Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 カテゴリ:60年代ロック( 23 ) semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 Mike Bloomfield with Nick Gravenites and Friends "Live at Bill Graham's Fillmore West 1969" semスキン用のアイコン02

  

2011年 02月 11日

a0035172_23155235.jpg60年代後半、ブルーズ・ロックの2大白人ギタリストといえば、エリック・クラプトンとマイク・ブルームフィールドだったと言われている。クラプトンがソロとしてボーカルも取るようになり、ドラッグ療養によるブランクを経て、そのスタイルをアレンジしながら70年代も活躍したのに対して、マイク・ブルームフィールドは、ドラッグから抜け出せず、また、ブルーズに固執したが故に70年代以降は忘れられた存在となった。

そういう存在に僕は何故か惹かれてしまう。
マイク・ブルームフィールドの代表作と言えば、アル・クーパーと組んだ"Super Session"(1968)がある。ブルームフィールドは、体調が悪くてA面のみ参加であったが、1曲目の"Albert's Shuffle"や"Stop"の流れるようなギターソロ、クリアで力強いレスポールの音色がとても印象的で、A面2曲のみでこのアルバムは名作になったとも思える。

ブルームフィールドの作品はこれまでポール・バターフィールド・バンドや『フィルモアの奇蹟』が有名であるが、彼の魅力が思う存分に発揮されたアルバムと言えば、最近再発された"Live at Bill Graham's Fillmore West 1969"、いわゆる『永遠のフィルモア・ウエスト』である。

これはすごいアルバムである。ホワイト・ブルーズの極致である。
全編に渡り、ブルームフィールドのブルージーなギターが冴えわたる。ディストーションの効いた力強い音色と、その力強さの中に響く甘く柔らかい音色。ライブならではの手触り感。1969年のサンフランシスコ、フィルモア・ウエストというシチュエーションも、このアルバムに彩りを与える。

そして、ブルームフィールドの盟友、ニック・グラヴェナイツのボーカルも素晴らしい。ホワイト・ブルーズかくあるべし、とでも言うべき晴れやかで魂のこもったボーカルスタイルである。ブルームフィールドのギターとニック・グラヴェナイツのボーカル。それにホーンやピアノが絶妙に絡む。特に、オープニングのIt Takes Timeや、長尺のBlues on a Westside、One More Mile to Goが個人的にはとても好きな楽曲である。重厚なギターソロが圧巻なKilling My LoveやCarmelita Skiffle、Moon Tune、Mary Annもいい。
楽曲自体も深く、それでいてしつこくなく、ポップな若々しさがある。当時のイギリスの若いブルーズ・バンドとは違う落ち着いた味わいがある。

70年代のブルームフィールドはまだ聴いたことがないので、いくつか聴いてみようかと思う。

1981年、車の中で死亡しているブルームフィールドが発見される。ヘロインの過剰摂取が原因とされているが、実際のところ、彼は80年代を生き抜くすべを持っていなかったのだろうと僕は思う。60年代後半に一世を風靡した伝説のギタリスト。彼は、時代に殉じたロック・ミュージシャンの一人だったということなのだろう。
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by onomichi1969 | 2011-02-11 23:35 | 60年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 The Beach Boys "Pet Sounds"(1966) semスキン用のアイコン02

  

2010年 09月 30日

a0035172_1425737.jpg『レコード・コレクターズ』誌(2007) 執筆陣が選ぶ60~80年代ロック・アルバム・ベスト1に輝く作品。(ちなみに読者選出では6位)
『ペットサウンド』が90年代以降に高評価を得た理由のひとつは、その「暗さ」が時代にフィットしたことにあるのだと思う。故に80年代に『ペットサウンズ』が今ほどの評価を受けていなかったことは至極真っ当なことだったと言える。それが80年代というポップな時代の趨勢だったから。
特にこの作品の日本での高い評価について言えば、村上春樹や山下達郎、萩原健太等の識者による宣伝が大きな影響を与えたのだろうか。永遠のNo.1アルバムと思われたビートルズの『サージェント・ペッパーズ』を超える評価は、逆に『サージェント・ペッパーズ』の醸し出すストレートなドラッグ(サイケ)・カルチャーの雰囲気が現在の日本では受け付けにくくなっているからかもしれない。それはそれとして、、、

ブライアン・ウィルソンの心情。それが『ペットサウンズ』なのだと言われる。殆ど彼一人の意向によって作り上げられたのであるから、それも当然のことだろう。アルバムを貫く統一感と不完全性、そして複雑さと矛盾は彼の心情の吐露そのものである。

