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semスキン用のアイコン01 Mariah Carey "Music Box"(1993) semスキン用のアイコン02

  

2008年 01月 14日

a0035172_16104043.jpgマライア・キャリーがデビューした1990年頃、僕は全く洋楽を聴いていなかったので、彼女が彗星の如くデビューした当時の全米の音楽シーンについて何も知らなかった。しかし、偶然にも、ちょうど”Emotions”(1991)が出た頃だと思うが、友達の車でドライブした時にマライアの2枚のアルバム(1stと2ndのCD)を延々とリピートで聴くことがあった。その時のマライアの歌声の第一印象は、「マイケル・ジャクソンに似ているなぁ」と。もちろんJackson5の頃の高音バリバリのマイケルである。いわゆる子供っぽいピュアで透きとおるような歌声。しばらく聴いてみて、特にアップテンポの曲、”Emotions”で聴かせる小鳥のさえずりのような高音のファルセットには驚かされたし、バラードの”Vision of Love”や”And You Don’t Remember”のナチュラルに伸びる高音パートには圧倒された。その音域の広さと伸びやかな歌声は、ディーバと呼ぶに相応しい十分なタレントだったと思う。特に”Emotions”(1991)の頃は彼女の声の状態が最も良かったのだろう。前作”Mariah Carey”(1990)にも増して声に張りがあり、のびのびとした印象を受ける。キャロル・キングとの共作”If It’s Over”のようなR&B系のバラードも素晴らしい。(キャロル・キングが彼女の代表作『ナチュラル・ウーマン』のカバーを薦めたところマライアが固辞したという。『ナチュラル・ウーマン』と言えばアレサ・フランクリンの歌唱で有名なので、アレサとダイレクトに比較されるのを拒んだのだ。)

圧巻は彼女の初ライブをレコーディングした”MTV Unplugged”(1992)である。ライブで聴く彼女の声は初期2作のピュアで完璧な歌声、悪く言えば子供っぽい、清純すぎるそれに加えて、ライブならではの陰影やコブシがきいており、正に圧巻と言うべき貫禄をみせるのである。

そんなマライア・キャリーの歌声に翳りが見え始めるのは3rdアルバム、”Music Box”(1993)からだと言われる。オリジナルでは前作にあたる”Emotions”(1991)に比べて、声が鼻にかかる際の掠れが目立つようになる。このこと自体は一般の女性シンガーにはよくある唱法なので、そういった引っ掛かりの全くない彼女の前2作がなければ、特に咎められるものでも何でもないし、曲の良さを歪めるものでもない。これまでの彼女に乏しかった情感やその息遣いを伝える一つの要素と思えば、ある意味で彼女の歌声を奥深いものにしていると思える。彼女がデビューした当時のアメリカの記者が彼女の歌に関して、「彼女の歌にはその完璧さ故にエモーションが乏しい。上手い歌手がそのまま素晴らしい歌手というわけではない」と評している。逆に言えば、”Music Box”(1993)は、これまで以上に歌が心に残る、また心が歌に残るエモーショナルなアルバムだと言えるのではないか。実際のところ、”Music Box”(1993)は”Hero”やカバー曲”Without You”の選曲の良さもあり、アルバム的にはこれまで以上に大ヒットする。

人にとって完璧というものが常に最大の評価を得るとは限らない。完璧なことが人にとって完璧であるとは言えないわけだ。そして人は多くの場合、何かを得ようと思えば何かを捨てないと先には進めない。彼女が選んだ道、その決意の表明として僕は”Music Box”(1993)のあり方を評価したいと思う。確かに彼女の特徴であったのびのびとした澄んだ歌声は翳りをみせたが、それ以上に、そこには「うたごころ」というべき叙情性を湛えるようになったのである。
そして、次作、4thアルバム”Daydream”(1995)でその方向性は顕著となる。シングルとして史上空前の16週連続No.1の大ヒットを記録する”One Sweet Day”の彼女の歌声は、初期の頃とは明らかに違う。それは簡単に言えば「大人の魅力」とでも言うべき(簡単に言えないから「大人の魅力」なのだが、、、)ある種の情感を感じさせる。ためらい、あらがい、立ち止まり、妥協し、乞い、寛容する、初期のピュアな彼女にはとても表現できなかった種類の響きだ。その歌声が奏でるジャーニーの名曲”Open Arms”はとても感動的である。

彼女の栄光は90年代中期でクライマックスを迎え、その後は人気もアルバムの質も、そして歌声も凋落していくことになる。2000年代初期は彼女にとってどん底の時期だったと言ってもいいだろう。そして2005年、彼女は復活する。最新作”The Emancipation of Mimi”(2005)には、現在の彼女の人生が滲み出ている。それこそが「うたごころ」というものだろう。失われたもの、その郷愁さえ歌の響きに込められる声というのは少ない。彼女は今こそ素晴らしい歌手としてその地位を確立した。彼女の最新作はそのことを教えてくれる。(実のところ、その楽曲の多くはあまり好きじゃないけど、、、)
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by onomichi1969 | 2008-01-14 16:36 | 90年代ロック | Trackback | Comments(4)

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Commented by blues1974jp at 2008-01-14 16:54
なんだかなつかしく・・・と思った自分にびっくりですが(マライア・キャリーをなつかしくなんて!)、学生時代に全盛だった彼女の活躍を思い返しました。ほんとうに流行ってましたねえ・・・・そして今も彼女は健在であるというところに、女性シンガー(ソングライターというわけでない)の落ち着きどころがあってよかったなあとも思います。あれだけ頂点を極めていたスターが没落するのって、ファンじゃなくてもあまりそうあってほしくないとおもうので。偉大なるMJにはもうひと花咲かせてほしいものです!
Commented by onomichi1969 at 2008-01-15 08:03
blues1974さん、こんばんわ。
消しておきました!(と言っても、1974さん自身でも×クリックで消せると思いますけど、、、)
偉大なるMJの復活ですか、、、確かに彼ほど栄光と挫折、天国と地獄をその極限まで極めた人は他にいないでしょう。今こそ、彼も裸になれば、本当に「いいうた」が歌えるかもしれませんね。その為には彼を理解し、許しあえるパートナーが必要かも。ブライアン・ウィルソンもそうやってどん底から復活したのだし。
Commented by ouichi at 2008-01-23 22:32 x
こんばんは。
『MIMI』で完全復活と語られていますが、
1970年代の匂いが戻ってきたところが肝だったと思いますね。
デビュー当時はその辺りのソウルを想起させてたような。
ヒップホップへの急接近で僕はずいぶん長い間、マライアから
離れてました。
アリシアキースなど古き良きメロディの復興でマライアも
原点回帰ができたような気がします。
Commented by onomichi1969 at 2008-01-25 21:31
ouichiさん、こんばんわ。
声というのは天性のものだと思いますが、そこにも生活や生き様をくぐりぬけた人間的な味わいがあってこそ、うたごころというのは得られるのだと思います。そういう歌い手のうたに僕は感動します。
いい歌をたくさん歌って欲しいですね。
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