Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 Bryan Adams "Into the Fire"(1987) semスキン用のアイコン02

  

2009年 09月 21日

a0035172_21575862.jpg中学生の頃は、まだ夜更かしが得意ではなかったので、夜11時過ぎに始まる「ベストヒットUSA」を毎回観ることがなかなかできなかった。僕が最初にこの番組を観たのが中学3年の頃で、その時のチャートのNo.1がシンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」だったか、ヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」だったか、いまいち記憶が判然としないのだけど、時期としては84年の春頃だと思う。それ以来、時々、番組を単発で観るくらいだったが、プリンスやジョン・ウェイト、ゴーストバスターズ、ワムがNo.1で紹介された回のことをおぼろげに覚えている。ベストヒットUSAを観る度に毎回大いなる感銘を受け、次回も絶対に観るぞ~と思っていたのだが、なかなかそれができなかったのである。(早寝だったのね)

ベストヒットUSAを本格的に観続けるようになったのは1984年も冬に入った頃。ちょうどホール&オーツの「アウト・オブ・タッチ」がNo.1の時だったと思う。この回にはドン・ヘンリーの「ボーイズ・オブ・サマー」やマドンナ「ライク・ア・ヴァージン」等が赤丸急上昇で、その中には今回紹介するブライアン・アダムスの「ラン・トゥ・ユー」も上位にランクインしていた。ブライアン・アダムスの「ラン・トゥ・ユー」は、ニューアルバム『レックレス』からのファースト・シングルで、PVの映像がなかなかかっこよかったという印象が強く残っている。サングラスを掛けるブライアン・アダムスが渋くて、ギターをかき鳴らす姿もハマっていた。また、このPVに出ていた女の子が結構可愛くて、彼女見たさにMTVや他の洋楽チャンネルでこのPVを期待して見るようになったのだ。彼女はその後、ブライアン・アダムスのPVに出てくる「彼女」として、僕の記憶に留まることになる。彼女はその他に「想い出のサマー」にも出演している、と思う。たぶん。

以上の記憶のもとで、つい先ほど、Youtubeで当時のPVを観たら、、、あれ?こんなだったかな??やっぱり時代は80年代ですなぁ。昔は心からかっこいいと思ったんだけど。
あれから25年。いつしか長い年月が流れているのであった。。。

まぁそれはそれ。
「ラン・トゥ・ユー」によって、僕の中でブライアン・アダムスは一押しのミュージシャンとなった。もちろん、アルバム『レックレス』(1984)と前作『カッツ・ライク・ア・ナイフ』(1983)は早速貸しレコード屋で借りてダビングし、繰り返しテープを聴いたものだ。お気に入りの「ヘブン」や「イッツ・オンリー・ラブ」も全米で大ヒットし、僕はとても満足したのだった。その頃はベストヒットUSAが学校のクラスの中でも浸透していて、友達とチャートの行方に一喜一憂した。

ブライアン・アダムスの代表作と言えば、やはり『レックレス』(1984)ということになる。
このアルバムはある意味で80年代ロックの金字塔とも思える。シングルカットされた曲は言うに及ばず、名曲が揃った本当にいいアルバムだ。1曲目の「ワン・ナイト・ラブ・アフェアー」は彼のアルバムの中でも最高のリードオフだと思う。アルバムを1枚選ぶとすれば、『レックレス』はどうしても外せないだろう。
ただ、『レックレス』について以前に紹介しているので、今回は、『レックレス』から3年ぶりに発表された次作『イントゥ・ザ・ファイアー』(1987)を取り上げることにする。(長い前フリでしたが、、、)

『イントゥ・ザ・ファイアー』からはシングルカットとして、「ヒート・オブ・ザ・ナイト」が全米トップ10ヒットとなったが、それ以降のシングル「ハーツ・オン・ファイアー」は全米26位、「ヴィクトム・オブ・ラブ」に至ってはマイナーヒットに留まる。アルバム全体のトーン、個々の曲調についても前作から明らかに違いがあった。前2作で築いた彼の売れ線とでも言うべきキャッチーでメロディアスなロックサウンドはここでは見られない。全体的に明るさが抑えられ、シンプルで骨太なギターサウンドが金属的に響く。それが本当に彼の目指すサウンドだったのかはよく分からないが、彼が現状の立ち位置に満足せず、よりオリジナルな音楽性を目指したのは確かである。結局のところ、それは大ヒットした前作の栄光の前に易々と飲み込まれてしまうのであるが、僕はその姿勢を評価したい。