冒頭を飾る『素敵じゃないか』"Wouldn't It Be Nice"はアルバムの性格をよく物語る名曲である。表題や歌詞だけ見れば、それは恋人同士の明るい未来を歌った楽しい曲であるはずであり、曲調も一見華やかなものと思える。しかし、聴けば聴くほど、この曲のアカルさの上には常に暗雲のイメージが浮かぶ。『素敵じゃないか』が全然「素敵」にきこえないという、その滲み出るような裏腹さがこの曲にある種の違和と奥深さを与えている。あとに続く『僕を信じて』"You Still Believe in Me"、『ザッツ・ノット・ミー』"That's Not Me"、『ドント・トーク』"Don't Talk (Put Your Head on My Shoulder)"のブライアンの根暗な心情3連発というシリーズが冒頭の曲のイメージにフィードバックされているとも思える。

圧巻はB面にある。
『神のみぞ知る』"God Only Knows"はアルバム唯一のカールのボーカル曲である。 この曲こそは、メロディとアレンジの完成度と美しさからアルバムの一つのクライマックスとも思える。だからこそ、ブライアンはカールにこの曲を託したのだと思う。カールが歌うことで曲の完成度と美しさが際立つが、アルバム全体の中でそれはひとつの違和を醸し出す。曲そのものだけ取り出せば、『神のみぞ知る』は今時の恋愛映画のエンディングテーマにもなるが、『ペットサウンズ』というアルバムの中で聴いてこそ、この曲の真価(完成度と違和という相反さ)を感じるのである。

『救いの道』"I Know There's an Answer" のオリジナルは、真逆の歌詞としてある"Hang On to Your Ego"である。マイク・ラブによって変更させられた歌詞。心情と曲調の齟齬と矛盾から醸し出される違和がある。

『ヒア・トゥデイ』"Here Today"はマイク・ラブのボーカルにこそ違和がある。

そして締めは、ブライアンの駄目駄目さ全開の『駄目な僕』"I Just Wasn't Made for These Times"と狂おしさ全開の 『キャロライン・ノー』"Caroline, No"である。凡そポップという枠を見事に逸脱してしまった自虐性にこそブライアンという存在自体の違和と天才があるのだ。

ブライアン・ウィルソンは、このアルバムを作り上げたことにより、天才と呼ばれるようになった。それはアルバムを通したアレンジの技術的な先駆性や卓越したメロディセンスによるところが大きいのであるが、僕は、彼の天才こそ、彼自身の人間的な(そして作品の)多重性とそこから滲み出る違和にこそあると言いたい。(そして、それを体言するブライアンの声!) 完全のようでいて不完全な、単純なようでいて複雑な、楽しいようでいて悲しい。ダブルバインドな心情の誠実な吐露。それこそがブライアンであり、『ペットサウンド』の魅力なのだと僕は思う。
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by onomichi1969 | 2010-09-30 00:42 | 60年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 The Zombies "Odessey & Oracle"(1968) semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 25日

a0035172_105118.jpg60年代の優れたポップ・グループと言えば、ゾンビーズである。最近のレココレのランキングでも”Odessey & Oracle”(1968)の人気はとても高く、やはりこのアルバムの持っている普遍的な要素、たぶんそれはポップと呼ばれるもので、それが現代において、いや現代だからこそ、十分に評価されるべきものなのだと思える。
以前、”Odessey & Oracle”(1968)を含めた当時のサイケ&コンセプチュアルなアルバムの一群を纏めて「サージェント・ペッパーズ風」アルバムと呼んだけど、このアルバムは楽曲構成的には地味で、大掛かりなオーケストレーションとは対極に位置する曲も多く、どちらかと言えば、ビーチ・ボーイズの”Friends”(1968)などと同じ系列のソフトロック的流れの中で捉えられるのが一般的のようだ。

僕が80年代に洋楽を聴いていた当時、(ソフトロック路線の)ビーチ・ボーイズもそうだけど、ゾンビーズもあまり話題になることがなかった。(当時の名盤リストを見ても取り上げられていない) ゾンビーズ風なソフトロックが一般的に認められるようになったのはいつ頃のことなのだろうか? それは寡聞にしてよく知らないが、彼らの音楽を聴いてみれば、そのポップセンスが現代に十分に通じるものであること、特に”Odessey & Oracle”(1968)は当時の商業的なポップミュージックとは意識的に一線を画したが故に、本来的なポップミュージックという要素を包含する歴史的にも意味深いアルバムになったと言える。それが、ポップという殻の中で、完全に閉じた音楽なのか、微妙に窓を開けたものであるか、完全に開放したものであるのか、その辺りにポップという本質をめぐるスタンスの問題があるように思うが、幸いにしてゾンビーズ、その中心人物であるロッド・アージェントは、その絶妙な開放さ加減、バランスが絶妙なのである。おそらくそのポップへの理解が、当時よりも現代の僕らの視点においてこそ、彼らを十分に評価できる根拠となっている。

