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semスキン用のアイコン01 11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち semスキン用のアイコン02

  

2012年 06月 03日

a0035172_035188.jpg三島由紀夫と楯の会に関して、これまで語られてきた史実、保阪正康のノンフィクションや森田必勝について書かれた本の内容を淡々とドラマ化しているという印象であり、本映画作品によって、三島事件について、新たなパースペクティブを得られるようなことは特になかった。

三島の人物造型について、楯の会と11.25の自決事件に関する史実を中心に描くと、本作のように一面的な描写に終始してしまうのだろう。保阪正康の本もそうだったし。小説、例えば、『金閣寺』や『春の雪』で描かれる彼の文学性と自決事件での行動が現実の中でうまく整合しない。故に三島の文学性が如何に彼の行動にリンクしていたのかがいつも切り捨てられてしまう。三島自身が楯の会や自衛隊の体験入隊等の行動の中で、彼自身の文学性を自ら否定してみせるので、それも致し方ないのかもしれないが。三島文学や三島事件について、これまで多くの言説が弄されてきたが、彼の文学と事件が融合して語られない、文学者は事件に触れず、事件記者は文学に触れない。それこそが三島の特異な二面性として、事件から40年以上経った今でも、三島由紀夫という人物の本質を未だに捉えきれない要因なのだと思う。

三島の作品の中で、『憂國』や『英霊の聲』にこそ、彼の美意識の極点として、美しき日本の文化を象徴する幻想としての天皇主義の萌芽があった。その思想は彼の遺作ともなる『豊饒の海』によって完成することになる。1965年から自決の前夜まで。楯の会の行動と並行して著された『豊饒の海』にこそ、彼の行動と思想の全てがあるのだと僕は思う。その分析を抜きにして、三島事件を語ることはできない。『春の雪』の究極の禁忌としての恋愛があり、『奔馬』におけるテロルと自死への強烈な憧憬がある。『暁の寺』で唯識と煩悩の狭間で迷界を通過し、そして、『天人五衰』のラストに至る。三島も小説の本多と同様に、最後に月修寺の寂漠を極めた庭に佇み、門跡と対話して、無の境地としての豊饒の寂漠に辿りついたのだ。

「そんなお方は、もともとあらしゃらなかったのと違いますか?何やら本多さんが、あるように思うてあらしゃって、実ははじめから、どこにもあられなんだ、ということではありませんか? その清顕という方には、本多さん、あなたはほんまにこの世でお会いにならしゃったのですか?」 三島由紀夫『天人五衰』 最終章 月修寺門跡の言葉


映画の三島はヤサオトコ過ぎて、また、彼の文学的な側面がストーリーからすっぽりと抜け落ちている為、実際の三島から発散される(覆い隠すことができない)自意識の匂いが全くしない。彼の実際の姿を今やyoutube等で簡単に観ることができる。彼の強さと弱さが同居したような肉体と言葉には、押し出しの強さと共にためらいとあらがいが常に見え隠れしている。

本作は、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』と同様、若松孝二監督が60年代後半から70年代前半の若者達を捉えた学生運動や思想がどのように先鋭化し、追い詰められ、最終的に「事件」に行きついたのかを総括した作品だといえる。前作同様、あくまで実録として、心理劇としての見応えはあるけれど、その文学的/観念的な側面を含めた事件の本質を描き切るまでには至っていないと思う。(そんなものを物語として描き切れるとは思わないけど。。)

参考レビュー
春の雪
三島由紀夫vs東大全共闘
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by onomichi1969 | 2012-06-03 01:09 | 日本の映画 | Trackback(1) | Comments(4)

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Tracked from INTRO at 2012-06-06 22:57
タイトル : 井浦新インタビュー:映画「11.25自決の日 三島由紀夫..
先日閉幕となったカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で上映され、話題を呼んだ若松孝二監督の新作『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』。本作で三島由紀夫役を演じ、新しい解釈の三島像を打ち出した井浦新さんにお話を伺った。【page1/4】... more
Commented by suezielily at 2012-08-10 19:01
onomichi1969様、初めまして、ファンご承認有難うございます。Bブルー様から流れてきました。
過去ログ見出しを拝見した感じ、自分も好きな小説や音楽、映画がかなりあります。Hネームをみて、「尾道」を連想したのもありますけど、憧れの地なので。で、三島。一番好きな作家です。
>彼の文学性と自決事件での行動が現実の中でうまく整合しない。 
澁澤龍彦は、腹切るためにボディビルやっていたのでは、と言っていました(「三島由紀夫おぼえがき」)。あの事件は欧州旅行中に聞いたそうで、「とうとうやったか」の印象で澁澤はおそらく、整合させて考えることのできた数少ない人ではないかと。三島と近いところにいましたしね。彼のサド訳と三島の「サド侯爵夫人」ですね、「アルフォンソ(ジュステーヌ)は私だったのです」という台詞、これを「三島」に置き換えられるのでは。このドキュメンタリは未見ですが。三島と喧嘩していた松本清張も、三島的な「いかにも小説が始まりますよ」の書き出しを嫌う保坂和志も好きです。嫌う理由も分かるけど今後とも宜しくお願い致します。
Commented by onomichi1969 at 2012-08-11 05:11
suezielily様、初めまして。
三島由紀夫がいかに切腹という自死に強烈な憧れを抱いていたか。それを完遂することに拘っていたか。それは『憂国』や『奔馬』を読めばよく分かります。『奔馬』の冒頭に描かれる「神風連史話」の決起と自死の顛末こそが、彼自身の自死を自明のものとして認識していたことの証でしょう。

僕も清張と保坂和志は好きです。また何かご意見がありましたら、宜しくお願い致します。

※只今、ドイツにおりまして、こんな時間の返信となっております。。。
Commented by suezielily at 2012-08-16 12:16
嫌う理由も分かるけど、の次にスペースが入ります、失礼しました。保坂や清張のことです、彼らが三島を嫌う理由、と書きたかったので、スミマセン。憂国は好きだけど奔馬はあまり。。。春の雪と天人五衰は好きです。
おお!荒井由美。私も松任谷より好きです。日本の曲では赤い鳥の「竹田の子守唄」、これが白眉ですね。あの曲の放送禁止というか自主規制問題を検索なさると面白い記事が出ますよ
Commented by onomichi1969 at 2012-08-17 00:24
suezielly様、こんばんは。
森達也の『放送禁止歌』を以前、本で読み、ドキュメンタリー映像も観て、『竹田の子守唄』のことも知りました。70年代にあれだけ流行っていた『竹田の子守唄』がなぜ放送禁止歌(メディアの自主規制)として、表舞台から姿を消したのか。それがひとつのトピックとなっています。あと岡林信康の『手紙』。僕の年代では、こういった歌を最近まで聴くことはできませんでした。今ではyoutubeで誰でも聴けます。これも時代ですね。いずれも素晴らしい曲だと思います。
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