Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 日本古代史を科学する semスキン用のアイコン02

  

2012年 07月 01日

a0035172_1229032.jpg序章【二十一世紀の科学】には感銘を受けた。
世界は、複雑系の科学によってしか解明できない。ニュートン力学のような線形物理学のみでは、もはや世界を明らかにすることはできず、科学は、物理学的な曖昧さや確率論、非線形現象や離散系を受け入れなければならない。結局のところ、初期条件のみでは運動は確定せず、近似や補正なくして、科学は何も決定できないことが科学的に証明されているのである。(ラプラスの悪魔も現代では発狂死してしまうだろう)

科学的アプローチとは何か? 僕自身、エンジニアであり、設計者であることもあり、日頃からそういうことは意識せざるを得ない。科学的アプローチのひとつにリスクアセスメントという手法がある。リスクを点数化するこの方法にとって、前提条件というのはとても重要な事項となる。設計者にとっての設計条件も同様である。設計条件、前提条件をどこから引っ張ってくるのか? 公的な推奨値なのか、テストデータなのか、実績値なのか、安全率はどのくらい見込むのか?

最近、科学の限界故に、その根拠が信用できず、前提の中に絶対的な国民感情とも言うべき非科学性を入れるべきだとする論説がある。実は、そんなことは科学の世界で珍しいことではない。それは往々にして、実際に起きた事故の影響によって付け加えられる。事故が起こり、その後の訴訟等の影響も鑑みて決められた条項、科学者が手を出せない政治的な領域というものはどの分野にもある。(科学的根拠やビジネスを超えて)

それはそれとして、僕らエンジニアは科学的アプローチを手放して前に進むことができないが、アプローチとして適用する科学は、多くの場合、いまだに線形物理学を基本せざるを得ない。現象の複雑系故のばらつきや不確かさを近似し、単純化すること、そして、前提条件を決定する。前提となる公理、公準とそこから導き出される定理、公式から理論を構築し、実証していくというプロセスがあり、前提条件を間違えてしまうと、結果は全て台無しになってしまう。それが数値や安全率の話ならまだいいが、方向性を間違えれば、それは全く取り返しがつかないことになる。前提条件の決定こそは大いなるリスクなのだ。(エンジニアリングの世界でもフロントエンドが最も重要と言いますな)

いささか大げさな話になってしまったが、、、
実は今回取り上げる『日本古代史を科学する』は、邪馬台国の位置や大和朝廷との関連性を科学的に明らかにする試みなのだが、その前提条件が『魏志倭人伝』への絶対的な忠実性なのである。当時の先進国である中国王朝の史書に間違いはない、に違いないという前提。。。これって、そもそも間違っていませんか? (序章はすごく良かったのに。。。)

最近、古代史ブームなのか、同様の本がいくつか新たに出版されている。
八幡和郎著『本当は謎がない「古代史」』、森浩一著『倭人伝を読みなおす』とか。(何故か最近の新書ではどれも邪馬台国九州説!) 松本清張の古代史シリーズでも書いてあったけど、魏志倭人伝の全ての記載を信じることはナンセンスである。どの部分が正しくて、どの部分がいい加減か、それを見極めることが大事であると。倭人伝の記述を中央官史の(お気楽)出張報告とみれば、邪馬台国に到達するまでに掛かった日数は大いに怪しい(滞在旅程を移動日程に付け替えたり、旅程などそもそもクソまじめに報告する必要性などない)と考えるのが妥当だろう。つまり、邪馬台国の位置を倭人伝に記載された陸行や水行の日数で大真面目に推し量るというのはナンセンスである。

それに対し、信用できそうな(虚偽が許されない)のが、方角、現地での習俗や戸数の記載など。
そういったもろもろのことを合理的に考えれば、自ずと邪馬台国が何処にあるのかは決まってくるだろう。倭人伝に記載されている邪馬台国の人々の姿は明らかに南方系(江南地方系)である。邪馬台国には当時、7万余戸の家があったとされ、4人/戸とすれば、20万強の人々が暮らしていたことになる。その周辺(北部)にも多くの国が隣接しており、それだけ多くの人々が安心して共存できる(広く豊かで交通の便がよい)土地は何処にあったのか? 常識的に考えて、そういった場所というのは自ずと決まってくる。

本書の著者は、邪馬台国を宮崎に比定する。(そこでの距離計算はかなり強引でとても科学的とは思えないのだけど。。。) それは確かに大和政権が神武天皇より日向から起こったとされる古事記/日本書紀の記述にあう。邪馬台国と大和王朝は同じであるという考え。邪馬台国は本来「やまと国」と呼んでいたのであり、当て字に惑わされてはいけないのだと。

邪馬台国は東遷して大和の地に移った。著者はそのように言うが、そこにはゲルマン民族大移動なみの10万人単位の移住を想定しなければならない。仮に多くの人々を国元に残してきたのであれば、そういう記載が記紀にあってしかるべきだろう。記紀には、神武東征はごく少人数で行われたとしか書いていない。

邪馬台国と大和朝廷はその繁栄した時期に重なりもあり、全く違う王朝であったとみるのが妥当だと思う。但し、大和朝廷の起源が日向にあったことも記紀の記載から明らかである。邪馬台国は、筑後にあり、隣国の熊本(菊池)にあった狗奴国(狗奴国の官「狗古知卑狗」が「菊池彦」に比定され得る)と争っていた。そして、邪馬台国はその地でしばらく繁栄し、滅んだ。高千穂~日向を起源とする大和朝廷の祖先と全く関係ないとは断言できないけど、邪馬台国が国として引き継がれて、大和朝廷になったと考えること自体に無理があるように思う。(だから、邪馬台国は奈良にあったとも思わないけど)