ゾンビーズのオリジナルは2枚である。1枚目が”Begin Here Plus”(1965)で、こちらのアルバムも素晴らしい内容である。ヒット曲の『She's Not There』や『Tell Her No』も斬新さ、センスの良さだけでも十分に感嘆するが、コリン・ブランストーンのソウルフルな歌声も魅力的で、楽曲面と共にこのアルバムをじっくりと聴かせるものとしている。

そして、”Odessey & Oracle”(1968)である。このアルバムについては既に多くを語りつくされていると思うので、ここで改めて付け足すことはないが、とにかく「美しい」アルバムである。有名な『二人のシーズン』や『エミリーにバラを』他、トータルアルバムにも関わらず、そこに収められた楽曲の全てに聴き応えがある。メロディがココロに沁みる。やはりこの手のアルバムとしては、ビーチ・ボーイズの”Friends”(1968)と双璧だろう。

現代において、ビーチ・ボーイズやゾンビーズのソフトロック的アルバムが認められるようになった反面、ビートルズの『サージェント・ペパーズ』は昔のように盲目的に賞賛されることがなくなったように感じる。先のレココレ・ランキングでもその順位は思ったよりも低いし、(読者9位、評論家18位)<80年代は文句なくの1位だった。いつでも。> ビートルズの中でもその評価は『アビーロード』や『ホワイトアルバム』に準じている。これもなかなか興味深く、現代という視点をよく表している現象だと思う。そして敢えて言えば、ビートルズの"Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band"(1967)こそ、もう一度(と言わずいつでも)、見直されるべきポップミュージックの原型なのであろうと僕は思っているが、それはまた別の話である。。。

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by onomichi1969 | 2007-11-25 11:47 | 60年代ロック | Trackback(1) | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 Manfred Mann "What a Mann"(1968) semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 03日

a0035172_11145565.jpg60年代中期以降、マージー・ビートと呼ばれたブリティッシュ・バンドに限らず、アメリカのバンドもいままでのシンプルな音作りから、フル・オーケストラを駆使し、様々なジャンルの音楽をクロスオーバーさせた凝った音作りを展開していくようになる。その先鞭はビーチボーイズであり、ビートルズで、彼らの先駆的名作アルバム”Revolver”(1966)や”Pet Sounds”(1966)、そして”Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band”(1967)は多くのバンドに影響を与えた作品である。(だからこそ、これらのアルバムは名作と呼ばれる)
ローリング・ストーンズが”Their Satanic Majesties Request”(1967)を作り、ザ・フーが”The Who Sell Out”(1967)を、キンクスが”The Kinks Are The Village Green Preservation Society”(1968)を、スモール・フェイセズが”Ogdens' Nut Gone Flakes”(1968)を、ゾンビーズが”Odessey and Oracle”(1968)を、マンフレッド・マンが”Mighty Garvey!”(1968)を、ヤング・ラスカルズも”Once Upon A Dream”(1968)を作ったわけだ。(こういった流れはザ・バンドの登場によるビッグ・ピンク・ショックと共に終わることになるが、、)
これらのサージェント・ペッパー的なアルバムはどれも素晴らしい完成度を誇るが、例えばストーンズの場合であれば、彼らの特色である荒削りでソウルフルな魅力が半減したこと、また結局のところサージェント・ペパーズの2番煎じであることがその評価を(低く)決定してしまった。その2番煎じというストーンズの例があるからかもしれないが、先に挙げた、特に後半のサージェント・ペパーズ的なアルバムの評価も押しなべて低い。というか、一部で多大な評価を受けながら、その評価は全くと言っていいほど一般化してこなかったのである。

さて、先に挙げたバンドはどれも僕の好きなバンドで、その高い音楽性が特に後年になって徐々に認められるようになったところが似ているように思う。その中でも、マンフレッド・マンは、2面性のあるグループとして知られ、ポップ&ソウルな楽曲をシングルヒットさせつつ、彼らの出自でもあるジャズのインスト系アルバムを発表したりする。それにサージェント・ペパーズ的なアルバムを加えれば、彼らの魅力は3面的とも言える。それぞれの代表作を挙げれば、ヒットチャート曲が楽しい彼らのベスト盤”Singles in the Sixties”があり、サージェント・ペパーズ風の”Mighty Garvey!”(1968)があり、そして、彼らのよりアーティスティックな魅力が溢れるアルバムとして、”What a Mann”(1968)あたりが挙げられるだろう。

