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semスキン用のアイコン01 泉谷しげる 『吠えるバラッド』(1988) semスキン用のアイコン02

  

2008年 04月 06日

a0035172_1756414.jpg80年代後半にブレークし、その時期を代表する日本のロックバンドになったのが、泉谷しげる with Loserである。88年から続けざまに発表された『吠えるバラッド』(1988)、『Self Covers』(1988)、『90's バラッド』(1989)は、堅実な演奏力をバックにして、泉谷しげるの吠えるボーカルがぴたっと嵌る彼ら独自のスタイルを確立した傑作アルバムといえる。
Loserの構成メンバーは、吉田建(B)、村上”ポンタ”秀一(Dr)、仲井戸麗市(G)、下山淳(G)の一流ロックミュージシャン達である。彼らがフォークの異端児、泉谷しげるをバックアップする構図は一種独特のものがあった。
僕がLoserの演奏を観たのは89年頃のTVでのライブ録画が初めてだったが、クールに演奏をキメるメンバーの中心で野太い声の泉谷しげるが唾をとばしながら吠えまくり、がなりまくり、不器用にギターを弾き散らす姿はとても強烈だった。当時、バンドブームの先駆けとして、彼らはTVでの露出も多かったが、その演奏力は他を圧倒していた。高い技術に裏打ちされたものであったが、それが僕らに響いたのは、泉谷しげるのボーカルとLoserの演奏力との衝突が型に嵌らない、まさに破天荒であるが故に、ロックの本質を捉えた王道的スタイルにまで昇華したからであろう。

70年代の傑作『'80のバラッド』(1978)の若々しいアレンジも素晴らしいけど、彼を比類なきロッカーに引き上げたのはやはりLoserとがっちりタッグを組んだ『吠えるバラッド』(1988)からになると思う。(実際はミニアルバム『スカーピープル』(1986)からだが、、、) このアルバムは当時、日本のロックを殆ど聴かなかった僕にとってもすごく衝撃的な内容だった。

長い友との始まりに 男が怒りの傷口舐めてる
長い長い友との終わりに 女が泣くように切ない

泉谷しげる 「長い友との始まりに」

名曲「長い友との始まりに」は泉谷しげるのしびれるような独白から始まり、下山淳の低く絡みつくようなギター音、それとは対照的に切れのよいカッティングが持ち味の仲井戸麗市の音、正に陰陽(変態と正統)が噛み合う豊穣のギターサウンドを聴かせる。そして、2曲目「のけものじみて」で発揮される強烈なドラミング。はっきり言ってこのしょっぱなの2曲がこのアルバムの圧倒感をよく物語っている。
その他、「TATTOO」や「果てしなき欲望」、「野生のバラッド」、「あらゆる場面」など、聴き応えある名曲が並ぶ。「野生のバラッド」は泉谷しげるのギター一本による独白(新宿アルタ前でのライブ録音)だが、狂気すら滲ませるその切実な声の響きは恐らく彼にしかできない質のものだろう。また「美人や頭脳から生まれる」もコミカルで楽しい1曲である。

次の『Self Covers』(1988)は自作のカバーアルバムであるが、LOSERをバックにした演奏によって、彼の名曲が見事に蘇る様が感動的だ。「デトロイト・ポーカー」や「春夏秋冬」、「翼なき野郎ども」など、彼のオリジナルもすごく味わいがあるので、どちらが優れているとは言えないけれど、一人の人間が同じ曲を全く違った形で表現できるというのは素晴らしい。

泉谷しげる with Loserは、J,L&CやREDSと共に80年代後半を代表する王道ロックバンドとなった。『90's バラッド』(1989)を含めた3部作を通しで聴いてみて、改めてその思いを強くする。当時、泉谷しげるは40歳。彼が率いる怠惰で、あいまいで、イラついた、心優しき負け犬達。それはロックという何ものかをナチュラルに体現した翼なき野郎どもだった。
今や好々爺のような感じになってしまった泉谷しげるだが、その体には今でもロックの血潮が底流しているに違いない。
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by onomichi1969 | 2008-04-06 20:28 | 日本のロック | Trackback | Comments(0)

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