この本で書かれている邪馬台国や奴国の人々が中国の江南地方から山東~朝鮮半島経由で海伝いにやってきたというのは、遺伝学的な根拠もはっきりしているし、おそらく正しいだろう。九州と朝鮮半島は対馬を挟んで近接しており、船で容易に行き来して、朝鮮半島の人々も随時、九州に移住してきたに違いない。元々、朝鮮南部は倭の一部(倭というひとつの国、カルタゴのような地中海国家)だったと見做す歴史家もいる。そこだけは科学的に納得できたかな。
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by onomichi1969 | 2012-07-01 19:06 | | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 東浩紀 『一般意志2.0』 semスキン用のアイコン02

  

2012年 01月 18日

a0035172_22562238.jpgなかなか衝撃的な内容の本であった。

主要作しか読んだことがないけれど、東浩紀の本は、どれも斬新である。但し、その読後感はいつもどんよりとしていた。書いてある内容は説得的でいちいち納得するし、現状認識として正しいと思うけど、彼の描くデータベース消費とかゲーム的リアリズムといった概念の中に、僕は日本のアカルイミライが全く見えなかったのである。確かに、ポストモダンを経た日本の現代社会が人間の内面や大きな物語(思想)を必要としないデータベース型(小さな物語、断片の集積、その差異の戯れ、フラット、無思想)の社会となることを僕らは感傷の余地なく受け入れるべきなのかもしれない。でもそう簡単には割り切れるものでもない。認めたくないけど、認めざるを得ない。そういうダブルバインドな心情や、自己矛盾に耐える忍耐こそが僕らが社会に対して予って立つ視座(ある種のアイロニー)となっていたのではないか。

『動物化するポストモダン』、『ゲーム的リアリズムの誕生』という彼の代表的一般評論の流れの中に『一般意志2.0』はある。この本は東が「夢を語る」という表現で始まる。ルソーの『社会契約論』におけるターム「一般意志」の現代的な解釈から始まり、フロイト、グーグル、ローティ、ツイッターと語りつぐ。そこには確かに夢としての、動物化した現代人の特質を前提とした社会(データベース+アルゴリズムによる自動選択を優先する社会)の在り方が示されている。その論理は分かり易く、そこで描かれる夢のほとんどに僕は同意したい。同世代である彼の著作を読んで初めて晴れやかな気持ちになったから。

これまで柄谷行人や大澤真幸が語ってきたヒューモアやアイロニーという概念の延長線上に初めて現実の社会が見えたような気もする。その端緒がグーグルなり、ツイッターであったりすることに特に大きな違和感はない。ツイッターについては殆ど使いこなせていないし、その有用性についてあまり信用もしていないけど、それでも、今やインターネットのコミュニケーションなくして社会は成り立たないし、ネット社会の構造、その総体としての在り方(集合知)が如何に現代人の心性を基礎付けているかこそ今語られるべき哲学的主題なのだろう。東浩紀の著作の系譜として、ポストモダン後の現代思想の潮流がインターネットコミュニケーションと融合し、来たるべき社会の論理的根拠として結実していく過程は感動的ですらある。

この本は今後の社会学や哲学の方向性を決定づけるほどのポテンシャルを持っていると思う。政治とインターネットの融合など、提案そのものは凡庸かもしれないが、思想の現在進行形として、これまで薄ぼんやりとしていたアカルイミライがはっきりと見えたような気がした。
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by onomichi1969 | 2012-01-18 00:06 | | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 増田俊也 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』 semスキン用のアイコン02

  

2011年 12月 31日

a0035172_1121954.jpg今年の新刊書の中では一番面白かった。単行本サイズ2段組み700ページで読み応え十分、ハードとしても厚くて重い!通勤中に読むには結構つらかったが、殆ど一気に読んだ。

「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と言われた不世出の柔道家 木村政彦の生涯を綴った評伝である。
格闘技ファンならば、木村政彦の名前を知らない者はいないだろう。鬼の木村、鬼の柔道と呼ばれ、柔道の公式戦で15年間無敗。寝技にも優れ、ブラジルでエリオ・グレイシーを破った男。そして、力道山との世紀の一戦、プロレスの喧嘩マッチで無残に敗れた男。しかし、世間一般に木村の名前はあまり知られていない。何故か? 輝かしい記録を持ちながら、プロ柔道やプロレスを経験したことにより、現在の講道館柔道の世界から排斥され続け、また力道山系譜のプロレス界からもその名前は殆ど抹殺されているからである。

その人生は破天荒であり、人間は豪放磊落であった。ただ己の強さのみを求め、柔道を究めた。格闘の技術の為には、空手をやり、ボクシングをやり、柔道を強化した。立ち技でも寝技でも最強。師匠で元全日本王者の牛島辰熊と共に「三倍努力」(人の3倍努力する)と称して一日9時間の激しい稽古を積んだ。ウェイトトレーニングによって養った超人的な筋肉と骨格、肉体表面を苛め抜いて得た痛みを感じない鋼の体。彼の技は正確で寸分の狂いもなく、乱取でも常に同じ動作を繰り返したという、まさに格闘ロボット。それが木村である。
169センチと小柄ながら、自分よりも大きな相手を叩きつけるような大外刈りで一瞬にして沈め、高専柔道仕込みの寝技で捻じ伏せた。今の階級重視の講道館柔道では考えられないが、小よく大を制し、晩年でも190センチ強の外国人選手を寝技で子ども扱いしたという。ヒクソン・グレイシーを知っている今となってはその逸話も何ら違和感ない。

戦前の最強時代の木村。そして、戦後のプロ柔道時代からプロレスへの転向。エリオとの一戦。著者は資料を綿密に紐解き、関係者を隈なく当たり、そこで起こった事実を隙間なく叙述していく。それは戦前から戦中、戦後にかけての柔道(柔術、武徳会や高専柔道が廃れ、柔道がスポーツを唱える講道館派に集約していく過程)と戦後に興ったプロレスの歴史そのものとなる。これは木村を中心にした昭和初期の格闘技史でもある。その密度とボリュームからしてこの本は第一級のノンフィクションと言えよう。僕は格闘技が大好きでありながら、このような歴史の詳細を殆ど知らなかったので、大変興味深く、柔道やプロレスと政治、経済界、やくざとの関わりについても面白く読んだ。

