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semスキン用のアイコン01 THE BLANKEY JET CITY 『BANG!』(1992) semスキン用のアイコン02

  

2008年 05月 02日

a0035172_12412473.jpg90年代を代表する日本のロックバンドといえば、ブランキー・ジェット・シティである。
僕がこのバンドを初めて知ったのは、イカ天に初登場した、バンドブーム覚めやらぬ1990年のこと。とはいえ、イカ天もブーム最高潮の時期からは退潮し始めた第2期、審査員も一新されて、元A.R.B.、甲斐バンドのギタリスト田中一郎が審査委員長だった頃である。
初登場の演奏はTVで観ていて今でも覚えているけど、浅井健一がギターをかき鳴らして、少年のような声で歌い出し、「オーライ!」と叫んだ瞬間に、僕等はこのバンドの以後の活躍を確信したのだ。バンドはシンプルな3ピースで、ギター、ベース、ドラムのアンサンブルが最高に決まっていたし、サウンドはロカビリーを基本にしながらもハードでスピーディなところが新しさを感じさせた。演奏する立ち姿、ビジュアルも含めて、正直カッコいいと思ったのだ。これまでの出演バンドとは明らかに違うロッカーとしてのオーラを纏った3人組は、あれよと言う間に6代目グランドイカ天キングを獲得し、メジャーデビューへの道を一直線に進むことになる。(BLANKEY JET CITYという名前も結構インパクトがあった)

彼らのデビューは91年であるが、その1stアルバムを僕は聴いていない。実際のところ、その時期には僕自身、音楽への興味も薄れていたこともあって、彼らのその後の活躍を追うこともなかったのである。
初期の彼らの傑作である2nd『BANG!』(1992)、3rd『C.B.Jim』(1993)も最近になってようやく聴いたが、当然のことながら演奏も楽曲もTVで観たあの頃から数段グレードアップしており、よりハードでスピーティなサウンドは聴くものを揺さぶるに十分な迫力があった。そして、そのあまりにもナイーブな歌詞。正直言って、その歌詞には当時も今も馴染めないところはあるけど、そのアンバランスさを含めて彼らの個性なのだと考えたい。確かに正義や善悪という観念に固執する浅井健一という単独の個性は、あまりにもシンプルでストイックな造形故に劇画的すぎるように思える。少年のような風貌と高域が映える声。そのイメージに沿うように彼の紡ぐ音楽は常に超越性を志向する。彼の音楽、歌詞の世界がその後の世代に影響を与えたかのように言われるのはよく分かるし、実際のところ、彼らのイメージは完全無欠であるが故にそれは宗教にも似た崇高性を必然的に帯びるのである。

失われた10年、90年代を疾走したバンド、ブランキー・ジェット・シティは人々の突き当った感覚にある種の超越性(という回答)を提示することでコアな人気を獲得する。まだ夢のかけらを持ちえた90年代だからこそ、彼らの音楽は人々のファナティシズムの残滓を見事に掬い上げたのだ。ある意味で彼らはロスジェネ時代の90年代にこそ、その存在意義を見出せる象徴的なロックバンドだったと言える。

1992年、バブル崩壊の予兆があり、尾崎豊が死んで、僕らの世代、80年代に多くの人が信じられた何かが確実に終わった、と感じた。その残滓のような場所から、尾崎豊より1つ年上の浅井健一がグレッチを手に現れる。空白を爆走するためのストイックさ。ベンジー。その個性は90年代を生きる強固なペルソナの如く、失われた10年を鮮やかに疾走したのである。

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by onomichi1969 | 2008-05-02 12:07 | 日本のロック | Trackback | Comments(0)

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