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semスキン用のアイコン01 セントアンナの奇跡 "Miracle at St.Anna" semスキン用のアイコン02

  

2009年 08月 09日

a0035172_20573387.jpg素晴らしい映画。胸にグッとくる物語。とてもイイ話だと思った。<以下、ネタバレあります>
村上春樹が『1Q84』の中で「物語」についてこう言っている。「それは理解できない呪文が書かれた紙片のようなものだ。時として整合性を欠いており、すぐに実際的な役には立たない。しかしそれは可能性を含んでいる。いつか自分はその呪文を解くことができるかもしれない。そんな可能性が彼の心を、奥の方からじんわりと温めてくれる」 
この映画で語られる物語も最初は「理解できない呪文」のようだった。それが最後の最後に大事なところで繋がったように見える。実際のところ、セントアンナの大虐殺が絡んだ少年の過去も、詩を読むナチス将校の役割も、パルチザンの存在によってナチス親衛隊とアメリカ黒人兵部隊が結び付けられる、彼らの行く末も最後に明らかになる。しかし、登場人物達の様々な思いであり、愛憎という形で散りばめられたパズルのピースは、全て埋まらずに終わる。なぜなら、この物語の登場人物の殆どが死んでしまうから。
英語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語が飛び交う。国籍を超えて、彼らはそれぞれのナラティブを生きていることをこの映画は確実に伝える。戦争はそういった個人が紡ぐ歴史の全てを大量死の中で奪い取ってしまう。昨今の戦争映画の中では、クリント・イースウッドの『父親たちの星条旗』や『硫黄島からの手紙』が戦争という不条理の下でもあくまで個人の歴史に焦点を当てた秀作であった。その中で、戦争とは喪失の物語である、と同時に物語の喪失なのだと僕らに伝えられる。
『セントアンナの奇跡』が素晴らしいのは、そのような喪失の中にこそ「奇跡」を描いてみせたことだと僕は思う。奇跡とは何か? それは、生き残った黒人通信兵の存在である。彼は少年に生かされ、ナチス将校に生かされる。また少年はチョコレートの巨人に生かされる。逃亡を幇助したドイツ兵によって生かされる。彼らによって紡がれる生の可能性こそがこの物語の呪文を解く鍵なのだろう。奇跡は人々の祈りによって生み出され、微かだけど確かな光を未来に指し示す。
最後の銃撃戦は、イタリア・トスカーナ地方の小さな村の住民たちを否応なく巻き込む。傷ついた少年を胸に呆然と佇むチョコレートの巨人。想いの人の名を叫ぶ女性。支えあう人々。それらは直ぐに背景となり、登場人物達の壮絶な最後が描き出される。ここで物語は一度喪失し、僕らは人を想うことのかけがえのなさを切に感じ、それが失われることに涙する。しかし、「奇跡」は起こる。本当のラストシーンで、僕は差別や偏見、そして、憎しみを超えて紡がれた命に、「奇跡」が指し示す希望という明るい未来に、涙を禁じえなかった。

最後に、、、イタリアの名優、『父パードレ、パドローネ』、『グッドモーニング・バビロン!』のオメロ・アントヌッティを久々に観たけど、いい味を出しているね。オメロ・アントヌッティとアメリカの黒人俳優達がトスカーナを舞台に共演する。戦争によって引き起こされた特異的な空間、つかの間のユートピア、そもそもの違和感が画面にも十分に現れていて、これこそスパイク・リーの映画なんだなぁと感じた。ジョン・タトゥーロのチョイ役の刑事もあり。彼もスパイク・リー作品の常連だった。2008年アメリカ映画
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by onomichi1969 | 2009-08-09 21:10 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

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