実は、この本を読んで、木村政彦という人間を理解できたかというと、その答えはノーである。結局のところ木村とは何者だったのか。格闘ロボット。彼は、単純にして巨大な暗闇であった。ただ強さのみを究めた暗闇である。ただ、格闘以外の場面では、人間的な魅力に溢れ、多くの人に印象を残し、そして慕われた。彼の私生活のエピソードは、えげつないものが多く、今のテレビであれば殆どが放送禁止である。彼は一生を通して、悪ガキであった。多くのやくざと付き合い、酒を飲んでは喧嘩をし、外国に行けば女を買いまくった。プロレスでひと稼ぎして、経営していたキャバレーでどんちゃん騒ぎをする。ただ、柔道の真剣勝負となると人が全く変わった。今やこういう人物は表舞台で生きていけまい。生死を賭した格闘(敗けたら死ぬつもりで切腹の練習をしたという)と磊落な私生活。とにかく、彼は人間として極端であり、大きすぎたのだ。

理解を超える、理解を拒むこと自体に人間の本質があり、その人間がここにいるのだ。
木村政彦は、思想的な信条の全くない現代的で空っぽな人間であり、柔道とプロレスにおいて、極限の栄光と挫折を経験した。20代前半で強さを究め、その後を余生と見做した。食うために始めたプロレスで金を覚え、全くの油断(それが力道の八百長破りとしても)から力道山に敗れた。プロレスが視聴率100%だった時代、KOされた柔道王 木村の名声はガタ落ちし、その人生は奈落の底に突き落とされたのである。プライドはズタズタとなったに違いない。それでも生きていく為の混沌の中でただ生を全うし続けた。晩年は拓大での柔道指導に自らの生活を捧げた。

「人生には2つある。学ぶ人生とその後の人生」 映画『ナチュラル』のヒロインが主人公に言った言葉を僕は思い出す。彼の人生は、戦前と戦後ではっきりと二極化しつつ、特に戦後以降は混沌としているのだ。

この本の読後感は、加藤典洋の『アメリカの影』に似ていると感じた。『アメリカの影』は、江藤淳とは何者か、その言説を丹念に追うことで戦後日本の(アメリカの傘の下にある)言語空間を描いた評論でもある。アメリカに反発しつつ、そのあからさまな反発にも反発する。二律背反。セメントとフェイクが混沌としている。その言説は真実なのか、アングル(作り話)なのか。そもそもその生き方に真実はあるのか。世間に対して自らがダブルバインドな状態であることへのナイーブな心情が伝わってくる。そして晩年の閉口。真実はいつも語られない(が故に真実となる)。胸が締め付けられるような感覚が残った。

最後に、戦前の木村の柔道は、現代の講道館柔道と全く違うということが再三書かれている。確かに今、柔道を辞め、総合格闘技に身を置く選手はたくさんいるが、彼らは柔道の技術によって戦うというよりもトップアスリートとしての身体能力を武器にキックを習い、寝技を習い、総合格闘技の舞台に立っているという理解が正しい。僕らは柔道家の戦いがボクシングやキックに終始しているという試合を何度も観ている。しかし、木村は違った。彼が柔道として会得した技術を持って、エリオと戦い、そして圧倒したのである。武道とは何か。格闘技とは何か。柔道とは本来何であったのか。この本を読み、失われたものに思いを馳せた。
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by onomichi1969 | 2011-12-31 12:29 | | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 加藤典洋 『君と世界の戦いでは、世界に支援せよ』 semスキン用のアイコン02

  

2011年 07月 09日

a0035172_12531573.jpg『君と世界の戦いでは、世界に支援せよ』
カフカの言葉であり、加藤典洋の1988年に出版された著書の題名である。僕がこの印象的な表題作を冒頭に配した加藤典洋の評論集を読んだのは1991年頃。バブルの余韻の中で何かが変わり、そして、湾岸戦争によって世の中に不穏な空気が漂いだした頃である。
つまり、ここに簡明な比喩を用いるなら、吉本は北極の氷が融けて、世界の水位が上がり、いままで陸地だったところがいつのまにか大部分水没してしまったと、いっている。その領域を増しつつある海の部分と、日々広さを狭めつつある陸地の部分が、五対五、あるいは六対四で拮抗している間は、「社会」と人間の「内面」の対立は、現実的基盤をもっていた。しかし、水位がさらに上がり、人間の「内面」が「社会」に九割九分まで浸透され、覆いつくされるというような事態を前にして、なおも、もし小説家が人間の「内面」(孤独)と「社会」の旧来の関係式にそって小説を書くとすれば、その小説は、彼の生きる世界の全現実の残り一分を覆うにすぎない。またそのように小説を書きながらもし小説家が、自分の小説は自分の生きる世界の全現実に立脚していると思いみなすなら、彼は、彼の眼前にひろがる世界からそれと意識せずに眼をそらし、同時に深い自己欺瞞におちいっていることになるだろう。
それではこのような状況の中で人間の孤独はどこにいくか。それは残る。しかしそれは人間の孤独というよりは、人間のごく一部、九割九分の「社会」の浸透に追い詰められた一分の「内面」を覆うものとして、つまり、”たわいのない孤独”として、残るのである。
加藤典洋『君と世界の戦いでは、世界に支援せよ』
加藤典洋はその後、集大成的な評論集『ゆるやかな速度』の中で、カフカの『変身』(及び吉本隆明の「変成論」『マスイメージ論』)を引用し、自分(心と身体)が失われていく過程と、それを受け入れていかざるを得ない状況について、それは恐怖であるとともに、自分を縛っていたものがふわっと解けるような、そういう類の快感、「抗しがたい魅惑」でもあると評した。(快感原理は人類の進化を促す。。)

