Rock and Movie Reviews : The Wild and The Innocent

onomichi.exblog.jp

ブログトップ

semスキン用のアイコン01 父親たちの星条旗 "Flags of Our Fathers" semスキン用のアイコン02

  

2006年 11月 12日

a0035172_2338346.jpg素晴らしい作品だった。ひとつの戦争を敵味方の双方の視点から描くというプロジェクト。まだ観ぬ『硫黄島からの手紙』の内容を想起しつつ、この硫黄島2部作がイーストウッドの最高傑作であり、且つ映画史上の大傑作であることはもう疑いようもない。もし、欠点のようなものがあるとすれば、この映画があまりに完璧すぎることくらいか。

戦争は神話を生む。それは常にある意図をもった物語として、その一面性、その共振性のみがクローズアップされ、形式化される。本来、物語とは多面的であり、ある種のイデオロギーに容易に集約されるべきものではないが、物語をその純粋たる物語として描ききることはとても難しい。『父親たちの星条旗』は3人の硫黄島戦の英雄という個人に焦点を当てることにより、そこから戦争と生死、国家と個人などのタームをその絶対的感情として取り出してみせる。個人という矮小な物語から戦争という壮大な物語を描いてみせようとする。

戦争とは戦闘のみではない。しかし、戦闘は戦場における最も明白な現実であり、それが戦争の狂気そのもの、その由来でもある。戦争という現実は、実際に体験したものしか分かりえないだろう。いくらそれを映像としてリアルに再構築したとしても、戦争の恐怖と高揚、狂気はその場にいたものしか分からない絶対主観的な体験なのである。硫黄島戦は太平洋戦争史上で米軍にとっては多大な犠牲者を出した最も過酷な戦場であり、海兵隊神話にもなった象徴的な戦闘である。その物語を個人の側から再構築し直す。それがイーストウッドがこの作品で行った映画的試みであると僕は思う。

この物語の主人公は3人の硫黄島の英雄たちである。その中でも原作者の父親でもあるジョン・ブラッドリーは英雄という称号を不平なく受入れて政府に協力し、そして、その立場に自らを規定されることなく静かに生活を続けて年を重ね、死の間際に至る。彼は戦争について語らず、その語り得なさを心に保ち続ける。衛生兵として多くの兵士達の死を看取り、自らも過酷な戦場で生存の危機に晒される。しかし、彼が執拗に捉えられたのは彼がコンビを組んでいたイギーの死(その悲惨な死は僕らにも隠される)であった。その一人の兵士の死が一人の兵士の生の、その生きる手綱を握り続ける。そのことの重みを僕らは見せ付けられる。2006年アメリカ映画

彼は最後に息子に対して赦しを乞う。赦しとは、「人は誰もが自分と同じように弱い」という人間にとって最も根本的な地平から生まれるものであり、「自分が存在することの原理」への気付きでもある。最後に映画がこのことを描いたとき、僕の心は確実に震えた。
[PR]

by onomichi1969 | 2006-11-12 23:49 | 海外の映画 | Trackback(1) | Comments(4)

トラックバックURL : http://onomichi.exblog.jp/tb/4675388
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Tracked from 太陽がくれた季節 at 2006-11-19 22:07
タイトル : ■〔映画鑑賞メモVol.14〕『父親たちの星条旗』(20..
1.『サラバンド』(2003/ベルイマン)鑑賞プチ・メモ≪→こちら≫ 2.『父親たちの星条旗』(2006/イーストウッド)鑑賞メモ≪→こちら≫ 3.『百年恋歌』(2005/ホウ・シャオシェン)鑑賞前メモ≪→こちら≫ おはようございます、ダーリン/Oh-Wellです。 11月4日の朝を迎えました。^^ 11月3日の「文化の日」を含むこの3連休、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。 さて、この3連休を使って、紅葉見物〔◆全国紅葉名所カタログ2006~Walkerplus〕に出かけられ...... more
Commented by rudieswoman at 2006-11-16 13:47
なんで、今、硫黄島の戦争なのか?と思いながら
あまり惹かれるモノは無かったけれど
とりあえず観に行きました。観に行って良かったです。
素晴しい映画でしたね。
戦争を取り扱った数ある映画の中で、
ここまで心打たれる映画はありませんでした。
今、この時代だからこその映画だと思います。
Commented by onomichi1969 at 2006-11-18 00:50
rudieswomanさん、こんばんわ。
戦争の勝者であるアメリカ人にとっても硫黄島戦というのは語り得ないほどに過酷なものであったと言います。戦争というのは語りえない。その語りえない戦争を如何にして映すか。その映画的試みがこの映画の核心ではないかと僕は思います。
Commented by oh_darling66 at 2006-11-19 22:14
☆onomichi1969さん、久方ぶりにお邪魔いたします。
本エントリー、しかと拝読させて頂きました。

僕に取って、このイーストウッドの今年最初の(!)新作は、前作『ミリオンダラー・ベイビー』ともまた異なるとても多くのもの、多くの示唆を孕み持つ映画だと思えています。

そんな中、矢張り、僕に取っても、エンディングがさまざまな意味合いで殊に忘れがたいですね…。硫黄島を語らぬ主人公が見、体験したものを息子が探し求めて行く中に垣間見えて来る、主人公の硫黄島従軍、本国帰還から最晩年までの50年余、心を離れぬイギーへの自責の念…。それは、主人公が息を引き取る前に一瞬にせよ父子が共有したであろう、あの「海水浴」のイメージに締め括られ、そして更に、それを遠くに遠くに見据えながら俯瞰して行くエンディングをもって締め括られて行く。

イーストウッドの真摯な視点は、主として、主人公を演じたライアン・フィリップの印象深い眼差しに反映されていたかと僕は思いますが、エンディングでの主人公をも含めた多くのものを俯瞰する視点には殊更に心掻き立てられ、今だに、無意識に思いを及ぼすような按配です。

それではまた!
Commented by onomichi1969 at 2006-11-19 23:58
ダーリン/Oh-Wellさん、お久しぶりです。
『父親たちの星条旗』の貴エントリーも拝読させていただき、改めて「なるほど~」と感嘆致しました。特にエンディングに示された2つのイメージに対する解釈、その俯瞰する視点が心を捉える様には僕自身も同じように胸を掴まされました。
やはりいい映画というのは思いが及ぶものであり、容易に語り得ないと同時に語るに足るものなのですね。
アクセスカウンター