レイモンド・チャンドラー著 村上春樹訳 『ロング・グッドバイ』
2007年 03月 18日
そして、今回、『長いお別れ』は、『ロング・グッドバイ』と名前を変え、村上春樹翻訳本として生まれかわった。村上春樹が『長いお別れ』の新訳本を出すという話は、以前から本人も公言していたし、彼がチャンドラーを敬愛しているということもよく知られている話であるが、僕らにとって、清水俊二訳に親しんだチャンドラーが一体どういうことになるのか、あの硬質かつロマンチシズム溢れた文体が村上訳ではどのように変化するのか、といったことは言ってみれば、ある種の違和感というか不安感として捉えられたことも事実であろう。
しかし、それも杞憂であったといわざるを得ない、というか、『ロング・グッドバイ』は村上春樹のこれまでの翻訳シリーズの中でもベストの部類に入る作品だと僕は思う。また、別の言い方をすれば、『ロング・グッドバイ』は、村上春樹の翻訳を経ることによって、彼の小説世界と必然的にオーバーラップし、旧訳版とは別の深化を遂げたという風に感じた。
村上春樹が原文に忠実に、そしていくつかの遊びを加えながら訳したというその内容は、ハードボイルド的な雰囲気に彩られたこれまでの作品世界から、レノックスをめぐる物語とマーロウの冒険を、その文学的輪郭をくっきりと際立たせている。ある意味で村上春樹の文体こそが、『ロング・グッドバイ』の世界を最もよく表現するものであり、それは、文章のリズム、表現の仕方、比喩やアフォリズムの挟み方のようなディテール部分もそうであるが、何と言っても、マーロウやレノックスの人物造形そのものが村上春樹の文学的核心を体現している(相似である)と感じるのだ。
これは、あとがきで村上春樹自ら分析している『ロング・グッドバイ』の構造が、実は村上春樹の小説世界、その文体表現そのものを言い当てていることに呼応する。彼はあとがきでヘミングウェイやハメット、フィッツジェラルドを引き合いに出しながら、チャンドラーの文体、マーロウやレノックスの人物造形について解説を加えているが、それは村上春樹の初期小説での「僕」や「鼠」、「五反田君」の人物造形にそのまま当てはまる。僕にはこの村上春樹による解説こそはそういうことの(自らとチャンドラーの相似に関する)確信的な言及であると感じた。
加藤典洋は、昔、村上春樹の『ノルウェイの森』をレティセンスの小説と例えた。レティセンスとは、「言わずにおくこと」という意味であり、それは自らの心を意識的に閉ざすことである。
また彼は、ダシール・ハメットのサム・スペードの造形(本書でも村上春樹が自我を排除した人物として評している)こそが、村上春樹の描く「僕」に近いということを示し、そういう精神は無根拠で「恥知らず」であると共に、現代的な喪失感を生き抜くための確信犯的な処世であると評したが、今にして思えば、村上作品の「僕」は「恥知らず」というよりも、世の中の全ての2項対立(例えば、正しいこととそうでないことと思われていること)から必然的に「引き裂かれ」、その「ねじれ」を抱えるが故に決定を常に「ためらう」存在として在る人物なのだといえる。
それは、村上春樹の初期作品を現在という地点、あまりにも上から眺めすぎた視点かもしれない。やはりチャンドラーではなく、ハメットのスペードこそが「僕」なのかもしれない。が、まぁそんなことはどうでもいいか。
村上春樹がチャンドラーを敬愛し、その彼が『ロング・グッドバイ』を完訳した。その中で描かれたマーロウやレノックスの造形は、明らかに村上春樹的であった。それは村上春樹が訳したことの単なる帰結というよりも、村上春樹とチャンドラーこそが相似的な(相性がいい)存在なのだということを演繹的に僕らに指し示すのではないだろうか。彼らの主人公たちは決してロマンチシズムを捨てない。その源泉としての可能性を固持し、自らの格率(マキシム)を生きるのである。(だから彼らはタフ(ハード)であると同時にやさしい)
こうなると、『さらば愛しき女よ』なども村上訳で読んでみたい気がしてくる。その際の邦題はやはり『フェアウェル、マイ・ラブリー』になるのだろうか。。。個人的には『プレイバック』もお願いしたいところかも。
by onomichi1969 | 2007-03-18 11:27 | 本 | Trackback(3) | Comments(4)
著者:レイモンド・チャンドラー 訳:村上春樹 書名:ロング・グッドバイ 発行:早川書房 完成度:★★★★★ 遂に発売!村上春樹氏入魂の翻訳。 <マーロウは酔いつぶれたテリー・レノックスに出会い、なぜか彼を見捨てられずに介抱する。大金持ちの逆玉に乗ったレノックスだったが、放蕩な妻を殺した容疑をかけられ、マーロウに助けられてメキシコへ逃走する。その後マーロウは、流行作家の美しい妻アイリーンに夫の行方探しを依頼される。マーロウが連れ戻したその作家ロジャー・ウェイドはアル中で、何かに怯え...... more
>マーロウやレノックスの人物造形が、明らかに村上春樹的…
なるほど、そうなのですね。
私も他の作品を訳して欲しいと切に願います。
冗談は置いておいて,この文章を拝見して読みたい衝動がムラムラと湧きあがってきました.それに,ずっと読んできている作家である村上春樹がどうハードボイルドのリアリズムを昇華しているのかは気になるところです.
PS:ハードボイルトと言えば,昔,FM東京系で「マンハッタンop」というラジオドラマ(脚本 矢作俊彦)は聴いていて,主人公のニューヨークの私立探偵が登場する世界に憧れたものです.
チャンドラーは、どちらかというと半熟に近いハードボイルドかもしれませんね。(なんのこっちゃ!?) 結構、しみったれていたりしますので。。というのは半分冗談にしても、思った以上に村上春樹訳はしっくりくるし、文体はほとんど村上春樹の小説に近いので、やはり今回のマーロウはリアリズムというよりも純文学的かもしれませんよ。
PS.矢作俊彦の『ロング・グッドバイ』(The Wrong Goodbye)もありますね。お間違えなく。。。