1991年は、いろんな意味で時代の分水嶺だったと今にして思う。フランシス・フクヤマが『歴史の終りと最後の人間』(The End of History and the Last Man)を著したのもこの時期である。

「歴史」とは、様々なイデオロギーの弁証法的闘争の過程であり、民主主義が自己の正当性を証明していく過程である。よって、民主主義が他のイデオロギーに勝利し、その正当性を完全に証明したとき歴史は終わる。(フランシス・フクヤマ)

「最後の人間」は、ニーチェの概念である。「最後の人間」とは、(民主主義の勝利で)イデオロギー闘争が終わり、本質的なところで他人と争うことなく、価値相対主義の中に埋没して、気概を失ってしまった人間を指す。ソ連の崩壊を経た90年代初頭、ポップとマクドナルドと民主主義の勝利により、我々は「最後の人間」となったのである。

あれから20年。アメリカ人は、新たなイデオロギー闘争の火種を執拗に模索し、その気概を示し続けている。但し、そういった政治的な動きとは別に、世界を覆っているのは、「目的」を失った人々のアイロニーであり、ニヒリズムである。ポストモダンの中で、君は、世界に埋没し一体化したものとして、その差異のみとして、在る。

「根拠が失われた社会の中で、人はどのような生きる正しい道筋を辿ることができるのか?」
これは、加藤典洋が、村上春樹の『ダンス ダンス ダンス』を評した際の言葉である。90年代以降、村上春樹は、世界で翻訳され、いまや世界感覚の作家として、各国から支持されている。

90年代初頭、僕は加藤典洋の本をよく読んだ。『アメリカの影』『ホーロー質』『君と世界の戦いでは、世界に支援せよ』『ゆるやかな速度』など。それは、たぶん、僕が村上春樹を好きで、加藤典洋が彼の批評をよく書いていたから。何故、当時、村上春樹であり、加藤典洋だったのか。その時の認識は、20年という時間を延長して今に続いているのだろうか。

僕の感覚で言えば、当時、それは僕の中で回収できないラディカリズムと共にあった。世界とのずれの中で自分自身の生き難さと共にあった。もちろん、それを表に出し続ければ社会では生きていけない。しかし、それを失えば、自分というものを失うのではないか。しかし、それは当時においても既に失われたものだったのであり、僕は加藤典洋の評論を通して、そのことにようやく気が付いたのである。

あるべきものがない、のではなく、ないことを自明として、また認識しつつ、真っ当に生きていく。その空っぽの中から生まれてきたのがオウムであり、サカキバラであった。善と悪の新しい地平の中で真っ当さをどう捉えたらいいのか。その有り得べき生き方こそが90年代(あるいは80年代)以降の文学的核心だったのだと僕は思う。しかし、今やそういう認識は「内面の喪失」の自明性故に、あまりにも当たり前な感覚として捉えられすぎている。それがこの20年の間に徐々に浸透していった水位の上昇から起こる必然であり、歴史の終わりの果てに現れた新しい世界の姿だと言っていいのかもしれない。

ということで、僕は、20年前の加藤典洋の著作を読み返してみたいと思う。そのことの理由として、思いつくままに。(八日目の蝉のレビューの補足として)

The answer, my friend, is blowin' in the wind. The answer is blowin' in the wind.
Bob Dylan "Blowin' In The Wind"

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by onomichi1969 | 2011-07-09 01:03 | | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 小出裕章 『原発のウソ』 semスキン用のアイコン02

  

2011年 06月 19日

a0035172_23463667.jpg今や反原発の理論的、精神的支柱とも言うべき京都大学原子炉実験所助教小出裕章先生の福島原発に関する提言を含む待望の最新著書である。小出先生は、3.11以降、ソーシャルネットワークを中心に最も有名になった学識者の一人ではないかと思う。最近はネットだけではなく、テレビでも見かけるようになった。その真摯で的確な福島原発の状況分析はネットの中で最も信頼されうるものであったが、それがようやく一般のメディアの中にも浸透してきたようである。本書もいくつかの本屋で話題の本として取り上げられ、新書の売り上げ2位となっていた。

結論から言えば、この本は日本人必読の書であると思う。なぜなら、我々日本人は、既に国土が放射能で汚染されているという事実を引き受けなければならない。そして、今後何十年、何百年(実際は何万年か)の間、日本の我々の子孫は、我々が残してしまった放射能と上手く付き合っていかなければならない。そういう動かしがたい事実が明確に端的に述べられているからである。

どんな汚染でも生じてしまった以上は拒否してはいけない。「汚染されている事実」をごまかさずに明らかにさせたうえで、野菜でも魚でもちゃんと流通させるべきだということ。そして「子どもと妊婦にはできるだけ安全と分かっているものを食べさせよう。汚染されたものは、放射線に対して鈍感になっている大人や高齢者が食べよう」ということです。(『原発のウソ』94ページ目より)

私は40年間、危険な原発を止めようと努力してきました。しかし、止めることはできませんでした。その責任は私にあります。皆さんは「原子力のことなんて何も知らなかった」「自分には何の責任もない」「安全だと言ってきた政府と電力会社が悪い」と思うかもしれません。しかし、だまされた人にはだまされた人なりの責任があります。もちろん政府や電力会社の責任は重大ですが、今日まで原発を容認してきた責任というものが私たち大人にはある。(『原発のウソ』94ページ目より)
40年以上も反原発の立場で活動してきた先生の重い言葉であると同時に、感動的な決意表明でもある。これまで原発事故以後の社会に関して多くの言説が呈されてきたが、その中で最も明確であり、端的であり、表現としては不適切かもしれないけれど、それが明快であるが故に感動的ですらある。

