Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 カテゴリ:70年代ロック( 89 ) semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 Neil Young & Crazy Horse "Zuma"(1975) semスキン用のアイコン02

  

2010年 02月 02日

a0035172_2145991.jpgニール・ヤングとクレイジーホースの2枚目の共演アルバム。ある意味で、彼らのその後の歴史はこのアルバムによって運命付けられたとも言える名作である。ニールの盟友、ギタリストのフランク・サンペドロが初めて参加したアルバムでもある。

このアルバムの名作たる所以は、その楽曲のラインアップにあると思う。文句無しの名作揃い。まさにハズレ無し。始まりからエンディングまで、全くだれることがない。34分の充実である。
アルバムとしてだれない理由は、名作揃いのラインアップの中にも更にアクセントとなる名作中の名作が絶妙の配列で仕込まれていることによる。2曲目のDanger Birdと8曲目のCortez the Killerがそれである。

Danger Bird は、ベルベット・アンダーグラウンドのルー・リードが 「心が痛むほど美しいギター・プレイ」 と絶賛したと言われている。ゆったりとした中に哀調のギターサウンドを聴かせる。いつまでも聴いていたい気持ちになる。
Cortez the Killerは、アステカ王国を滅ぼしたスペインの侵略者コルテスを歌った曲。 この曲もギターサウンドを実に味わい深く、じっくりと聴かせる名演である。1991年のライブアルバム”Weld”では10分近い演奏も聴けるが、ここでの演奏は最後のフェイドアウトがなんとなく哀しい。

あと、カントリー調のロックサウンドDon't Cry No Tearsや枯れた味わいのPardon My Heart 、重厚かつポップな味わいのあるStupid Girlもよい。全てよい。

このアルバムによって、ニールとクレイジーホースは彼らのスタイルを確立し、70年代後半のライブ”Rust Never Sleeps ”(1979)や”Live Rust”(1979)というライブバンドとしての成果に結実していくことになる。
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by onomichi1969 | 2010-02-02 22:17 | 70年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Neil Young & Crazy Horse "Live Rust"(1979) semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 16日

a0035172_17551916.jpg70年代を締めくくるベスト オブ ライブアルバムのひとつ。
70年代のライブアルバムと言えば、Joe Cooker “Mad Dogs & Englishmen”(1970)、The Who “Live at Leeds”(1970)、Donny Hathaway “Live”(1971)、J. Geils Band “Full House”(1972)The Band “Rock of Ages”(1972)Humble Pie “In Concert”(1973)KISS “Alive!”(1975)Thin Lizzy “Live and Dangerous”(1978)などなど。スワンプから、ロックンロール、ニューソウル、ハードロックまで、様々なジャンルの傑作があるけど、70年代を代表するシンガーソングライター&ロッカー、ニール・ヤングの傑作ライブ”Live Rust”(1979)も忘れてはならない。本作は、彼の、そして70年代ロックの代表作と言ってもいいだろう。

”Live Rust”は、当時のアナログ2枚組みで、ニールのソロ作品を中心としたA-Bサイドと、クレイジーホース作品を中心としたC-Dサイドという構成となっている。ニールのソロはAサイドがアコースティックバージョンで、のびのびとした透明感溢れるボーカルとアコースティックギター、ハープ、ピアノによるシンプルなサウンドが瑞々しい。観客のさざめきの中でニール独特の抒情性がライブ空間を支配する。Comes a TimeとAfter the Gold Rushが出色。Bサイドはクレイジーホースを従えたバンドサウンドで、こちらのバージョンも荒々しくスピード感があって素晴らしい演奏。名曲When You Dance You Can Really LoveやLotta Loveもオリジナルと違った聴き応えがある。
もちろん、クレイジーホース作品もさらにいい。Cortez the KillerやCinnamon Girl、Like a Hurricaneなど、クレイジーホースのハードな名曲が並ぶラインアップは最高の選曲だろう。そして、迫力のバンドサウンドである。唸るギターアンサンブルと息のあったコーラスはクレイジーホース独特のグルーブを生み出し、その生の息遣いが観客と一体となってライブ特有の臨場感はぐんと盛り上がる。楽器の音がよく響き、声、息遣い、そして歓声が一体となった最高のライブ空間。静けさの中に演奏が響く前半から、ハードな演奏が爆裂する後半へと、アルバムの流れは一気に盛り上がっていくのだ。彼らの演奏はよく「鬼気迫る」って言われるけど、まさにこの言葉がぴったりだと思う。

