に20GB仕様のHDDポータブルプレーヤーに買い換えた。

巷ではi-podが流行っているようであるが、これまで地道に作成してきたWMAファイルをいまさら無駄にしたくない。結局安さに負けてZenにしてしまった!

Creative「Zen Touch」 安いよ!

でもタッチパッドってやつは使いにくいナ
新しいgiga-beatもいいんだけど、高い。。。

大容量で安くて軽いのが早く出てくれればねぇ。
ただ、Appleで出たとしても、僕はいまさらi-podには戻れないけど。。。

それにしても、最近はCDを買っても、すぐにWMAにしてしまうので、CDをCDプレーヤーで聴くことが全くない。なのでCDは常に新品同様である。なんとなくうれしいような、もったいないような不思議な気分だ。

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by onomichi1969 | 2004-12-22 23:20 | おまけ | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 エレファントカシマシ 『東京の空』(1994) semスキン用のアイコン02

  

2004年 12月 19日

a0035172_0245510.jpg僕がエレファントカシマシを知ったのは、80年代も末、NHKかなんかでやっていた何処かのロック・フェスのライブ映像が初めてだったと思う。ボーカルの宮本のどこか投げやりながら迫力のある歌声とノリの良い楽曲、わりとヘヴィーな演奏がとても印象に残った。
当時の僕はどちらかといえば映画に夢中になっており、音楽への関心が薄れていた時期だったが、流行りのバンドブームの影響もあってか、洋楽に比べ邦楽については以前よりも多く聴くようになっていた。世間的にはジュンスカイウォーカーズやユニコーン、それにイカ天出身のバンドの人気が高かったように思う。
僕がその頃の日本のバンドで好きだったのは、ストリートスライダーズや泉谷しげる&ルーザーなどのロック色の強いギターサウンド中心のバンドだったが、やはりエレファントカシマシもその独特の色合いがひじょうに気になるバンドであった。
初めて彼らのアルバム聴いたのは、3rd「浮世の夢」だったと思う。はっきり言って最初は「なんなんだこれは?演歌か~?」と思ったのも事実である。しかし、他のバンドと一線を画すスタイルにはとても惹かれたし、その独特な音楽性には正直いってちょっと病みつきになりかけた。それから2ndと1stを聴いて、ますますこのバンドが好きになったのである。
いまでも1stアルバム「エレファントカシマシ」はわりとよく聴くアルバムである。彼らの初期の作品の中ではもっともストレートなロックであり、そのスタイルは荒削りであるが、まだ未熟さゆえの激しい鼓動を最も感じることができる作品となっている。とはいえ、「デーデ」や「習わぬ経を読む男」など、日本のロックとしてはかなりの名曲ではないかとも思う。宮本の自意識が赤裸々な詩世界とまだ多少キャッチーな曲調のアンバランスが胸を打つ。彼らの以降の作品に比べればかなり聴き易い曲である。
確かに4nd「生活」あたりから、さすがの僕でもついていけない世界に彼らは行ってしまったようだ。方法論的には理解できるが、このアルバムを聴きとおすのはかなりしんどかったのだ。<正直つらい。。。>
それからしばらく彼らの存在自体を意識することもなく数年経つのであるが、たまたまTVで観た当時の最新シングル「悲しみの果て」のPVで彼らがよりシンプルなロックに立ち返ったことを知り、「あーこれでエレファントカシマシも世間に受け入れられるだろうな」と思ったりしたものである。実際、彼らがドラマの主題歌でもあった「今宵の月のように」によってメジャーシーンで知られるようになったことはとても喜ばしいことだった。

前フリがかなり長くなったが、今回ここで取り上げるアルバムは、彼らの7枚目のアルバム「東京の空」(1994)である。「ココロに花を」「明日に向かって走れ」の前作品にあたり、ちょうどレコード会社を移籍する前の最後の作品でもある。ここでは、いくつかの曲に以後の彼らに特徴的なキャッチーさの萌芽が見られるのと同時に「東京の空」のような実験的かつ完成度の高い、ロックという枠を軽々と超え出るような新たなフィーリング溢れるエレカシサウンドも聴かれる。このようなサウンドを今後も展開していって欲しい気もしたが、次作「ココロに花を」で選択したのはポップでキャッチーな路線の方であった。<それも叶わぬ浮世の夢なのか。。。> とにかく「東京の空」はバランス的にとても聴き易く、なおかつ聴き応えのあるアルバムだ。そして、あえて1曲選べばやはりタイトル曲「東京の空」に尽きる。宮本の声、ヘヴィーなサウンドにかぶる近藤等則のエレキトランペットが絶妙である。ZEPを彷彿とさせるような迫力ある構成、楽曲も素晴らしい。この「東京の空」は、あえて言えば、彼らの最後の仇花的な曲なのかもしれない。

その後、ポップでキャッチーなサウンドを全面的に展開することによってエレファントカシマシは世間的な評価を勝ち得たわけであるが、このバンドにとってそれは良かったことだと僕は思っている。やっぱり売れなければバンドは存続しえないのだ。何かを捨てないと、人は先に進むことはできない。その勇気を持ちえたことを僕は評価したいのだ。

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by onomichi1969 | 2004-12-19 00:27 | 日本のロック | Trackback | Comments(2)

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