最近、静岡のお茶からも基準値以上の放射性セシウムが検出された。そもそも放射線の人体への影響は比例的でしきい値がない為、基準値という考え方はそぐわないのだと言う。さらに放射性物質の体内への摂取は内部被ばくという常時細胞が放射線に晒された状態を必然的に生み出す。それが少量でも直ちに健康に影響を及ぼすことはないとは決して言えないのである。セシウム137の半減期は30年。1/1000になるのに300年かかる。これは我々自身の問題である以上に我々の子孫に対する我々の責任の問題であり、彼らは否応なく放射能と共存するしかないのだ。
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by onomichi1969 | 2011-06-19 23:36 | | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 カズオ・イシグロ 『夜想曲集』 semスキン用のアイコン02

  

2011年 06月 04日

a0035172_15121273.jpgカズオ・イシグロの小説を読む時、いつも独特の奇妙な感覚を覚える。彼の小説は、大体、主人公のモノローグによって綴られる私小説風の形態をとるのであるが、主人公が執事であったり、探偵であったり、クローン人間であったりする。その時点でかなり奇妙ではあるが、それにも増して、彼らの独白が彼らなりの理路に従いながらも常に一方通行で、読者を突き放すような共有感の欠落を感じさせる。その違和感がカズオ・イシグロの小説を独特のものにしているのだと僕は思う。

特別な境遇にある人間が彼らの理路によって普遍を語る物語。それに全く普遍的な共有感が見いだせないような。それでいて、共有の欠落感にそこはかとない(それでいて深い)共有感を感じてしまうような。僕にはそれがカズオ・イシグロの小説を貫くひとつのモチーフであるように思える。

カズオ・イシグロの『夜想曲集』は短編集であり、これまでの長編小説と違って内容はかなり軽いものだが、基本は全く同じスタイルであると感じた。主人公達はそれぞれに読者と共有できないような「何か」を心に抱えているけれど、それは明かされない。いわゆるレティセンス(意識的な言い落とし)というものだと思うが、どちらかと言えば、それは主人公にとっては無意識の「何か」のような気がする。(その方が現代的だろう) 彼らは無意識的に世界を共有できないものとして、同じように世界を共有できない人々と(否応ない状況下で)交わる。そこに、大いなるすれ違いがあるのと同時に、共有できないもの同士の不思議な共有感が醸し出される。それは何というかとても現代的にすごく重要で意味のある共有感覚だと思うが、それらがユーモアを持って語られることで、長編とは違う仄かな暖かさが生み出されるのである。その内容は短編毎に微妙に趣が違ってはいるけれど、何か似通った感じを与えるのは、登場人物達が結局のところ「不幸」を意識できない「幸福」な存在であるからだろうか。

幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである。 トルストイ 『アンナ・カレーニナ』

『夜想曲集』は音楽をモチーフにしている。カズオ・イシグロ自体が作家になる前にミュージシャンを目指していたこともあり、登場人物達が語る音楽には彼なりの独特な嗜好が感じられる。それもなかなか楽しい。
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by onomichi1969 | 2011-06-04 15:47 | | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 内田樹×中沢新一×平川克美 『大津波と原発』 semスキン用のアイコン02

  

2011年 05月 20日

a0035172_0532771.jpg東日本大震災で引き起こされた大津波は天災であるけれど、原発事故は人災である、、、多くの人はそのように考えているだろう。

そういう言説に少し違和感があった。原発事故は本当に人災なのだろうか? そこで浮かんでくる災いの元となった「人」とは、一体誰なのだろうか? つまり、原発事故は、誰によって引き起こされた人災なのだろうか?
原子炉の設計者なのか? 危機管理を怠ってきた東京電力のエンジニアリング部隊なのか? 初動処置を誤った施設管理者なのか? 統括責任としての東京電力の社長なのか? 原子力部門トップの副社長なのか? 原子力村の人々、原発推進派の学者達、経産省の官僚達、政治家達なのだろうか? 東電顧問の政治家、原発の父と呼ばれる大新聞社の元社主、歴代の首相達、そして、現在の首相、政府の責任者。
一体、人災と呼ばれる時にイメージすべき人の顔は、どの顔なのだろうか? それは翻って、僕ら国民それぞれの顔になるのか?

Ustreamで放映された内田樹と中沢新一と平川克美の対談が『大津波と原発』という小冊子になった。

この本の中で中沢新一は、原子力を一神教的な神の如きものと見做し、原子力発電を一神教的技術と解している。内田樹と同じく、僕もこの考えには「なるほど」と膝を打った。インドの原子力発電所は、シヴァのリンガ(男根)の形をしているという。つまりインド人にとって、原子力はシヴァ的な神として怖れ、鎮められる存在であるわけだ。フランスでも同じで、原子力発電所は、荒ぶる神を扱うが如く、その危険さ(リスク)が国民から常に認識され、慎重に扱われてきたという。(後記:シヴァは自然神なので、一神教的な神様とは違う。インドでの原子力の扱いは自然を超越したものではないとも言えるが、そもそもインドには一神教的な神様はいないので、そこが精一杯ということなのだろう)

ところが、日本では、原子力をして一神教的な「鬼神を排して、之を遠ざく」扱い方ができていなかったのではないか。そもそも原子力を本来的に取り扱うことのできる文化的なノウハウがなかったのではないか。内田樹はそう述べる。

日本は、一神教ではなく、多神教であり、神仏習合である。「恐ろしいもの」を「あまり恐ろしくないもの」と見境がつかないように「ぐちゃぐちゃにする」というのが日本的な神の制御方法である。日本は昔から信仰の中心に御霊鎮魂があり、その流れの中にアミニズムがあり、神仏習合があったと理解している。古来、日本では、天災や疫病は怨霊の祟りであるとされ、政(まつりごと)により、祟神を特定して、それを崇め、鎮魂したという。その技術の中に神事があり、仏教があり、陰陽道があった。日本では、宗教は御霊と自然鎮魂の為の技術だったわけだ。