このアルバムは一粒で2度おいしいともいえるベストオブベスト的な作品だけど、実は、ソロで2枚組、クレイジーホースで2枚組でもよかったとも思える。たとえ4枚組でも十分に聴かせるだけの力を感じる。

ニール・ヤング、そしてクレイジー・ホースのオリジナル作品には傑作が多いが、このライブアルバムも外せない1枚だろう。ニール・ヤングという繊細かつハードな個性を十分に味わえる、彼の魅力が満載された傑作であると同時に、最高のライブ空間を最良の形でパッケージしたアルバムとしても"Live Rust"は稀有の作品なのだと思う。
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by onomichi1969 | 2010-01-16 18:02 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Tom Waits "Small Change"(1976) semスキン用のアイコン02

  

2009年 12月 20日

a0035172_2303275.jpgこの間、たまたまテレビを観ていたら、トム・ウェイツの"Tom Traubert's Blues"が流れてきて、何だと思ったら、山崎豊子ドラマのエンディングテーマだった。少しびっくりした。ただ、これで、トム・ウェイツの曲もカラオケで歌えるかなぁと思ったりして。(これ大事!)

トム・ウェイツについては、80年代のバラエティに富んだ名作"Rain Dogs"(1985)を中心としたレビューを以前書いた。今回は、70年代のトム・ウェイツ。初期2作からのちょっとした転換期となった作品であり、上述の"Tom Traubert's Blues"をオープニングに据えたことで有名な"Small Change"(1976)について簡単に紹介したいと思う。

トム・ウェイツと言えば、やはり初期2作。"Closing Time"(1973)、"The Heart of Saturday Night"(1974)が最も人気のある作品だろう。
彼の若々しい濁声は情感溢れるメロディに映える。都会の片隅のバーで弾き語る。土曜の夜も更けゆく、閉店間際、彼の声は夜の帳に身に沁みる、そして響きは暖かさを感じさせる。曲も素晴らしい。イーグルスのカバーで有名な"Ol' 55"や"Grapefuits Moon"、"San Diego Serenade"など、彼の代表曲は既に多くのミュージシャンに愛されるスタンダードナンバーと言ってもいいだろう。

そして、1976年、初期2作の叙情から洗練さへとイメージを変化させた作品、スモールチェンジという題名で発表されたアルバムの冒頭を飾るのが"Tom Traubert's Blues"である。この曲は、「多くのファンがもっともウェイツらしいと思う曲」であり、また「時代を越えた名曲」であると評される。(Wikipediaより) 確かに、彼のこれまでの抒情的バラードを踏襲する曲調でありつつ、アレンジを含めて、楽曲としての重厚感を増した分、心に残る。そして、彼の声。トム・ウェイツの声は、アルバムの冒頭のこの曲で一気にしわがれる。(唐突に老成する)

"Tom Traubert's Blues"は、サビの部分でオーストラリアのトラディショナルソング「ワルツィング・マチルダ」の一節を引用している。ワルツィングは舞曲のワルツとは関係なく、当てもなくさまよい歩くという意味で、マチルダというのは放浪者が持ち歩くズダ袋(愛称マチルダ)のことだそうな。マチルダは食料や必需品を入れる袋でもあり、枕でもあり、要は彼の全て(の財産そのもの)だったという。

彼は歌う。

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Wasted and wounded, it ain't what the moon did
I've got what I paid for now
see ya tomorrow, hey Frank, can I borrow
a couple of bucks from you, to go
Waltzing Matilda, waltzing Matilda, you'll go waltzing
Matilda with me

役立たずで、傷ついている、それは月の仕業ではなく
俺は代償を得ただけだ
また明日だ、やぁフランク、俺に2-3ドル貸してくれないか
ワルツィング・マチルダ、ワルツィング・マチルダ
お前が俺と一緒にくるのさ、ワルツィング・マチルダ

(中略)

and you can ask any sailor, and the keys from the jailor
and the old men in wheelchairs know
that Matilda's the defendant, she killed about a hundred
and she follows wherever you may go
waltzing Matilda, waltzing Matilda, you'll go waltzing
Matilda with me

お前はどんな船乗りに聞くこともできる、牢獄の鍵
車椅子の爺さんは知ってるさ
マチルダが被告人で、彼女が100人ばかりを殺したことを
彼女はお前が行く所に付いて来る
ワルツィング・マチルダ、ワルツィング・マチルダ
お前が俺と一緒にくるのさ、ワルツィング・マチルダ

and it's a battered old suitcase to a hotel someplace
and a wound that will never heal
no prima donna, the perfume is on
an old shirt that is stained with blood and whiskey
and goodnight to the street sweepers
the night watchman flame keepers
and goodnight to Matilda too