”What a Mann”(1968)は、Do Wah Diddy Diddyなんかを歌っていたバンドと同一とは思えないほどにポップスとは一線を画するアルバムである。半分くらいはインストの曲で(それがこのアルバムのモチーフでもあるが)、そのどれもが印象的で、ジャジーな味わいが深い。そもそもこのアルバムは”Soul of Mann”(1967)という完全にジャズ志向の楽曲を集めたコンピレーションの続編であり、ヒットソングのインストバージョンやB面ヒットを寄せ集めたようなアルバムでもある。”Soul Of Mann”(1967)が完全なるジャズ志向であるとすれば、”What a Mann”(1968)にはまだポップスの残香があるとでも言えようか。その雑然とした味わいが大きな魅力であると僕には感じられる。確かに”Soul Of Mann”(1967)も良質なアルバムで、ストーンズのサティスファクションのジャズ風カバーはすごく洗練されていて、今聴いても斬新である。

ということで、個人的には、”What a Mann”(1968)の次に”Soul of Mann”(1967)を聴くのが順当な聴き方かもしれない。そして、もちろん、彼らのヒットチャートソング集やサージェント・ペパーズ風アルバムも同時に素晴らしい。まさに「なんというバンドだ!マンは!!」って感じかも。。。
マンフレッド・マンは、ポップ&ソウルとジャズとサイケを其々に深化させたアルバムを発表し、60年代という時代にロックという領域でインフレーションした高い音楽性を発揮した特異なバンドなのである。

そして、”What a Mann”(1968)はそんな彼らの広範囲でインフレーションする音楽性の境界線を辿った特異点的なコンピレーションアルバムであり、そのマージナル性を十分に味わえる傑作なのである。

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by onomichi1969 | 2007-11-03 20:55 | 60年代ロック | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 The Young Rascals "Groovin'"(1967) semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 03日

a0035172_1119668.jpgヤング・ラスカルズと言えば、『グルーヴィン』である。
彼らの音楽は、ブルーアイド・ソウルと言われる。
R&Bテイスト溢れるグループであれば、マンフレッド・マンやゾンビーズ、スモール・フェイセズもそうだし、スペンサーやゼムもあるが、やはりブルーアイド・ソウルと言えば、ヤング・ラスカルズになる。『グルーヴィン』は全米ポップチャートでNo.1になっただけではなく、R&Bのチャートでも白人グループであるにも関わらずNo.3の座を獲得した。

ヤング・ラスカルズと言えば、フェリックス・キャバリエとエディ・ブリガッティの2人のイタリア系アメリカンの声に代表される。Groovin'やA Girl Like Youで聴かせるハスキーでいわゆる黒っぽいフィーリング溢れる歌声がフェリックスである。そして、同じく大ヒットしたHow Can I Be Sure 『高鳴る心』やスティーヴィー・ワンダーのカバー曲A Place in the Sun 『太陽のあたる場所』を高らかに歌うのがエディ・ブリガッティである。エディの声もフェリックスに負けないくらいにソウルフルである。

彼らも後年はサイケ色の強いアルバムを発表するが、やはり彼らの特色であり、魅力となるのは2人のブルーアイド・ソウル・シンガーを前面に押し立てたボーカル色の強い作品だろう。彼らによって確立した白人によるモダンなR&Bというイメージ、ブルーアイド・ソウル・デュオというスタイルは後年のホール&オーツへと着実に受け継がれていくのである。
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by onomichi1969 | 2007-11-03 20:24 | 60年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Janis Joplin "I Got Dem Ol' Kozmic Blues Again Mama!"(1969) semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 11日

a0035172_1152516.jpg僕が初めて聴いたジャニス・ジョプリンの曲は、”Maybe” と ”Kozmic Blues”だったと思う。
それらは、中学か高校生の頃、家に同居していた叔父が持っていたカセットに入っていた曲である。これまで多くのロック・ミュージックを聴いて、様々な衝撃を受けたが、その時、カセットから聴こえてきたジャニスの声は、その中でも最大級のものであった。

声というものがここまで「響く」ものなのか、心に染み入るものなのか、そのシンプルで原始的な現象に僕はまさに感動したのである。それ以来、僕はジャニスの曲を繰り返し聴くようになり、アルバム(当時のLP)も購入した。

ジャニスのアルバムと言えば、Big Brother & the Holding Company名義の”Cheap Thrills”(1968)、”I Got Dem Ol' Kozmic Blues Again Mama!”(1969)、”Pearl”(1971)の3枚のオリジナルが有名である。その他、BB&HCのファーストや未発表曲集などもあるが、やはり聴き所満載なのはオリジナルの3枚であろう。
この3枚は、どれも名盤であり、もはやどれが1番とは言えない。それぞれにアルバムの色合いが違うので、その特色を楽しむことができるだろう。ライブ感があり、BB&HC特有の荒々しさを感じることができる”Cheap Thrills”、ソウルテイストに溢れる”I Got Dem Ol' Kozmic Blues Again Mama!”、ロック色に彩られたバンドサウンド”Pearl” どれも素晴らしい作品であり、どのアルバム、どの曲にもジャニスの声が圧倒的に響くのだ。