日本人はそもそも原子力を霊的なもの、神的なものとして全く認識していなかった。そこがインド人やフランス人と違った点だろう。日本人は原子力を単なる科学技術として信憑していた。鉄腕アトムは神ではなく、科学技術の粋である原子力ロボットなのである。戦後、原子力を推進していく中で日本は、科学技術こそが信仰の対象となった。だから、原発は、インドやフランスような絶対的な聖域、神殿ではなく、安全安心の高度で無機質な科学技術の粋だった。そこには霊的、神的な要素は全くない。

原発事故は人災ではなく、「神による災い」である。
インドやフランスの人ならばそう考えただろうか? 原子力は、人知を超えたもの、人間にとって完全に制御できないもの、それでいて自然界には全く存在しないもの、自然を超越しているという意味で、やはり神の如きものだったのだと思う。「神の火」は、自然を作り上げた神の力の源であり、神の領域ともいえる原子核に由来するエネルギーだったのだと。

日本人は、「恐ろしいもの」を「恐ろしいもの」として崇め奉る一神教的技術によって、原子力を扱うことができなかった。思想として、儀式として、それを怠ってきた、というより、文化的にそれが出来る素養がなかった。要は、単なる技術として甘くみていたのである。そして、災いとなった。

未曾有とか想定外とか、そもそもそういった領域にこそ自然界は存在し、原子力はそんな自然をも超越したところに生み出された鬼っ子だったのだと、今にして思う。原子力がそういった「神による災い」を包含しているという認識がないところに日本人としての災いがあるのかもしれない。

原子力と水と石油達の為に私達は何をしてあげられるの?
井上陽水 『最後のニュース』

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by onomichi1969 | 2011-05-20 19:35 | | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 マーク・ブキャナン 『歴史は「べき乗則」で動く』 semスキン用のアイコン02

  

2011年 05月 11日

a0035172_138112.jpgマーク・ブキャナン『歴史は「べき乗則」で動く』を読む。
アメリカ西海岸のある断層での調査によると地震の発生は「べき乗則」(f(x) = ax^k )に従うとのこと。但し、これは地震発生数と規模の相関であって、これによって地震を予知できるわけではなく、逆に地震が予知できないものであることを「べき乗則」は指し示している。
地震の発生しなかった期間が長いほど、近い将来にそこで地震が発生する可能性は低くなる。(中略)現在地震を予知する最良の方法は、一度地震が起きるのを待ち、そして直ちに、別の地震が起きるという予知を出すという方法だろう。(本文より)

地震の発生と規模の関係が「べき乗則」に従うとすれば、地震のエネルギーは、発生件数の多い規模の小さい地震によって都度発散され、規模の大きな地震の周期性は否定される。

砂山ゲームと呼ばれるシミュレーション・ゲームがある。砂を1粒づつ落とし続けて砂山を作り、さらに砂粒を限りなく落としつづけていった時、砂粒落下の影響で砂山が滑り落ち雪崩を起こす規模とそのタイミングを全て記録していくと、その関係は「べき乗則」に従うという。雪崩の砂粒の数が2倍になると、回数は2分の1弱になる。
地殻の動きも同様ではないか、と考えた人がいて、単純化した地殻の揺動モデルによって同様のシミュレーションを行ったところ、地殻の揺れの規模と頻度の関係はやはり「べき乗則」に従ったという。(実際の調査結果とモデルによるシミュレーション双方ともに「べき乗則」に従ったということである)
大地震は、砂山が「臨界状態」になれば起こるが、その発生頻度は不規則であるが故に予測不可能となる。雪崩(地震、歴史)は全く同じように繰り返すのではなく、「べき乗則」を保存した状態で繰り返す。よって予測はできない。

「べき乗則」にはスケール不変性という特徴がある。f(x) = ax^k は、logf(x) = klogx + loga となり、両対数グラフによって直線的に表せる。よって、その関係はどこまでいっても比例的に保存されるのである。それが時系列或いは規則的な変化となった場合、その変化は対数の区切り毎の自己相似的は現象として現れる。いわゆるフラクタルである。自然界の形状記憶的な紋様は、図形としてのフラクタルを示すことがあり、葉脈や海岸線の形状がそれに当たる。

「べき乗則」によって説明できる自然現象として、他に、地球上の種の絶滅の規模と頻度の関係がある。絶滅の規模が2倍になると、頻度は4分の1になる。地球の歴史上、全生物の99パーセントが既に絶滅しているが、大規模な絶滅は、数千万年から1億年の単位で発生している。
最後の大規模な絶滅は、白亜紀と第三紀との境の6500万年前で、恐竜の他、全生物の75パーセントが絶滅した。次の絶滅がいつか? それが何によるものなのか?(隕石?気候変動?)それは分からない。それは予測不可能であるけれど、砂山が「臨界状態」になれば必然的に起こる。

数理物理学的というか、統計学的な見地から地球の歴史を眺めれば、それは、分析されつつある長大な過去と予測できない未来のお話となる。今日は、砂山に落下した1粒の砂である。たまたま、我々の祖先は絶滅を逃れて生き残り、今は平衡状態で全てにおいて平和な時期にある、という。

そういう見方もあるのかなと思う。
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by onomichi1969 | 2011-05-11 01:37 | | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 輪島裕介 『創られた「日本の心」神話』 semスキン用のアイコン02

  