ボロボロの古いスーツケースはホテルか何処かに
癒えることのない傷があり
プリマドンナではないが、
血やウィスキーが染込んだ古いシャツに香水を
街の清掃屋におやすみ
彼らは夜の警備員であり、伝統の継承者
そして、マチルダにもおやすみを、、、

-------------------

細かい歌詞の意味合いはよく分からないけど、
ここにはこれまでの都会の片隅といったような目に浮かぶ情景とは違う、物語的な世界がある。
フランクが登場し、過去や幻想と現実が交錯する。
彼は旅に出る。薄汚れたシャツとスーツケースと共に。
彼の全てであるマチルダに、「おやすみ」をつぶやく。

彼の80年代を彩る物語の萌芽こそがこの曲だろうか。

アルバム"Small Change"は全体としてジャジーな色合いが濃くなっている、と同時に"I wish I was in New Orleans"や"Bad Liver & Broken Heart"のような抒情溢れるバラードもあり、"The Piano Has Been Drinking"のような少しくだけた曲、"Invitation to the Blues"や"I can't wait to Get off Work"のスタンダードっぽい曲もある。前2作と以降(70年代後半から80年代初期の"One from the Heart"まで)の色彩が程よく交じり合っている。まさにSmall Changeな味わいであり、その移行期独特のバラエティがこのアルバムを聴き応えあるものにしていると感じる。

トム・ウェイツはその後80年代に大きな変化を迎えることになる。
その彼の変化の由来こそはこのアルバムにあるのかもしれない。彼が求めたものがある種の幻想であり、物語性であったことは確かであろう。そこには最初から意味性は剥奪されていた。(それはズダ袋の中に捨てられて) 失われた意味から紡ぐ物語。それこそが80年代以降のアイロニーとしてのフランクの物語であり、トム・ウェイツという演者そのものであったのだろう。
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by onomichi1969 | 2009-12-20 00:38 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Bob Dylan "The Basement Tapes"(1975) semスキン用のアイコン02

  

2009年 11月 24日

a0035172_04028.jpg泣ける歌を「泣き歌」という、らしい。
最近、年をとって涙腺がゆるんだのか分からないけど、どうも涙もろくなってきたような気がする。
先日もある歌を聴いていたら、何となくジーンときて、涙があふれそうになった。

その歌は、'Ain't No More Cane'
The Bandの演奏である。

原曲は、トラディッショナルソングで、古くからのprison worker's songらしい。Bob Dylan "The Basement Tapes"(1975)に収録されている。The Bandの4人のボーカリストが順番にうたいつなぐ。最初がリヴォン。2番目がロビー・ロバートソンの珍しいソロ。3番目がリックで、4番目がリチャードだ。泣きどころは、、、各自のソロとコーラス、、、やっぱり全部かなぁ。

彼らの声は、それぞれにイメージを喚起させる。リチャードは、頑丈な作りの古い農家。リックは、甘えつつ、抗う、アンビバレンツで子供のようなエキセントリックさ。リチャードは、痛みと闇、魂の芯、零れ落ちる純粋さ、外見は薄汚れた天使。彼らの織り成すコーラスは、声とイメージが僕らの記憶とない交ぜとなって重複され、その響きは倍音となる。人種や世代を超えた原型という郷愁の響き。それは確実に僕らの琴線を揺らす。

'Ain't No More Cane'は、The Bandのコーラスの魅力と、リヴォンのマンドリン-スタイルの音が楽しい名曲である。決して悲しい曲調ではないけど、何故か泣ける。僕の中では、彼らのNo.1ソングである。



ライブバージョン@Woodstock'69も渋い。

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by onomichi1969 | 2009-11-24 00:51 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 The Band "The Band"(1969) semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 28日

ローリングストーン誌(日本版)の2月号に"100 Greatest Singers of All Time"という特集があって、ふむふむと思って見てみると、1位がアレサ・フランクリン!2位がレイ・チャールズで、以下は次のような順位だった。

3位 エルヴィス・プレスリー
4位 サム・クック
5位 ジョン・レノン
6位 マーヴィン・ゲイ
7位 ボブ・ディラン
8位 オーティス・レディング
9位 スティーヴィー・ワンダー
10位 ジェイムズ・ブラウン