ジャニスは僕が1番好きなボーカリストである。(その他、スティーブ・マリオットやポール・ロジャースも好きだけど、やはり筆頭は、、、ジャニス!) 僕はこれまで、彼女の魅力について、このブログで何度か語ろうとしたが、それが出来なかった。それが如何に難しいことかということのみを実感してきたのである。そして、ようやく、それが「語りえないもの」であるということに気がついた。

「語りえないもの」、それがロックの本質でもある。それが如何に素晴らしいものであるかを語りたいが為に僕はその周辺を迂回するように、これまでいくつかのロックに纏わる話を書いてきたが、やはり、その本質は「語りえない」のである。だから、僕らはごくナチュラルに意味のない叫びを発することになるのだ。Yeah! Noooo!

ジャニスと言う存在は、明らかにそのコアの部分そのもの、ロックの本質そのものである。

彼女の歌を聴きながら、今日も僕は心を響かせる。胸が打たれ、魂が締め付けられる。そして、コアの部分から叫びが搾り出される。Baby Baby Baby!

。。。あと、ついに映画『Janis』がDVD化したんだね。早速購入。Hi Hoooo!
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by onomichi1969 | 2007-08-11 12:09 | 60年代ロック | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 The Beach Boys "Merry Cristmas from The Beach Boys"(1964) semスキン用のアイコン02

  

2006年 12月 23日

a0035172_2335512.jpg明日はクリスマス・イブです。
クリスマス・イブは僕の誕生日でもあるので、個人的にもいろいろと思い入れがあるのですが、、、ドキドキ、ワクワクした気持ちでその日を迎えたのも今は昔。今では、また1つ年をとるのだなぁという諦念が僕にとってのクリスマス・イブ、その日なのかもしれません^^;

今年のクリスマス・イブはせっかくの日曜日にもかかわらず、お仕事で会社にこもることになりそうで、まぁなんとも冴えない感じなのですが、会社が横浜の繁華街にあるので仕事をしながらも少しはクリスマスの雰囲気を味わえそうです。とは言っても周りはカップルばかりであてられっぱなしだろうけど。
街は鮮やかなブルー・ダイオードのイルミネーションに彩られ、非日常的な祝祭の気分を高揚させてくれます。クリスマスからニューイヤーまで、多くの人たちがただ今在ることの幸せを感じ、大切な人を優しく想いながら、愉しく過ごすことができればと祈っております。

さて、、、クリスマスといえば、クリスマス・ソングです。

僕の場合はやはりビーチボーイズでしょうか。定番あり、オリジナルあり。さすがに1年のうちでこの季節にしか聴かないアルバムですが、まぁそういうものこそが定番というに足りるのかもしれませんね。たぶん。

今年も残すところあとわずか。。。
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by onomichi1969 | 2006-12-23 23:44 | 60年代ロック | Trackback(1) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Bob Dylan "Nashville Skyline"(1968) semスキン用のアイコン02

  

2006年 10月 08日

a0035172_23203529.jpg僕が洋楽を聴き始めた1984年頃、ボブ・ディランをはじめとした60年代や70年代に活躍したビッグアーティスト達は揃いも揃って低迷期に入っていた(か、バンドの多くは解散していた)。音楽ムーブメントとしては、ニューウェイブからの流れで新しいバンドがMTV等を利用して続々と出てきた頃である。音楽はビジュアルと一体化し、プロモーションビデオはチャートアップの必需品となってMTVがそれを大量に垂れ流していた。売れ線のメロディやリズムがオーバーダブされ、その変容が次々に産み出され、猫の目のように変わるヒットチャートが人々の関心を集めた。映画とのタイアップも盛んで、時流に乗ることがこの時代特有の軽チャーであり、成功への近道となった。80年代中期のポップミュージックシーンは、古いアーティストにとって一種の狂想曲のようにみえたことだろう。この頃、ボブ・ディランも80年代的なアルバムを何枚か発表しているが、大きな成功を収めていない。倍賞美津子が出演したPVが日本で少し話題となった『タイトコネクション』も80年代的な味わいのある曲であったが、大きなシングル・ヒットには至っていない。その後、彼の集大成的な5枚組ベストアルバムが発売されるに至り、ボブ・ディランも第一線のミュージシャンとしては終わったかとも囁かれた。