2011年 05月 04日

a0035172_1912581.jpg『創られた「日本の心」神話』を読む。なかなか面白かった。

本書は、「演歌」が実は「日本固有」で「伝統的」な表現ジャンルではないこと、また、「レコード歌謡」と呼ばれていたものをいつ、誰が、どのような視点で「演歌」として概念化したのか、それがどのように流行し、どのような効果を持ったのか、について考察している。
従来、知識人から蔑視と非難にさらされてきたレコード歌謡が「演歌」ないし「艶歌」というキーワードによってその価値を否定から肯定へと反転させ、ある時期には一種の「国民文化」とまで目されるようになった。(本文より)
演歌の女王、美空ひばりがその死後に神格化され、彼女の歌が万葉以来の抒情/叙情を湛えた「日本の心」を体現した「演歌」であるという声が広く信憑されている。しかし、それは間違った認識ではないか、という疑問を著者は本書の冒頭で投げかける。
彼女はそのデビュー当時、低俗で退廃的というレッテルを張られ、雑多な海外音楽や民謡、芸者歌の要素を取り入れた流行歌の歌い手であり、『悲しい酒』や『柔』のような今では典型的な演歌調の曲(これらの曲は全盛期を過ぎた古賀政男と美空ひばりが初めて組んだものであり、実は当時流行の曲調を取り入れて、その後の演歌の定型となるものであるが、古賀メロディの特徴であるモダンさとは相容れないものであった)もあるが、彼女の幅広い音楽キャリアからすれば、演歌の女王などという演歌のレッテルに限定されるべきものではないという。それはどういうことだろう。
戦後のある時期まで、少なくとも「知的」な領域では、ひばりを代表とする流行歌は「悪しき」ものとみなされていたのが、いつしか「真正な日本文化」へとその評価を転回させたこと。
もう一つは、日本の流行歌の歩みは元来きわめて雑種的、異種混淆的であり、現在「艶歌」と呼ばれているものはその一部をなしてきたにすぎないということです。(本文より)

著者はこのような観点により、日本の流行歌の歴史(=連続体)を包括的かつ詳細に追いながら、いつどのような作為の中で「演歌」という言葉が生まれ、その意味がどのように「日本の心」に結びつくように変遷していったかを明らかにしていく。これって、フーコーの系譜学だよねと。

フーコーの系譜学とは、僕らが既に常識として思っていることにも実は「始原」があり、それが制度化されるプロセスを辿ることで世界のありようの「ほんとうのすがた」(構造)を明らかにする学問(知の考古学)である。彼は『狂気の歴史』や『臨床医学の誕生』で、そのような系譜学的アプローチによって、理性と狂気、あるいは正常と異常といった区分が17世紀から18世紀にかけて、西洋の知の体系からつくり出された産物であることを示した。そして『監獄の誕生』では、人間をコントロールする権力というもの、「支配-服従」の関係が暴力によって生まれるのではなく、相互の「見る-見られる」という関係を非対称に調整することで形成される自律的なシステムであることを明らかにした。ヨーロッパでの監獄や17世紀に発生したペストへの対処法を例にとり、空間の配分や視線による監視、記録と報告、相互の働きかけなど、それらネットワーク全体を「規律訓練のための装置」とみなし、それが可動するところに介在するはたらきを「権力」と呼んだ。人間を管理するには、相手を外側から暴力的に拘束するのではなく、「規律訓練のための装置」をつくりさえすれば、相手はそのメカニズムに介在している権力によって、自分自身を内側から拘束しはじめるのである。

フーコーは真理の概念について、「歴史のなかで長らく焼かれて、かたちを変えられないほど固くなっているので、もはや論駁できない種類の誤謬」と言っている。「演歌」という概念はたかだか40-50年ほどの歴史しかないが、既にそのような種類の誤謬となっているのではないか。『創られた「日本の心」神話』の著者はそう述べているように思える。

そういえば、僕が小さい頃、70年代中期の頃、演歌というジャンルはもっと限定的で流行物的な印象であったと記憶する。森進一や五木ひろし、都はるみ、八代亜紀などが体現していたもの。それはまだまだ若い創られた「日本の心」であった。それが80年代に美空ひばりの復活と演歌そのものの健全化があり、急速に日本の伝統に結びつきつつ、古来からの日本の心を綴る叙情となったのである。(その「何故」については、なかなか分かりにくく、ここでは言及しないけど、興味のある人は本書を参照されたし)

これは日本という国特有のことなのだろうか。フーコーは系譜学的アプローチによって、狂気や理性の本質や権力というシステムを発見したが、『創られた「日本の心」神話』の著者は、一体何を発見したのだろうか。日本文化の雑駁性なり表層性だろうか、マスコミの論調に容易に扇動されてしまう大衆性だろうか、それとも忘れっぽくて移ろいやすい日本的心性だろうか。いずれにしても、今の原発の問題しかり、僕らが当たり前と思っていたことも実は「始原」を辿れば全く確かではないどころか、とてもあやふやで危うい神話であるという現実は、日本において顕著であると言えるのかもしれない。
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by onomichi1969 | 2011-05-04 09:29 | | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 『ホーキング、宇宙と人間を語る』から、東浩紀 『クォンタム・ファミリーズ』 semスキン用のアイコン02

  

2011年 01月 02日

a0035172_21183178.jpgホーキング博士の最新宇宙論を読んだ。
ここで語られる一つ一つの理論に特に新しいものはない。が、それらを包括し、ひとつの物語とすることにより、これは、ホーキング博士ならではの新しい科学的存在論になった、と感じた。

さて、彼の論理展開。簡単に言えば(というか彼の論理展開自体はすごく簡潔で、故に分かり易いのであるが)、あとがきで訳者が要約しているように「近年大きく進歩した超ひも理論に基づくならば、物理法則も空間の次元も異なる宇宙は無数にあり、私たちの住む宇宙はその1つに過ぎないこと、さらにその宇宙においても現在に至る歴史は、確定的な1つではなく無数に存在しているのだと説く。そして、無数にある宇宙の中で私たち宇宙が選ばれているのは、またこの宇宙の中での歴史を決めているのは、私たちが存在している観測事実なのだ」ということ。そして、「なぜ宇宙は存在しているのか?なぜ私たちは存在しているのか?」ということに関しては、「宇宙は神によって創られたのではなく、物理法則によって自然に作られる」のである。

