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semスキン用のアイコン01 Pink Floyd "The Wall" 『ザ・ウォール』(1979) semスキン用のアイコン02

  

2008年 05月 03日

a0035172_1515660.jpg久々に洋楽レビュー再開します!

ピンク・フロイドの2枚組大作"The Wall" 『ザ・ウォール』(1979)は、全世界で史上最も売れた2枚組アルバムである。全米だけで2300万枚(2枚組みはカウントが倍なので実際は1150万枚)の売り上げというからすごいことで、このアルバムがこれだけのポピュラリティを獲得しているという事実は僕等日本人にとってにわかに信じがたいといえようか。確かにシングルカットされた「Another Brick in the Wall, Pt. 2」が全米No.1ヒットしたことも大きい要素ではあるけど、ポップミュージックから遠く離れた、プログレ最後の砦たるこの難解な作品がここまで売れ線になるとはとても不思議に思えるのである。
実際のところ、ピンク・フロイドは70年代後半にファンドの失敗により多額の借金を抱え、その為に売れ筋のアルバムを製作することを余儀なくされていたという。華々しいプロモーション、大掛かりなライブステージ、映画とのタイアップ等、多大な費用の対価として、その成功は必然だったのかもしれないけど。

ピンク・フロイドにとっては、ロジャー・ウォーターズが完全に指揮した最後のコンセプト・アルバムとなる。作品のテーマはその名の通り「壁」である。社会や自己の間を不断に横断する様々な「壁」である。東西社会を2分する壁、人と社会との障壁、人と人とを隔てる壁、心の壁。作品はピンクという主人公の心理描写を通して語られる幾多の「壁」の物語として綴られる。
前々作の”Wish You Were Here”『炎』(1975)は、「Shine on You Crazy Diamond」という長い曲をモチーフにしたアルバム全体でひとつの作品とのイメージがあるのに比べて、『ザ・ウォール』はアルバムとしては2枚組の大作だが、比較的短い曲の組み合わせによって構成されており、まるで10年前のThe Whoのロックオペラ”Tommy”(1969)を彷彿とさせる。
楽曲自体はギターを中心としたスタンダードなロックサウンドである。”The Dark Side Of The Moon”『狂気』(1973)までの幻想的且つ壮大なハーモニーは完全に影を潜め、『炎』(1975)の楽曲的流れを受け継ぐ、ロジャー・ウォーターズ的な硬質なギター・オーケストレーションが特徴的である。

そのサウンドは来る80年代を底辺の部分で予感させるものであった。80年代をポップの時代と称するならば、ピンク・フロイドはその対極に位置すべきバンドであったはずである。
ピンク・フロイドの70年代の作品はその壮大な音楽、物語(円環性)とその内部に於ける連続性にこそ特徴があった。その中で大作「エコーズ」があり、「アス・アンド・ゼム」~「狂気日食」があり、「Shine on You Crazy Diamond」があった。その不断性の追求にこそ70年代のラディカリズムの本質があったのである。そう考えれば、『ザ・ウォール』はその視点を180度転換したと言わざるをえない。これまで彼らの音楽の円環性を構成した壁が、ここでは物語を突き崩す「断絶」の象徴となっているからである。「壁」による「連続」が「断絶」となったのである。

1989年、東西ドイツを隔てていたベルリンの壁が崩壊する。壁の崩壊の直接的原因となったのは、知られているようにハンガリーで起こったピクニック事件であるが、そこで東ドイツからの多数の亡命者が国外に流れたことをメディアがセンセーショナルに伝えたことにより、僕らは東ドイツという国が民主化という大きな流れの中にあることを知った。その時点で既にベルリンの壁はその意味を失っていたのである。
東ドイツはまさに内側から崩壊する。人々は西側から堰を切ったように流れ出した情報によって資本主義及び社会主義の実態を知り、そして自らの民主化を切望したのである。その希求が大きなムーブメントとなって、ベルリンの壁を崩壊させる。それは大きな「壁」の崩壊であり、言わば西側の資本主義消費文化(ポップ)の勝利であった。フランシス・フクヤマは当時それを「歴史の終わり」(マルクス-レーニン主義的唯物論の敗北、資本主義の勝利)と称した。(が、現在の歴史認識では、「歴史の終わり(という精神)の終わり」というのが正しい)

さて、世界は、リアルにもバーチャルにも大きな「壁」がなくなり、フラット化されつつあると言われる。大きな物語、プログレッシブ・ロックが70年代に目指した壮大な円環はそれを支持したはずの大衆によって叩き壊され、細切れにされ、その地平において「新しい波」と呼ばれるポップミュージックが構築された。80年代はそこから始まったのである。人々の狂気は目に見える実体から、無意識下への象徴へと潜行し、有害な病原体がワクチンとして希釈化、無毒化されて安全にコントロールされた薬として人々に接種されるように、世の中に浸透し偏在化していったのである。(但し、無毒化する為に用いられたのはホルマリンという毒だった、無毒化された病原体と共に微少な毒としてのホルマリンが潜在する、、、) 80年代のポップミュージックはマクドナルドと共に消費文化の代名詞のように世界中へと拡散し、人々の心を捉えたのである。それが社会をフラット化させ、実質的にベルリンの壁を崩壊させたと言っても過言ではない。

ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』は、彼らなりの円環性の否定であり、「狂気」の潜行であり、「断絶」の表現だった。それは予想以上のポピュラリティを獲得することに成功した。彼らは彼らなりのポップを目指したわけだ。しかし、残念ながら彼らはその先に下りることはできなかった。デビッド・ボウイがそうしたようには彼らはその断絶の先、フラットな世界を受け入れることができなかった。何故なら、彼らは本質的にはポップを捉えながらも、やはり自らのラディカリズムを手放さなかったからである。彼らはプログレッシブ・ロックという枠の中を円環しつつ、その周囲の壁(自らの壁)が外圧によって自壊するのを受け入れながらも、結局のところ、その中にとどまることを自ら選択するのである。そして、彼はアルバムの最初と最後にこうつぶやく。

「Isn't this where we came in ? (ここはぼくらが入って来た所じゃないのか?)」

ピンク・フロイドはこのアルバムを最後に内側から分裂する。東ドイツと同じように。。

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Pink Floyd "Meddle"のレビューは、こちら
Pink Floyd "Dark Side of the Moon"(1973)のレビューは、こちら
Pink Floyd or Badfingers "Wish You Were Here"のレビューは、こちら
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by onomichi1969 | 2008-05-03 15:46 | 70年代ロック | Trackback | Comments(0)

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