そんな80年代の最大のロック・イベントと言えば、やはりライブエイドということになろうか。それはイギリスで始まったバンド・エイドがUSA for Africaへと連なり、音楽が世界を救済するという幻想がひとつのピークを迎えた大イベントであった。当時、ウッドストックから15年以上経過し、ロック・イベントは完全に商業化され、大衆化していた。80年代に入り、ロックはミニマルなコマーシャルとしてすっかり定着した感があったが、それはある種の反発として大きな物語への幻想を復活させたのである。その短い高揚の終焉として、ロックは結局のところロックそのものに回帰し、時代は個闘の90年代を迎える。そして、ミュージシャンはアーティストと呼ばれるようになるのだ。
(ウッドストックとは違い)全世界に生中継されたライブエイドのアメリカ編の最後、そして全体の大トリで登場したのがボブ・ディランであった。太刀持ちにキースとロニーを従えたアコースティック・ギターによるシンプルな3重奏。いつもながらに投げやりな感じに響く『風に吹かれて』のうた。僕の記憶では、その圧倒的な地味さ、その違和感がとても印象に残るステージだった。
ライブエイドという大きな物語、そして大きなコマーシャル。今にして思えば、彼はその巨大な流れを押し止める堰そのものだったのだ。感動のフィナーレを予感する大観衆の中に何の装飾もないボブ・ディランという立ち姿のみ。それは彼の音楽に対する信そのものであり、ライブエイドに対する彼なりの答えだったのだろう。

その当時、僕はボブ・ディランをアルバムとして聴いたことがなく、ライブエイド以降に『追憶のハイウェイ61』や『ブロンド・オン・ブロンド』、『血の轍』、『欲望』などを聴いた。しかし、当時、高校生の僕に彼の魅力が十分に理解できたとは言いがたい。ライク・ア・ローリング・ストーンのようなカラフルな曲には惹かれたが、彼独特の地味なバラードや言葉の奔流には正直言ってあまりピンとくるものはなかったのである。

僕が彼の魅力を僅かながらにも理解できるようになったのはつい最近になってからだ。それもアルバムとしてはごく少数のものしか聴いてないので、それもまだ魅力の一端にすぎない。そして僕が彼の魅力を再認識したアルバム、そのきっかけになった作品こそが”Nashville Skyline”(1968)になる。

彼のアルバムとしては最もカントリー色が強いと言われ、また彼の声が何故かとてもツルツルで「らしくない」ということが賛否両論となっていることでも有名なアルバムである。冒頭のジョニー・キャッシュとの競演を含め、カントリーフレーバーに溢れたとても聴き易い曲群が並ぶ。このアルバムは言わばボブ・ディラン入門編といったところだろうか。彼のアルバムの最高峰はやはり”Blonde on Blonde”(1966)になろうかと思うが、膝を崩して聴くのであれば、”Nashville Skyline”(1968)や”The Basement Tapes”(1967)<『地下室』>辺りがいいのではないかと思うのである。

80年代の時流に乗り遅れたボブ・ディランはライブエイドのステージで立ち帰った自らスタイルによって、個闘の90年代に復活することになる。その原点はやはり60年代中期、そしてNashville Skyline”(1968)から70年代前半あたりだろうか。
揺るがない彼のスタイルがあってこそ、ボブ・ディランはボブ・ディラン足りえて、今でも第一線で活躍できるのであろう。そして、その原点として、彼の歌、彼の60年代、70年代の傑作群が今でも燦然と輝いているのである。
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by onomichi1969 | 2006-10-08 23:45 | 60年代ロック | Trackback | Comments(6)

semスキン用のアイコン01 The Beatles "The Beatles"(1968)<White Album> semスキン用のアイコン02

  

2006年 09月 24日

a0035172_23585363.jpg小さい頃から1番よりも2番に魅力を感じ、メジャーなものよりもマイナーなものを好んだ。もちろん気がついたときにはアンチ巨人。世の中の巨人的なものがとにかく嫌いだった。まぁだいたいが野球よりもサッカーが好きだったし。ヨットパーカーはアディタスじゃなくて、運動靴もアシックスじゃなかった。それは当時マイナーなプーマだった。(靴下も、、、) 嫌われ者の北の湖が案外好きだったりして。ランちゃんよりもスーちゃん、松田聖子よりも三原順子、おかわりよりもおあずけだった。オフコースよりもチューリップ。全日本よりも新日本。(でもさすがに国際はない)などなど。