ここで重要なタームは、
宇宙の始まりが「量子ゆらぎ」という極小空間における量子力学的な理論に基づき、無から生じたということ。(これはホーキング博士の本では昔から説かれていたこと)→量子ゆらぎとは?
その宇宙はひとつではなく、無数に作り出される宇宙のひとつであること。(これは上記の「量子ゆらぎ」と超ひも理論からの展開と、量子力学から派生する確率論的多世界解釈の結果、宇宙はパラレルワールドに満ち満ちているということ。これも従来からある考え方)→多世界解釈とは?
そして、今僕らがいる宇宙が人間を生み出す為に最も適した物理定数を環境的要素として選択しているのみならず、そもそも人間を生み出す為にデザインされたとする「人間原理」に基づいていること。無数(10^500)に存在する「マルチバース」の宇宙の中から、そういう人間を生み出す宇宙が生まれることが確率的に有り得て、一般量子論的に言えば、様々な歴史の可能性が人間という観測者によって収束した宇宙が今の宇宙なのである。(これもホーキング博士の本ではお馴染みのようであるが、人間原理が量子論及び超ひも理論に結びつけられたところが僕には新しかった)→人間原理とは?
そして、これが宇宙論を超えて、科学と哲学を融合した存在論/現象学としてあることが僕には新しく、面白かったのである。

少し前に読んだ東浩紀の『クォンタム・ファミリーズ』を思い出した。
昨年の三島賞受賞作である。本書の巷での評判は、「量子力学をはじめとする物理学、SF、哲学についての専門知識の理解を前提に書かれており、また筋書きも複雑に錯綜しているため読みにくい」ということらしいが、僕にはとてもすんなりと読めた。ここでのキーは、量子力学の様々なターム、これらが効果的な意匠として使われていることの面白さと、物語の核となる量子論的多世界解釈、いわゆるパラレルワールドに加えて、その多世界解釈を支える「人間原理」への言及にある。但し、この小説に出てくる「人間原理」は、当初、解釈を曲げられた形で、まさに意匠としてのみ登場する。そもそも、多世界解釈をネット世界と結びつけて、情報そのものを社会の実態とし、現実と虚構の区別がつかないシミュラークル的なものとする世界像は、映画『マトリックス』に代表されるように既によくある構図であるし、その虚構から現実を区別するものとして「人間原理」を持ち出すのは少し無理があろう。しかし、この作者は、それを諸共せずに、正々堂々とパラレルワールドを実在のものとして描いてしまった。その時点でこれはあり得ない空想的SF小説に転化するものと思いきや、実は、ここにこそ、『クォンタム・ファミリーズ』が描く「人間の意識をめぐる寓話」があったのである。

さて、人間の意識とは何だろうか?
ホーキング博士はこう書いている。「人間くらいの大きさのエイリアンであれば、1兆の1000兆倍もの粒子を含んでいるので、たとえエイリアンがロボットであったとしても、方程式を解いて、その行動を予言することは不可能でしょう。したがって私たちは、複雑なものは何であれ自由意志を持っていると言わざるを得ません。それは根本的な特徴からではなく、私たちの計算能力が不足しているために行動を予言できないことを認めたことから来ています」 行動がプログラムされたロボットでさえ、複雑さによって、僕らはその行動を予見できない。つまり、自由意志=意識の発現はシステム的に有り得ると。(ちなみにペンローズ博士は全く逆の見解。アルゴリズムによる意識の発現はあり得ないと。意識は量子重力理論によってある種の形状のモノを媒介として発現する。それはまた別の機会に。。。)

併せて、ホーキング博士は、コンウェイのライフゲームにも触れて、とても単純な法則でも、それを繰り返すこと(学習すること)で、コンピュータ(万能チューリングマシン)によって、知的生命体に似たような複雑な思考パターンを生み出せることを示した。→コンウェイのライフゲームとは?
実は、この意識がまるでデータ/情報のように簡単に時空間を超えて転送されること。その科学的な有意性。量子力学と分子生物学の融合による「意識」の記述。これが『クォンタム・ファミリーズ』に僕がいちばん感銘した点である。
実際のところ、それ以外のディックや村上春樹への言及は小説的にあまりピンとこなかった。小説に何度か出てくる村上春樹の35歳問題というのは、確かに僕もそう思うけど、それをパラレルワールド的小説世界のモチーフとして展開するのは、少しあからさまに過ぎるような気がする。

「ひとの生は、なしとげたこと、これからなしとげられるであろうことだけではなく、決してなしとげられなかったが、しかしなしとげられる《かもしれなかった》ことにも満たされている。生きるとは、なしとげられるはずのことの一部をなしとげたことに変え、残りをすべてなしとげられる《かもしれなかった》ことに押し込める、そんな作業の連続だ。ある職業を選べば、別の職業を選べないし、あるひとと結婚すれば別のひととは結婚できない。直接法過去と直接法未来の総和は確実に減少し、仮定法過去の総和がそのぶん増えていく。
 そして、その両者のバランスは、おそらく三十五歳あたりで逆転するのだ。その閾値を超えると、ひとは過去の記憶や未来の夢よりも、むしろ仮定法の亡霊に悩まされるようになる。それはそもそもがこの世界に存在しない、蜃気楼のようなものだから、いくら現実に成功を収めて安定した未来を手にしたとしても、決して憂鬱から解放されることがない」
-村上春樹 『プールサイド』

宇宙と人間の誕生に大きく関わる量子論は、創造の神に取って代わるのだろうか? 量子論は人間の意識の謎に迫れるのか? まぁ僕には量子論が指し示す現象こそが既に神の領域のように思えなくもないのだけど。。。
科学者による科学的存在論/無神論。哲学者による科学的存在論的小説。確かにクロスオーバー的な面白さがある。これはちょっとしたブームなのかな。

Rev. すみません。名前を間違えました。。。


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by onomichi1969 | 2011-01-02 21:53 | | Trackback | Comments(0)

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