よくよく聴いてみれば、寂れたトーンのギターが特徴的なこの時期のバラードはなかなかよい。Native SonやRebel、Home againといった曲だ。彼の持つある一面、モノクロの色彩が広がるアルバムジャケットに象徴される、彼の佇む都市の風景を彼自身の原風景(オリジナルなもの)として思い浮かべさせる。寂れたトーンの中に豊かな叙情性を響かせる。これらのバラードは彼の隠れた名曲だろう。

ブライアン・アダムスは、アルバム『レックレス』によって、アメリカや日本でアイドル的な人気を得た。しかし、彼には元々アイドル的な要素というのは乏しい。一見して精悍で爽やかな白人の若者というイメージだし、PVでの映りがいいのでファーストインプレッションは悪くないが、実際の彼は背が低いし、顔はあばただらけ、容姿はとことん田舎くさい。ある種のコンプレックスを抱えた若者といった風情さえ感じさせる。そんな彼が『レックレス』の大成功を彼自身のスター性としてそのまま受け止めることができなかったとしても、それは理解できない話ではない。

『カッツ・ライク・ア・ナイフ』、『レックレス』があって、『イントゥ・ザ・ファイアー』がある。『イントゥ・ザ・ファイアー』は世間的にいったら失敗作だろう。しかし、この3枚のアルバムの流れの中にこそブライアン・アダムスの本質が見えるようで、僕は、彼のこと、彼そのものが好きなように、これらのアルバムが否応無く好きなのである。
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by onomichi1969 | 2009-09-21 18:31 | 80年代ロック | Trackback | Comments(4)

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Commented by E at 2009-10-09 16:32 x
こんにちは。
高校の修学旅行の時にちょっとした経緯があって、このアルバムに収録された「Victim of Love」をバスの中でかける事になりました。バスガイドさんにカセットを手渡し、大きめの音量でかけてもらったのを思い出します。

洋楽なんぞに興味のかけらもないリーゼントの不良達も最初は「なんだこりゃ?」と小馬鹿にしていましたが、途中から車内が静まりかえって皆耳を傾けていたように感じました。バスガイドさんも「渋い声、渋い選曲ですねー」と笑顔でアナウンス。その後アーティスト名を聞かれたり、カセットを貸せと言われました。いや~懐かしい。だからなんだ?というお話になってしまいました。申し訳ない。

Commented by onomichi1969 at 2009-10-09 23:01
Eさん、こんばんは。
僕も中学校2年生の頃、クラスで遠出した際にバスの中でカラオケが盛り上がり、それぞれ1曲づつ歌おうぜ!となったことがありました。僕は確か始めから2-3人目くらいで、その時に佐野元春のサムディを歌ったのですが、実はアカペラで、尚且つフルコーラス。気持ちよく歌っているのは本人だけと。。さて、これをあと40人に廻すのはツラいのでは、、、という事実に皆が気づいて、カラオケ大会はあえなく中止となりました。Eさんとは正反対のどうでもいい話ですが。。。

今日も『イントゥ・ザ・ファイアー』を聴きましたけど、やっぱりいいアルバムですね。ラストのHome againには痺れます。
それではよい週末を。
Commented by すーさん at 2009-12-05 00:06 x
はじめまして。私も夜更かしして「ベストヒットUSA」を毎週見てました。その当時の私にとって、ブライアン・アダムスは兄貴でした。最高のロック歌手ですね。
ではまた来ますね。
Commented by onomichi1969 at 2009-12-07 00:28
すーさん様、こんばんは。
『ベストヒットUSA』というのは80年代の洋楽ブームの象徴的な番組でした。今の若い人達は洋楽を全く聴かないようですが、『ベストヒットUSA』もMTVも地上波にないのだからしょうがありませんね。ちなみにポップスベスト10はまだあるのですねぇ。。驚きました。
そういえば、1985年度のポップスベスト10年間ベスト1がブライアン・アダムスの『ラン・トゥ・ユー』でした。人気がありましたからね。

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