ロックの世界における超メジャーといえばやはりビートルズということになるのだろう。もちろん僕にしても世代の共有体験とも言うべき「ひらけポンキッキ」の影響により、ビートルズの曲には小さい頃から親しんでいた。番組の影響で初期ヒット曲は誰もが自然と耳にしていたし、当時は洋楽といえばイコールビートルズだったのだ。ビートルズの圧倒的な知名度に比べれば、ストーンズやフー、ビーチボーイズなどはマイナーと呼んで等しいものだったかもしれない。
そう僕はマイナー主義なので、、、フーやビーチボーイズを好きだと言うのと同じように、ビートルズのことを好きだと公言することはこれまでなかった。80年代以降のメジャー化したストーンズにしても然り。では、ビートルズのことがそんなに好きではないのか、と言われれば全くそんなことはなくて、いくつかのアルバムは今ではよく聴くし、メンバーの中ではジョン・レノンが大好きである。彼の伝記的映画『イマジン』にはとても感動したし、僕にとってはオールタイムで好きな映画作品のひとつである。もちろんオノ・ヨーコのことも好きである。彼女がジョンの心の支えであったという事実だけで僕は彼女のことを認める。

ビートルズの作品では、小学生の頃に初期の"A Hard Day's Night"(1964)や"Help!"(1965)をよく聴いた。それから中学生になって"Rubber Soul"(1965)や"Revolver"(1966)を聴いて彼らの静謐な魅力も知るようになる。"Sgt. Pepper's ~"(1967)は僕にはちょっと装飾的すぎて耳障りが悪く、それよりは録音技術もアップして聴きやすくなったシンプルな味わいの"White Album"(1968)や"Abbey Road"(1969)を好んだ。

これまで一番聴いたビートルズのアルバムは、White Albumである。なぜならここ15年くらいはこのアルバムしかビートルズのCDを持っていなかったから。(最近になってメジャーどころを揃えたが、、、) それも廉価版で買ったWhite Albumの1枚目のみである。

本来であればこのアルバムは2枚で1つの作品である。しかし僕はこのアルバムの1枚目だけ聴いていた。もちろん、昔はカセットで持っていたので2枚目も何度か聴いたことがあるが、やはりこのアルバムは1枚目である。Back in the U.S.S.R.である、Ob-La-Di,Ob-La-Da である、The Continuing Story of Bungalow Bill である、While My Guitar Gently Weeps である、そして、Happiness is a Warm Gun である。。。<特にAサイドだね。やっぱり。>

その昔、FM誌でビートルズの好きな曲ベスト10みたいな特集があったとき、必ずといっていいほど ベスト1に挙げられたのがHappiness is a Warm Gun だった。初めてその記事を読んだときはこの歌のことを知らなくて、ビートルズといえば既に語りつくされ、聴きつくされた感があっただけにこの曲の存在には、その題名と共にとても興味を覚えたし、さらに初めてこの曲を聴いたときの印象は忘れがたいものがあった。

Warm Gunというのは、力のないときの男性のぺ●スのことらしい。
「幸せとは力のないぺ●スだよ。母さん。。。」

ジョンの鼻息と最後のファルセット。

印象に残る「うた」である。その歌詞もなんというかとても含蓄がある。

ビートルズのアルバムの中では2番手的な印象のある『ホワイト・アルバム』。。。だからこそ、僕はこのアルバムが好きなのかもしれない。
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by onomichi1969 | 2006-09-24 00:06 | 60年代ロック | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 The Beach Boys "Today!"(1965) / "Summer Days(Summer Nights!!)"(1965) semスキン用のアイコン02

  

2006年 04月 08日

a0035172_2156117.jpga0035172_21563625.jpgビーチボーイズと言えば、、、サーフィン&ホットロッド
当時、アメリカ西海岸の若者文化に直結したこれら2つの嗜好的イメージがビーチボーイズのコマーシャル戦略であり、彼らの曲やビジュアルには常にサーフィン&ホットロッドという2つのアイテムが盛り込まれた。これはビーチボーイズだけではなく、当時の音楽そのものがこれらのイメージをバックアップするファンクションに過ぎなかったのであり、そのチープさは足掻きようもなく自明のものであったのだ。

しかし、ビーチボーイズは、そんなサーフィン&ホットロッドという枠組みの中で数多くの名曲を生み出していく。それはひとえにブライアン・ウィルソンという優れたコンポーザーがいたからであろう。ブライアンの曲には彼特有の叙情があり、それが彼らの美しいコーラス、そしてブライアンの悲しみを湛えたファルセットによって歌われたとき、彼らにしかない、きらめくような輝きを放つのである。
“All Summer Long”(1964)は、初期ビーチボーイズの集大成的な作品であり、サーフィン&ホットロッドという枠組みを守りながらも、サーフロックというファンクションを軽々と超え、高い音楽性を実現したトータルアルバムとでも言うべき傑作であった。

