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semスキン用のアイコン01 カテゴリ:日常( 2 ) semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 死についてのモノローグ semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 26日

a0035172_0154817.gif昔、僕の家は大家族で、祖父母と大叔母、父母と二人の叔父、そして兄と僕と妹が一緒に住んでいたから、多い時で10人が一つ屋根の下に暮らしていたことになる。そのうち祖父母と大叔母、父と叔父の一人が他界しているので、身近の者の葬式にはよく立ち会っているほうだと自分では思う。田舎特有の近所付き合いもあったので、身近な死にはわりと慣れていたのかもしれない。しかし、それはあくまで年と共に予定される死であり、ある程度の心構えと諦念があれば容易に受け入れられるものでもあった。

身近なものの死以上に他人の死に衝撃を受ける場合がある。それは予期せぬ死であり、ふと日常を立ち止まらせ、そこに微妙な裂け目を垣間見せる。

そんなはなしを2つしてみたい。1つめは僕の大学時代のはなし。
僕が名古屋の大学生だったころ。体育会の行事として、毎年、大阪のH大と対抗戦があり、僕のクラブでもH大とは年に2~3回の交流があったので、ライバルとはいえ、H大の部員とはわりと親しくなる。H大の同年にAという男がいて、どちらかといえば硬派なイメージのH大部員の中では人懐っこい気さくな人柄だったので、飲み会のときなどはよく同じ席で盛り上がったものだった。
クラブも既に引退した大学4年生の頃だったろうか。Aががんで亡くなったというニュースが僕らの耳に飛び込んできた。「嘘だろう?だってまだ大学生じゃないか」 その突然の知らせに誰もがそう思い、言葉を失った。確かに大学も違うし、同僚というほどに親しい間柄ではなかったが、その突然の知らせに僕らはショックを受けたし、とても戸惑った。正直なところ、その死に対してどういう態度で接してよいのか全く分からなかったのである。
とりあえずAの葬儀に参列しようということになり、僕らは4人の有志で彼の故郷福井まで車で行くことになった。到着した時には既に葬儀も始まっており、斎場となったお寺の中は多くの人々で溢れかえっていた。(だからかもしれないが、今でもそこがものすごく小さなお寺であったとの印象がある。) 人々は皆、若き死を悼んで涙に暮れており、お経を唱える声とすすり泣きが絶えることなく続いていた。僕らはその中に入ることができなかった。ただ世の中にこれほどの悲しい集まりがあるのかと僕らは思った。遠巻きに葬儀を見守り、最後に母親と思しき方にお悔やみを言ってから、僕らは帰路についた。途中、琵琶湖に寄って、湖畔にしばらく佇んでから、僕らはAの死について語り合った。そこで何を語り合ったのか、詳しくは覚えていないが、死というものが突如として身近に現れたことのショックとその悲しさについてを自らの生の重みとともに確認しあったのだろう。人の死というものが日常と非日常を結びつける、そのことの深みのようなものを感じたのと同時に僕らはただとても悲しかった。

次は僕が社会人になって2年目くらいの頃のはなしである。
4~5年上の先輩が会社のトイレの中で朝、冷たくなって発見された。確か心臓発作かなにかによる急死だったと思う。死亡したのは前日の昼くらいとのことで、ずっと姿が見えなかったことに不審を抱きながらも、誰もがまさかトイレの中で冷たくなっているとは思わなかったのである。
その先輩は隣の部署だったので、何かの雑務で数回会話したことがあったと記憶しているが、確か結婚していて1歳くらいの子供がいたはずである。そのことを思うと今でもつらいが、当時はそういったことを直視するような立場でもなく、会社という時間の中ではそのような死もすぐに日常に転化してしまい、予想以上に早く、その出来事は忘れ去られたように思う。
その死は異常ではあったが、その異常さ故に、僕らの内部の不安を一身に背負った存在として日常にのみこまれてしまったのである。
今、忘れさられた死を思い返し、僕はやはり悲しい気持ちになる。

僕らはやがて死ぬ。それは確実に訪れるものであるから致し方ないにしても、意識しようがしまいが結局のところ死をコントロールできるものではないし、であれば、なるべく意識の外においておくのが生きやすいに違いないとも思うが、にもかかわらず、そういった不確かさを含めた死の観念自体が僕らを立ち止まらせる。死の不確かさは僕らの生の不確かさを浮かび上がらせる。それを認めることは悲しいことであるが、その悲しさという地平から立ち上るものもあるのではないか。それこそが僕らの文学的な心情であり、生の震えの源泉であると僕は思う。そういうことは常にこころに留めておきたい。
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by onomichi1969 | 2006-12-26 01:32 | 日常 | Trackback | Comments(2)

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2006年 07月 10日

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by onomichi1969 | 2006-07-10 01:30 | 日常 | Trackback | Comments(2)

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