至極妥当な順位だと思う。特にアレサの1位は納得で、僕が選んでも彼女のトップ3は外せないだろう。さすがローリングストーン誌である。

順位が下がってくると、日本ではあまり馴染みがない人も入っていたりして、このあたりにオールド・アメリカンっぽい選定の特徴が見られる。そして、91位にいましたよ。リヴォン・ヘルムが。

残念ながら、ザ・バンドからはリヴォンのみのエントリーだったけど、僕がトップ10を選ぶなら、リチャード・マニュエルとリック・ダンコは必ず入れるだろう。僕の中でリヴォンは3番手なんだな。でも、リヴォンを推薦している以下の文章にはすこしグッときた。

リチャード・マニュエルの声は、痛みと闇を感じさせるところがいい。リック・ダンコも声に濃い影とエキセントリックさがある。そのなかで、リヴォンの声は頑丈な作りの古い農家のようだ。農地の真ん中に長年立って、雨風や嵐、豪雪にもびくともしない。 ジム・ジェイムス(マイ・モーニング・ジャケット)
というわけで、久々の音楽レビューは、ザ・バンドである。
ザ・バンドのレビューとしては、これまでライブアルバムの傑作"Rock of Ages [Deluxe Edition]"(1972)"Moondog Matinee"(1973)を紹介してきた(あと、リチャードのソロライブ、Richard Manuel "Live at the Getaway"(1985) や雑誌関連でUNCUTの記事の紹介も有りです)が、やはり彼らの傑作と言えば、初期の2作と"Northern Lights-Southern Cross"(1975)になるだろう。その中で、今日はたまたま手にとった"The Band"(1969)を紹介してみたい。

a0035172_22372886.jpgこのアルバムは彼らの最も重要な作品に挙げられることが多いが、その理由はアルバムがコンセプチュアルであるということ、尚且つ、曲自体も優れていて、彼らの名曲と言われる作品が揃っているという点にあろう。ハーモニーだけなら1作目が傑出しているが、このアルバムにはザ・バンドの音楽を象徴する物語性(精神性、存在そのものから醸し出される雰囲気といったようなもの)があり、それ故に、以後のアルバムを含めて彼らを代表する作品となったと思える。
このアルバムがあまりにもに完璧であるが故に3作目以降が見劣りすると言われているが、僕は3作目"Stage Fright"(1970)も好きだし、曲のラインアップだけみれば、3作目以降も名曲揃いである。
しかし、"The Band"(1969)は特別なのである。なんというか、そこにはザ・バンドという偉大なる物語性があり、それこそが作品の存在感となり、他を寄せ付けない風格となっていると感じる。(そういう意味でジャケットも素晴らしい)

リチャード・マニュエルの搾り出すような独白から始まる冒頭のAcross the Great Divideに始まり、リヴォンの力強い歌声が響くRag Mama Rag、リヴォンの実直な歌声にリックの影のある声が絡むThe Night They Drove Old Dixie Down。そしてリックのソロでWhen You Awakeに、リヴォンの代表曲でもあるUp on Cripple Creek、リチャードの名曲Whispering Pinesが続く。Whispering Pinesはリチャードのファルセットが切ないバラードの傑作だけど、この曲のリヴォンのハーモニーも素晴らしい。本当に泣けてくる。
そして、リヴォン&リックのJemima Surrenderに、リチャード&リックのRock'n' Chair、リックのLook Out Clevelandに、リチャードのJawbone、リックの名曲The Unfaithful Servantに、最後を飾るのは、リチャードのジャジーな佳作King Harvest (Has Surely Come)である。

ボーカルにスポットを当ててみたが、こうやって曲を追っていくだけで、如何にこのアルバムが絶妙で、隙がなく、完璧であるかを再認識させられる。そして、3人のボーカリストの中で、特にこのアルバムに関して言えば、やはりリヴォンの活躍が光る。僕の中では3番手だけど、やっぱり彼こそはザ・バンドの実直さの象徴であり、屋台骨なんだな。彼らの歌声そのものが北アメリカの歴史や風土を象徴しており、それが作品の物語性を生み出しているとも思える。もちろん、作品自体のコンセプトも旧き良きアメリカ/フロンティア精神を象徴するものであり、そういった完成度も高い。

1作目から受け継ぐハーモニーと物語性、そして、楽曲中心の色の強い以後のアルバムのスタイルが本作で絶妙に融合したことにより、この時期だけの特別なアルバムになったとも思える。
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by onomichi1969 | 2009-01-28 21:44 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 STYX "Cornerstone"(1979) semスキン用のアイコン02