ビーチボーイズにとって、もはやサーフィン&ホットロッドというイメージは一種の呪縛でしかなく、それを払拭することが彼らの次のステップにつながるはずである、、、というのは40年後の僕らからみれば火を見るより明らかであるが、当時はそう簡単には行かなかったようだ。また、ビートルズ等のブリティッシュバンドがチャートを賑わせる中、ビーチボーイズにとっても売れる作品を作ることが至上命令であり、レコード会社から常にヒットを確実視された彼らにかかるプレッシャーは並大抵ではなかった。それによって、ブライアンは精神に変調をきたすようになり、コンサートツアーへの同行を拒否し、スタジオワークに専念するようになる。

ブライアンは精神に変調をきたしたことで、自らの弱さを否応なく直視することになった。弱さを直視するということは、自らを見つめなおすことである。それは彼の曲作りに大きな影響を与えたはずだ。これまでの彼の曲にみられた叙情性は更に内省的となり、赤裸々に自分を表明する歌詞も加わるようになった。しかし、弱さを直視し続けることはとても辛い作業だ。人は常に弱さを抱えているにも関わらずそれに目を瞑り、常にそこから、その孤独から逃げ出したいと思う。そして強さを仮装するのだ。ブライアンは弱さを表明する。そして、彼はその弱さの表明と引き換えにして、ドラッグに手を染めるのだ。ドラッグは孤独を孤高の芸術に変えた。まるで悪魔の実のように。

The Beach Boys “Today!”(1965)は、サーフィン&ホットロッドを廃し、新しいビーチボーイズのソフトロック的なイメージを提供した。また、ブライアンはスタジオワークによって、彼が思い描いたフィルスペクター風のサウンドオブウォールをこのアルバムで実現する。冒頭の01 Do You Wanna Danceから02 Good to My Baby、そして大ヒットした05 Help Me, Rhondaまで、前半のアップテンポのナンバーはこれまでと同様な曲調ながら、1曲1曲がより作りこまれた印象を受ける。そしてA面最後を飾る06 Dance, Dance, Danceは、ある意味で象徴的な曲である。村上春樹の小説の題名ともなったこの曲、コーラスワークが絶妙で、ブライアンのファルセットも冴える初期ビーチボーイズを代表するナンバーであるが、それは同時に初期ビーチボーイズの最後を飾る曲にもなっている。
そして、このアルバムの白眉はB面に並ぶスロー~ミドルテンポのラインナップであろう。ブライアンの叙情性はより内省化された曲調となり、美しいコーラスと静謐なメロディは音の厚みと共にビーチボーイズの音楽を新しい境地へと導いた。
僕が好きなのは、B面2曲目の”08 I'm So Young”である。実験性を湛えたB面の曲群の中では凡庸な曲調だし、彼らのオリジナルでもないけど、この曲は確実に僕らの心に響く。それはたぶんこの曲には物語があるからだと思う。僕にとっては彼らの曲の中でも十指に入る傑作である。
それから、07 Please Let Me Wonder、09 Kiss Me, Baby、10 She Knows Me Too Well、11 In the Back of My Mindと、どれも聴き応えがある素晴らしい曲であり、どの曲も深く切ない。
改めて言うが、このアルバムのB面シリーズはビーチボーイズにとっての新しい境地であるのと同時に、ロック史におけるエポックメイキングな達成であり、このシリーズがなかったら、ビートルズの後期傑作群も生み出されなかったであろう。

The Beach Boys “Summer Days(Summer Nights!!)”(1965)は、“Today!”とその後の傑作”Pet Sounds”(1966)に挟まれて、あまり目立たない作品である。タイトルが示すように全体的なイメージとしてはToday!以前に戻ったような感じだが、アルバムとしての完成度というかアレンジの斬新性、その安定感はToday!以上であり、次作の”Pet Sounds”に向け、ブライアンがまた、アーティスティックな意味で一歩ステップアップしたことを十分に感じさせる。
このアルバムには美しき名曲19 California Girlsが収められている。僕らの世代にはデイブ・リー・ロスの底抜けに明るいカヴァーが有名かもしれないが、この原曲の美しさとそこはかとなく漂う切なさ、その素晴らしさには比すべくもない。
その他にも、15 Then I Kissed Herや21 You're So Good to Me、インストの22 Summer Means New Love、23 I'm Bugged at My Ol' Manが僕のお気に入りである。さらに美しいコーラス曲24 And Your Dream Comes Trueは、このアルバムがビーチボーイズにとっての「最後の夏」を象徴するものであり、それが「終わって」しまったことを僕らに思い至らせるのである。

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The Beach Boys "Surfer Girl(1963) / Shut Down, Vol. 2(1964)"のレビューはこちら!
The Beach Boys "Little Deuce Coupe(1963) / All Summer Long(1964)"のレビューはこちら!
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by onomichi1969 | 2006-04-08 22:30 | 60年代ロック | Trackback(2) | Comments(4)

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