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semスキン用のアイコン01 Def Leppard "Hysteria"(1987) semスキン用のアイコン02

  

2008年 02月 11日

a0035172_15393647.jpgNWOBHM(New Wave of British Heavy Metal)の流れでもうひとつ、、、忘れちゃいけないのがデフ・レパードである。彼らこそNWOBHMのバンドで初めて全米を制覇したムーブメントの中心的な存在だ。
彼らの代表作と言えば、出世作であり、全米で大ヒットを記録したNWOBHMの記念碑的なアルバム”Pyromania”『炎のターゲット』(1982)である。HM/HRのバンドとしてはシンプルでポップな曲調が彼らの特徴であろう。(故に彼ら自身もNWOBHMに括られるのを嫌うようである) 『炎のターゲット』からは01 Rock Rock (‘til You Drop)、02 Photographや03 Stagefrightが彼らのスタイルを特徴付ける曲として挙げられる。
僕が高校生の頃、既にデフ・レパードは活動休止状態だったけれど、彼らは決して忘れられたバンドとはなり得なかった。それはその当時の彼らの境遇を皆が知っていたからである。
1984年、デフ・レパードのドラマー、リック・アレンが交通事故に遭い片腕を切断してしまう。その悲劇は音楽誌によって広く知られることとなった。誰もがドラマーの交代か、バンドの解散を予想しただろう。だからこそ、1987年、メンバーが誰一人代わることなく発表された4thアルバム”Hysteria”(1987)『ヒステリア』には皆が驚き、そして喝采をもって彼らの新譜を受け入れたのである。リック・アレンは失った片腕を補う特殊なドラムキットを使って技術を磨き、バンドのドラマーとして見事に蘇ったのである。僕らはその背後にあったであろうある種のドラマ性に(それははっきりとは伝えられなかったが)に感動したのである。
予想を超えて”Hysteria”(1987)の出来は素晴らしかった。音楽的には、前作のポップな部分をアルバム全体に引き伸ばしたような、全曲シングルカットが可能と言われる、前年からのボン・ジョビやホワイト・スネイクの活躍を受け継ぐポップ&ヘヴィな彼らのオリジナルなスタイルを特徴付ける快作だった。
このアルバムからはロック・バラード04 Love Bitesが全米No.1ヒットとなった他、05 Pour Some Sugar on Meと06 Armageddon Itが全米トップ3のヒットとなる。アルバムからの6曲のヒットシングルはHR/HM系のバンドでは異例のことであった。
デフ・レパードにしてみれば、彼らのスタイルの延長線上に製作されたアルバムが”Hysteria”(1987)だったけれど、それは80年代のAORハードやプログレハードと呼ばれた商業的ハードロックのスタイルを必然的に呑み込んだものとなった。この流れはHR/HMというジャンルそのものの凋落を決定的にし、その後、ヴァン・ヘイレンやボン・ジョビがHR/HMとは一線を画するポップ&ハードなロックスタイルを築き上げていく必然的な趨勢を後押ししたのである。そういう意味でデフ・レパードはたった2枚のアルバムで80年代を代表するエポックメーキングなロックバンドなったのだと僕は思う。
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by onomichi1969 | 2008-02-11 15:40 | 80年代ロック | Trackback | Comments(0)

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