  

2008年 11月 15日

a0035172_125381.jpgプログレ・ハードの流れでもうひとつ、、、と言えば、あとはこのジャンルの本質的な元祖となるSTYXだろう。
そのSTYXの最高傑作と言えば、80年代ロック黎明期の代表作であると共に、70年代ロックの終焉を象徴する金字塔的なアルバム"Paradise Theater"(1981)ということになるか。それについては以前にレビューしたので、今回は、その前章ともいうべき名作"Cornerstone"(1979)を取り上げたい。

STYXは、70年代初頭、プログレ・バンドとしてスタートし、独特の構成力から長大な曲を得意としていたが、徐々にポップ色を取り入れて、シングルヒットを獲得しつつ、いわゆるプログレ・ハード的な音楽を確立する。その達成はボストンやカンサスに先立つと言われている。
STYXのポップ路線はデニス・デ・ヤングの主導によるものであるが、ある意味で転機となったのはトミー・ショウの加入と言われる。トミー・ショウがその存在を印象付けたのは、"Pieces of Eight"(1978)からだろう。このアルバムはプログレ風のコンセプチュアルな要素を取り入れながら、ポップでロックでフォーキーなトミーの曲が出色であった。
そして、その流れもあってか、次作"Cornerstone"(1979)では、いきなりトミーの曲 Lights がトップを飾り、アルバムの中でも彼の曲が4曲を占めることになるのであるが、このアルバムから全米No.1になったのはデニスの超ポップ・バラード Babeであった。前作ではプログレ風な楽曲に拘ったデニスであったが、トミーに対抗するが故に彼自身がすっかりポップ路線に嵌ってしまったわけだ。まさに彼のスペーシーでポップの味わいはこのアルバムにこそ極まっているといっていい。プログレ・ハードという括りでありながら、このアルバムは、デニスとトミーのポップ対決とでも言うべ様相をみせる。デニスはBabeとFirst time。対するトミーにはLightsとLove in the Midnightである。
ここで勝利したのはおそらくデニスである。故に次作として、コンセプチュアル且つポップでスペーシーな傑作"Paradise Theater"(1981)が生まれるに至る。デニスはトミーの影響を最大限に受けながら、その要素を自らに取り込み、彼自身の80年代サウンドを確立したのだ。ちなみにトミーの曲はこのコンセプチュアル・アルバムの中で2曲のみとなる。

STYXは、プログレっぽい構成力をポップに表現できるところが最大の魅力である。ディテールよりもコンセプト。技術よりも構成力である。それは結局のところ、デニス・デ・ヤングという個性に集約されていく。特に"Paradise Theater"は、トミーのポップさやジェームズ・ヤングのハードサウンドが脇を固める中で最も光るのはデニス・デ・ヤングという主旋律で、いわゆる三頭体制が三位一体となった瞬間だったのである。
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by onomichi1969 | 2008-11-15 01:03 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Kansas "Point of Know Return"(1977) semスキン用のアイコン02

  

2008年 11月 10日

a0035172_144244.jpg70年代中期のボストンの登場とほぼ時期を同じくしてアメリカン・プログレ・ハードの隆盛に一役買ったのがカンサスである。カンサスとボストンは同じく地名を冠したバンドということもあって、この2つのバンドは並び評されることが多いが、音楽的言えばカンサスの方がいわゆるイギリス系のプログレッシブ・ロックに近い。ポップでハード一辺倒のボストンと違い、ロックのシンフォニーとでも言うべき壮大さとある種のキャッチーさ共存しており、プログレとハードロックが融合しつつ、微妙にポップな演奏も聴かせる。Dust In The Wind(すべては風の中に)などのミニマルなヒット曲があるのも特徴である。ある意味でアメリカン・プログレ・ハードという名称はカンサスにこそふさわしいかもしれない。

メンバーにバイオリンを含むのもこのバンドならではの構成と言える。それもバイオリンをストリングス的に用いるのではなく、ギターやキーボードと同じようにあくまで主旋律でフューチャーされる。2人のギター、2人のキーボード、そしてバイオリンのアンサンブルである。プログレ風の構成力とアンサンブル。そこにハードロック的な味わいが加わる。

アルバムとしては、"Point of Know Return"(1977)『暗黒への曳航』が代表作となろうか。表題曲はプログレとハードポップを融合したようなキャッチー且つ壮大な名曲。そして大ヒットしたDust In The WindやNobody's Homeがポップな色合いを担う。

