Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

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semスキン用のアイコン01 ハンバーガー・ヒル "Humberger Hill" semスキン用のアイコン02

  

2008年 02月 09日

a0035172_091480.jpg高校生当時、『プラトーン』『ハンバーガー・ヒル』『フル・メタル・ジャケット』とベトナムものが立て続けに上映され、僕らは仲間内でどれが一番気に入ったかを言い合ったものである。ちなみに僕はハンバーガー派であった。
ベトナム戦争は、アメリカの国家的戦争であり、アメリカ軍の戦争従事者にとっての敵はアメリカの敵である。つまり、彼らが自らの死を意識した時、それは「国家に対する死」ということになる。僕らは単純にそれをこう言いかえることができる。僕は国の為に死ぬことができるのだろうか、殺すことができるのだろうか、と。 僕が当時、『ハンバーガー・ヒル』を最も評価したのは、この単純な問いこそが作品のテーマであった点である。 (「国家に対する死」は結果的に死者を匿名化する。それは『ハンバーガー・ヒル』の登場人物達そのものである。)
日本が国を賭して戦い、国民が国民として国の為の死というものを初めて意識し始めたのは日露戦争の頃からだろう。ハンバーガー・ヒルの激戦は、僕にあの二百三高地を思い出させた。ただ国の利害の為に、戦略的高地を奪う為に、命令されるがままに、自らの狂気と引き替えにして命を落とした多くの若者達の煩悶が僕には聞こえてきたのだ。
昨今、日本にも微温的なナショナリズムが叫ばれているように感じるが、僕らにとって、そのナショナリズムの基盤とは一体何だろうか? 日本とは? 国家とは? 自由とは? 日常とは? これらの原理を理解した上で国民国家というものを考えた時、僕らは「国の為に死ぬことができるか?」という問いに出会わざるを得ない。<日本が軍隊を持つことはこういうことだろう。> 
ハンバーガー・ヒルも二百三高地も単なる歴史絵巻ではないと考えたい。1987年アメリカ映画(2004-09-04)
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by onomichi1969 | 2008-02-09 00:13 | 海外の映画 | Trackback | Comments(0)

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