カンサスというのはある意味で中途半端なバンドだったかもしれない。故に他のプログレ・ハードと呼ばれるバンド、ジャーニーやSTYX、ボストンのように80年代にブレークする産業ロック的な流れには完全に乗りそこなったといえる。カンサスはある意味で典型的な70年代のバンドであり、そのスタイルに固執するが故に時代を超えることができなかったのだと思う。良くも悪くも。。
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by onomichi1969 | 2008-11-10 02:24 | 70年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Boston "Boston"(1976) semスキン用のアイコン02

  

2008年 11月 02日

a0035172_1017828.jpg80年代ロックの潮流を作ったのが70年代中期に興ったロックの大衆化と呼ばれるムーブメントであるという。そのムーブメントの破壊的な遂行者がパンク・バンドであったわけだが、より穏便でポピュラリティの側からの変革者として代表格に挙げられるのが、ブルース・スプリングスティーンの『明日なき暴走』であり、ボズ・スキャッグスの『シルク・ディグリーズ』であり、ピーター・フランプトンの『カムズ・アライブ』、キッスの『地獄の軍団』、そしてボストンの『幻想飛行』だったりするわけだ。これらのアルバムはアメリカンロックのひとつのターニングポイントとして、70年代の記念碑的なアルバムと捉えられる。
70年代以降に志向されたハードロックの難解化、様式化という流れ、肥大化したプログレッシブ・ロック、内省化したフォーク&カントリーというジャンルに強烈なストレートパンチをかましたのがボストンの『幻想飛行』(Boston "Boston"(1976))だったといえる。このアルバムの登場は、ポピュラリティから乖離したプログレを瓦解させ、その後の産業ロックという流れの先駆けとなると共に、70年代的なロックをひと括りにして葬り去るだけのストレートでポップな威力を持っていたのである。ボストンの音楽はプログレやハードロックというジャンルに囚われない、ポップという志向をハードというファンクションをもって横断することにより、膠着化したジャンルから軽やかに逸脱したロックであった。ボストンの音楽はその登場と共に新しいアメリカン・ロックの流れを形成し、スティクス、ジャーニー、TOTO、エイジアというフォローアーを生み出す。それはすぐにプログレハードとか、産業ロックとかいうレッテルを貼られて、ひとつのジャンルとして改めて括られることになる。このようにして80年代のロックは定型化していくのであるが、そもそも80年代はサブカルチャーが大衆化し、浸透すると共に、改めて定型化した時代なのだ。

さて、ボストンの『幻想飛行』である。僕は以前、"Don't Look Back"(1978)をレビューした時に『幻想飛行』についても少し触れたので、ここでは敢えて繰り返さないが、とにかくアルバムとして楽曲、構成のクオリティが高く、ポップセンスが本質的であるが故に現代からみても全く古びない素晴らしい作品だといえる。このアルバムは今でも売れ続けていて、アメリカだけでも1700万枚のセールスを記録しており、(発売当時は100万枚である) アメリカンロックの歴史的名盤といっていいだろう。

『幻想飛行』という題名は、おそらく1stチューンの"More Than Feeling"(『宇宙の彼方へ』)の別名であり、曲そのもののイメージを敷衍することによって付けられたものであろう。その題名通りに、このアルバムにはロックが目指すべき幻想がとてもわかりやすい物語とメロディによって提示されている。それはシンプルに僕らの情動に響く、それこそがポップの本質的な味わいであり、彼らのサウンドなのである。

2ndアルバム"Don't Look Back"(1978)、3rdアルバム"Third Stage"(1986)、4thアルバム"Walk On"(1994)も同様に素晴らしい。そして一貫している。76年に生み出されたアメリカン・プログレ・ハードで産業ロックなボストン・サウンドが20年の年月を超えて一貫しているところが、このバンドのまたすごいところである。おそらく、90年代以降にボストンの奏でるポップ・サウンドが現代の若者達にどれほど響くものなのかは分からないが、一貫しているが故にその音楽は時代の波間に突如として顔を出す可能性もある。作品の質は孤高で、その音楽は堂々と聳えているのである。
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by onomichi1969 | 2008-11-02 10:29 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Pink Floyd "The Wall" 『ザ・ウォール』(1979) semスキン用のアイコン02

  

2008年 05月 03日

a0035172_1515660.jpg久々に洋楽レビュー再開します!

ピンク・フロイドの2枚組大作"The Wall" 『ザ・ウォール』(1979)は、全世界で史上最も売れた2枚組アルバムである。全米だけで2300万枚(2枚組みはカウントが倍なので実際は1150万枚)の売り上げというからすごいことで、このアルバムがこれだけのポピュラリティを獲得しているという事実は僕等日本人にとってにわかに信じがたいといえようか。確かにシングルカットされた「Another Brick in the Wall, Pt. 2」が全米No.1ヒットしたことも大きい要素ではあるけど、ポップミュージックから遠く離れた、プログレ最後の砦たるこの難解な作品がここまで売れ線になるとはとても不思議に思えるのである。
実際のところ、ピンク・フロイドは70年代後半にファンドの失敗により多額の借金を抱え、その為に売れ筋のアルバムを製作することを余儀なくされていたという。華々しいプロモーション、大掛かりなライブステージ、映画とのタイアップ等、多大な費用の対価として、その成功は必然だったのかもしれないけど。

ピンク・フロイドにとっては、ロジャー・ウォーターズが完全に指揮した最後のコンセプト・アルバムとなる。作品のテーマはその名の通り「壁」である。社会や自己の間を不断に横断する様々な「壁」である。東西社会を2分する壁、人と社会との障壁、人と人とを隔てる壁、心の壁。作品はピンクという主人公の心理描写を通して語られる幾多の「壁」の物語として綴られる。
前々作の”Wish You Were Here”『炎』(1975)は、「Shine on You Crazy Diamond」という長い曲をモチーフにしたアルバム全体でひとつの作品とのイメージがあるのに比べて、『ザ・ウォール』はアルバムとしては2枚組の大作だが、比較的短い曲の組み合わせによって構成されており、まるで10年前のThe Whoのロックオペラ”Tommy”(1969)を彷彿とさせる。
楽曲自体はギターを中心としたスタンダードなロックサウンドである。”The Dark Side Of The Moon”『狂気』(1973)までの幻想的且つ壮大なハーモニーは完全に影を潜め、『炎』(1975)の楽曲的流れを受け継ぐ、ロジャー・ウォーターズ的な硬質なギター・オーケストレーションが特徴的である。

そのサウンドは来る80年代を底辺の部分で予感させるものであった。80年代をポップの時代と称するならば、ピンク・フロイドはその対極に位置すべきバンドであったはずである。
ピンク・フロイドの70年代の作品はその壮大な音楽、物語(円環性)とその内部に於ける連続性にこそ特徴があった。その中で大作「エコーズ」があり、「アス・アンド・ゼム」~「狂気日食」があり、「Shine on You Crazy Diamond」があった。その不断性の追求にこそ70年代のラディカリズムの本質があったのである。そう考えれば、『ザ・ウォール』はその視点を180度転換したと言わざるをえない。これまで彼らの音楽の円環性を構成した壁が、ここでは物語を突き崩す「断絶」の象徴となっているからである。「壁」による「連続」が「断絶」となったのである。

1989年、東西ドイツを隔てていたベルリンの壁が崩壊する。壁の崩壊の直接的原因となったのは、知られているようにハンガリーで起こったピクニック事件であるが、そこで東ドイツからの多数の亡命者が国外に流れたことをメディアがセンセーショナルに伝えたことにより、僕らは東ドイツという国が民主化という大きな流れの中にあることを知った。その時点で既にベルリンの壁はその意味を失っていたのである。
東ドイツはまさに内側から崩壊する。人々は西側から堰を切ったように流れ出した情報によって資本主義及び社会主義の実態を知り、そして自らの民主化を切望したのである。その希求が大きなムーブメントとなって、ベルリンの壁を崩壊させる。それは大きな「壁」の崩壊であり、言わば西側の資本主義消費文化(ポップ)の勝利であった。フランシス・フクヤマは当時それを「歴史の終わり」(マルクス-レーニン主義的唯物論の敗北、資本主義の勝利)と称した。(が、現在の歴史認識では、「歴史の終わり(という精神)の終わり」というのが正しい)

さて、世界は、リアルにもバーチャルにも大きな「壁」がなくなり、フラット化されつつあると言われる。大きな物語、プログレッシブ・ロックが70年代に目指した壮大な円環はそれを支持したはずの大衆によって叩き壊され、細切れにされ、その地平において「新しい波」と呼ばれるポップミュージックが構築された。80年代はそこから始まったのである。人々の狂気は目に見える実体から、無意識下への象徴へと潜行し、有害な病原体がワクチンとして希釈化、無毒化されて安全にコントロールされた薬として人々に接種されるように、世の中に浸透し偏在化していったのである。(但し、無毒化する為に用いられたのはホルマリンという毒だった、無毒化された病原体と共に微少な毒としてのホルマリンが潜在する、、、) 80年代のポップミュージックはマクドナルドと共に消費文化の代名詞のように世界中へと拡散し、人々の心を捉えたのである。それが社会をフラット化させ、実質的にベルリンの壁を崩壊させたと言っても過言ではない。

ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』は、彼らなりの円環性の否定であり、「狂気」の潜行であり、「断絶」の表現だった。それは予想以上のポピュラリティを獲得することに成功した。彼らは彼らなりのポップを目指したわけだ。しかし、残念ながら彼らはその先に下りることはできなかった。デビッド・ボウイがそうしたようには彼らはその断絶の先、フラットな世界を受け入れることができなかった。何故なら、彼らは本質的にはポップを捉えながらも、やはり自らのラディカリズムを手放さなかったからである。彼らはプログレッシブ・ロックという枠の中を円環しつつ、その周囲の壁(自らの壁)が外圧によって自壊するのを受け入れながらも、結局のところ、その中にとどまることを自ら選択するのである。そして、彼はアルバムの最初と最後にこうつぶやく。

「Isn't this where we came in ? (ここはぼくらが入って来た所じゃないのか?)」

ピンク・フロイドはこのアルバムを最後に内側から分裂する。東ドイツと同じように。。

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Pink Floyd "Meddle"のレビューは、こちら
Pink Floyd "Dark Side of the Moon"(1973)のレビューは、こちら
Pink Floyd or Badfingers "Wish You Were Here"のレビューは、こちら
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by onomichi1969 | 2008-05-03 15:46 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Eric Clapton "No Reason To Cry"(1976) semスキン用のアイコン02

  

2008年 02月 25日

a0035172_1263772.jpg70年代のクラプトンのアルバムはそれぞれに特色のある傑作であるが、個人的な趣味で言うと4th "No Reason To Cry"(1976)がお気に入りである。
なんといってもザ・バンドのリチャード・マニュエルとリック・ダンコの曲をクラプトンが演奏して歌うというのがたまらない。特にダンコとの共作、05 All Our Past Timesはもろザ・バンド風のサウンドでダンコとのデュエットもぴったりはまる。
あと、ディランとロビー・ロバートソンとの共演03 Sign Languageもいい。マーシー・レヴィのボーカル曲08 Innocent Times、09 Hungryや青々しいブルース曲07 Double Trouble、そして美しいバラード10 Black Summer Rainもこの作品のバラエティに花を添える。

クリーム、ブライド・フェイスを経て、クラプトンがその音楽的志向を変遷させていく過程が彼の70年代であった。ファーストがディレイニー・ブラムレットのプロデュースしたバリバリのスワンプ系1st”Eric Clapton”(1970)で、それをロックバンドのスタイルに発展したのがデレク・アンド・ドミノスである。その後、ドラッグの後遺症で一時期活動が危ぶまれたが、レゲエを取り入れたリハビリ的なアルバム2nd”461 Ocean Boulevard”(1974)でシングルが全米No.1を達成したこともあって、この作品が彼の当時の音楽的志向である「レイド・バック」という方向性を決定づけるアルバムとなる。この作品は彼のもう一つの代名詞をタイトルにした5th”Slow Hand”(1977)と共にクラプトンのソロとしては最も評価が高い。
レゲエ風の続編的な3rdを経て、いよいよクラプトンが本腰を入れてトラディッショナル・ロックンロールに取り組んだのが本作"No Reason To Cry"(1976)であると言うのが僕の見立てだ。これはクラプトンが60年代後半にザ・バンドの”Music From Big Pink”(1968)の登場によって自らの音楽観に強い影響を受けてから、彼にとっての10年越しの取り組みであり、その共演者として選ばれたのがザ・バンドとボブ・ディランであるのは当然の音楽的帰結であったわけだ。作品全体からクラプトンのトラディッショナル・ロックンロールへの愛着と憧憬が感じられる、それは共演者達の力を得て実に味わい深く、そして微笑ましい。

その雰囲気は、ザ・バンドのラストライブを収めた”The Last Waltz”(1978)にも再現されている。ロックが演奏者をして最もロックらしく楽しめた時代。その時代の雰囲気を最も体現した作品としてもクラプトンの4th"No Reason To Cry"(1976)は評価できるのではないかと僕は思う。
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by onomichi1969 | 2008-02-25 01:33 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

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